豪華客船“サント・アンヌ号”  そのチケットを手に入れた、実結・ゴールド・シルバーの3人は、さっそく乗船した。  そこで3人を待っていたのは、思いがけない再会だった。  実結(みゆう、と読む)は元気そうな女の子。ゴールドは少し大人びた、どこにでもいそうな 男の子。そして、シルバーは赤い髪と鋭い目をした不良少年だった。  3人とも、ポケモントレーナーで、一緒に旅をしていた。 −赤い蝶のように−  「ワタル!」「ワタルさまっ。」  3人は驚き、声を上げた。  そこにはポケモンリーグ・チャンピオンの“ワタル”の姿があったからだ。  「やあ、実結ちゃん。ゴールド。そして、シルバー。」  ワタルも驚きと喜びの声で応じる。  ふと、その目が実結で止まった。  実結は、その長い髪をおろし、少し大人びた姿であった。  「実結ちゃん…、キレイになったね。」  実結にとって、あこがれの人であるワタルに、そう言ってもらえて、天に昇る気分だった。  と、そこに。クスクスと可笑しそうな笑い声がした。  見ると、ワタルの向うに、ひとりの大人の女性が居て。実結を見て、幸せそうに笑っていたのだ。  その姿を見て、実結が驚きに叫んだ。  「先生っ!どうして、ここに!?」  ワタルも驚いて、先程まで話しをしていた女性を振り返る。  「こちらは、高名なポケモン女医の“ヴァイオレット”さん。 ヴァイオレットさん、この子と…、実結ちゃんと、お知り合いで?」  ヴァイオレットは、その優しげな顔を少女のように輝かせて、嬉しそうに答えた。  「えぇ、だって私の娘ですもの。」  えぇーっ!  と、ゴールドとワタル、シルバーが大きな声を出した。  今日はポケモンの著名人を集めて、立食パーティーがこのサント・アンヌ号で、行われるのだった。  ポケモン預かりシステムの発案者“マサキ”や“オーキド博士”、ポケモン四天王まで集ま る、超豪華なパーティーだった。  そんなことなど、思いもしなかった3人。ゴールド・シルバー・実結は、貸衣装屋さんにお世 話になることとなった。  「わぁっ!ふたりともステキ〜っ!」  ゴールドとシルバーのふたりが、タキシードを着て現われた。  同年代の男の子より、落ち着いて見える二人には、タキシードがよく似合っていた。  それに比べて…。  「みっ、実結もステキだよ…。なぁっ。」  「似合ってねぇよ、チンチクリンだ。」  コイキングを抱えて、恥ずかしそうに出てきた実結に、ふたりはそう言った。  ムリをしているシルバーと、相変わらず、はっきり言うゴールド。  そう、実結のドレスは、子供用は小さく、大人用は大きすぎたのだ。  「ゴールドのバカァーッ!!」  精一杯の努力すら認めてもらえず、くやしくて涙を浮かべた実結が、コイキングをゴールドに 投げつけて、走り去った。  コイキングは、その尾びれで、ゴールドに2〜3発ビンタをかまして、跳ねながら実結を追いかけた。  「相変わらずだな、ゴールド。」  そこに、正装したワタルが現われた。  「いいかげん素直にならないと、俺が実結ちゃんを取っちゃうぜ。」  ゴールドは、ただ黙っていた。  バタンッ!  部屋のドアの音を立てて、入ってきた実結は、そのままベッドにもぐり込んだ。  ベッドのふとんに頭だけ突っ込んで、おしりは天井を向いている。  同室となったヴァイオレット―通称、ヴィー―が、その笑いを誘う姿に、笑いをこらえながら 近寄って、となりに座り。一度、深呼吸をしてから、優しく話しかけた。  「どうしたの?ミュウちゃん。」  実結は泣きながら、わけを話した。  じっと、静かに聞いていたヴィーが、  「ちょっと待ってなさい。」  と、言って。  自分が着ていた真っ白なドレスを脱いで、ハサミを入れた。  「先生っ!」  驚いた実結。  「まあまあ。」と、なだめるヴィー。  裁断して、縫い合わされ。シミひとつない真っ白なドレスは、実結ひとりの為に、しつらえられた。  キュッと、くびれたウェスト。膨らみかけた胸、花のように広がるスカート…。  とても実結に似合っていて、しかも、驚くほどの美しさだった。  眩しそうに目を細めて、ヴィーが実結に言う。  「キレイよ…、実結。大きく…なったね。」  