ただ一人、友と呼べる男が死んだ  泣き叫ぶ事を知らない少年“シルバー”は、ステレオをガンガンに鳴らして、ベッドに体を 投げ出し、頭の後ろで手を組んだ。虚空をにらみつけた。  「テメェ、シルバー!静かにしやがれっ!!」  愛も勇気も・・・力も与えることのない。我が子に勝利し、支配するという、奪うだけの父 親が、近所迷惑を気にして吼える。2階の少年の部屋に入ってきた父を、すごい顔で睨み つけ・・・父はそんなシルバーに恐れて引き返した。  やさしげだった少年の目は、きつくゆがみ、この日を境に戻ることはなかった。  ふと、窓の外。  シルバーの窓、そのすぐ近くにまで手を広げる大きな木。その枝に、ひとつがいのポッポが 巣を作っていた。  仲良く寄り添うポッポたち・・・  シルバーは彼らに背を向けた。  ステレオが泣き叫んでいる部屋のベッドの上で・・・                 −天に向いた唇で−  シルバーは食事もロクにとらず、部屋に閉じこもった。  睡眠も・・しているのだろうか?  心配して様子を見に来る従順な母親は、この1週間。夜も昼もシルバーが眠っているところ を見たことは無かった。  痩せこけ、虚ろな目が窓の外、太陽の世界をボンヤリと見ていた。  つがいのポッポにヒナが生まれていた。  季節は冬  木枯らしを、メスのポッポが翼でヒナを守る。  ヒナはメスポッポのきつく閉じた瞳の意味を知らず、元気にエサを求める。メスポッポは、 それでも幸せそうに笑う。  すぐにオスのポッポがエサを持ってやってきて、それをヒナとメスポッポに与える。  風を防ぐ小屋を作ろうかな・・・  チラリとシルバーは、そう考えた。  フザケルナッ  すぐに首を横に振った。  俺はもっとひどい扱いを受けている。  小屋が・・家が欲しいのは俺のほうだ!!  体を縛り付ける冷たさの中にあって、暖かく寄り添うつがいのポッポ。それが見えないよ うに、シルバーは窓を閉じ、カギを閉め、分厚いカーテンを乱暴に引いた。  吹雪の夜  眠れない、シルバーは少しだけ窓を開けてみた。  雪が吹き荒れ、大量に積もっていた。  !!!!!  驚きにシルバーが窓を勢いよく開ける。  そこには  翼を大きく広げ、ヒナとメスポッポの屋根になっているオスポッポの姿があった。  体には大量の雪が降り積もり、その身が茶色であったことなど信じられない程だ。  鋼の意思で真っ直ぐ前を見つめるオス。  スヤスヤと安らかに眠る、ヒナの元気な寝顔を優しく見守るメス。  シルバーはその場に立ち尽くした。  ごうごうと、闇を白く染めて唸りを上げる吹雪。それがカーテンを狂ったように巻き上げる。  激しく降り込んで来る雪に、しかし、シルバーは窓を閉める事が出来なかった。  次の日、敵と勘違いしたオスポッポに、激しく突付かれながら、巣に小屋を作るシルバーの 姿があった。  その日からシルバーはメシを食って、外に出た。そして、強そうな相手を見つけては、ケン カを売った。  強くなりたい  弱いヤツは死ぬだけだ  強くなりたいっ!  友が死んだ理由を、シルバーは自分が弱かったからだと結論付けた。  どれほど叩きのめされても、かかって行くシルバーは、瞬く間に強くなった。  もっとも・・、ポケモントレーナーたちにはまだ歯が立たなかった。ゴーリキーの岩を砕く 拳やヒノアラシの火炎放射に太刀打ち出来なかったのだ。  ポケモンが欲しいっ  しかし誰も暴力的なシルバーに、力としてのポケモンを与えようとはしなかった。  ポケモンに破れ、火傷に引きつる体にムチ打って、帰って来ると。ポッポの小屋、その入り 口で騒ぎが起こっていた。  隣の家のババァが飼い始めたペルシアンがポッポのヒナを狙って襲い掛かったのだ!  メスポッポがヒナを庇い、オスポッポが激しくペルシアンに応戦する。  しかし、ペルシアンは確実に、弱く飛べないヒナに向かって近付いて行った。  俺の友達に、なにしやがるっ!!  シルバーは家に飛び込み、階段を駆け上がる。2階の自分の部屋、窓を開けて、シルバーは 見た。  オスポッポが自分からペルシアンの牙に、その身を捧げるところを・・・。  「なぜだ・・・っ!?」  声は震えた。  「お前は飛んで逃げられるはずだ!!なぜそうしない!?」  シルバーは叫んだ。  牙に翼を貫かれても、オスポッポは鋼の意思で、真っ直ぐ前を見ていた。  思いがけず大物を手に入れたペルシアンは満足し、喜び勇んで立ち去ろうと、きびすを返す。  そのペルシアンの背中にシルバーが、2階の窓から飛び掛った。  激しくもつれ合って地面に吸込まれていくシルバーとペルシアン。  