少年の、真っ直ぐな瞳に見つめられ  憎しみは、見る見るうちに小さくなっていった。  手の平の中で、小さくなったそれを  私は、投げ捨てた。  私は、投げ捨てた。  そして、私は―――。                     −第9話−  「ねえねえ、色々聞いてもいいかなぁ。」  イエローが、ドードーの上に乗せられたイデに、聞いた。  「うん、いいよ。」  壊れて動けないイデが、答えた。  ふたりは繁華街を抜けて、住宅街を歩いていた。  壊れたイデを、ブルーに直してもらおう。  イエローは、そう思ったのだ。  その道すがらの話だった。  イデは、外洋の孤島に浮かぶ島の住民だった。  外界とはほとんど接触もなく、名物になるようなものもない島で、のんびり漁をして暮らし ていた。  そこに、軍隊が押し寄せた。  島の住民はほとんど抵抗も出来ず、捕獲され、連れ去られた。  連れ去られた先の研究所で、ある者は体に機械を埋め込まれ、ある者は体を機械に改造され てしまった。  そして、改造が終わって、データを取ると―――。誰も例外なく、捨てられた。  「みんな、体が機械になったからかな、心まで荒んでしまったんだけど、僕は思うんだ。き っと、島に帰れば、みんな元に戻るんだって。綺麗な海と太陽、島の大地に戻れば、きっとみ んな―――。」  「だから、僕が空を飛び、捨てられたあの穴から外に出て、ハシゴを降ろす。そして、島に 、みんなで帰るんだ。」  イデの、希望に輝いた瞳―――。  イエローは、少し眩しかった。そして―――。  あそこは、一方通行なんだよ………。なんて、言えなかった。  空を飛ぼうなんて、考えてはいけない――――。  ロボットたちが、口にしていた言葉が―――、イエローの脳裏をよぎった。  ふたりの後を―――ひとりの男が、つけていた。  黒服を着た大男で、サングラスをかけていた。たすきのようにかけた革ベルトに、3つモン スターボールが装着されている。  男はイデを見て、楽しそうに、ニヤリと笑った。  「もぉーーーーーっ、わたしは修理屋さんじゃないのよ?」  はい、終わりーーーっ。と、ブルーが、すっかり元通りに修理されたイデの背中を叩く。  言葉とは裏腹な、丁寧な仕事に、イエローは感謝した。  ベッドに寝転がって雑誌を読んでいたトライが、雑誌を下ろす。  目深に被ったロケット団下っ端の帽子で隠れて読めないであろうが、無関心を示そうとする 彼なりのモーションであろう。  「?」  そんなトライに、イエローが首を傾げる。  「ねぇねぇ、また飛行機、作るんでしょう?」  でも、すぐにトライに対する興味を無くし、イデに振り返るイエロー。  「うん、僕は、あきらめないよ。」  と、明るくガッツポーズをするイデ。  手伝うよー。と、イデと一緒に部屋を出て行くイエロー。  トライは起き上がって、ベッドの縁に腰掛けた。  「取り返さないの?」  ブルーが笑ってトライに言う。  「……………、理解…不能です。」  まったく不確かな、どろどろの思考の中で、かろうじて判別できた「分からない」を口にす るトライ。体を使って、「分からない」を追いかけようとする。  ブルーは、微笑んで―――。それに続いた。  ブルーたちの住居である装甲バスの前のイスに座って、ふたりはイエローたちがやろうとす る事を見ていた。  イエローとイデは、壊れた自転車や鉄板を集めて、なにか飛行機のような形を作っていく。  イエローとイデ。  その輝く笑顔に、トライは目を細めた。  トライに、微笑みは…無い。  輝きは刺激となって、トライの脳を焼いた。  まるで、暗闇の狭い部屋の中―――。  すこしだけ開いたドアの向こうから聞えてくる、遊ぶ子供の声を聞くように―――。  閉塞感…。  それを感じていた。  痛い………………。  トライは輝きに、目を閉じた。  となりで、ブルーが……………、あくびをしていた。  「どうかな、トライ。これ、飛ぶかなぁ?」  「さあ?」  レオナルド・ダヴィンチが設計したかのような、夢に描いた飛行機の姿がそこにあった。  現実にそれが飛ぶとは、到底想像できない。  「ちょっとおっ、感動がないなぁ、トライは。もっと、「あそかが、あー」だとか「ここが 、こー」だとか、言ってよぉ。」  