カシャーーーーンッ!  それは、割れる時にも、キレイだった。  爪で弾くと、いい音が耳に心地よい余韻を残して響く。  母のように慕う先生の、お気に入りのティーカップは、実結(みゆう)の、足元で、粉々 に砕け散っていた。  先生が、とっても大切にしていたカップが――――。  午後3時、おやつの、後片付け。  一緒に、おてつだいをやっていた、ミカン色のフシギダネが、カップを取り落としたツ ルのムチで、冷や汗をぬぐう。  実結という名の、小さな女の子の額にも、冷たい汗が浮かんでいた。  「実結――――っ、どうしたのォ――――?」  パタパタパタと、軽い音を響かせて、先生…、ヴィーがやってくる。  いったい、どのような、お仕置きを受けるのだろう…。  実結は、みなしごだった。  実結は、先生に引き取られる前に、一緒に暮らした義母の事を思い出していた。  義母は、実結がお茶碗を倒すだけで、水の入ったペットボトルで、実結を殴打した。  先生は、「虐待を受けていた。」と、実結に言った。  思い出すだけで、呼吸が苦しくなった。  寒くもないのに、ガチガチと歯が鳴り、ガタガタと膝が震える。  「実結っっ!」  ヴィーの驚きの声に、振り返る実結の顔は、真っ青で、動きはぎこちない。  油の切れた機械のように、振り返った実結に、ヴィーは言った。  「怪我、しなかった?!」  慌てて、実結の手を取り、確かめる。フシギダネを抱き上げて、確認する。  まったくどこにも怪我がない事を確認してから、足元のカップの変わり果てた姿に、気 がついてハッとする。  沈黙――――――…。  と、ヴィーは、明るく笑って振り返り、胸を張って実結と、フシギダネに言った。  「どうだっ、実結ちゃんっ。わたしのカップは凄いだろう?  割れて尖っても、誰も傷つけなかった。」  ウインクして、細身の体なのに、大きな胸を更に大きく胸張って、「ぶいさいん」を、ち からいっぱい、前に突き出す。  そうしてヴィーは、「破片で怪我しないように、気をつけてね。」を連発しながら、実結、 フシギダネと一緒に、割れたティーカップを袋に入れ、それを持って、そそくさと、自室 に引きこもった。  後に取り残された、実結とフシギダネが、神妙な顔で、お互いの顔を見る。  心配になって、ヴィーの部屋を、こっそり覗くと―――…。  「クスン………。」  部屋の隅にうずくまって、ヴィー先生は、泣いていた。  ――――自分は、とてもひどい事をしたのだ――――。  実結と、フシギダネは、そう思い、悲しくて悲しくて仕方なくなった。  こみ上げてくる涙と一緒に、溢れ出した思いのまま、ドアを開けて、泣きながら部屋に 飛び込んだ。  「先生っ、ごめんなさい! ごめんなさい!」  そのままの勢いで、ヴィーの胸に飛び込んでいく。  ヴィーは、そんな実結とフシギダネを、優しく抱きしめた。  「いいの…、いいのよ、実結。フシギダネ。  いい? 聞いて。  大切なモノ、大事な贈り物はね、持ち主の身代わりになって、壊れるためにあるの。」  実結とフシギダネは、涙に濡れた顔をあげ、ヴィーを見た。  ヴィーは、やさしく微笑んでいた。  「……身代わり……?」  「そう。  大切に大切に使われたモノにはね、心や魂が宿るの。  そうしてね、大切にしてくれた御礼に、持ち主や、持ち主の大切な人に危険が迫った時 に、その身代わりになって、壊れるのよ。  だからね、大切なモノが壊れた時はね、こう言うの。  「          ありがとう      。      」  その言葉は、輝く微笑とともに、実結とフシギダネに投げられた。  「 ありがとう…。 」  実結が、それにつられて、口に言葉が宿った。  うん。と、ヴィーがうなずく。  「そしてね、かたちっていう入れ物を失ったモノの魂は、  大切な人を守る、守り神になるのよ。」  あ、でも、自分で壊しちゃダメよ? その時がきたら、モノは自分から、スルリと、手 の平から、こぼれ落ちるんだから。  そう言って、ヴィーが笑う。  そして、実結と、フシギダネの「おでこ」にキスをして、締めくくった。  「モノを大切になさい。きっと、あなたたちを、守ってくれるのだから。」  ポンポンと、頭をなでる、ヴィーの手――――。  やさしさが、しあわせで、くすぐったい・・・。  かぎりないやさしさに、光もあたたかい、いつもの午後だった。  おしまい☆  【あとがき】  うわぁ…、実結が書けた。  なんでだろう〜?  は、はじめまして&おひさしぶりです、真琴と申します。  今回の話は、大切にしていたカップが壊れた時に、大切な人に言った話がモチーフになっとります。  かなり強引に話を持っていったので、かな〜り、冷や汗ものでした^^;  でも、なんとか、納得して頂けたようで、ホッとしております。  大切なカップを失ったのに、大切な人の笑顔まで失う訳にはイカンからなぁ…^^;  さてさて、どこがポケモン小説やねん、とか、短いなぁとか、色々あるかと思いますが、なにか感じるものがあれば、幸いです。  2004年7月27日 真琴  おまけ小説 −ポケモン女医・ヴァイオレット−  繁華街の地下道を、彼女は風を受けて、歩いていた。  …違うかな。  彼女が歩くと、まるで優しい光を撒くような風が生まれる。  甘く、爽やかな香りがするようで、人々は振り返る。  そのスマートな体を、落ち着いた色合いのスーツで包み、真っ直ぐ背筋を伸ばし、真っ直ぐ 前を向いて歩く。  整った顔は、どこか柔和な表情を浮かべている。  理知的で、落ち着いた雰囲気を持つ大人びた彼女は、地下鉄の券売機の前に立ち、コインを 放り込んで、スイッチを押した。  「 ポチッ 」  なにか聞こえた。  彼女が発した予期せぬ声に、人々が一斉に振り返った。  確かに彼女は言った。彼女が言ったのだ。  切符購入のボタンを押す瞬間に、  「 ポチッ 」  と、かわいく…。  人々は彼女を見詰め、驚きに立ち尽くした。  さすがに彼女…、ポケモン女医、ヴァイオレット…、通称「ヴィー」も、それに気付き、 顔を赤らめて、足早に改札口を目指した。  そこでヴィーは、駅員に呼びとめられた。  真剣な顔をした、誠実そうな歳若い駅員…。  彼は言った。  「 結婚してください。 」  ポケモン女医、ヴァイオレット、通称「ヴィー」…。  本日、2度目の  見知らぬ人からの、プロポーズであった。  おしまい☆