古代、ムー大陸。  そこに息づいた文明の首都。  そこで、ひとりの男の子が、オモチャをイジっていた。  オモチャは、神が創り出した生命と、なんら遜色のない、高度なロボットである。  名前を“ヤジロン”と言った。  石造りの道路が集まってくる広場。  その中央に、清涼な水をたたえた噴水がある。  サァーーーーッ  水音が、涼しげな風に乗って、噴水の縁に座る男の子に、届けられる。  街は古代ギリシアを思わせる白亜の石で出来ていた。  男の子が着る衣装も、どこか古代ギリシアを思わせた。  金髪のショートヘア。紅顔の美しい、男の子だった。  ふっくらとした頬、蒼い瞳。  水のせせらぎが聞える噴水の縁に座って、粘土のようなものをこねていた。  そのとき―――。  パチャンッ  水面で、魚が跳ねた。  魚影を映し、男の子に近付く。  と、それは魚ではなく、ポケモン“ジーランス”だった。  男の子の隣、噴水の縁に、身を乗り上げ、覗き込む。  「ジーランス ポルカナアチャノ。」  なにか、異国の言葉で、ジーランスに言葉を投げかけ、男の子は粘土細工に集中している。  粘土細工…、それは高度に発達した文明の産物であった。  神が生み出した生命と、なんら遜色のないロボット―――。  それが“ヤジロン”であった。  そんな高度なロボットが、こんな年端もいかない男の子の手によって、作られていたの か………。  あら?  ジーランスは、男の子の手を、覗き込んだ。  ポイッ ポイッ ポイッ  なんと、男の子は、ヤジロンを造っているのではなく、ヤジロンの粘土状の体、その中から 、機械部品を取り出して、捨てていたのだった。  人間をはるかにしのぐ、人口頭脳を。  人間をはるかにしのぐ、運動機構を。  人間をはるかにしのぐ、感知センサーを。  おおよそ高度な文明、その全てのチカラを持った機械部品を捨てていた―――。  最後に残った機械部品は、両手でバランスを取って、回るだけの“モーター”だけだった。  男の子は、それだけを、ヤジロンの中に残した。  ただ、バランスを取って回るだけのヤジロンを見て、満足げに鼻をこすり、胸を張った。  一度だけ、ジーランスを振り返り、もう一度ヤジロンを見て、男の子は言った。  「ヤジロン アチョカチョメレポ スネカロラタタ モウ マラッタ。」  再び、異国の言葉で話し掛けた。それは―――。  別れの言葉に、響きが似ていた。  まるで無人のような、石造りの街を、男の子は駆け出した。  行く手に――――。  光が溢れた。  駆けながら振り返り、大きく手を振る男の子は――――。  光の中に、消えていった。  ジーランスは、高い、高い空を見上げた。  果てしない蒼―――――。  ポチャン  ジーランスは、飛沫を上げて、水中に消えていった。  街は、まったくの無人となった。  無人の街。栄華を極めた超科学文明の首都で――――。  モーター音を立てて…。  ヤジロンが、ただ―――。  バランスを取って、回っていた。  そして、21世紀―――。  子供向け玩具であるカードの印刷工場で、男は頭を悩ませていた。  男の前では、工場排気をするための、巨大なファンモーターが唸りを上げていた。  印刷工場は、カードゲームブームによって大きく膨れ上がり、昼夜問わず…とは言わないが 、大忙しである。  「どうにかなりませんか? その音。」  作業服を着た、有名なメジャーリーガーに似た青年が、紺のスーツ姿のその男に聞く。  「いやぁ…、どうにも………。」  モーターは、まったくの正常だった。工場規模拡大に見合った排気ファンモーター、このク ラスでは静かな方である。  出来ません。と、言いかけて、ふと思い出し、男はモーターの説明書を取り出し、読み始 めた。  説明書には、次のようなタイトルが書かれてあった。  ムツビシ汎用インバータ FREQROL-E500 取扱説明書。  このモーターを制御している部品の説明書である。  男は記憶をたどり、制御パラメーター72と240のページを探し当てた。  「あった! 出来ます。何とか出来ますよ、この音!!」  青年の驚きの声を背中に受けて、男がパラメーターを機械に打ち込み始める。  男の手に持った説明書。その開いたページには、こう、書かれてあった。  Pr,72「PWM周波数選択」  Pr,240「Soft−PWM設定」  Soft−PWM制御は,モータ騒音の金属的な音色をより聞きやすい複合的な音色に変え る制御方式です。  入力を終えると―――。  モーターは、歌いだした。  本当に、かすかで  本当に、ジッと耳を澄まさなければ  誰にも気付かれる事は、無いのだけれども――――――。  モーターは確かに、歌っていた。  「どうも、ありがとうございました。」  モーター音が消えたわけではないのだけれど、まったく音が気にならなくなった青年は、男 に礼を言った。  男は苦笑いをして、立ち去る為に、スーツケースを手にとった。  男が工場を出ると、どこまでも高く、蒼い空が広がっていた。  ふと―――  無意識に、手に持ったタバコとライターに、気が付く。  苦笑いをして、男は―――。  火をつけず、ただ、口にくわえた。  タバコのケムリで、雲が出来て…、この大きな空を隠してしまう訳、ないけどな………。  男は、苦笑して、ライターをスーツのポケットに、押し込んだ。  そして―――――。  満足げに鼻をこすり、胸を張った。  金属的に、わめき散らさなくなったモーターは、目に見えるのに、人々に気付いてもらえな くなった。  でも――――  モーターは、今日も歌いつづける…。  時の流れの、せせらぎを―――  かすかに…  響かせるように―――――――。  悠久の時を超えて―――。  絶海の孤島に、ツタに覆われた古代遺跡があった。  遺跡都市の中心に、噴水が残されていた。  かすかなモーター音を響かせて、ポケモン“ヤジロン”が、その縁にやってきた。  パチャンッ  水音を響かせて、その隣に、ジーランスが水中から現れる。  ジーランスの…退化してすっかり見えなくなってしまった目―――。  でも…いや、だから―――。  ジーランスはヤジロンに顔を寄せ、耳を澄ませた。  そして聞く―――。  おそらく目の見えないジーランスだけであろう、これほど鮮やかに…。  ヤジロンの…  モーターが歌う…時の歌を聞くのは………。  少し…羨ましいかな。  おしまい☆