ホッペタを膨らまし、大袈裟に両手を広げてイエローが言う。  なにかとても、全てが億劫(おっくう)になってしまったトライが、適当に言葉を吐いた。            「   You may Fly   」  「?」  イエローが首を傾げた。  「英語で言われても、わかんないーっ。」  すぐにクレームを付ける。  それに、トライの代わりにブルーが言った。  「「きっと飛べるよ。」だって。」  やったーーーっ!  そう喜んで、イエローとイデのふたりは、それに暗幕を被せ、持って行ってしまった。  「追わないの?」  ブルーの声。座ったままのトライ。その前に、突然、大男が現れた。  近くに来ただけで、天井を覆い隠す程、覆い被さるように迫る迫力があった。  光を遮(さえぎ)る壁となった大男は、黒い服と相成って、そこに月も星も無い夜がやって 来たかのような錯覚を、ブルーたちに与える。  「抹殺指令の出てたガキどもか。」  大男が、口を開き、豪快な笑い声と共にそう言った。笑い声だけでブルーの体が、上下に揺 さ振られる。  ブルーが、ポリゴン2の入ったモンスターボールを構え、臨戦体勢に入った。トライは座っ たままだった。  「もうちょっと、待ってろ。すぐに殺しに来てやるから。今は少し、楽しみが出来たの でな。」  自分勝手にべらべらと喋り、そう言ってスタスタとイエローたちの後を追い始めた。  それをブルーが追いかける。  トライは―――。  気だるい体をイスに預けた。立ち上がろうとさえしない。  「立ちなさい、トライ。」  声と共に、腕を引かれた。  見上げると、いつの間にか隣に立ったトリスがいた。  「立ちなさい、トライ。取り返すんでしょう、奪われたモノを。そして―――、姉さんは知 ってる。本当に取り返したいモノは、元の世界、元の時間にしかない事を―――。」  「あきらめたほうが  いい。  幸せだろう、あきらめた方が………。」        「      倒れたままの人間が、転ぶ事はないのだから。      」  「間違わないで、トライ。あなたは、憎しみと一緒に―――。         夢と希望と、“愛”を、捨ててしまっただけよ。     」  憎しみは愛の変形であって、愛と切り離せるものではないのだ。  「拾って来なさい、トライ。イデが持っています。倒れたままなら、転ばない? 笑わせない で。後から来た人間に踏まれ、転がり落ちるのよ、人生の坂道を。」  トリスは、トライの襟首を捻り上げて吼えた!      「     両足で真っ直ぐ立って、前を向いて歩け!!     」  「スタンは―――。兄さんは寝転ぶ為に、あなたに両足をあげた訳じゃない………。」  「あなたが行かないなら、私が行く。私は冷酷非情の雪女だから。」  そう言って行こうとする姉の腕を、掴んで止めた。そして言う。  「鬼にならなくてはいけないなら、俺が成る。姉さんは子供を抱いて、幸せに笑っているの がいい。」  トライは、立ち上がった。  「イデの胸にある、兄さんの心臓を――――。俺が、取り返す!」  それがイデの“死”を意味するとしても――――。  トライはここ、ダストパラディーゾに捨てられ、ロボットたちに両手両足を奪われた。  しかし、先に捨てられた兄、トリスタンと姉、トリスから生身をもらい、完全な人間として 復活したのだ。  お互いの欠けた部分を補い合う“転送合体”によって。  トリスは顔を奪われていた。そしてスタンは―――。心臓を奪われていた。  トライは誓った。「人間になれなくてもいい。トリス、スタンと一緒に生きていきたい。」  ココロ サエ ニンゲン ナラバ ニクタイ ガ キカイ デモ キット ニンゲン ダ  オレ ハ ニンゲン ダ ニンゲン ナンダ…。  そして…、トライの体を取り戻す旅が始まった。  顔を取り返した事によってトリスが復活出来た。残るは、トライの両足と、スタンの心臓だ ったのだ。  イエローがイデを連れてきた時、トライは狂喜した。そこに兄、スタンの心臓があったか らだ。しかし―――、希望に輝く、イデの瞳に――――、心を殺された。  殺された憎しみが、トライの免罪符だったのだ。