−わたしはあなたが−  「うちはあんたみたいなバカが大嫌いなんやーっ!」  旅の空に声が飛んで行く。  街と街を結ぶ街道の脇で女の子が、怪我をして包帯を巻いた男の子を抱いて叫んでいた。響い て痛いから叫ぶな、と、男の子が抗議している。  大嫌い宣言をした女の子は名を“実結”(みゆうと読む)という。  生命力の結晶のような大きな黒い瞳。両側でまとめていた長い髪は、今はおろしてある。日に 焼けた健康そうな肌と血色のいいピンク色の唇をしていて、スポーティーな服をそのしなやかな 体にまとっている。美しい女の子だった。同じ名前の犯罪組織構成員と、ほとんど同じ外見であ るというのに、まったく正反対の印象を持っていた。男の子は〜、・・・どこにでもいそうな普通 の男の子だった。名前は“ゴールド”。左腕に包帯を巻いて、擦り傷だらけで、実結に抱きしめ られて横たわっている。痛みにひきつるその顔を、実結とゴールドの胸に挟まれるかたちで乗っ ているピチューが、心配そうに覗き込んでいた。  「大丈夫だよ。」  ゴールドがピチューの頭をなでて笑ってみせる。にがわらいに見える。  高い枝に登って降りられなくなった“こねずみポケモン”を助けようとして木から落ちたの だ。ゴールドが庇ったおかげでピチューは無傷だったが、枝に引っ掻かれ、その上地面に強く体 を打ち付けたゴールドは、痛みで動けないでいた。  ポケモン女医を目指す実結がすばやく診察し処置をして、大きな怪我がないことは分かった が、痛みはなかなか消えない。そこで実結が強く打った背中に手を当てていたのだ。  「なにしてんの?」  たずねるゴールドに実結が妙に焦って答えた。  「あのね、うちの先生が、うちが転んだらいつもこうしてくれてん。」  実結は焦ったり感情的になったりすると、なぜか関西弁になる。  焦って顔を耳まで赤くして続ける。  「“手当て”っていう言葉の語源は“手を当てる”っていって。昔、医学が発達してなかった 時代に痛みを和らげるためにこうしてたんやって、だから〜、・・・。」  プチッ  そこで焦りの限界が超えた。はい、始めに戻る。  「うちはあんたみたいなバカが大嫌いなんやーっ!」  認めないんだもん、うちが好きなんはワタルさまやもん。  認めたくないことほど、知ることは難しい。  実結は自分の本当の気持ちを、まったく知らずにいた。感じてはいたのだけれど・・・。  実結は感情を振り払い、やさしく添えるように当てた手に“治れ、痛みなくなれ”の心を集中 させた。  なにか言い返そうと思ったゴールドだけど、当てた手が暖かく心地よいので黙っていた。  本当に大嫌いだったら、どうしてこんなに手がやさしいのだろう?  ゴールドは考え始めた。きっとゴールドは自分が納得できる答えを見つけるまで考える。そう いうやつだった。  頭のいいゴールドはすぐに答えを出した。  人の心はわからない。  36通りの推測を立て、3つの正解とも取れる見当はついたが、あえて“わからない”で留めて おいた。ゴールドは感情の問題に正解を求めることをとうの昔に止めていた。基準を設けること の出来ない事柄で科学は出来ない。あえていうなら、感情は全て正解なのだ。それがどんなに認 めたくないことでも。信じるのは相手の体言葉と、発言。それを受けて生まれる自分の心。親し いならばこそ疑うことは必要ない。言葉の裏を読むのは刑事の仕事で、ゴールドは刑事でも心理 学者でもなかったから。  でも、自分の心だけははっきりしておこう。人とのつながりを絶やさないために。  俺は実結のことを・・・。  グウ スウ  ゴールドが寝息を立てて眠り始めた。それを見て実結は、辺りに人がいないことを確認してか ら、今まで誰にも見せたことのないようなやさしい顔になって、まるで母が愛しい子を抱くよう にゴールドを抱き寄せた。  不思議そうに実結の瞳を覗き込むピチューに、実結は人差し指を口に当て、  「ゴールドには・・・、ゴールドとワタルさまには内緒にしててね。」  ピチューはまだ不思議そうにしたままだった、だから首を傾げるようにして頷いた。                      −爆破予告−  コロコロコロ♪  ポケギアのメール着信音でゴールドの意識がゆっくりと目を覚ました。薄く開けた目に、びっ くりした実結がポケギアでお手玉しているのが映る。  ?なにやってんだ、こいつ。  上体を起こして腕を動かしてみる。ごく短い時間だったのに、ほとんど回復しているみたいだ。  実結が真っ赤な顔でポケギアのメールを開く。すると、メールを読むうちに段々実結の顔が真 剣になってくるのだ。  「なにか起こったの?」  ゴールドは聞いた。実結が答えた。  「これから起こるみたい・・・、大変なことが。」  実結に届いたメールの内容はこうだ。  明後日にロケット団がシロガネ第3工業地区に流れ込む川の上流にあるダムを爆破する。  発信者は不明。返信したがアドレスがすでに変えられてあった。  「・・・。」  ゴールドと実結が信じられないといった顔つきでお互いの顔を見た。  「大変っ!!」  実結が叫んで警察に電話し始める。それを見ながらゴールドは考えていた。  ロケット団ってただのテロリスト集団だったっけ?  ゴールドの知るロケット団、そのボスは世界征服を野望する屈強な男だった。そのボスがいな いのならともかく健在の今、なんの理由もなしに“暴力によりその脅威を世界に訴える活動”を するようには思えなかったのだ。そもそもロケット団は非合法商法で社会から活動資金を吸い上 げている。だからその社会を破壊するような活動はしないはずだった。もっとも、そこまで考え をめぐらせられるのは一部の限られた知識者だけであるが・・・。誰もがロケット団の存在を、 ただのギャングと考えて疑わない。  それより…。  なぜ、シロガネ第3ダムを爆破するではないんだ?なぜ、シラカネ川上流のダムではないん だ?なぜ、工業地区の上流のダムなんだ?  これは同じダムの呼び方を変えたものだ。ダムを破壊することが目的じゃなくて、ダム破壊に よる洪水で第3工業地区を壊滅させることが目的であるのはゴールドには明白だった。  じゃあ、第3工業地区ってロケット団にとってのなんなんだ?  「ダメッ!全然本気にしてもらえない!」  ポケギアを置いて、悲痛な叫びをあげる実結。イタズラメールかな?と、疑わない。めずらし い人がここにひとり、それは実結。                    −ゴールドの思索−  「それで実結はどうしたの?」  感情の見えない、抑揚のない声でつぶやくように、実結によく似た女の子がゴールドに尋ねた。  ここはワカバタウンにあるウツギ研究所。ゴールドの家の隣にあって、小さい頃からゴールド はウツギ博士のお世話になっていた。  女の子の名は“美有羽”(みゆうと読む)。外見ばかりでなく名前まで実結と一緒の女の子 だった。名前も外見も一緒のふたりの関係はゴールドにとってまったくの謎で、一度「双子の姉 妹?」と尋ねるとそれを否定し、「まったくの他人?」と聞くとそれも否定した。無口の上、感 情表現も乏しい彼女からそれ以上の情報は引き出せなかった。実結に聞いても情緒的な、のろけ た答えしか返ってこなかったので論外とする。  ああ、そうそう。外見は少しだけ違う。それは髪と瞳。そして肌の色だった。  両方でまとめた長い髪は白く、眩しいほどに真っ白な肌はほのかにピンク色で、目の中にある 大きな瞳は血のように真っ赤だった。鮮血のような瞳の色でびっくりするのだが、小さな唇は薄 いピンク色をしていて、線の細い華奢な体つきと相成って、かわいいという印象を受ける。  小柄だがぴちっと白衣を着ている彼女は、ウツギ博士の古い友人の紹介で、彼の助手をしてい る。研究に手練れているようで助かるよと、ウツギ博士は言っていた。  