「“悪”を“悪用”するのは、“人”だねぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜。」  ブルーは、しみじみと言った。  「まいったね〜、バレちゃいましたか〜。」  そこに、人間の声が投げられた。                     −第7話−  トンネルの先に、細身にタキシードを着た男が、ビシッと背筋を伸ばして立っていた。  短い黒髪は、整髪料で固められ、後ろに向って撫で付けられている。  キツネをイメージさせる顔と、切れ長の目が印象的な男だ。  営業スマイルを浮かべているが、目はまったく笑っていない。  イエローは怯えて、ブルーの背中に隠れた。  ブルーは、こそっとトライの背に隠れた。  「私の名前は“デント”、政府行政執行機関の者です。」  「その政府の人間が、わたしたちになんの用よっ。」  トライの背後から腕を振り上げて、ブルーが言う。  「そーだ、そーだーっ。」  と、イエローに至っては、声だけ。  「いえね、月並みな事を申し上げますと、私、あなた方のような方を始末するように、仰せ つかっているのです。」  「えーーーっ!?」  理不尽に泣くようなイエローの悲鳴。  「えーーーっ?!」  それに対してブルーの悲鳴は、なんと、喜びの色で染まっていた。  「なに喜んでるのっ、ブルーさーんっ!」  イエローが叫ぶ。ブルーは、喜びにはしゃぎ、興奮して言った。  「だってだって、秘密を知ったわたしたちが生きてると不都合があるのでしょう? わたし たちが知った秘密が、外部に漏れるとマズイわけでしょう?」  「?」  イエローは、まだ分からない。ブルーは結論を言った。  「つまり、外部に情報が漏れる可能性、手段があるって事よっ! セレビィ以外に、ここか ら出る手段が、あるんだわ!!」  その言葉に、まるで仮面が剥がれるように、デントの顔が驚きに歪んだ。  それがブルーの言葉が真実であることを、如実に証明したのだった、皮肉な事に。  「私の考えで発言を許されるなら―――。             デント、あなたは相当、間抜けです。   」  カアッ  トライの言葉に、デントの歪んだ顔が、羞恥で真っ赤に染まった。そして叫ぶ。  「ここでお前らを、始末すれば済む話だ! いけっ! イワーク!!」  デントがモンスターボールを投げると、そこから巨大な岩ヘビポケモン“イワーク”が、通 路いっぱいに、その巨体を現した。  トライもモンスターボールを投げ、サイホーンを呼び出す。  「イワーク、穴を掘る!」  ドォーーーン!!  「!!!!!」  デントの指示。それに全員が驚愕した。  穴を掘り、地面を高速で移動するイワークが、壁から天井へと移動し、高速でこっちに進ん でくるからだ。  強度を失った天井が剥がれて、通路をどんどん塞いで行く。  「走って!!」  ブルーの必死の声、崩れ落ちる岩の中を、走って逃げる。しかし―――。  「トライっ!?」  トライだけが、逆方向…デントに向って突進したのだ!  崩れる外壁を避け、走るトライ。その前には、地響きを立てて突進するサイホーンが居る。  サイホーンのとっしんが、デントに炸裂した!!  と、思った瞬間、サイホーンのとっしんが、鈍い音を立てて止まった。  足が地面を掻くが、まったく前に進まない。  デントの前に、強力なバリアーが、張られていたのだ。  「あ…あれはーーーっ!?」  ブルーが、振り返って呟く。「ブルーさんっ、逃げなきゃ!!」イエローに、腕を引かれる。  「あれは、トライの左腕!!」  トライの―――表情が、豹変した。  無機質な表情をしていた顔が、憎しみに歪む。  サイホーンのように、バリアーに突進して両手を突き、血を滲ませて爪を立てる。  「返せーーーー………。」  腹の底から、どす黒い憎しみを吐き出すように、トライが言った。  「俺の左腕を、返せーーー!!」  トライの叫びが、ガレキの向こうに、隠れて消えた。  「トライーーーーーッ!」  ブルーの声も、トンネルの崩落に、かき消されたのだった。  幾分平静を取り戻したデントが、目の前のバリアーに張り付いたトライに言った。  「この左腕はあなたのでしたか、さすがロケット団、いい兵器を造る。」  