−第2話−  トキワの森―――。  森の小道を麦わら帽子を被った男の子が、走っていた。  手に、クッキーを包んだハンカチを大切そうに持って、道を急ぐ。  木漏れ日が光と影に、交互に男の子をよぎって行く。  森には、男の子と息切れの音と、緩やかな風が木々の葉を揺らす音、時折聞えるポケモンた ちの声が、満ちていた。  と―――。  イタズラな風が、男の子の麦わら帽子を攫った(さらった)。  シャラン………ッ  帽子に隠れていた長い髪が、流れ落ちる。それを風が、なぶった。  男の子は、女の子だった―――。名前は“イエロー”。  「キャンッ。」  甲高い悲鳴を上げて、さらわれた麦わら帽子を追いかけて拾い上げ、誰にも見られなかった かと、辺りをキョロキョロと見回す。と、その時―――。  「あっ。」  イエローは、道端に花を見つけた。  この辺では珍しい、大輪の花弁を広げた綺麗な花―――。  イエローは目を輝かせて花に駆け寄った。顔を付き合わせるように、花を見つめる。  キシッ……。  その時、なにかがキシむ音がした。  なんだろう? と、イエローが回りを見回した、その時―――!  ボソンッ!!  地面に穴が、大きな口を開けた!!!  「―――ッ!!!!!」  声にならない叫び。  考える事無く、なにかを掴もうとする手が―――。  花を、むしりとっていた。  こうして、イエローは地下世界…ゴミ廃棄場に足を踏み入れたのだった。  イエローは、へしゃげた大きなロボットに花を添え、手を合わせた。  ロボットから、生身に見える右腕を奪い取った少年“トライ”は、スタスタと、山を降りて 行こうとする。  慌てたブルー――…、少年と一緒に居た美しい少女が、イエローに声を掛けた。  「イエローちゃん、一緒に来て。」  異常に優しい笑顔をしたブルー。  イエローは、不思議に思いながらも、この見ず知らずの少女“ブルー”に、ついて行くしか なかったのだった。  ゴミで造られたスラム街、しかし、そこは活気に満ちていた。  一部分、もしくは大部分、生身を残したロボットたちが、市場のような通りで、機械部品や 、食料を売買している。  機械油の匂いや調理の湯気がこもって、息苦しい空気を市場に満たしていた。  切れかけた電球の灯りが街のあちこちに燈ってはいるが、まるで霧がかかっているみたいで 、非常に視界が悪い。  通りは混雑を極めており、イエローは何度もロボットたちと、ぶつかった。  「イエローちゃん、手を離しちゃダメよ?」  ブルーの声にイエローは、右手で握っていたブルーの手に、左手も添える。  必死であった。  でも―――。  「あれ? イエローちゃん???」  ブルーが、頓狂な声を上げる。  そう、いつのまにか、イエローの手が離れ、代わりにスクラップのロボットの腕がブルーの 手を握っていたのだった。  「どうかしたのですか? ブルーさん。」  トライが、振り返る。  ブルーは、スクラップの腕を見せて両手を広げ、沈痛な面持ちで首を振った。  「捜すのですか?」  トライが、ブルーに聞いた。  「当然でしょう? なぜそんな当たり前な事、聞くの??」  ブルーが言う。トライが答える、事務的に…機械的に。  「私には、ブルーさんを守る性能しか、ありません。」  見ず知らずの子供は見捨てろ…と言うのか。ブルーはあきれた。そしてトライに聞いた。  「じゃあ、さっきは、なぜ助けたのよ?」  この街、“ダスト・パラディーゾ”に、落ちてきた小さな子供“イエロー”を助けようと 、真っ先に飛び出したのはトライだった。  「理解不能です。その質問に答える事は、出来ません。」  トライは、機械的に、答えた。  「オラッ、大人しくしろ!」  イエローは、乱暴に路地裏に引きずり込まれていた。  数人のロボットに、地面に押付けられ、押さえ込まれている。  汚い路地裏の奥。  木箱に座っているリーダーらしき男のロボットの姿が見える。  「リーダー、こいつは売りに出しますか? それとも、バラして食肉に?」  イエローは、悲鳴を上げる事も出来ずに震えた。  襲われたら大声で助けを求めなさいなんて、襲われた事のない人間の意見だ。  泣けない涙が、鼻水となって、顔を流れ、怯え、振るえる唇で止まる。  リーダーは言った、淡々と。  「食肉だ、刺身がいい。」  イエローは――――。  「助けてーーーーーっ!!」  ようやく叫んだ。  すると。  ポン ポポンッ!  腰のモンスターボールから、ハピナスとゲンガー、ドードーが勝手に現れた。  ドードーが押さえ込んでいたロボットを蹴散らし、イエローの服の袖を引いて、路地裏を脱 出する。  ハピナスとゲンガーが、イエローとロボットたちの間に立って、追撃を防ぐ。  イエローは、表通りで―――。  ドンッ  ロボットにぶつかって、ドードーから、落ちた。  落ちた拍子に、口に入った土…。  苦い  臭い  ジャリっと、不快に響く、金属混じりの土だった。  嫌悪感に、吐き出すと…。  ドン  目の前に、大きなロボットの足が、歩いていった。  ふと、上を見上げると―――。  「あぶない!!」  