ここはバストパラディーゾ。スラム街、ブルーたちの塒(ねぐら)。  シュン シュン シュン  室内に置かれた、だるまストーブの上で、ヤカンが湯気を上げていた。  住居に改造された装甲バスの外は、なぜか、ありえない、しかし原因はハッキリと分かって いる“ふぶき”に、見舞われていた。  湯気の立てる音と、ふぶきが窓をカタカタと揺らす音。それ以外の音がまったく無くなって しまった室内で、少年と少女…、ふたりがストーブにあたっていた。  沈黙した空気、薄暗い部屋………。  まるで世界中で、ふたりっきりになってしまったかのような静けさ―――。  と―――。  その中で、タイトな黒いワンピースを着た少女が、立ち上がった。  そして、突然、丈の短いスカートを、持ち上げる。  両足を持たない黒衣の少年、そのすぐ目の前であらわになる下着…。  そして、少女は――――。  スカートの下に、ジャージを履いた。  上にも“ぶるう”と書かれた名札の縫い付けられたジャージを羽織る。  そして、なに事もなかった風で、ストーブに戻ってきて、盛大にクシャミをする。  「ぶふぇっくしょーーーーーいっ、っきしょーめぇ!!」  どこの江戸っ子オヤジだ?? と、いった感じの、ものすごく男前なクシャミである。  「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」  室内には、声も無かった。  シュン シュン シュン  だるまストーブの上で、ヤカンが湯気を上げていた。                     −第12話−  7回目の夜――――。  スタン、イエロー、マサキの三人は、そこに、たどり着いた。  そこは岩で出来た渓谷――――。  そこに一本の若木が、生えていた。葉を一枚も付けていない。  若木の周りには、いっぱいのミイラ化したポケモン“セレビィ”が、風化し、朽ち果てるよ うに横たわっている。  若木の下に、ひとりの人間が居た。その姿は―――。  イエローが驚きに表情を固めたまま、恐る恐る、その人間の名を呼んだ。  「ワタル…さん………?」  ポケモンリーグチャンピオンである“ワタル”が、その声に答えた。  『ビィ?』  それはまるっきり、ポケモン“セレビィ”の鳴き声だった。  「どうしたの? ワタルさんっ!? なにがあったの!?」  イエローが、“すてみタックル”をかけるかのような勢いでワタルに迫る。  『ビビィ?』  ワタルの外見からは、ありえないカワイイ声が、その口から漏れた。困ったように微笑み、 首を傾げる。  「あ〜んっ、ワタルさんが壊れた〜!」  「やめとき、イエローはん。もうソイツは昔の…わてらが知ってるワタルとは違うんや。」  想像を絶する時の流れの中で、ワタルになにがあったのかは、分からない。時の来訪者であ るイエローたちには、目の前の現実を受け入れるしか選択肢はなかった。  と―――、その時。  ワタルが、空を見上げた。  そして、慌てて懐から笛を取り出し、透き通り、突き抜けていくような高い音色を奏で始 める。  そのワタルが持った笛に、スタンが驚いた。  「? あれは“時の笛”じゃないか!?」  「「えっ!?」」  イエローとマサキが驚いた。時の笛…それはセレビィを呼ぶ事の出来ると伝えられる伝説の フエだったからだ。  かくして、天空に大きな光の円が現れた。  そこから舞い降りてくる一匹のポケモン――――。  「セレビィ!! ……………?」  喜びと驚きの混じったイエローの声。それが途中で怪訝な感情に染まる。  セレビィが、地上に近付く程に、セレビィの姿がシワシワになっていくのだ。  セレビィが、地上に着く頃には、まるでミイラのようになって、力なく、地面に横たわる。 そして、力ない呼吸をして、苦しそうに天を仰ぐのだ。  ワタルが笛を吹くたびに、セレビィが現れ、地上に伏せていく…。イエローは地獄のような その光景に、悲鳴を上げた。  「やめてよっ、ワタル! もう、セレビィを呼ばないで!!」  困ったような笑顔をしたワタル。しかし、時の笛を奏でることを、やめようとはしなかった。  スタンとマサキは、倒れたセレビィに駆け寄って抱き上げる。  「ワ、タ、ルーーーーーっ!!」  激怒したイエローが、モンスターボールを投げた。ゲンガーが、主人の怒りに同調する。  ワタルも腰のモンスターボールを、取り出した。  トレーナーの本能がそうさせるのか、ワタルがモンスターボールを投げる。  そこから、プテラが現れた!  プテラの口に、光の球が宿って、破壊光線を放つ!  凄まじい威力の破壊光線。しかし、ゲンガーには効果がなかった。  「ゲンガー、10まんボルト!!」  大きく伸び上がったゲンガーの手、その指から激しい電撃が放たれた!  効果バツグンのワザに、プテラは大ダメージを受けた。  プテラは、しかし、その強靭な足で、大きな岩を持って飛ぶ! そして、上空から、ゲンガ ーめがけて岩を落とした!!  「岩落しっ!?」  大ダメージを食らったゲンガー。  「戻れっ、ゲンガー!! よくやったぞ!」  しかし、ゲンガーは…。  トレーナーの指示を無視して、プテラに飛びついた。そして体内のエネルギーを危険な程に 膨張させる。  