美有羽がその心臓の鼓動に合わせて色の鮮やかさが変わる瞳でゴールドを見つめ、答えを持っ ている。・・・少し鼓動が早いのはなぜだろう?  ゴールドは肩をすくめて答えた。  「止めてくるって言って飛び出したっきり。」  明後日までどうするのかしら?  美有羽はもっとも血縁の近い少女のことを思った。しかし、すぐに興味がゴールドに戻る。  もう、どうでもいいもの・・・。  「ゴールドはなぜ工業地区の資料探しているの?」  ここは書庫。ゴールドが壁際の机に座って大量の資料を読んでいる。ゴールドが頼んだわけで もないのに美有羽はなにも言わずなにも聞かず、それを手伝ってくれた。資料が出揃いひと段落 ついた時、ゴールドが顛末を話したのだ。美有羽はやはりゴールドの話しが終わるまで黙って聞 いていたのだった。話しが終わって、美有羽がふたつもゴールドに質問をした。美有羽にしては 饒舌なのでゴールドは意外だった。  「工業地区にロケット団に関わるなにか重要な事があるかもって思ってね・・・。」  美有羽は手を自分の胸に当て、キュッと握った。そして、書庫から出て行った。  夜遅く。  美有羽が書庫に現れた。入り口から様子を伺うとゴールドが真剣な顔で集めた資料を見てい た。美有羽は持ってきた毛布を置いて、コーヒーを煎れるためにキッチンへ向かった。  「なにかわかった?」  美有羽が尋ねる。コーヒーを口に運んで、でも、目は資料を見据えたままゴールドは答えた。  「なんの変哲もない工業地区だよ。・・・そう、なんの変哲もないんだ。」  ?  美有羽がわからない風でゴールドを見つめる。それに気付いてゴールドは言い足した。  「なんだか、対外的に「ここにはなにもありませんよ。」と強調しているみたいで。あと、第 1工業地区と生産物の内容が同じなんだ、なのに地区全体で第1工業地区分の生産しかしていない。」  勘違いかもしれないけどな。と、ゴールドがイタズラっぽく笑う。そのやんちゃな笑顔が好き でそれに勝てなくて、美有羽は情報を漏らした。  「あそこには軍の秘密研究所があるの。」  昔、美有羽は某研究所でポケモン研究をしていた。そこで一緒に研究していた研究員に、その 軍秘密研究所からきた人がいたのだ。  ゴールドは驚いた、いくつかの意味で。  なぜロケット団は軍と敵対してまでダムを破壊し、町を消そうとするのか?そしてなぜ美有羽 がそんな情報を持っているのか?  美有羽はその瞳にゴールドを映すのではなく、ただ、そのミステリアスな瞳で見つめていた。 ゴールドは視線を奪われたまま、コーヒーを口に運ぶ。  美有羽とは何者なのか?  しかし、ゴールドにはすでに分かってしまっていた。  彼女はコーヒーを煎れるのがうまい人だと。  「うまいっ!美有羽、コーヒー煎れるのうまいなぁ。」  本当に美味しそうに飲むのだ、ゴールドは。そして感動の表現を惜しまない。まずかったりし たらそれの表現は控える、ゴールドは大人だった、実結以外の事で。  「あ・・、ありがとう・・・。」  消え入るような声で美有羽は答えて、コーヒーを乗せてきたトレイで顔を隠した。  「ウツギ博士は知っているの?」  ついでのような角度でゴールドは聞いた。昔、美有羽がロケット団関係の研究所にいたことについて。  美有羽は驚いた、ゴールドがたったこれだけの情報で自分の過去を見抜いたことに。しかし、 どこか嬉しかった。ゴールドはなんでも分かってくれると信じられたから。  「うん、主任・・・。お父さんはウツギさんと連絡取り合ってたみたいなの。」  それで美有羽が来たとき警察関係者が出入りしてたわけか・・・。  ゴールドの美有羽に対して持っていた疑問が腑に落ちた。全てという訳にはいかなかったけれど。  「いいおとうさんだね。」  コクン  トレイで顔を隠したまま、美有羽は頷いた。                     −悪事着想−  時間は真夜中を過ぎていた。しかし、ゴールドはパソコンにかじりついて離れなかった。  空間的には問題がない、ロケット団が軍にケンカを売って得られるものはまるでないからだ。 では、時間的にはどうだろう?そう、明後日に軍秘密研究所でなにがあるのか?軍のホームペー ジを開いてみるが、まるで情報がない。  当たり前だよな。  ゴールドは背もたれに身を任せた。ギィと椅子がきしむ。  手を組んで考えてみる。機密情報を手に入れるにはどうしたらいいのか?  ふと、ライバルの顔が浮かんだ。  非合法活動はあいつに聞くに限るな。  明日・・・、もう今日なのだが直接会いに行こう。そう決めると突然眠たくなった。ふと見る と入り口に毛布は置いてある。ソファーに寝転んでそれをかぶる。  「美有羽、ありがとう。」  口に出して感謝の言葉。相手もいないのにね。そして、急速潜行で眠りについたのだった。                   −その名はシルバー−  ゴールドのライバルである不良少年“シルバー”は、竜のほこらで修行をしていた。そこに ゴールドが訪れる。  「やあ、シルバー。」  気軽に声をかけるゴールドをにらみつけてシルバーは答えた。  「なんだよ、今修行中だ。」  赤い長髪に刺すような視線の持ち主だった。多くの人間、ポケモンさえおびえる視線に、しか しゴールドはまったくなんでもなくシルバーに接していた。敵視しているのもシルバーの一方的 なもので、ゴールドはシルバーを友達とでも思っているのではないだろうか?  気安い男だ。シルバーは舌打ちした。  「相談なんだがシルバー。」  「嫌だ。おまえの相談なんか受けるか。」  「ああ、ありがとう。それでな、軍の機密を調べたいんだ。」  「嫌だと言っている。」  「うん、でな、転送装置経由で電脳世界に入って軍コンピューターのファイヤーウォールを破 ろうと思うんだ。」  「バカかお前、話しを聞けよ。」  「転送装置はウツギ博士のところのやつを使おうと思う、どうかな?」  話しが食い違っているようだが、ここでシルバーが返答した。  「転送装置はマサキのとこのを使おう、そっちのほうが足がつかないし、人間の臨床実験が終了済みだ。」  「オッケー、じゃあ、行くぞ。」  「ああ。」  つられてシルバーがついて行こうとする。3秒後、気がついてシルバーが怒鳴った。  「待て、話しを聞けよ。嫌だって言ってるだろう!なんでお前の協力なんかしなくちゃいけな いんだよ!そもそもなんだよ!軍の機密って!?」  ピタっと、ゴールドが立ち止まって意外そうな顔をシルバーに向けた。  「怖いのか?」  その言葉にシルバーが怒った。  「怖いわけないだろう!俺はお前みたいな弱虫じゃないんだよ!」  「あぁ、そうだな。じゃあ、行こう。」  スタスタと歩き出すマイペースなゴールド。怒ったシルバーはその横を歩きながら。  「行くけど、きちんと説明しろよ。」  なんて言っていた。                     −電脳世界−  岬の家にふたりは訪れ、マサキのおじいちゃんにめずらしいポケモンをたくさん連れてきた。  有名なポケモンマニアにして、ポケモン預かりシステムの構築者“マサキ”は、新たなシステ ムの運用のため、不在であった。その留守番でおじいちゃんが居たのだ。  ふたりにとっては大変都合が良い。  おじいちゃんがポケモンたちに夢中になっている時、ふたりは転送装置の前にいた。  「じゃあ、頼んだぞ。アポロ。」  「いいな、ルナ。そこのスイッチだ。」  転送装置の操作パネルを前にエーフィーとブラッキーが鎮座していて、ふたりの指示を聞いて いる。エーフィーはゴールドのポケモンで名前がアポロ。ブラッキーがシルバーのポケモンで名 前はルナである。ふたりが転送装置に入る。そのスイッチをポケモンたちに操作してもらおうと いうのだ。  転送装置のカプセルの蓋が閉まり、アポロとルナが的確に操作し、ふたりは光に包まれて、コ ンピューターの中の世界、電脳世界へと消えていった。