それを奪われ、憎しみを捨て去ったトラ イは、生きる原動力をなくした。  愛ではなく、愛を得られないから、やむなく憎しみを、生きる原動力にする…。2次的な人 間だったのだ。だから―――…。  兄さんの事は、もう、あきらめよう。  そう思った時、トライは立ち上がれなくなった―――。  体が人間だったら―――             心まで人間なのか………?  トライは、首を横に振った。  真っ直ぐに、両足で立って、前を見る。  俺は、人間じゃない。そして、もはや機械(ロボット)ですらない、俺は…。  俺は、鬼だ―――――。  トライは、足を前に―――踏み出した。そして歩き出す。  カタタッと、腰に付けたモンスターボールが鳴った。  持ち上げて見ると、中のサイホーンが、優しくトライに頬を寄せた。  ポロッ  涙が、こぼれた…。  こぼれた涙を拭って―――。トライが、歩いていった。  ゴミの山、山頂を取り囲んで、ロボットたちが、集まっている。  山頂で起こっている出来事を、遠巻きに見ていた。  「飛んで見せろよ。」  大男の嘲笑まじりの声。  「「どけっ、のけっ、やめろーーー!!」」  踏みつけられ、身動き取れないイエローとブルーが、泣き叫ぶ。  近くには、戦闘不能となったポリゴン2やハピナスたちが、横たわっている。  山頂で、ボロボロに叩き伏せられたイデが、フラフラと――――。  大男によって、右翼をもぎ取られた人力飛行機に、乗った。  フラフラとペダルをこぎ始めるイデ。  しかし―――。  飛ぶはずがない。  飛ぶどころか、バランスを崩して、イデは転んでしまった。  「オイオイ、しっかりしろよ。」  イスにされたイエローとブルーから立ち上がり、ニヤニヤ笑いながら近付いて、人力飛行機 とイデを持ち上げた。起き上がり殴りかかるイエローを完全に無視して、山頂に人力飛行機と イデを置いた。そして―――。  ボキッ…  左翼もヘシ折ったのだった。そして、言う。  「さあ、もういっかいチャンスをやろう。飛んで見せろ。」  飛べるはずが、ないだろう!!!  イデは、それでも、人力飛行機に乗った。そして、コケた。  大男“タスク”は笑った。本当に可笑しそうに笑って、―――…言った。         「      お前は、ダメだなあ。     」  イエローが、怒りで気が狂いそうになった時!  「トライアタックッ!!」  声と共に、圧倒的物理攻撃が、タスクに直撃した。巨体が宙に舞って、ゴミの山を転がり落 ちて行く。  「トライ! トリスさん!!」  イエローの声。  山を、ロケット団下っ端の制服を着たトライとトリスが、駆け上がってくる。  「大丈夫か?」「大丈夫?」  ブルーとイエローに駆け寄ったトライとトリス、その顔が緊張に引き締まる。  山裾から、天井に向って、3体のドラゴンポケモンが飛立ったのだ。  「ボーマンダ! チルタリス! フライゴン!!!」  空中に浮かんだ3体のポケモンが、トライとトリスを睨みつけ、急降下してくる。  「サイホーン!」「ユキワラシ!!」  ふたりが自分たちのポケモンを出した。  サイホーンが、チルタリスの攻撃を受け止め、ユキワラシのふぶきが、フライゴンを打ち落 とす。  「ねえさんっ!!」  トライの叫び! 残るボーマンダが、トリスに襲い掛かったのだ!  ブゥン…  トリスの瞳が光る。すると、トリスの眼前にバリアーが展開された! そこにぶつかって 、ボーマンダが、叫びをあげる。  トライの突き出した右腕に3つの蓋が開く。そこに銃口が現れ、トライの叫びに火と冷気、 電撃を噴きだした。  「トライアタッーク!!」  直撃に、ボーマンダが戦闘不能になった。  それを見たチルタリスが、サイホーンを乗り越え、トライに襲い掛かろうとする。  すると、サイホーンのツノが高速で回転し、チルタリスに突き刺さった。  「つのドリル!!」  一撃必殺の攻撃に、チルタリスは戦闘不能になった。  3体のドラゴンポケモンは動かない。トライとトリスは、ホッと息を吐いた。  「気を付けて、トライ、トリス! そいつらは、これから………!!」  ブルーの声が飛ぶ。その声を受けて、トライとトリスがお互いを守るように、背中を合わせ 、警戒した。  