デントが、左腕―――燐粉のような光を発生し、バリアーを展開する生身に見える左腕を見 せる。  「でも、見た所、あなたは立派な生身の腕を持っておられる。なぜ、わざわざ機械の腕を取 り戻そうとするのか? 理解に苦しみますね。」  苦しみなど微塵も感じさせない、目の笑っていない笑顔。  「体が人間だったら―――。」  吐き出すように、トライ。  「え?」  「体が人間だったら、心まで人間になるのかーーーーっ!!」  激しい憤りを感じさせる声で、トライは吼えた。  表情を変えず、デントは冷ややかに答えた。どこか見下す風に。  「当たり前でしょう? 常識がありませんね、トライくん。」  あきれたデントの声。しかし、少し納得してこう言った。  「確かに、あなたは人間と言うよりは、“野獣”といった感ですね。」  そう、バカにするかのように、笑う。  そして、拳銃を取り出した。  バリアーごしに、トライの眉間に、銃口を突きつける。  「さようなら、野獣くん。」  ガーーーンッ  バリアーを解いて、発砲した。  両手両足を地面に投げ出して、仰向けに倒れるトライ。  とっしんを再開するサイホーンを、跳び箱のように飛び越えて、デントがトライに近付いた。  デントは、警戒していた。  確かにトライの眉間に、弾丸は命中した。  しかし、デントの熟練された殺しのセンスが、危険を高らかに告げていたのだ。  「転送…再転送………。」  まるで、うわ言のようなトライのうめき声。  「やはり。」と、デントは弾倉がカラになるまで、トライの体に、弾丸を叩き込んだ。  ハァ ハァ ハァ  デントの呼吸が乱れていた。  手ごたえが、まったくないのだ!!  ブルッ!  デントが身震いをした。  恐怖…もあったかもしれない。でも、それ以上に、辺りの気温が急激に下がっている為だ った。  「クソッ! いったい、どうなってるんだ!!」  ふと―――。  白いモノが降り始めた。  空中に漂うそれを手に乗せて、デントが驚きの声を上げる。  「ゆっ………、雪だと!!」  突然降り始めた雪の中で、トライから、白く輝くなにかが、起き上がり始めた。  それは、雪のように真っ白な肌をした美しい少女―――。  ゆっくりと起き上がる艶(なまめ)かしい体―――、そこに触れるだけで動きを凍り付かせ た弾丸が、パラパラと、白い肌から転がり落ちた。  トライにそっくりな顔の、少女の瞳が、デントを見つけて、冷たく輝く――。  「キサマは―――。」  誰何を問うデントの声。  真っ直ぐ横に伸ばした少女の左手が―――――、ひとつのモンスターボールを握り締めて いた。  モンスターボールを唇に触れて少女は叫んだ!  「転送――――っ!!」  すると、少女の体が光に包まれ、ユキワラシの衣装を着た姿へと変身した!  「ぬうっ!!!」  デントが右手を突き出した。それが真っ二つに分かれて口を広げ、強大な電磁波を宿した。  「くらえ!! 電磁砲――――!!!」  キュッドーン!!  閃光が走り、巨大な球電が、崩れたガレキを蒸発させて、走り抜けた。  ガレキを避け、イワークとバトルしていたブルーとイエロー、そして、そのポケモンたちが 、目の前を横切っていった光弾に、固まる。  バチッ バチッ  と、音を立ててスパークするデントの右腕。その腕の内側に、抱かれるように少女が立って 居た。右手にデントから奪い返した左腕が握られている。  「弟の左腕は返してもらうわ………。」  ソッ………  と、左手は、デントの頬に触れて、息が掛かるくらいの距離で、デントに言った。冷たく  「怒りも  悲しみも  憎しみも、全て―――!!  ……………、私に触れて、凍りなさい。」  ピキィーーーーンッ!!  デントの体が、一瞬で氷結した。  ガシャーーーーン!!!!!  そしてまるで、ガラスの割れるような音がして、デントが砕け散った。  氷の結晶と化して宙に舞う破片の中で、少女の目が冷たく光っていた。  恐る恐る近付いたイエローが、見た事のある顔の少女に、問い掛けた。  「あの…? ナニィさん……、ですか?」  少女は瞳の光を消して、光沢のある黒曜石の瞳で振り返った。  「いいえ、私は“トリス”―――。トライの姉です。」  と、優しい微笑みをして、答える。  吐息にダイヤモンドの輝きをした―――、氷の結晶が舞っていた。  つづく