ふたりが消えたあと、アポロとルナはカ プセルの前に走り寄り、じっと座って帰りを待つのだった。  そこは3次元立体映像の近未来的な建造物が立ち並ぶ世界だった。  金属の(ように見える)パレットがモンスターボールを乗せて、ひっきりなしに空を飛んでいく。  建物はそれぞれ各地のポケモンセンターを示していて、パレットが出たり入ったりしている。 誰かがポケモンを預けたり引き出したりしているのだ。  ふたりにとっては2度目の風景である。  「こいっ、ポリゴン2。」  シルバーが人口ポケモンを呼び出した。モンスターボールから現れたその姿がシルバーの指示 でどんどん大きくなる。この空間でポリゴン2はその大きさが自由自在だったのだ。  ゾウのように大きくなったポリゴン2にふたりが乗り込んだ。  「いけっ!ポリゴン2。」  そして空中を飛ぶ。ふたりを乗せたポリゴン2は建築物の裏側へ裏側へと進んでいく。ポケモ ンセンターの建物の集団を抜けて荒野に出た。その向こう、はるかかなたに鋼鉄の要塞が見え た。軍のコンピューターだ。通信的にはポケモンセンターの回線から軍のコンピューターに接続 したのだ。ふたりを乗せたポリゴン2は接近し、その城壁の入り口に到達した。  ふたりは顔を見合わせ、ゴールドが小さなパソコンを取り出し、シルバーが入り口のスイッチ ボックスを開いて電線を引っ張り出す。ゴールドがその電線をパソコンに接続した。  パソコンの電源を入れて、ゴールドがキーを叩く。  「どうだ?」  辺りを警戒しているシルバーがゴールドと背中合わせに聞いた。  「010010001010101010111・・・。」  ゴールドがマシン語・・・、機械の言語で答える。シルバーは返答を求めることをあきらめた。  しばらくして、ゴールドのマシンガンのようなタイピングが止まった。その表情が信じられな いという風に止まっている。  シルバーがパソコンを覗き込む。そこには軍秘密研究所のスケジュール表が映されていた。  そこ、明後日の予定には・・・。  「将軍の年1回の視察?どういうことだ??」  シルバーが怪訝そうに言った。ゴールドが答えた、震える声で。  「つまり・・・、暗殺だ!これはダム崩壊事故に見せかけた将軍の暗殺なんだ!!」  ゴールドがもっと詳しい情報を引き出そうと、キーを叩いた時。  ビー ビー ビー  警報が鳴り響いた。  「おい!ゴールド!?」  「シルバー!!3分でいい、持ちこたえてくれ!」  要塞からポリゴンの大群が溢れ出してくる。シルバーが舌打ちした。  むちゃくちゃ言うぜ。  しかし、シルバーの顔は楽しそうに笑っていた。危険を楽しんでいる微笑だった。  ポリゴンたちがその必殺技“トライアタック”をしかけてくる。ポリゴン2は直撃を喰らい、 破片を電脳世界にばらまく。シルバーはしかし、ニヤッと笑って叫んだ。  「ポリゴン2!テクスチャー2だ!!」  ポリゴン2の表面がガラスの割れるように砕け散り、そこに新しく鋼のテクスチャーが張り付 く。その新しい体はポリゴンたちの技をまったく寄せ付けなかった。  軍は兵器や戦争には強いのだろう。しかし、このポケモンの世界では子供たちにすら遅れを 取っている。  時代は変わるのに、大人たちは変わろうとしない。子供は大人になろうとするのに、大人は大 人であろうとしない。  シルバーは反撃すらしようとしなかった。相手にするのがアホらしかったのだ。ただ、限界ま でポリゴン2のすばやさを高速移動の技で上げておいた。  穏やかになったな、俺も。シルバーはそう思った。以前のシルバーならば確実に攻撃していた だろう。シルバーはライバルであるゴールドを振り返った、敵という意味でない、ライバルという友を。  「終わった!!」  ゴールドが叫んで電線を引っこ抜いた。シルバーがポリゴン2を操って、ゴールドを乗せ、ポ リゴンたちを振り切って逃げた。  荒野から見えなくなったポリゴン2を捜して、ポリゴンたちはいつまでも荒野をうろうろして いた。しかし、そのころにはふたりとポリゴン2は岬の小屋に戻って、待っていたアポロにゴー ルドは飛びつかれて顔をペロペロと舐められて、シルバーは遠慮しているルナの頭を包むように 撫でていた。                   −ロケット団の小悪魔−  「高みに昇るにはどうしたらい〜ぃ?」  あたりの様子すら分からない暗がりで、そいつはテーゼ(命題)を出した。  そいつと同じロケット団員の“クレオ”は、お株を取られたと舌打ちする。  二人は山登りの計画を立てている訳ではない。出世について語り合っていた。  「さあな、俺なら自分の下に人を持ってくるがな。」  おまえは別の方法を取るのだろう?と続く口調でクレオは答えた。ちなみにクレオもそんな方 法は取らない。価値ある情報は金で取引きするものだ。特に出世など金に関わるものは。  自分よりも能力の低い者を仲間に入れる。あるいはある一人の仲間を下等であると、まことし やかにふれまわる。それだけで、特に努力もせずに自分の地位が向上する。…ような気になれ る。自己満足的、気持ちの問題。人間対人間にしか通用しないゲームだが、それが全てででも生 きて行ける。  ポケモン相手じゃあ野生のコクーンにだって通用しねぇ。  クレオは唾を吐き捨てた。  吐き捨てた唾をよけて、そいつは一歩クレオに近付いた。暗がりにそいつ・・・、女の子の姿が ぼんやりと見えるようになる。  暗闇よりも暗く深い大きな瞳。両側でまとめた長い髪も黒々としている。肌はそれと対照的に 白く、暗がりで光るかのようだった。唇は黒ずんだ血の赤で、むらさきに近い。  毒ポケモンの色だよな。  そいつ“美由生”(みゆうと読む)を評してクレオはそう思った。  子供なのに研ぎ澄まされた日本刀のように鍛え上げられた肉体は、しなやかでぞっとするほど 美しい。美由生の持っている雰囲気は危険で、そしてミステリアスだった。  美由生・・・、クレオお気に入りの正義の味方と同じ姿、同じ名前の別人はその暗い瞳でクレオ の目を見上げた。美由生よりも背の高いクレオはその瞳を覗き込むかたちとなった。まるで底の 知れない井戸を覗き込むような感覚・・・、クレオはフラッと一歩美由生に引き寄せられた。その 時、クレオの視界に美由生の毒色の唇が映る。クレオはビクッとなって二歩後ろに下がる。  クスッ・・・。  美由生は人差し指の先で下唇に触れて、誘うような、惑わすような上目使いでクレオを見つ め、小さく微笑った。  ゾッ!  クレオはまるで人間以外の、なにか別の魔物に向き合っているような錯覚を覚えてゾッとした。  「高みに昇るにはねぇ、あたしは上をひきずりおろすなぁ。」  語尾の母音を引き伸ばす独特の喋り方で、おっとりとシビアなことを口にする。そしてイタズ ラな猫のように笑って、伸ばした後ろ手で手を組み、上体を屈める。  「たとえばぁ、女幹部のぉ、ミロさんとか〜。ねぇ?」  うつむきかげんの小首をかしげ、微笑っている美由生の瞳の奥は、果てしない闇だった。  時間は遡る。  ロケット団本部、会議室でボスと幹部。そしてボス直属の戦闘員(護衛)である美由生とクレ オ達が、ある作戦について議論を重ねていた。  作戦は国の軍隊をまとめる大将軍の暗殺。  ロケット団の内部工作で、中将にロケット団の者が就任したのだ。大将軍がいなくなれば中将 が大将軍となり、この国の軍隊の指揮はロケット団が取れることになる。かつてない暗殺作戦に 議論は紛糾した。一国の大将軍を暗殺するとして出された案は、どれも決定力を欠いていたからだ。  案が尽きて言葉も無くなった時、ボスの後ろに控えていた美由生が前に出て発言した。  「せんえつながら…、」  声を出した途端、女幹部が美由生を怒鳴りつけた。それをボスが手で静まるように指示する。 