道を行く、無数のロボットたちは、倒れたイエローに気が付かず、歩いてくる。  超重量の足たちが、イエローを踏みつけようと…。いや、気付かずに踏み降ろされる。  本当は、気付いていたのかもしれない…。  でも、彼らには踏み潰される弱い人間のことなど、どうでもよかった…。のかも知れない。  蟻を踏み潰して心を痛める、踏み潰した事に気が付く人間が、どれほど居るだろうか。  そういう問題だった。  ここは、地下世界“ダスト・パラディーゾ”なのだ。  イエローは四つん這いになって、ロボットの足元を逃げ惑った。  裏路地に逃げ込んで、イエロー。ハッとして、上を見上げる。そこには―――。  「「おかえりなさ〜い。」」  イエローを刺身にしようとする、ロボットたちが、待っていた。  リーダーに踏みつけられた、ボロボロのハピナスとゲンガー。それを見てイエローが涙を 流す。  ジリッっと、ロボットたちが、イエローに、にじり寄った時。  「こっちよ!」  高い声とともに、表通りから伸びた手が、イエローの左腕をつかんで引いた。  「ハピナス! ゲンガー!! ドードー!!! 戻ってっ。」  イエローが必死で呼ぶ。  ポケモンたちは、モンスターボールに戻った。  ロボットたちの罵声を背に受けつつ、表通りを手に引かれて走るイエロー。  手を引くのは、イエローの知らない、女性型ロボットだった。  振り返り、ロボットたちが追ってこない事を確認する、女性型ロボット…。  「えっ!? トライさん??」  女性型ロボットの振り返った顔に、イエローが驚きの声を上げた。  と、良く見ると違った。  トライよりも、少し大人っぽい少女の横顔。  老婆のように、背を曲げたロボットの体とは不釣合いな顔だった。  今度こそ、放さない。  イエローは、繋いだ手を固く握った。  表通りでも、いちばんにぎやかな場所に出て、ジャンクフード店の軒先で止まり、ふたりは 息を整えた。  蒸し器の湯気が、あたたかく、おいしそうな匂いを立てていた。  イエローは、トライに良く似た顔の女性型ロボットを振り返ってお礼を言った。  「助かったーっ、ありがとーーーっ。」  女性型ロボットは、笑顔で「気にしないで。」と、手を振った。  と、そこに声がした。  「イエローちゃーん。」  ブルーのイエローを捜す声。イエローは大喜びで、返事を返した。  「ブルーさーーーんっ、トライーーーーーっ。」  ブルーの姿が人垣の向こうに見え、近付いて来る。  ふと、振り返ると、トライに良く似た顔の女性型ロボットは居なくなっていた。  「捜したのよ、イエロー。大丈夫だった?」  ブルーが、イエローの手を握る。  「あぶなかったよぉ、恐かったよぉ。」  イエローが、ホッとして泣き出した。  落ち着いた時、気が付いた様にイエローがトライに、聞いた。  「トライ、お姉さんが居るの?」  その一言で、トライとブルー、ふたりの顔色が変わった。真剣な、怖いような顔に。  「私に似たロボットを、見たのか?」  詰問口調でイエローに詰め寄るトライ。恐がって後退るイエロー。  「ちょっと、コワイよっ、トライ! トライに良く似た顔を持ったロボットに助けられたん だよっっ。」  トライとブルーは、顔を見合わせて頷いた。  三人は商店街を抜け、住宅街に入った。  住宅街…とは言え、ゴミ捨て場の延長でしかないが。  狭い空間に乱雑に建てられたバラック。それが、お互いにぶつかり合うように、支えあうよ うに立ち並んでいた。  寿命寸前で、動く事も出来ないような老朽化したロボットや、生まれたばかりの子供のよう に小さなロボットたちが、バラックの隙間を縫うように走る路地で、うずくまる。  路地を抜けて、スクラップ置き場のようなそこに、一台の装甲車があった。  バスのような大きさの装甲車は、中が改装され、住居と化していた。  さまざまな機械や計器、それに埋もれるようにベッドがひとつある部屋だ。通路に寝袋が敷 いたままとなっている。  イエローは、表のビーチパラソルの下、プラスチックのイスに座らされた。  プールサイドでよく見かけるやつだ。組立式で、テーブルも付いている。  向かいにトライが座った。充電中(?)なのか、どこを見るでもない虚ろな目が虚空を見つ めていた。  装甲車の中から、ミルクを温める甘い匂いが漂ってくる。  グゥ…  イエローの、おなかが鳴った。そういえば大変おなかが、空いている。  今、何時だろう?  早く帰らなきゃ。日が暮れる前に、レッドさんにクッキー食べてもらいたいし…。  イエローは、想い人の顔を思い浮かべ、ポケットの中のハンカチに包んだクッキーの存在を 確かめた。  と、そこにブルーが、トレイにホットミルクの入ったカップを、3つ乗せてやってきた。  そのブルーに、イエローは聞いた。  「あの…、ブルーさん。ボク、もうそろそろ帰らないと………。」  びくっと震えたトライが、ロケット団の帽子を目深に被り直した。  異常に優しい微笑みをしたブルーが、イエローを説き伏せるように語りかけた。…真剣に。  「あのね、イエローちゃん………?」        「     どんな処でも、住めば都よっっっ。     」  つづく