「ヤッテ くれル ジャないか、コノ 礼 ハ 高くツクぞ。」  電子音と生の声が、怨念すら感じさせる音となって響いた。  タスクが、山の頂上に上がってきた。  生身の皮が剥がれ、醜い機械部品が剥き出しの姿で。  わき腹に大きな穴が開いて、千切れかかった左腕を引きずりながら、こちらにやってくる。  タスクが、右手を上げた。  そこに3体のドラゴンポケモンたちが、モンスターボールに戻って、手の平に乗る。  「本ケ ホん元 の 転送ガッタイ ミセテヤル!!」  タスクの体が、光り始めた。  湧き上がる戦慄に、トライとトリスが、それぞれの転送合体をおこない、岩の巨人と、雪の 精霊の姿に変身する。  「「「転送!!!」」」  タスクが、一際(ひときわ)の輝きに包まれた。  それがやんだ時―――。現れたそれに、イエローが震える声で呟いた。  「バケモノ………っ。」  チルタリスの羽毛に覆われたボーマンダの体、そこから伸びる4枚の翼。3つの首…チルタ リスとボーマンダ、そしてフライゴンの首が生えている。シッポは2本…ボーマンダとフライ ゴンのそれが生えていた。  混乱した3つの首が、ムチャクチャに、破壊光線を吐き出し始める。  そのひとつが、イエローとブルーの方に!  「「あぶない!!」」  トライとトリスが、バリアーを展開して、ふたりを守った。そこに破壊光線が集中する。  「しネ シね しネ シねーーーーーーーーっ!」  狂ったような声が、複合獣“キメラ”と化したそいつの腹の底から聞える。  「くっ!!」  トライは唸った。  過負荷となったバリアー。それを発生させる左手から、ケムリが吹き始めた。  「つっ!」  トリスが目を押えた。  バリアー発生装置をかねた瞳。その目から血が、涙のように流れ始めた。  バリアーが、切れたらどうなるのか……………。  その想像に、イエローはゾッとした。  そこに――。  山頂で、ひとりの人影が立ち上がった。  イデだ―――。  おもむろに、Tシャツを脱ぐ―――。  そこに、たくましい青年の生身に見える胸板があった。  ビッ  イデが、まるで胸板を両開きの扉のように、開いた。  「えっ!?」  イエローの驚きの声。  開いた胸に、3つの銃口があった。それぞれが冷気――、電撃―――、炎の力を収束させて いく。凄まじい勢いで!!  「やめろっ!」「やめてっ!」  トライとトリスが、同時に悲痛な声を上げた。  えっ!?と、振り返ったイエロー。トリスが、イデに言った。  「やめて、オモチャの拳銃で、実弾を撃つようなものよ! イデが、死んじゃうわ!!」  トライが、イデに言った。  「やめろ! お前は俺が殺すんだ!! スタンの心臓を奪い返して…お前は俺に殺される んだ!! 勝手に死ぬなーっ!!!」  イデは、微笑んで―――。  イエローに………、みんなに、言った。  「イエローちゃん。           ブルーさん。  トリスさん、トライにいちゃん。そして――…、                         島のみんな。  今まで、本当に…。本当に、               ありがとう      」  イデの唇が――――……やさしく、別れをつげて――――――。  それを放った!!!!!  ッドーーーーーーン!!!!!  世界を、白一色に塗り替えて…トライアタックの光が、キメラを神の元に還した。  トライの“トライアタック”その数倍の威力を持った閃光が走り去り、戻った静寂の中 で―――。  山頂に、光が降り注いでいた。  「イデぇーーーーっ。」  泣き声…涙の雫を含んだような、イエローの声が、尾を引いて消えていく。  降り注ぐ光を浴びて―――、そこにスタンの心臓部が浮かんでいた。  歩み寄ったトライが―――。  みんなの為に、夢を追いつづけた、少年を慈しむように………。  抱きしめた。  「転送………。」  抱かれた少年の形見は、輝いて、  両膝を突き、降り注ぐ光に項垂れる、黒衣の少年の内に………。  ――――――消えていった。  なごりを残した輝きが一粒―――                光の梯子を、昇って行った――――。  いえ、きっと―――。                ―――――…飛んでいった。  つづく