作戦参謀である髪の長い若き女幹部“ミロ”がしぶしぶ指示に従う。ボスが美由生に続けるように促した。  「では、子供ならではの発想ですが…。」  「将軍が視察に訪れる工業地区。ここに流れ込む川の上流には巨大なダムがあるのです。」  ここで美由生は言葉を切った。それとは分からないように出席者たちの反応を覗う。  分からない風の者が大半。そんな中、驚愕の表情のミロと、美由生の意図に気付いて口を笑い に歪めるボスが居た。  やっぱりミロって邪魔ぁ〜。察しが良すぎるしぃ、サカキさまラブだしぃ〜。  それに…。  と、口にも表情にも出さずに美由生は思った。そして、なにくわぬ顔でさらりと言った。  「このダムを破壊し、街ごと将軍を消します。」  部屋にどよめきが起こった。  クレオは笑いを押さえるのに必死だった。  まったくクレイジーな女だぜ、ヒャハハハハ。  「そんな…、いったい何人の人間を巻き添えにするっていうの!?」  ニンゲン ナンテ シンデ シマエ  心の声をひた隠しにして、美由生はボスを振り仰いだ。  楽しそうに口を歪めていたボスが答える。  「やるだけの価値はあるな。」  その言葉は事実上のGOサインだった。  「ではその役目!ぜひこのミロに!!」  焦ったミロが名乗りをあげる。それを見て美由生が誰にも気付かれないようにクスリと笑っ た。計算通りだったから可笑しかったのだ。  美由生の計算はこうだ。  ミロがダムの破壊に失敗する。その結果、ミロの幹部の資格を剥奪される。  普通、失敗しない。ダムには警備員も少なく、一構成員でもやってのけるだろう。それを失敗 させることが美由生の作戦だった。そこで、クレオだ。  あたりの様子すら分からない暗がりで、美由生とクレオの話しは続く。  「でねぇ、クレオぉ。あなたお気に入りの“正義の味方”にチクッて欲しいのぉ。」  知る者は美由生ぐらいだが、クレオはロケット団に敵対する者とコネクションがある。それを 利用しようというのだ。  「明後日、ロケット団がシロガネ第3ダムを破壊するって。」  クレオは少しだけ考えて、YESと答えた。  「あたしはぁ、工業地区に潜入して大将軍を殺すからぁ。」  イタズラっぽく美由生が言う。まるで子供が遊びで虫を殺すような風だ。  ヒャハハハッ  クレオはクレイジーに笑った。だが美由生の気が付かない瞳の奥で、まったく笑っていないクレオが居た。                    −集まった仲間達−  ダムが見える森の中に実結は居た。茂みの中にこっそり隠れてダムの様子を窺っている。  実結はあれからすぐダムに行ってロケット団の爆破予告を知らせた。それに工業地区に行って 同じ事をした。しかし、両方とも犬のように追い払われてしまったのだ。  ダムのそばの森の中。その茂みの中に隠れて様子を窺っている実結。そこから見えるダムの近 くに、ひとりの少年を乗せたドラゴンポケモン、カイリューが舞い降りた。  あれは・・・。  「ワタルさま!」  見覚えのある少年の姿に、実結は茂みから飛び出した。ワタルが振り返って微笑む、実結はと ろけそうになった。“竜使いのワタル”現ポケモンリーグチャンピオン。公式には最強と言われ ているポケモントレーナーである。本人は「よくて8番目だよ。」と言っている。実結はそれを 謙虚なのだと好意的に受け取っている。  「君もきていたのか、ミュウちゃん。」  「はいっ。」  あこがれに輝く瞳で、実結はワタルを見つめる。祈るように両手を胸の上で組んでいたりす る、乙女チックに。ふたりはかつて協力してロケット団の陰謀を阻止したことがあった。  ワタルのところにも例のメールが来ていた。イタズラだろうとは思ったが、念のために来てみ たのだという。  ワタルはダムの全景を見渡した。とても巨大なダムで、このダムが決壊した時、被害がどれほ どになるか想像出来なかった。だがその大きさゆえに破壊することも容易でないこともよく分かった。  とりこし苦労だろうな。  安心するのはまだ早い。そう思っていながらもワタルは肩の力を抜いていた。  ガサガサッ  そこに草をかき分ける音が聞こえた。  ふたりに緊張が走る。音はわずかなもので、しかもすぐに聞こえなくなった。  実結は息をひそめてモンスターボールを構える。ワタルがカイリューを制していつでも攻撃で きるように身構える。  近い・・・。  辺りがふたりの緊張を受けて静まり返った。その時!  パキッ  近くで枝折れの音がした!そこに向けてワタルがカイリューの破壊光線を放とうとする。それ を実結の大きな声が止めた。  「ゴールド!?」  「みけつ!?みけつか!?」  森の中からゴールドの声がした。それを聞いて実結が怒った声で叫んだ。  「うちは“みけつ”ちゃう!みゆうやぁっ!!」  森の中からゴールドが、美有羽を連れて出てきた。今にもポケモンバトルを始めそうな実結と ゴールド。美有羽と初対面なワタルはその実結と同じ姿に驚いていた。  「本当にそっくりだ。ミュウちゃん、双子の妹さんかい?」  ワタルが訊ねる。実結が嬉しそうに首を縦に振り、  「うん、そうなの〜。」  「違うわ。」  実結の声が終わらないうちに美有羽がそれを簡潔に否定した。実結は泣きそうな、潤んだ目 で、美有羽になにかを訴えていた。どうやら妹が出来たみたいで嬉しいらしい。美有羽はそれに 付き合う気はまったくないようだが・・・。  「それにしてもワタルまで来ていたなんてなぁ。」  ふたりとも掲げた右手を拳にして、お互いのそれと撃ち合わせる。あいさつなんだろう、ふた りとも楽しそうでお互いを信頼しあっていることが伝わってくる。この時だけワタルもゴールド もやさしげな顔ではなく、やんちゃな顔つきになる。  男の子って、かわいいなぁ。  実結と美有羽。ふたりとも同時にそう思った。  ひと通りのあいさつの後、ゴールドが言った。  「じゃあ、ここはみけつとワタルに任せていいな。」  「うちは“みけつ”ちゃうんやぁっ!」  「黙れ、お前なんかみけつだ。」  「え〜ん、みけつ言う奴がみけつなんや〜。」  ?  口ケンカがバトルに発展しそうな時。ふと、ワタルが考えるような顔になって聞いた。  「ここ・・・、以外にもなにかあるのか?ゴールド。」  美有羽は少し驚いた、表情には決して現れなかったけど。  この人、バカじゃない。  ・・・実結はバカだ。実結なんかバカだ、バカバカ。  「なるほど・・・。」  ゴールドに全てを聞いたワタルは頷いた。  ゴールドはあれからシルバーと別れ、爆破の阻止に来たのだった。シルバーは、  「勝手に暗殺だろうが破壊だろうがするがいい。弱い奴が死ぬだけだ。」  と言ってどこかに消えてしまった。  ゴールドは予想した。将軍の暗殺を企てたロケット団はもしもの時のため、またはダム破壊の 混乱に乗じて直接将軍を暗殺するのではないだろうかと。その予想が外れれば良し、しかし、も し本当ならば将軍を守らなければ。そう思ったのだ。また、ダムに居る実結と連絡を取って、も しダムが破壊されれば、少しでも多くの人、そしてポケモンたちを逃がさなければいけない。そ う思ったのだ。すべては思い過ごしかもしれない、だが、起こってからでは遅いのだ。常に最低 3つの方法と、それぞれの5手先まで考えて行動する。それがゴールドという人間だった。  …それにメールが本当ならばダムの破壊は止められないのだ、決して。  「じゃあ、ワタル。みけつ。ここは頼んだ。」  ゴールドが美有羽を促して行こうとしたとき、ワタルがそれを引き止めた。  「ゴールド、俺が行こう。将軍とは面識がある。」  美有羽の表情は変わらないように見えた。それを見ていなかったゴールドは、それがいいな。 と、言った。  美有羽の表情を見ていたワタルが、  「美有羽ちゃん、将軍の方は俺ひとりでいいからね。」  と言ったのだ。