戻ってきた塒(ねぐら)、その前にあるイスに座って、イエローはドキドキしていた。  となりにはトリスが、イエローと同じように、身を乗り出してドキドキしている。  トライが、転送合体を解いて、スタンを復活させようとしているのだ。  イエローは、好奇心で。  トリスは―――、おそらく恋慕の情で。  テーブルを挟んで向こう側に座るトライは、ふたりに見つめられて居心地が悪そうだ。  傍に立つブルーが、可笑しそうにクスクスと笑う。  いよいよ、トライが叫ぶ。  「再転送っ!」  そして―――。いきなりトライの全身が炎に包まれた!  ロケット団下っ端の制服であるトライの衣服を突き破って、炎に包まれた馬…ギャロップが 、まるで天馬のように空中に飛翔する。  それを追うように、手が伸びた。  トライの左肩から生えるように伸びた手が、空を掴む。  炎に包まれたその腕から、徐々に全身が現れ出でる。  スマートな青年の裸身は、引き締まった筋肉と、それを支えるがっちりとした骨で出来て いた。  鋼のような筋肉でありながら、柔軟性を感じさせる、鍛えぬかれた体…。それが、トライの 中から羽化するかのように出てくる。  ト…。  現れた青年は、軽やかに大地に立った。そこに、ギャロップが降り立ち、傍ら(かたわら) に立つ。  「スタン………っ!」  名前を呼び、涙を滲ませ、トリスがその胸に飛び込んだ。堰きとめていた想いが溢れ出すよ うに、泣き出した。  普段、冷たいくらいに冷静なトリスの姿に驚きながらも、イエローは、とても気になる事を ブルーに聞いた。  「ブルー、スタンのってさ………、おっきいの?」                     −第10話−  ステーーンっっ  ブルーの「私の経験的には、どーの、こーの。」と言っている姿に、トライが盛大に転んだ。  トライは、兄からもらった両足を返した為、立てなくなったので、サイホーンの背によじ 登る。よろよろと  まあ、好きなヤツの前では、自然とカワイイのだ、アレらは。それでいいじゃないか。  そう言葉で心を塗り固めて、トライが自分の気持ちを合理化する。  落ち着いたところで、話が始まった。  トライやトリスと同じく、ロケット団下っ端の制服に着替えて出てきたスタンが、テーブル を囲んでイスに座る。スタンのポケモンである“ブルーの経験的に、大きいギャロップ”は、 モンスターボールに戻していた。  話の内容は主に、スタンに対する現状説明。  空間的にだけでなく、時間的にも捨てられた絶望的な状況説明が進む。しかしっ!!  「ちょっと…? スタン……???」  そう! スタンは目を好奇心で輝かせ、顔を嬉しそうにワクワクとさせ始めたのだ。そして 、今にも飛び出して行きそうな雰囲気で言う。  「すっげぇーじゃん! ここ、未来なんだろう!? 誰も来た事のない遠い未来だ。すぐに 帰るなんて、もったいないっ! 冒険に、行こうぜ!!」  「ちょっ…、ちょっと、スタンっっ!?」  ビックリ焦ったトリスの静止も聞かずに、スタンが軍式敬礼をして言った。体はもう、あっ ちを向いている。  「これより、私、トリスタンは隠密行動に入る!! ではっっっ!」  バキューーーン! と、砂埃を上げて、スタンが、走り去った。  「待ってよっ、スタァーンっっ。」  それにトリスが続く。  砂埃がやんだ時、ブルーが手の平で蓋をして守った紅茶を手に持って、一口、含んでから言 った。  「トリスも大変ね〜♪」  それはゴシップ好きの、女性の言葉だった。  両足を失ったトライが、サイホーンの背中にねっころがって、雑誌を読んでいる。  と―――、そこでブルーが、キョロキョロと周りを見回し、トライに聞いた。  「あれ? ねえ、トライ。イエローちゃんは??」  イエロー、居ねぇっっ!!  ダストパラディーゾの外へ通じるトンネルに、イエローが居た。  ガレキに腰掛けて、膝にヒジを突いてそれに顎を乗せて、それを見ている。  それは、地面の超伝導コイルを引っ張り出して、なにか乗り物を作っているスタンの姿だ った。  トリスの姿は無い。  トリスすらついて来れなかったのに、イエローがなぜ??  ………どうも、考えている事が似てるらしい。ここに居るのでは? という予想が見事的中 して、イエローはスタンに合流した。  「出来たっ!!」  スタンがパンパンと手を叩いてホコリを落とす。  そこには、鋼属性のポケモンのような姿の機械があった。  大きなレアコイルに座席がついたような乗り物だ。  「なになに? これ、なに???」  興味いっぱいでイエローがスタンに聞く。  「コイルの浮遊原理を応用し、未来の技術で倍増させた推進力を持つ乗り物だ。地磁気を利 用しているので、燃料切れがない上に、地球上において道に迷う事は無い。」  説明している内に、イエローは座席に乗り込んでいた。