「あの…? ナニィさん……ですか?」  少女は瞳の冷たい光を消して、光沢のある黒曜石の瞳で振り返った。  「いいえ、私は“トリス”―――。トライの姉です。」  と、優しい微笑みをして、答える。  吐息にダイヤモンドの輝きをした―――、氷の結晶が舞っていた。                     −第8話−  「トリスさん………、トリスさぁ〜んっ。」  イエローがトリスに駆け寄った。トリスが両手を広げ、片方の膝をついて迎える。そし て―――。  「トリスさんの、バカぁーーーーっ!」  イエローぱんちが、トリスの顔に炸裂した!!  ポコ  そのまま、ぺちぺちとイエローおうふくビンタで、攻撃する。  「せっかく、べらべらと秘密を喋ってくれる敵が現れたのに、一撃でやっつけちゃうな んて………。ここは、やられたふりして、調子に乗せて、もっと秘密を引き出すものでしょう ! トリスさんの、バカぁ!!! ボクは、やっつけていいなんて、許可してないよぉおおお!」  おめめパチクリのトリス。そこに、ブルーの高笑いが響く。  「オホホホホホッ。」  「足りないわ、足りなくってよ、トリスさん。色々なものが足りませんわ〜っ。でも安心し て下さってよろしくてよっ。足りない部分は、わたくしが、しっかり補(おぎな)って差し上 げますわっ。オホホホホホホホホホホホホホーーーーーーーーッ。」  ブルーの高笑いが響くトンネルで、トリスは目を伏せた。  その目が再び開いたとき――――。冷たい光が宿っていた。そして、告げる。ダイヤモンド ダストの吐息を吐きながら………。  「怒りも、悲しみも、憎しみも、全て――――!!!」  トリスのこめかみに、青筋が立っていた。  「ん………っ。」  床がボンヤリと光るトンネルで、トライは目を覚ました。眉間の部分がヒリヒリと痛む。  痛みに額を押えて、起き上がると………。  「はい。」  笑顔で、一握りの氷が差し出された。  見上げると、そこに姉…トリスの笑顔がある。  どこか、はにかみながら、それを受け取ってハンカチに巻いて額に当てる。ヒンヤリとした 冷たさが気持ちいい。  そこで、ふと―――、気になった。  こんな氷、どこにあったんだ??  そんな疑問の瞳で、姉を見上げると、姉“トリス”は笑顔で、背後に視線を送った。  「氷は、まだまだ、たくさんあるからねv」  トライは、トリスの視線を追いかけて――――。  「でぇえええええっ!!!」  悲鳴を上げる。  そこには、氷漬けとなったブルー、イエローの姿があった。合掌――――。  「トライ、状況を説明して。」  事務的な声が掛けられた。その声にトライが機械的即応を見せ、答えた。  「イエス、サー! 政府行政執行機関の罠にかかり、未来の地球に来てしまいました。し かし、敵…政府行政執行機関の対応から推測するに、元の時間に帰る術(すべ)が存在するよ うです。可能性は99.994%になります。」  「オーケー、サー! では、これより私“トリス”は、情報収集のため、隠密行動に入る。」  ふたりは軍隊式敬礼をして、別々の行動に出た。  立ち去っていくトリス…姉の後ろ姿にトライが声を投げる。  「ねえさん………。」  振り返るトリス。  「状況を説明、願えますか?」  そして、視線を、氷漬けとなったブルーとイエローに送る。  「あーーーー……。」  説明に困った風で口に手を当てて、ブルーたちとトライの間で視線を行ったり来たりさせる トリス。  ポンっと手を打って、こう言った。にこやかに微笑みながら。  「私に触れたのよ。」  烈火の如く激しさを秘めた、氷の微笑――――。  そのような矛盾した表現が…、いや――。そのような表現しか当てはめる事の出来ない微笑 みだった。  ふたりは姉のなにに触れたのか………? その事には言及を避けて、トライは言った。  「……………氷直し…、持ってるでしょう?」  そう言って手を突き出すトライ。  「ちぇっ」と、舌を打って、しぶしぶ“こおりなおし”をふたつ、弟に手渡す姉であった。  「くちっ。」  イエローが芸術的に小さいクシャミをした。  “こおりなおし”で氷漬けから復活したものの、体は究極に冷えていた。  ブルーは、地面に埋めたゴミからの発熱で沸かしたお風呂に入りに行ったが、イエローは遠 慮した。  だって、がいがーかうんたーっていうのが、ガーガー鳴って、うるさかったんだもん。  イエローは、自分が落ちてきたゴミの山、山頂に来ていた。  気が付けば、ここに足が向く―――。  今回は最初から、ゲンガーとハピナス。ドードーを出して、周りを威嚇する。  お陰でゴミを漁るロボットたちに襲われずにすんでいた。  イエローはここ―――ダストパラディーゾについて、幾分(いくぶん)か、学んだのだった。  そこに―――。下から、暗幕をかぶせた大きな荷物が上がってきた。  ん?  よく見ると、荷物の下に男の子のロボットは居る。  小さな体で、一生懸命、荷物を持って山を上がってくる。  手足はフレームのみの、粗末なロボットだった。と―――、その胸だけが大きくて、バラン スを欠いている。  顔と胸だけが生身の少年。Tシャツを着ているので、胸が生身かどうかの判別は出来なかっ たが、そのフォルムは生身のそれだった。  機械油で汚れた顔―――。でも、その瞳は希望に輝いていた。  「ボク、手伝うよ。」  イエローは荷物を持つのを手伝った。  驚いた男の子のロボットだったが、「ありがとう。」と言って、笑顔を返した。  イエローは―――。ひさしぶりに“人間”に出会えたような気がして、嬉しくなった。  山頂に着いた男の子のロボット…“イデ”は、辺りを用心深く見渡して、イエローに言った。  「危ないから、離れて。」  イエローは、不思議に思いながらも、イデを信じて離れた。  イデは、風を見て、山を見下ろして―――、暗幕を取った。  「わぁっ。」  イエローが感嘆の声を上げた。  暗幕に隠されていたそれは、自転車を改造した“人力飛行機”だったからだ。  喜び、駆け寄ろうとする、イエロー。その足が、ふと―――、止まった。  空気が変わった―――!?  誰もが気にしなかった暗幕の中身。それがなにか分かった途端、ロボットたちが振り返った。  全員、厳しい表情をしている。  なにかまずい事したのかな………?  そう思ってしまうくらい、激しい怒りと憎しみを決まり事で隠した、厳しい表情………。き っと、かみ殺した“羨望”―――――。  「とめろーーーっ!!」  「飛ばすなぁ!!」  「落とせ…落とせーーーっ!!」  ロボットたちの視線と罵声。それを一身に受けてイデが飛行機に乗って走り出した。  ぶつかってでもとめようとするロボットたちを、すり抜けて―――。  「飛んでっ!」  イエローの祈りを、追い風に―――。  飛行機が―――。フワリと………。  舞い上がった!!  そして―――。  舞い上がった空中で  右の翼が  折れた。  尾翼が  へしゃげた。  落ちた地上で  左の翼も  ちぎれた。  そしてイデは、怒り狂ったロボットたちの前に、投げ出された。  「とんでもない奴だ、こいつは!!」  「二度と立ち上がれないように、叩き伏せろ!!!」  イデは―――。  大勢のロボットたちに、寄って集(たか)って踏みにじられた。  イエローが泣きながら、走り寄る。  「やめてよっ! 行ってっ、ゲンガー、ナイトヘッド! そして、ハピナス、たまごばく だん!! そして、くらえーーーっ! ボクの、イエローぱぁーーーーんち。」  ポコ  「オラオラ!」  げしげしっ  「いてまえ、いてまえ!」  ふみふみっ  「痛いよぉ、痛いよぉーーーーっ。」  イエローが、イデのリンチに巻き込まれて、踏みつけられた。  と、そこへ―――。  ビュオオオオオオッ!!  ふぶきが、吹き荒れた。  ふぶきに蹴散らされ、ロボットたちの間に動揺が走り、我先に逃げ出したのだった。  イエローが辺りを見回すと、去っていくロボットたちの中に、ロケット団の衣装を着た少 女が、深く帽子を被り直し………なにも言わずに去っていった。  少しだけ―――、その帽子の下に見えた口元が、優しく微笑んだように見えた。  吐息にダイヤモンドの輝きが、こぼれていた。  つづく