美有羽は少し呼吸を飲み込んだ。  ゴールドを見てから振り返って、その赤い瞳にワタルを映し、首を横に振った。ワタルについ て行くというのだ。  「その方が都合がいいもの。」  これはおそらく美有羽だけが知っていること。美有羽の個人的な都合からの発言だったが、誰 もそうは受け取らなかった。  ゴールドを危険にさらしたくないもの・・・。  美有羽は昔ロケット団の研究所にいたことがある。だからロケット団のやりかたを良く分かっ ていた。もともと美有羽はひとりで将軍の護衛に行くつもりだったのだ。  これだけ大きな作戦だったら、きっとあの娘が出てくる。そしてあの娘はゴールドを殺してし まうだろう。  「デュエ・・・、美由生。」  美有羽がその娘の昔の名前と今の名前をつぶやいた。誰にも聞こえないのに自分の中に深く染 み込む声だった。  なぜ守るの?なにを守るの?  ここに来る前に美有羽はゴールドにそう聞いた。  僕には守ることが出来るから、だから人間とポケモンを守る。  ゴールドはそう答えた。不十分な答えに、美有羽はなにも言わなかった。でも、なにも言わな かったけれども心の中で誓った。  では、あなたの命は私が守ろう。命を賭けて。  なぜ私はゴールドを守るのか?美有羽は自分に問い掛けた。答えはゴールドの背中に触れた 時、あったかかったから。そんななんでもないことだった。あと…、誰かに似てるから…。                     −邂逅−  ワタルと美有羽が工業地区に来ると、そこはものものしい警備だった。一般人の侵入は厳重に 規制され、入り口でふたりも呼び止められた。  「ここからは一般人は立ち入り禁止だ。」  しかし、ワタルが進み出て。  「私はポケモン四天王の長“ワタル”、大将軍に会いに来た。」  ポケモン四天王の長、それは結構な地位なのだろう。困った警備兵は上司に連絡を取って指示 を仰いだ。ふと、その時何気なく美有羽は横を向いた。向こうに帽子を目深にかぶった男の子 と、黒いワンピースを着た少女。そして、麦藁帽子をかぶった小さな男の子…に見える子供が居 た。鉄条網の向こうの建物を見ている。美有羽は帽子を目深にかぶった男の子がなぜか気になっ たがワタルに呼ばれて振り返り、もう一度視線を戻したとき・・・。  居ない・・・。  3人は消えていた。  それほど待たされることもなく、ふたりは将軍の元に案内された。  「よく来てくれた、ワタルくん。」  好々爺の笑みでふたりを迎えた老人は誰よりも立派な軍服を着ていた。  軍服を着たサンタクロースみたい・・・。  と、将軍を見て美有羽は思った。  ワタルと将軍はしばらく再会を喜びあった後、ワタルが事情を話した。話せることだけだった けれど、将軍は真剣に聞いてくれたのだった。話し終わった後、将軍は言った。  「ダムの破壊に私の暗殺・・・。私の命はともかく、この地区の人間を危険にさらすわけには いかん。避難できるものは避難させ、ダム破壊を止めるため、私が出向こう。」  「将軍閣下。」  ワタルが厳しい声をあげた。  「あなたの命は他のものと等しく大切です。」  将軍はすこし嬉しそうに笑ってみせて、そうだなと言った。  あわただしくなった研究所をふたりと将軍は専用ヘリポートに向かった。ヘリポートには大型 のヘリコプターと十数人の将軍直属の兵士が待っているはずだった。その兵士達と合流してダム に向かおうというのだ。  「これでただのイタズラだったらどうするの?」  ポツリと美有羽が漏らした。将軍はそれを聞いて笑って言った。  「そのときは「良かった」と言って酒を飲むのだよ。」  美有羽に気持ちのいい笑顔を向ける将軍。美有羽はそれを見て将軍を守りたくなった。  3人はヘリポートに出ようと、扉に手をかけた。ふと、その将軍の手が止まった。鼻をひくつ かせ、怖い面持ちでワタルを振り返る。  「いかがなさいました?将軍閣下。」  ワタルが問い掛ける。  「戦場の匂いがするよ、ワタル。しかも一方的な惨殺の匂いだ。」  将軍の言葉にワタルが警戒して、ゆっくり音を立てずに扉を少し開けた。隙間からヘリポート が見える。なにも異常はないように見えた。ヘリポートには20人は乗れるであろう大型のヘリ と、見張りの小柄な兵士が一人。それを見た美有羽が目を見開いた。  「ワタル、将軍さま。出来れば逃げて欲しい。」  声が震えていた。将軍とワタルがなぜかと聞いた。  「あいつはロケット団の戦闘員。その中でも1,2を争う腕の者なの。」  名前は美由生。私と同じ、この世に3人居る実結のひとり・・・。  最強のポケモンを創るプロジェクト、そのテストで生まれた、実結のクローンたちのひとり…。  美有羽は息を吸込み小さく呼んだ。  「アイン・・・、来て。」  すると突然、美有羽の右側に片腕のミュウツーが現れた。驚くワタルと将軍を置いて、美有羽 はアインと呼ばれたミュウツーにしっかりつかまって扉を出た。  「下がってて・・・、私達が片をつけるもの。」  美有羽とミュウツーが小柄な兵士の前に立った。そして訊ねる。  「ひとりなの?」  「ひとりで十分なのぉ。」  兵士に扮した美由生が舌を出して笑った。モンスターボールを構える、ポケモンバト ル・・・、ではない。殺し合い・・・、死闘が始まった。                 −ブルーカラーメデューサ−  「アーボック、へびにらみ。」  コブラポケモンのひとにらみでダムの警備員は麻痺してかたまった。  恐怖の目をしたまま。  ミロはそんな目で見られて嬉しかった。そう、あの日あの時のあの目で見られるより は・・・。  子供の頃、酒に酔った父親がミロに向かって言った。  「どうせ俺は肉体労働者。頭脳労働者さまより人間として劣っているのさ。そしてお前はその 俺の子供。そんな俺より下なのさ。」  なぜ父はそんなことを言うのか?ミロには分からなかった。しかしその言葉はミロにあきらめ と深い悲しみ、そしてどれだけ出してもなくならない怒りを持たせた。  父には学歴がなかった。そのことにコンプレックスを持ち、また世間が父を人として劣ってい ると見た。そしてそんな父は自分の娘をもまた世間のそのままの目でみたのだ。  自分の中からあふれるほどの怒りを持ったミロは暴力的な子供に・・・ならなかった。やさし い友達思いの、曲がったことが大嫌いな子供に育っていった。環境が悪くても真っ直ぐに育つ人 もいる。ミロは父を反面教師に真っ直ぐ育っていったのだ。中学を卒業するまでは・・・。  そう、中学を卒業する頃、遊び金に困った父が盗みを働いたのだ。捕まって刑務所に入った 父。そして残された家族に対して世間は・・・。  どろぼうの家族。  と、さげすむ目でミロを見た。  オマエモ ヌスム ノ ダロウ  オマエモ ドロボウ ダ  ハンザイシャ  世間はミロをそんな目で見た。  チガウ ワタシハ チガウ  そんな世間にミロは必死で抵抗した。私はドロボウじゃないと。  買い物に行くとみんながミロを監視した。  町を歩いていると、必ず誰かがついてきてミロを見張った。  小さい子供までがミロに「いつドロボーするの?」と聞いた。  そしてミロは・・・、それに疲れた。正しさを貫くことよりもいっそドロボウになってしまっ たほうが楽。そう思った。しかし、ミロはそれでも盗みはしなかった。しかし、あの日。過度の 疲労と心労で疲れ果てた母が交通事故で死んだのだ。赤信号なのに渡っていたという。母は言っ ていた「誰になんと言われようと胸を張って真っ直ぐ生きるんだよ。」葬式の母の写真を前にミ ロは歯を食いしばった。母の遺言とも言えるその言葉をなにがなんでも貫くつもりだった。しか し・・・、そのミロの後ろで誰かが言ったのだ。  「ドロボウが死んでホッとしたよ。」  それを聞いてミロは正気を無くした。