いっしょに行く気、まんまんだ。  スタンは、そんなイエローに苦笑して、乗り込もうとする。そこに、一匹のコラッタが顔を 出した。  「おまえも、いっしょに行くか?」  スタンの笑い声に、コラッタがピョンっとイエローの胸に飛び込んだ。特等席でスタンに早 急な発進を催促する…かのような目を向ける。  「よしっ、いい度胸だ! いくぞ!!」  飛び乗ったスタンが、シートベルトを絞めて、いっきにアクセルを全開にする。する と―――。  バキューーーン!!  乗り物は、いっきに時速200kmを越えて走った。  まるで初速で最高速に達するジェットコースターである。  一瞬で、目の前に外に出る扉が迫った。  ぶつかる!!  コラッタが、目を閉じた時…イエローは、はしゃいでいる。これ以上ないというくらい面 白がっていたりする。  その時! スタンの胸が開いた。  3つの銃口に炎、冷気、電気の力が急速に収束する!  それが、ぶつかる瞬間に放たれた!!  「トライアタックッ!!!」  扉は―――消し飛んだ!!  消し飛んだ扉から、イエロー、スタン、コラッタの乗った乗り物が飛び出す。  「いっけぇーーー!!!」  重くのしかかる巨大な太陽の下、無限の砂漠を―――。  乗り物は疾走した。いずこかへ―――――。  ブルーたちの塒(ねぐら)、住宅街―――。  とは名ばかりのスラムの一角。  スクラップ置き場のようなそこに、バスの装甲車があった。  タイヤの空気はとっくの昔に抜け、地面に腹をつけている。  その前に、ビーチパラソル、その下にテーブルがある。  そこのイスに座って、優雅なティータイムを楽しむ黒いタイトなワンピースを着た少女“ ブルー”は、突然の気温の変化にブルッと身震いさせた。  「どうしたのですか? ブルーさん?」  隣にサイホーンが眠っていて、その背に乗った黒衣の少年“トライ”が、上半身を起こして 尋ねる。  トライは今、下半身の両足が無かった。革の座席をサイホーンの背中につくり、そこに座っ ている。落ちないようにベルトで固定して。  そのトライの言葉に、ブルーは寒さに肩を抱きながら震え、答えた。  「ねぇ…、いきなり寒くない?」  そういえば…。  その言葉の終わるのを待たずに、ふぶきが吹き荒れた。  見ると、道の向こうから、黒衣の少女がやってくる。でも、纏っているのは黒いロケット 団下っ端の制服だけじゃなく、寂しく吹き荒ぶ、ふぶきをも纏っていた。  失意に落ち込んだ表情は、目深にかぶった帽子ですら隠せない。  少女“トリス”は、ブルーとトライの居るテーブルのイスに座り、テーブルに突っ伏して泣 きながら言った。  「また……、また、置いていかれたぁ―――。」  ビュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!  ふぶきが、吹き荒れた。近くに居たトライが逃げ遅れて、完全に凍りつく。カティン!っと  機動隊が使うような盾に隠れて難を逃れたブルーが「ひぃいいいいっ。」と悲鳴を上げて、 よつんばいのまま、バスの中に逃げ込もうとする。  と、そこに、電話のベルが鳴った。  よつんばいのまま、手を伸ばして受話器を取ろうとしたブルー。それを踏みつけて駆け寄っ たトリスが受話器を抱え込む。  「はいっ! トリスですっっ。」  「あぁ、良かった。通じたよ。俺だ、スタンだ。」  スタンの声に、ふぶきがピタリと、やんだ。  「あぁ…、スタン…。今、どこに居るの? 元気にしてる?? 大丈夫???」  頬を朱に染めてトリスが聞く。もぢもぢと受話器のケーブルを指に絡める。  「あぁ、元気だ。3時間毎に連絡を入れる。緊急時は別にして…だ。」  うん…うん…。と、受話器に当てた耳に幸せを感じながら、もぢもぢ動く指に絡め取られた 黒電話が、ゆっくりと上に巻き上げられていく。  「なにかあったらすぐに連絡するから、そっちもなにかあったら、回線はいつでも開いてい るから連絡してくれ。」  「うん、そうする。でもね、でもねっ、なにもなくっても…連絡、欲しいの………。」  真っ赤な顔で恥ずかしがり、キャン☆と声を上げて頬に手をやるトリス。完全に巻き上げら れた黒電話が、手の甲にくっついている。  「? おう、いいぜ。じゃあ、またな。」  プチン ツー ツー  切れた電話。その受話器を胸に抱いて、上気した頬で上の方を向いて、潤んだ瞳のま ま「ホゥ…。」と、悩ましいため息をつく。吐息がまるで桃色をしているかのような、幸せな ため息だった。  「うーっ、うーっ、つぶれる〜っ。」  足元で声がした。  にへらっと笑った顔が足元の敷物と化したブルーに向く。途端、冷たい印象の、冷静で綺麗 な顔に戻る。そして心底、不思議そうに聞いた。  「そんなところで、なにしてるの? ブルー。」  外では、サイホーンに乗ったトライが、凍っていた。  つづく