少し涙声のその言葉に、実結は嬉しくなって泣き出した。  「先生っ!」  抱きついて泣く実結の頭を、ヴィーはやさしく撫でた。  少し遅れて登場した実結。その美しさに会場はざわめいた。  「おい…あれ、誰だ?」  「ミュウちゃんだよ。ほら、フリーザー所持者の…。」  「えっ!?あの、ミュウちゃん!?」  驚きの声、賞賛の声、誰もが実結を眩しそうに見ていた。  呆然とするゴールドの前をすり抜けて、―心の中で、アッカンベーをしながら―実結は真っ直 ぐ、ワタルの元に行こうとした。  が、  突然、群がってきた男達に阻まれて動けなくなった。  3歩、歩いては呼びとめられ、3歩、歩いては声を掛けられて、ようやくワタルのところにたど り着いた時には、30分は過ぎていた。  「ワタルさま…。」  少し恥ずかしそうに、実結が声をかけた。  ワタルが振り向いて、実結を見て呼吸を止めた。  「………驚いた。キレイだよ!ミュウちゃん!!」  興奮すらした驚きの声に、実結は胸がジーンとなった。  涙が溢れ、ふせた目から一粒、涙がこぼれた。  その時!  ドォゥンッ!!  轟音!  そして、船が激しく揺れた。  「あっ………。」  その時  ワタルの手に持っていた、赤いワインが…。  ビチャ………。  実結の真っ白なドレスにこぼれた。  「あ………っ!」  心がひび割れるようなショックを、実結は受けた。  汚れた…。  先生から頂いたドレスが……。  「イヤーッ!!」  叫んで、その場から逃げ出した。  船は激しく揺れ続けた。  どこをどう逃げたのか、実結は冬の嵐が吹きすさぶ、サント・アンヌの甲板に出ていた。  水道を見つけ、ドレスを脱いで、洗い続けた。  手が冷たくなって、  寒さで歯がカチカチと鳴って、  …、  それでも洗い続けて、  なんども、広げて確認し…、  また、洗う…。  コワイ………。  とても、不安で怖かった。  汚れたことが。  先生に、…母と呼ぶべき人に、申し訳無い。顔が向けられない。  実結は捨て子だった。  里子に行った先で虐待を受けて、逃げ出した実結を受け入れて育ててくれたのが、ポケモン女 医のヴァイオレット先生だった。  汚れは二度と落ちない…。  そう、わかった時。  実結はドレスを抱きしめ、ひざを折って、うつむいてしまった。  嵐の中で、大きな黒い、ボロボロの船がサント・アンヌ号に、ぶつかっていた。  それすら気が付かなく、  実結はうつむいてしまった。  「実結っ!」  逃げ去った実結を追いかけようと、ゴールドとシルバーがパーティー会場を飛び出した。その 目の前に、ゴース・ゴースト・ゲンガーが立ち塞がった。  見ると、辺りにゴーストタイプポケモンが溢れ出していた。  「見ろ!!」  誰かが窓の外を指した。  そこには、  巨大な幽霊船が写っていた。  ゴールドとシルバーの行く手を阻むゴーストポケモンたち、  それを“竜の息吹”が薙ぎ払った。  「ゴールド、シルバー!実結ちゃんを頼む。」  カイリューを操ったワタルが叫ぶ。  ゴールドとシルバーはうなずいて、通路を走り出した。  ふたりが甲板の出口にたどり着くと、突然、扉が  ふたりの目の前で、バタン!と、閉まった。  ふたりが開けようとするが、扉はビクともしなかった。  まるで、誰かの固く閉ざした心のように。  「くそっ!ひらけーっ!」  ゴールドもシルバーも、何度も扉に体をぶつけるが開かない。  くやしさで天を仰いだゴールドの目に、通風孔が写った。  「シルバー!」  「おうっ!!」  ゴールドの声に答え、壁を蹴ってシルバーが天井へジャンプした。  天井付近で一瞬、滞空し、強烈な蹴りを放つ!  シルバーは通風孔の蓋を蹴り砕いた!  「いけっ!アポロ。」  「出ろっ、ルナぁっ!」  開いた通風孔に、ゴールドがエーフィーの“アポロ”、シルバーがブラッキーの“ルナ” の入ったモンスターボールを投げ込んだ。  通風孔に“たいようポケモン”と“げっこうポケモン”が、現われる。  「「実結を守れっ!!」」  ふたりの声が重なった。  アポロとルナがうなずいて、出口を目指して走った。  実結…実結…。  声に、泣きはらした顔をあげる実結。  