爆発した怒りのままその誰かに殴りかかり、取り押さえ られて床に押し付けられた。  手にべったり血がついている。  ミロに殴られた中年男性が鼻血を押さえながら立ちあがり、床に押さえつけられたミロに向 かって言った。  「両親がドロボウならお前は暴力団・・・、ロケット団だ!」  ミロは叫んだ。  「なってやるさ、ロケット団にでもなんにでも!おまえたちがそれを望むなら!!」  こうしてミロはロケット団に入ったのだった。  警備員を押しのけてダムに行こうとしたとき、部下を引き連れたミロの前に、少年と少女が立 ちはだかった。ミロはアーボックを差し向ける。  「アーボック!へびにらみ!!」  オマエモ マヒ シテシマエ!  ワタシノヨウニ  ミロに立ちはだかった少年少女、ゴールドと実結は強かった。  あっという間に下っ端たちをなぎ倒し、ミロのポケモンも残り一匹になった。  その時。  ドーン ドーン ドーン!  ダムで爆音が上がった。  ゴールドと実結が驚いて駆けつける。するとそこにひとりのロケット団員がいっぱいのマルマ インを出して自爆させ、ダムを破壊しようとしていた。それを見たミロが驚いて声をあげる。  「クレオ!おまえがなぜここに!?」  クレオが振り返って答える。  「なぜって・・・?ボスの命令でよぉ。」  俺はやりたくないんだけどよぉ、と続くような口調だった。  ミロは驚愕した。  「この作戦は私に任されていたはずだ!」  それを聞いてクレオが、ヒャハハハハとクレイジーに笑って言った。  「ボスはおまえを信じていたのさ、必ず失敗するってな。」  ミロの目の前が真っ暗になった。目の色をなくして、その場に座り込んだ。ボスは最初からミ ロのことを信じていなかったのだ。  人を憎み、暴力と盗みに手を染めていたミロを拾ったのはボスだった。  「おまえは社会に適応できない“ろくでなし”だ。でも、だからこそ私にはお前が必要だ。ロ ケット団に入れ。」  そしてミロは、ロケット団に身を捧げ働いた。その功績が認められ16という若さで幹部にまで なった。  そんな私が、ただのおとり・・・。  キッ!  ミロは決意して駆け出した。モンスターボールを取り出し、崖からダムに向かって身を投げ る。ゴールドも実結も止める間もなかった。  「マタドガス!!」  空中でミロが、どくガスポケモンを呼び出す。マタドガスを抱いてダムにぶつかるその時!  「マタドガス、大爆発!!」  爆音!  ヒャハハハハ!  轟く爆音の中でクレオの笑い声がしたような気がした。ミロのその一撃でとうとうダムが決壊 したのだ。  水が爆発的に流れ始める。  呆然と立ち尽くすゴールドと実結の前にズタボロになったミロの体が投げ出される。それを見 て実結が正気に戻る。すばやくミロの体を診察し、止まった呼吸を蘇生させ、また心臓をマッ サージして動かした。一連の蘇生処置を手早く終わらせると、同じく正気に戻って駆けつけた ゴールドにミロを押し付け、決壊したダムに向かって走り出す。実結に追い抜かれた風がその長 い髪を後ろになびかせる。すると髪に隠れていたプラチナのピアスが現われてキラリと光った。  「実結!」  ゴールドが叫ぶ、実結は振り向かず答えた。  「止めてくる!!その人をお願い!」  実結はピカチューとスターミーを呼び出し、水が激流となった川に身を躍らせた。空中でピカ チューが光るサーフボードを作りだし、それに実結と供に乗って着水した。途端、実結がスター ミーを背中に貼り付け叫んだ。  「スターミー!こうそくスピン!ハイドロポンプ!!」  実結の背中に貼り付いたスターミーが二層構造になった体の、実結の背中と接した反対側を高 速で回転させ、そこから超高圧の水流を吹き出した。  その推進力で、サーフボードは音速で川を疾走した。  一瞬で視界から消えた実結を目で見送ると、ゴールドは視線をミロに戻した。すると、ミロと 目が合った。痛い、苦しい、そして悲しい目だった。  「止められなくて残念だったな…。」  ミロが言った、まるで止めて欲しかったかのように。  分かっていたことだ。守るということは攻めるものの10倍の物量と時間が要る。それが不足す ることは爆破予告があった時すでに分かっていた。だけど、あいつらが居る。だから、止められ なかった?はたしてそうかな?でも、ゴールドは答えた。  「ああ、そうだな。」  そしてキズに触らないように手を当て、ミロに聞く。  「体に異常を感じる部分はないか?」  ゴールドはミロを見ていた、その目にミロは違和感を覚えた。  「私はロケット団員…、しかも幹部だぞ。」  ナンダ ソノ 目 ハ  「ああ、そうだな。」  ゴールドはミロの体が痛くないように抱きかかえ、自分の膝をクッションにした。  ナンデ ソンナ 目デ ミルノ?  「ダムを壊し、町を津波で飲みこんで、人をたくさん殺したんだぞ。」  「ああ、そうだな。」  そう答えて、ゴールドは尋ねた。  「この体勢で苦しくないか?」  ゴールドはただなんでもない目でミロを見ていた。それはミロをドロボウだと思っていない。 ロケット団だと見ていない。ただの“傷ついた人”を見ていた。  ポロッ…。  ミロは泣き出した。  おとうさん、私はこんな目で私を見て欲しかった。学歴がなくても、ドロボウでも、私はあな たが好きだった。そんなあなたに…、  ただひとりの“人”と見て欲しかった。  ミロは涙を隠した。弱みも優しさも見せると、そこにつけこまれる。ロケット団に入ってから も、入る前も、そんな世界で生きてきたから。  ゴールドは痛くないように、ミロの頭を抱いて顔を自分の胸に埋めさせた。  涙が誰にも見えないように。  ミロはゴールドの服を掴み、顔を隠して泣いた。  おもいっきり、泣いた。声を殺して。でも、口を胸に押し付けて、叫ぶようにして泣いた。  ゴールドは最も原始的な医術、“手当て”をしていた。実結がゴールドにしたように、母がい としい我が子を抱くようにしてミロが眠りにつくまでただ黙って。ただ、痛みが和らぐように抱 きしめていた。  やがて眠りについて、その深い眠りから目を覚ました時、ミロは正気に戻っていた。  私はなにをしていたんだろう?  母の遺言を忘れて、どうでもいいような奴らの希望を叶えていたなんて…。  ずいぶん回り道をしたなぁ。  ミロは苦笑した、とても晴々とした気持ちだったのだ。その目は険が取れて綺麗な輝きをして いた。やさしく素直なミロ本来の目だった。  ゴールドがそれを見つけて、喜びの目を向けた。ミロが照れた。  痛みが残る体で、ゴールドに支えられ立ち上がった。  「今からでも…。遅すぎたとしても、母の言葉を守りたい。」  打ち明けた過去と、声に出した決意にゴールドは答えた。  「ああ、そうだな。」  俺も出来る限り協力するよ。と、いつもの言葉に付け足した。  黄金の太陽が、そんなふたりを暖かく見ていた。                     −VS美由生−  「キャハハッ、あんたってあたしそっくりぃ。」  ミュウツーの攻撃をかわす動作と共に警備兵の服を脱ぎ捨てて美由生が笑う。そこにはロケッ ト団の衣装を着た、美有羽と色違いの同一人物が居た。外見は同じだが、持っている雰囲気は美 有羽とも実結のものともまったく違っていた。たとえるなら実結は太陽、美有羽は月、そして美 由生は闇だった。  「本人だもの・・・。」  つぶやく美有羽。それを聞いてなおいっそう美由生は笑った。  「キャハハ、わっかんなぁい。」  激しいミュウツーの攻撃をどこ吹く風でかわし、美由生がモンスターボールを取り出した。  「おいでぇ、バンギラスぅ。」  おっとりした声とは正反対の、恐ろしい唸り声をあげて怪獣ポケモンがその巨体を現した。そ こへ岩をも砕くミュウツーの念力が飛ぶ、しかしその力はバンギラスのひとにらみでかき消され てしまった。美有羽に戦慄が走る。