「やめろっ! ボクのいう事が聞けないのか!? ボクはおまえの親だぞっっ。」  ゲンガーのやろうとしている事を知り、子供のように駄々をこねるイエローに、ゲンガーが 振り返った。  そして微笑んだ…。微笑んでも怖い顔だったけれど………。  ドムッ!!  上空で鈍い音がした。  ケムリが雲のように膨れて広がる。  ゲンガーが自爆したのだ!!  戦闘不能になったプテラが墜落する。  ボロボロになって地面に落ちるゲンガー。イエローが泣き叫んだ。  「バカバカバカーーーーっ!」  イエローがゲンガーを抱き寄せて号泣する。あの時、モンスターボールに戻っても、イエロ ーの役には立てない。そう思ったゲンガーが、自分の判断で自爆をかけたのだ。  泣きやまないイエローの傍に、ワタルが立った。  涙でグショグショになったイエローが見上げる中、ワタルが未来の機械をゲンガーに使った。  コンパクトな回復装置が光を発すると、ゲンガーが完全に回復した。  イエローはキョトンとしていた。  ワタルが天空を振り返る。  イエローも見た。  ワタルが笛を吹いていないのに、次々とセレビィが現れ、落ちてくるのだ。  「やっぱりそうか…。」  セレビィを診断していたスタンの言葉に、マサキがうなずいて同意する。  「どういう事なの? スタン、マサキ?」  イエローの質問に、スタンとマサキが答えた。  「寿命だ、ここに現れるセレビィはみんな、寿命なんだ。」  「ここは時間の果て…、つまりセレビィの死に場所なんやわ。」  さしずめ未来のワタルが墓守と言ったとこやろか…。  ワタルが“時の笛”を吹く。  高く、透明に響く、笛の音――――。  その、身にしみ込むような、音色に―――。  セレビィたちの苦痛の表情が、少し…和らいだ。  ワタルの  悲しみが積み重なって  それでも  やさしい  微笑みが―――。  時の笛の音色に、麻酔のような働きを乗せた。  セレビィたちは  息を引取る瞬間―――。  赤子のように、笑った。  大きく 大きく  精一杯に、伸びをした。  命の花が、咲くように――――。  そして、死んだ。  イエローは涙が止まらなかった。  悲しみ………?  いいえ  苦しみ……?  いいえ  なんでもないんです。  なんでもないんです、でも――――。  涙が止まらないんです。  夜が明ける頃―――。  イエローは、スタンたちが待つ乗り物に戻った。  「イエロー、これを見てみい。」  マサキが、スタンが抱きかかえたセレビィの死体を指差した。  イエローが覗き込むと、セレビィの裂けた胸…体内に、1個、“奇跡のタネ”が埋もれて いた。  草タイプのワザの威力を上げるアイテム…。それをイエローが抱き上げた。  マサキが言った。  「このタネな、世界の科学者や園芸家たちが、こぞって研究して、発芽させようとしたんや 。でも、誰にもできへんかった。」  イエローが、ふと、その手に持ったタネに、命の気配を感じた。  そして、気が付き、驚くように、地平線を見た。  「でも、どうしたら発芽出来るかは、分かったんや。」  スタンがマサキの言葉を受け継いだ。  「寿命末期の太陽に植えるんだ。そうすると、芽を出す。」  地平線に――――、太陽が現れた。  寿命末期の太陽は、やがて全ての惑星を飲み込んで、消滅する。  でも、やがてチリが集まって…新たな太陽が生まれる、新たな惑星が…地球が生まれる。  「その時にまた、セレビィと会えるのかもな。」  「うんっ、きっとそうだよっ!」  笑顔で声を上げるイエローは―――。  乗り物に乗りこんだ。  セレビィがきっと助けに来てくれる。  その希望はなくなった。  でも、不思議と、絶望もなかった。  「戻ろう! トライたちのところへ!!」  イエローの明るい声が、合図となった。  3人を乗せた乗り物が―――。  砂漠を走った。  つづく  ここはバストパラディーゾ。スラム街、ブルーたちの塒(ねぐら)。  ブオオオオオオーーーーーーーン  扇風機が回っていた。  住居に改造された装甲バスの外は、なぜか、ありえない、しかし原因はハッキリと分かって いる“にほんばれ”に、見舞われていた。  外では、帰って来たスタンにひっついて、お熱いトリスが上機嫌である。  住居に改造された装甲バス、その中の扇風機の前に陣取って、ブルーが汗を流した。  「あーっ、もう! 暑いわねえ!!」  雰囲気だけでなく、物理的に暑い空気に、とうとうブルーは―――。  「ちょっと、ちょっと、ブルーさん! それはいくらなんでも、いけませんよっ。」  となりで雑誌を読んでいたトライが声を上げる。  そう、ブルーが服を脱いで、下着姿になってしまったのだ! あまりの暑さに!!  ブルーは、焦るトライの声にヒラヒラと手を振り、気軽に答える。  「いいじゃん、いいじゃん。男(スタン)が見てないんだから、裸になったって、おっけ ーよっ☆」  「私は男ですよっ!!」  そんなトライの声に、ブルーは―――。  「おーーーっ、いっちょまえに“男”を名乗るかっ♪ なまいきだぞぉ、トライのクセに ぃ☆」  と、トライに襲い掛かって、ヘッドロックをかける。  「理解ふのぉーーーーーっ!」  ダストパラディーゾに、思春期を過ぎようとする少年の声が響いていた。  本当に、つづく☆