すぐ前にゴースト、ゲンガーたちが居て、実結をさそっていた。  いこう実結…こっちだよ…。  ゴーストたちが誘うのは、幽霊船。  サント・アンヌ号の姉妹船で、かつて処女航海で氷山にぶつかり、沈没した“タイタニア”の中だった。  辛かったろう、悲しかったろう…。 一緒にいこう…。君はひとりじゃないよ。 僕たちは仲間なんだよ…。  実結はフラフラと立ちあがって、ゲンガーの後ろについていこうとした。  ワンワンッ!ワンッ!  そこへガーディの声がした。  実結はビクッとなって、前を見た。  見ると、一匹のガーディが実結の前に立ち塞がって、激しく吼えていた。  まるで実結を行かせまいとするかのように…。  実結は驚いた。  そのガーディが、かつて実結が飼ってたガーディの“ポチ”だったからだ。  都合の悪くなったゲンガーたちが、ガーディを黙らせようと、殴りかかった。  「やめて!おねがいっ!」  実結の悲痛の叫びが響いた時!  サイコキネシスの波動が、ゲンガーたちを吹き飛ばした。  「アポロ!ルナ!!」  振り向くと、そこに友達のポケモンたちが現われ、ゲンガーらの前に立ちはだかる。  ゲンガーたちは次々と現われ、実結たちを取り囲んだ。  そして、不気味に笑いながら、影のかたまりを投げつける。  嵐が吹き荒れていた。  その中で、激しいバトルが繰り広げられた。  アポロが倒れ、ルナも倒れた。  しかし、  天に吼え、嵐の雲を割って月の光が射すと、ルナが立ちあがった。  アポロが唸り、水平線を切り裂いて、朝の日差しが呼び出されると、アポロは立ちあがり、 実結を庇った。  月も朝日も、すぐに嵐にかき消された。  でも、アポロもルナは、いくども光を呼び起こし、戦った。  実結の為に…。  なんとかしなくちゃ、なんとかしなきゃっ!  実結は立ちあがった。  泣いてる場合じゃない!  その時、実結は幽霊船のブリッジに人影を見つけた。  柱に体を縛り付けた船長の姿を。  実結は走り出した。  「くそっ!いったい、どうなっているんだ!!」  ポケモン四天王のひとり、シバが漏らした。  どれだけ攻撃しても、船の外へ出る扉は開かなかったのだ。  「実結ちゃん、頼んだよ…。」  ワタルがつぶやくように言った。  実結が船を飛び越えて、幽霊船に飛び込む。  ガーディの“ポチ”が、それを追いかけた。  荒れ果てたブリッジに踏み込んで、実結は見た。  この船と運命を供にした船長の姿を。  助けてくれ……、ここは暗い…寒い…寂しい…。誰か、助けてくれ…。  溺れるように、すがりつくように、もがく船長は。  かつて、船が沈む時に、自らの体を柱にきつく、ロープで縛り付けて、船と供に沈んだのだった。  「今、助ける!」  実結が駆け寄って、ロープを解こうとする。  しかし、実結の手は船長の体を…縛り付けたロープをすり抜け、まるで掴むことが出来なかった。  なのに、すがりついてくる船長の手は、恐ろしく冷たく、実結の体温を奪った。  ガーディもロープに噛みついて、噛みきろうとするが、まるで歯が立たなかった。  私はゴーストに触れることが出来ないんだ…。でも、ポチは触れることが出来る…。  じゃあ…!  その時、  実結はあることに気付いて、船長に話しかけた。  「船長さん…、あなたが解くのよ。」  船長は答えた。  でも、手がかじかんで……凍り付いて、動かないんだ…。  それを聞いて、実結は船長を抱きしめた。  「私の体温…全部あげるから…。だから、頑張って!  自分を縛る、自らの戒めを…。  ナワを解いて、自分の手で!」  実結がどんどん青ざめて行く。  船長は驚き、手を動かす。  動く!  船長はナワを解いた。  「おい!あれを見ろ!」  パーティー会場の窓の外。  嵐は止んだ。  幽霊船に、空から光が降りてきて、  その光の階段を、“タイタニア”の船長と、一緒に沈んだ人々とポケモンたちが、昇って行くのだった。  「ポチ…私、あなたを………。」  実結は、あの日言えなかった言葉を、涙ながらに言いかけた。  しかし、ポチは、  あの日と同じように、全てを許すように、微笑んで…。  天に昇って行った。  静けさを取り戻した“サント・アンヌ号”の甲板に、ドレスを抱きしめて、実結は立っていた。  