美由生が美有羽に語りかける。  「ねぇ、あたしねぇ。あなたが好きよぉ。」  しかし、そこで表情も変えず。さらりと言った。  「でも邪魔ぁ。だからぁ、あたしの為に死んでぇ。」  バンギラスが掴み掛ってくる。美有羽とミュウツーは寸でのところでかわす。岩さえ噛み砕い てしまうようなバンギラスの牙がかすめた。その邪悪な攻撃は、かすめるだけで美有羽の精神を ぼろぼろにしそうな威力だった。  心に空白を・・・。  美有羽は頭の中から全ての知識や経験を追い出した。心があるから傷つく。だから全部忘れる の・・・。  美有羽はど忘れした。  ガブッ!  とうとうバンギラスがミュウツーと美有羽を捕らえて噛み砕いた。  ニヤッ  美由生がねっとりと笑った。しかし、その笑みが一瞬のうちに驚きに変わる。  ニヤッ  ミュウツーが笑った。効果は抜群だった。しかし限界まで向上した特殊防御がダメージを最低 に押えたのだ。突然バンギラスの目に写る世界が上下さかさまになる。  「アイン、地球投げ!」  ミュウツーがバンギラスを担ぎ上げる。バンギラスの巨体が空中に舞い、そのまま真円を描い て地面に投げつけられた。  「立ってぇ、バンギラス。そしてぇ、破壊光線!!」  バンギラスが手をついて膝立ちになり、ミュウツーめがけて破壊光線を放った。ミュウツーは バンギラスと自分の間の空間を念力でゆがめて逸らし、倍の威力にしてバンギラスに返した。  「圧倒的じゃないか。」  ワタルが感心の声をあげた。  「いやぁん。」  バンギラスが倒れ、美由生は泣いてヘリの方に逃げていく。  「逃がさないもの・・・。」  つぶやいて美有羽がそれを追った。それを将軍の声が追いすがる。  「待て!深追いするな、美有羽!」  美有羽はそれを聞いていながら止まらなかった。ここでとどめをさしておかなきゃ・・・。そ う思ったからだ。  ヘリに逃げ込む美由生。それを追って踏み込んだ美有羽が見たもの、それは。  「・・・・・うそ?!」  信じられないという風の美有羽の声。そこは血まみれで横たわる護衛兵たちと・・・・・。  「どうして・・・・・!?」  美由生にかしずく5体のミュウツーの姿だった。  「オリジン・デュエル・トリス・テトラ、すてみタックル。」  どこか無機質な美由生の声を受けて、4体のミュウツーが自分が傷つくのも構わずにタックル をかける。反射的に美有羽が左手を伸ばしてバリアーを張る。しかし、4体のミュウツーはそれ を打ち破ってアインとそれに寄り添った美有羽にタックルをかけた。すごい音がして、アインと 美有羽はでたらめな方向に体をねじり、空中に弾き飛ばされた。そのまま地面に激突する。美有 羽とアインの生存を確認すらせず、美由生は無情にも最後のミュウツーに言い放った。  「フィフス、自爆。」  フィフスと呼ばれたミュウツーはなんのためらいもなく、アインと美有羽に掴み掛り、轟音を あげて爆発した。砂埃と破片を巻き上げた爆風が収まったとき、そこには完全に動かなくなった アインと美有羽が居た。そのふたりを踏み越えて美由生が将軍に向かってゆっくり歩いてくる。 ワタルが将軍を庇って前に出た。それを見た美由生があこがれに目を輝かせた。  「ワタルさまっ!こんなところで会えるなんて感激ですぅ。あたし、ワタルさまの大・大・大 ファンなのぉ。」  胸の前で手を合わせ、おとめちっくに感動を表現する。  ワタルは気を緩めなかった。その目が愛情に対してとても酷薄に見えたからだ。ワタルのそん な警戒を気にもせず美由生は続ける。  「嬉しいですぅ、あこがれのワタルさまをこの手で殺せるなんてぇ。」  美由生は粘りつくような視線でワタルを舐めまわした。ワタルは嫌悪感で身震いした。急いで モンスターボールからポケモンを呼び出す。  「カイリュー!ギャラドス!プテラ!リザードン!」  ワタルの呼び声に4体のドラゴンポケモンが現れる。  「「破壊光線!!」」  ふたりの声が重なった。振動で大地さえ震わせる音がして、空中でミュウツー4体の破壊光線 と、ドラゴンポケモン4体の破壊光線が激突した。叩きつけられそうな爆風と光。しかし、美由 生だけがまるで分かっていたかのように、なにごともなかったかのように動いて・・・、  ブス・・・。  ワタルの胸に深々と、毒を塗ったナイフを突き立てた。  「あふ・・・。」  気持ち良さそうに美由生が息を漏らした。一度ねじってからナイフを引き抜き、血を払って将 軍に振り返る。将軍は知らずに汗を額に浮かべていた。    リーーーン  そのとき、澄みきった鈴の音が鳴り響いた。いったいどこから響いてくるのか?美由生は見渡 すけれどまったく分からなかった。その空間を超越するかのような音色は工業地区を越えて響き 渡った。  工業地区の外れ、山の急斜面にこの響きを聞くものが居た。工業地区入り口で美有羽が見た3 人だった。3人の内のひとり、黒いワンピースを着た少女が言う。  「大ピンチね、そろそろ出番かしら?」  帽子をかぶった男の子が答えた。  「手遅れだった・・・、じゃないの?」  麦藁帽子をかぶった男の子に見える子が口を添える。  「ワタルさんは何回負けてもチャンピオンに返り咲く不屈の人だから心配ないよ。」  返り咲いたというよりは、チャンピオンの責務が嫌で逃げ出した人の方が多いのだが、ワタル の実力もまた、人間の範疇で考えることの出来ないものなのだ。  「まあ、見ていましょう。ワタルの方が優しいから、この場合適任よ。それに怖いのは美由生 じゃないわ。」  少女は美由生たちを見ていなかった。川の上流から目を離さず、あっけらかんと言った。帽子 を目深にかぶった男の子は、その帽子のつばを持って、  「わかったよ、ブルーさん。イエロー。」  ふたりの名前を呼んで、帽子を取り、振り向いた。  「良い子ね、トライ。」  その素顔は実結とそっくりだった。  美由生が将軍を殺そうとして、歩こうとした時。ワタルの手が美由生の腕を掴んで止めた。美 由生はびっくりして叫ぶように言った。  「どうして死なないのぉ!?」  言葉が終わる前にナイフを再びワタルの胸に刺す。思考や言葉より高速に殺人行動の出来る人 間なのだ、美由生は。反射神経で人殺しをするので、日常では包丁も持てない。美由生は念入り に突き刺したナイフをねじり、引き抜いた。痛みに歯を食いしばっていたワタルが顔を上げて言う。  「痛いじゃないか、止めてくれ。」  美由生は泣き喚いた。取り乱し、狂ったようにナイフを振り回す。  「どうしてぇ!?どうして死んでくれないのぉ?!」  ワタルが腕を捕まえる。美由生は泣いていた。ポケモン達はどうしていいのか分からず、それ をただ見ていた。  「私の為に死んでくれる人が、ひとりぐらい居てもいいじゃない!!」  美由生は言った。ワタルは答えた。その声は真剣だった。  「君に必要なのは“君の為に死ぬ人”じゃない!“君の為に生きる人”だ!!」  それを聞いて美由生は怒った。  「じゃあ、あなたが私の為に生きてくれるって言うの!?」  「あまえるな!!」  ガンッ!!  すねたように言った美由生の言葉に、ワタルはゲンコツで美由生の脳天を強打して答えた。そ して、美由生を真っ直ぐに見て叱る。  「誰かの為に生きる覚悟のない人間に、誰も命を捧げたりはしない!!」  腰が砕けて、美由生はその場にヘタリと座り込んだ。そして、子供のように泣きじゃくり始め る。その肩に手を置いて、ワタルは静かに言った。  「誰かを愛してみろ、ミュウ。そうしたら人間に成れる。」  美由生はキッとワタルを睨み付けた。その目は愛情に対して酷薄ではない、愛情に乾ききって 荒んだ目だった。  「知らないよ!愛なんて!!」  「泣く子を叩いて黙らせるのが愛?しつけで子供のアバラを叩き折るのが愛?そんな愛しか知 らないんだもの!!」  その言葉は美由生がどのような環境で育ったかを明白に物語っていた。