それをペルシアンの口から飛び出した輝きが追いかけた  ふたりの体が地面にぶつかる直前で止まった。  「お前・・・・」  シルバーは驚き、あきれた。  輝きはポッポからピジョンに進化した、あのオスポッポだったのだ。  オスポッポ・・いやオスピジョンは、シルバーとペルシアンを、その強靭な足に掴んで滞空 した。  「ピィオオオォォォォンッ!!」  ふたりを降ろし、オスピジョットが、鋭く鳴く!  涙目になってペルシアンが逃げ去った。・・・シッポを巻いていた。  「お前・・・  シルバーは言葉を失った  襲った相手も、助けた相手も、ふたり同時に助ける!?  助ける為、守る為に進化するだとッ!?  「クソッ!!!」  拳が地面を打った  「クソッ!クソッ!!クソォッ!!!」  拳がなんどもなんども、硬い地面を打ち付けた。  くやしかった  くやしかった  劣等感にシルバーは叫んだ  このオスピジョンに比べて・・俺はなんて“ちっぽけ”なんだ・・・っ!!  泣いた・・・、生まれて初めて  泣いた・・・  月日は流れた  この町で、敵うものなど居なくなったシルバーは  その夜  ナイフを持って、両親の寝室に忍び込んだ。  「オイ・・・オイッ!」  ナイフを寝ている父の頬に向けて、起こす。  怯える父、泣く母。  かまわずシルバーは言った。  「ポケモンをよこせ」  短く、小さく・・しかし、恐ろしい響きで、シルバーは言った。  すると  ピーポー ピーポー  パトカーのサイレンが聞こえた。  「ちっ・・。」  シルバーは父を見た。ニヤリと引きつった笑いを漏らす父。  シルバーは窓ガラスを破って、暗い外に飛び出した。  父に憎しみのナイフを向けた瞬間から、シルバーは太陽の下を歩く気などなかった。  与えられない・・・ならば、奪ってやるっ!  シルバーは暗闇を走った。月さえ・・・出ていなかった・・・  町を抜け・・・森を出る頃、朝日が昇り始めた。  森の出口に思いがけない見送りがあった。  「ババァのペルシアン・・・。」  そう、そこには大きな群れを引き連れて復讐に燃える、あのペルシアンが居た。  シルバーはナイフを抜いた。  群れを制して、あのペルシアンだけが前に出る。1対1のかまえだ。  「くだらねェ・・・」  シルバーは毒づいた。  慎重に距離を詰めるシルバー、しかし、ペルシアンはその距離を一気に飛び越えた。  ザシュゥッ!!  爪がシルバーの胸を切り裂く  血を撒き、シルバーは地面を転がって退いた。  起き上がり、上着を脱いで左手に巻きつける。  不適な笑みのペルシアン  鋼の意思で睨み付けるシルバー  ペルシアンは高速移動で、何度もシルバーを切り裂き、とどめに噛み砕こうとした。  それをシルバーは待っていた  シルバーは自分の左腕を、自らペルシアンの口に、殴りかかるようにして突っ込んだ。  嫌な音がして、左腕はペルシアンの喉、その奥深くまで入り込んだ。  呼吸が出来ず、暴れ、噛みしめるペルシアン。  砕け、音を立てるシルバーの左腕  しかし、シルバーは不敵に笑い、決して腕を抜こうとしなかった。  ス・・・  そしてナイフをペルシアンの目に向ける。  ペルシアンは涙目で命乞いをした。  沈黙を一筋の風が吹き抜けた  シルバーは腕をペルシアンの口から引き抜いた。  群れに戻ったペルシアンは、なんと、群れに命令した。  集団でシルバーを襲おうというのだ!  シルバーの目は鋼のようにゆるがず  「くだらねぇ・・・」  その口は毒づいた。  「ピィオオオォォォォンッ!!」  その時、いくつもの・・・いや、大量の鳴き声が鋭く響いた。  見ると、森を埋め尽くして、ポッポやピジョンの群れが、ペルシアンたちを睨み付けていた。  「ホークアイか・・・」  シルバーはあのオスピジョン・・・、今はピジョットに進化した群れのボス・・・“男”の 名を呟いた。  ペルシアンの群れは、吹き飛ばされるかのように、逃げ去っていく。  「くだらねぇ・・・」  助かった・・・それでもシルバーは毒づいた  群青の天空には、その主である太陽が、お仕着せがましい熱をハンマーのように照り付けて いる。  立つことも困難な圧力の光・・・  風の吹きすさぶ沈黙の荒野に、シルバーはひとり立った  そして・・・  砕けた左手を揚げる  高く!  砕けた左手を伸ばす  真っ直ぐに!  砕けた拳を握る  強く!!  そして立てた親指で天を指した  「ピィオオオォォォォンッ!!」  ホークアイの声が、友が背く天を貫く  ホークアイ・・・その男の友は  「くだらねェ・・・」  毒づいていた。  片方だけ、天に向いた唇で おしまい