ドレスに、取れないシミはついたまま…。  でも、実結は逃げ出さずに、ヴィーの元に戻っていった。  「まぁ、どうしたの?ミュウ。」  実結は震え、泣きながらあやまった。  「ごめんなさい…、先生。せっかく、ドレスいただいたのに、汚してしまったの……。 ごめんなさい………。」  そう言って、真っ赤なシミを付けたドレスを差し出す。  ヴィーは優しく実結を抱き寄せて、  「大丈夫よ…。」  と、頭を撫でて。ドレスを受け取り、裁縫を始めた。  「出来た。」  新しく出来あがったドレスは、あざやかな赤い蝶があしらわれた、以前よりずっと美しいドレスだった。  「パーティーは、これからよ。  さあ、これを着て、いってらっしゃい。」  実結は泣きながらヴィーに抱きついて、なんども、なんども、お礼を言った。  「ありがとう、先生。ありがとう………。」  ありがとう、ママ………。  今日こそ言える。と、思っていた言葉が、ただ、頭の中でリフレインした。  パーティーは再開された。  再び、少し遅れて現われた実結の姿に、会場はさきほど以上のざわめきが起こった。  その美しさに男達は全員、尻込みして、誰も声をかけることが出来なかった。  だから、実結はすぐに、ワタルの元へ…。  ふたりは紳士・淑女のおじぎをして、  そして、ダンスが始まった。  光と、輝きに包まれて舞うふたり。  その手が、空中で、  ふわりと、  ほどけた。  ワタルの手が、追いかけた。  実結の手が、すり抜けるように、離れて…。  ふたりにできた距離  微笑んだ実結  引き止めたワタル  そして  実結は、赤い蝶のように  あこがれという、籠を出て。  自由に飛び立った。  ………太陽と月の、ポケモンだけを、引き連れて。 おしまい☆         −おまけ小説 やっぱりこの人って・・・−  「わぁっ、ここに来るのも、ひさしぶりぃ〜。」  実結は、おつきみ山ふもとの、ポケモンセンターに来ていた。  「あっ、オジさん!」  そこで、意外な再会。  ずっと昔(少なくとも実結には、そう感じる。)に、ここでコイキングを売っていた、オジさんだ。  「おうっ、おじょうちゃん。どうでい、ひみつのポケモン“コイキング”を、買わないかい? 今なら、おじょうちゃんだけに、特別に500円で、売ってあげるよ。」  調子のいい、オジさん。しかし、実結は可笑しそうに笑いながら、答えた。  「ダメですよ〜。私って、こう見えても一流のトレーナーなのですから。もう、だまされませんよ〜。」  指など立てて、得意げである。  オジさんは、おおげさに困ってみせて。  「あちゃ〜っ、それはオジさん。見る目がなかったなー。」  ふたりとも、明るく笑い合う。  「じゃあ、おじょうちゃん・・・。一流のトレーナー向けに、商品があるんだけど・・・。」  一流のトレーナー向け!?  声をひそめるオジさんに、実結は1歩、近づいた。  「それは・・・。」  もったいぶって、オジさんがモンスターボールを取り出す。  「これはね・・・、世にも珍しい・・・。」  ゴク・・・。  実結が、息を飲む。  オジさんが続ける。  「世にも珍しい“三つ首のドードー”だっ!!」  そして、おおげさな動作で、そこに“三つ首のドードー”を出したのだ!!  そこに現われたのは、三つの首にそれぞれの表情を浮かべた“みつごどりポケモン”。  実結は歓声を上げた。  そして、驚きを隠さずに、こんなことを言い出すのだ。  「すっごーっい、めずらしい〜。」  おめめをキラキラさせて、胸の前で手を合わせ、おとめちっくに感動して見せる。  「どうだい、このめずらしい“三つ首のドードー”。今なら、たったの5000円だっ!」  「買いますっ!!」  勢い良く右手を挙げて、即答する実結。  さて・・・。  たった今、購入した“ドードリオ”に、またがった実結が、おつきみ山をあとにした。  「さって、このめずらしい“三つ首のドードー”を、みんなにみせびらかしてこよっと♪」  と、上機嫌である。  みせびらかしに行った先のゴールドに、さんざんバカにされて、泣いちゃった実結ちゃん。 と、いうお話し。ちゃんちゃん♪ おしまい☆