−最終話−  宮殿の入り口には、ブラッキーとエーフィーの顔をしたノッカーがあった。  入り口の前に立つと、そのノッカーが喋り出したので、イエローとブルーはびっくりした。  「「どちらさまでしょうか? ここにはサカキくんとヒイラギちゃん以外の人は、入れない んですよ〜?」」  拙い発音の、子供たちの声だった。  二人分の声が、ちぐはぐなステレオで響く。と―――、その声が驚きの声を上げる。  「「あっ、ヒイラギちゃんの未来の子供のお友達だったのですか。  ヒイラギちゃんの子供さんの好意的な人体電磁波の残留を検知しました。あと、サカキくん の好意的な人体電磁波も感じますよ。みなさん、サカキくんの家族ですね。今、開け ます〜っ。」」  「「よーこそー。」」とか言って、入り口が開く。  一行は顔を見合わせた。  驚きの表情…。  特に、ロケット団ボス“サカキ”の、息子、娘として育ったトライ、トリス、トリスタンの 表情は、驚きに固まっていた。  この喋るノッカーの、話の内容に触れないように、みんな黙って中に入っていった。  中は、中世ヨーロッパ風の豪華な宮殿の様相をしていた。  豪華なシャンデリアや壁画、ステンドグラスの天井。吹き抜けの正面ロビーには上に行く階 段と下に行く階段があった。  一行は迷わず、下に向った。  階段は、どこまでも、どこまでも、下に下って行った。  らせん状に降りていく階段には、上から一筋の光が降りていた。  果たして、地下の底には―――。  真っ暗な泉が、あった。  覗き込んでも、顔すら写らない、暗闇の水をたたえている。  スタンが携帯式の計器を持ち出し、なにかを調べ始める。それをマサキが覗き込んで、意見 を交し合う。  イエローは…、イエローだけが、驚きの表情で覗き込んでいた。  顔すら映し出さない暗黒の水面が、なぜか、イエローの愛しい想い人“レッド”の姿を映し ていたのだ。  「レッドさん………っ。」  涙声のイエローの声。胸に抱きしめる、届けられないままのクッキー…。  イエローの表情は、子供を終えた、恋する少女の仕草だった。  レッドは、イエローの名を呼んで、トキワの森を歩いていた。  「レッドさんっ!!」  そして、イエローは―――。  ―――飛び込んだ。  愛しい男の胸に飛び込んでいく、美しい少女の姿で―――。  バチャーーーン  「イエローちゃん!!」  「待てっ、ブルー!」  ブルーの声。追って飛び込もうとするそれを、スタンの声を受けて、トリスが腕を掴む。  「なんで止めるのよっ!?」  怒った顔で振り返るブルー。それをマサキが説明した。  「これは過去にのみ一方通行の転送装置やな…。 うん、人同士の絆(きずな)で呼び戻す …テレパシーを利用した転送装置や。そうか! この手があったか!!」  その時! 水面が輝いた。  その水面に映し出された光景は―――。  トキワの森で、レッドに“すてみタックル”をかます…かのように、その胸に飛び込んで いく、イエローの姿があった。  トオッ!!  「イエローちゃん…お幸せに……………。」  ホロリ…と、涙を流すブルーであった。  と…、そこでゾッとするような気配に、ブルーは振り返った。  それは隣に立った、トライの姿―――。  「BOSS………、とうさん…。いや、ロケット団、ボス“サカキ”!!!」  水面を見つめ、膨れ上がった憎しみが爆発しそうなトライの声は、震えている。  そう、トライには、父親…ロケット団、ボス“サカキ”の顔が、水面に映って見えた。  「トライッ!!」  ブルーの声を振り払って、トライが泉に飛び込んだ。  まるで、呼吸の出来るコールタールを沈んでいくみたいに…。  ゆっくりと沈む、トライの体。  全て、取り返した自分の体。  それはロケット団がミュウツーをロボットにして強化するため、人間を使って試作したロボ ットの体だった。  ブルーの修理によって、再び動くようになった無敵の体――――。  ボス…父親のために、激痛をともなうロボット化手術を受けたトライ。  そのトライが壊れたからと、簡単に捨てた養父“サカキ”  兄、スタン。姉、トリスは「恨むな」と言った。「憎むな」と、言った。  「出来るものか。」  トライは叫んだ。  「恨まないなど、憎まないなど、出来るものかぁーーーっ!!」  泉の底に、映し出されたサカキの姿。  その襟首に手を伸ばし、掴んだ。  そして強力(ごうりき)で捻り上げる。トライは叫んだ!!  「返せーーーーーっ!!」  ロケット団、ボスの執務室。そこに、サカキが居た。  突然、現れたトライが、その襟首を捻り上げている。  「トライか………、よく帰ったな。」  驚きの表情のサカキは、すぐに、いつもの表情に戻って、ひさしぶりに会う息子の名を呼 んだ。  「返せ………。」  うつむき、トライが吐いた。怨念を―――。  「なにを、だ…? 本当の…、自分の生身の体か?」  目深く、帽子を被ったトライ。  吐き出す言葉。  「おまえに…、親に捨てられる事で、失った……………、           人を信じる心を返せーーーーー!!   」  サカキは―――、うつむいた。そして、言った。  「持っていないのだ…、それだけは、私は持っていない…。だから代わりに“疑う心”を、 お前に与えた。」  「地獄だ……………。」  「   俺は空を飛べる、歩く事も出来る。でも―――――っ!!!        疑う心で、どこまで飛んだって      憎む心で、どこまで歩いたって             どこまで行っても、地獄だ!!!    」  親にさえ、いらないとされる俺が、いったい誰に愛されるって言うんだよ…。  人を…、家族すら疑う事しか出来なくなった俺が、これから先、いったい誰を愛せるって言 うんだよ…。  「信じる心を、返してくれよ…、                         愛する心を、返してくれよ……。」  泣きはらした目で、父、サカキを見上げるトライ―――。  目の前にある、父の…息子を見る厳しい父の目の輝き――――。  父親は、そして―――。  目を伏せた。              「   俺には、ない――――。  」  ブルーは水面に、ここに来る前に一緒に旅をした友達の姿を見つけた。  必死になって、ブルーを探す、ふたりの男の子―――。  でも、ブルーは――――。  目を閉じて、首を横に振った。  そして再び目を開けた時。  水面に、泣きながら父の元を去っていく、トライの姿を見つけた。  そして、迷いなく―――。  飛び込んだ。  ドンッ  泣きながら歩くトライの胸に、ブルーが飛び込んできた。  胸の中からトライを見上げ、言った。  「やったね、全ての体を取り戻したね。トライ」  「でも、心は鬼のままだ。俺は、人間に成れなかった!!」  泣き崩れるトライ。そんなトライの姿に、ブルーは、決意をして言った。  「聞いて、トライ。  わたしね、あなたを怒らせるって思ったから、言わなかった事があったの。」  驚いて上げるトライ。緊張して、言葉を選ぶブルー。  「わたしね、あなたがロボットでも、鬼でも、どうでも良かった。           あなたがロボットでも、鬼でも―――――。           わたしは、あなたの友達だから―――――。   」           ワタシ ハ アナタ ガ スキ ダカラ ………。  再び、泣き崩れるトライを、現れたトリスが、手を取った。  「立とう、トライ。」  現れたスタンが、笑い掛けた。  「いっしょに、行こうぜ。」  そして、トライは――――――。  通路の先を見た。涙に濡れた、顔で―――。  出口へと続く通路。  その向こうには…、  光が、溢れていた―――――。  おしまい