心の栄養を失調した表 情がそれを真実と語っていた。  「あたしに愛し方を教えてよ!!」  美由生が教わったのは憎しみの実行だった、育ての親がその親から受けた虐待の復讐をその身 に受けたのだ。でも美由生は愛を求めていた。あきらめずに。  ワタルは泣きそうに目に涙をにじませて言った。  「ご・・・、ごめんなさい・・・。」  再び美由生は泣きじゃくり始めた。  「言わないでよ、そんなこと!!あたしがかわいそうみたいじゃない!!」  あたしは幸せだったもの・・・、それなりに幸せだったもの・・・。  そう言って自分を騙さなければ立つことさえ出来ない。人を憎み、殺しつづけることが、愛と いう行為の代替だから。  正体をなくして泣きじゃくる美由生に、ワタルは困って、泣かないでくれ、頼むと、土下座し て謝っていた。夕日が暮れるまで。  将軍は美有羽に駆け寄って助け起こそうとした。しかし、美有羽は自分の足で立ち上がった。 不思議なことに美有羽もミュウツーも怪我が完全に治っていた。将軍がそのことについて聞く と、「自己再生・・・。」ポツリとそう答えた。  細めた目を流して、美由生を見る。その目は美由生をチラリと見ただけ、そのまま素通りして 空に消え、空の向こうのゴールドを見ようと背伸びした。  「ね、ハッピーエンドだったでしょう?」  工業地区のはずれで少女、ブルーは言った。3人は川岸に向かって歩いていた。もうここには 居る理由がない。今度は自分たちの番だ。ブルーは警報の鳴るポケギアをポケットから出した。 そこにはDAM BROKENの文字が点灯していた。  「ワタルさんって何者?」  実結に似た男の子は言った。  「でも、ゴールドのお願いの半分は結局僕達抜きで解決できちゃったね。」  イエローが言う。ふたりが笑う。その時、道の先に見覚えのある背中が見えた。3人は顔を見 合わせて笑う。そしてその背中に声をかけた。  「おーい、シルバー。」  同じく半分出番のなかった不良少年は、バツが悪そうな表情で振り返るのだった。  ゴーーーーッ  その時、遠くから振動がやってきた。  4人は振り返った。その瞬間、全身の肌が粟立つような恐怖が3人を凍りつかせた。  「嘘でしょう、早すぎ・・・。」  ブルーの声が震えている。  すでに夢でしか見たことのないような津波が、空を半分も覆い隠し迫っていたのだ。音が聞こ えてから到達がブルー達の予想と計算をはるかに越えていたのだ。                  −ハイスピード−  実結は濁流になった川をピカチューのサーフボードに乗り、スターミーの高速スピン・ハイド ロポンプの超高圧推進力で疾走した。実結の通った後は川が二つに割れるほどのすさまじい勢い だった。  実結の足にかかる力もまた凄まじく、膝がガクガクと震えた。ピカチューも両手両足を踏みし めて歯を食いしばり、サーフボードを維持している。風の音が大きくて、それ以外の音が聞こえ ないためか、なぜかとても静かだと実結は思った。体にまとわりつく空気と音がまるで粘土のよ うに重たくねっとりとしていて、超高速で疾走しているのに、とてもスピードが遅いように感じ られた。  でも、このままじゃ津波に追いつけない。  ダムの決壊で発生した津波が町を襲おうとしていた。それを止めたくて実結は追いかけていた のだが、津波の先頭は見えない。  実結は考えない。その代わりにとても感じるのだ。ポケモンの心、人の考え、空気や大地、自 然の呼吸を敏感に感じ取っていた。そのことが実結を自己の確立した大人にはしなかったけれど も、自然や人々の一部となり大きな力を得ていた。自己の中から世界を見るのではなく、世界の 中に実結は居たのだ。  だから分かっていた。考えなくともなにをするべきなのかを。  答えはいつも目の前の“ここ”にある。  実結はモンスターボールを取り出した。粘つき抵抗する風と音に逆らって手を前に突き出す。 荒れ狂う風が刃物のようになって実結の腕を切り裂いて、血が吹き出して、でも、揺るがなかっ た。突き出した腕がまっすぐ伸びたとき、実結は叫んだ。  「ストライク!!」  まっすぐ伸ばした腕の先、目の前にかまきりポケモンが現れたとき、実結がもう一度叫んだ。 嵐のような風に、音に負けないように。  「きりさけ!ストライク!!」  ストライクがその剣のような腕を舞うように構えた。そして・・・、  ズバンッ!!  ストライクが風を、音を切り裂いた。  ストライクが切り裂いて出来た真空の中でいっきに加速した実結たちは、ついに津波の先頭を 飛び越え空中に踊り出た。津波は今、まさに町を飲み込もうと大きく立ち上がっているところ だった。空中で実結がもうひとつのモンスターボールを構える。  「出てきてっ!フリーザー!!“ピアス”」  実結によってピアスと名付けられた伝説のポケモン“フリーザー”が出現した。ただそれだけ であたりの空気が凍りつき、空中に氷の結晶を発生させ、プラチナのように輝いた。  「フリーザー!れいとうビーム!!」  持ち主の声を受けてピアスが羽ばたき、超低温の光を放つ。すると!  ピキッ、ピキン  なんと津波が、町に襲い掛かるその姿のままで凍り付いて止まっていた。  ふうぅーーーーーっ。  実結はそれを確認し、ピアスの上で安堵のため息。しかし!!  バキ!  氷が割れはじめたのだ。実結は泣きそうになった、これでもだめなの?!  そこに光が差した、地上から。地上に居るシルバーが高く挙げた手にモンスターボールがあ り、その少しだけ開いた隙間から青白い光が漏れていた。その光は割れて崩れ始めた氷を空中で 押しとどめた。  「ルギアー!サイコキネシスーーッ!!」  シルバーの叫び!同時に巨大な鳥のような、神々しいポケモン“ルギア”が現れた。  完全に砕け散る氷。しかしそれは決して地上に降り注ぐことはなかった。ルギアのサイコキネ シスがそれを許さなかったのだ。しかし、そこでルギアは動けなくなった。  「トライ!!プラグ!!」  ブルーが呼ぶ。するとトライが自分の髪の中からコンピューターのプラグを引き出してそれを 手渡す。肉体を機械で強化されたトライの脳は、マサキのコンピューターなみに高性能だった。 ブルーは渡されたそれをノートパソコンに接続してキーを叩く。  「来て!カイリキー達!!」  するとノートパソコンから無数の格闘ポケモンが出て来たのだ。  「カイリキー!岩落とし!」  山肌にとりついてカイリキー達が岩をいくつも投げる。それはあっという間に防波堤を築き上 げるのだ。そこへ笛の音が鳴り響く。イエローだ。その笛の音が鳴り響くと、空を埋め尽くして 虫ポケモン達がやってきた。  「みんなー、糸をはくー!」  イエローの掛け声に。果たして、無数の糸が防波堤を補強した。町は救われたのだ。  「シルバー!トライーーー!ブルーさぁん!イエロー!!」  実結が空からみんなのところにダイブする。みんながそれを抱きとめた。泣いてしまった実結 を、会心の笑みで迎えて。                     −大団円−  ダムの跡地に大きなヘリが止まっていた。跡地にはワタルや大将軍、ゴールドが居る。警察ま でが来て大騒ぎである。  実結はそれを森の茂みに隠れて、ハラハラしながら見ていた。見ていたのは自分に似た女の子 を連れたワタルの姿。そのふたりが急接近していたので気が気じゃなかったのだ。  そんな実結の横に美有羽とミュウツーが突然現れた。実結はびっくりした。  「なぜ隠れてるの?」  「うち家出少女やから警察はやばいねん。」  美有羽の問いに実結は警察を警戒しながら、ワタルと女の子の動向を観察しつつ答えた。する と、美有羽も警察を警戒し始めたので実結は聞いた。  「なんで美有羽も隠れるのん?」  美有羽はあきらめたかのように言った。  「あなたは私じゃないけど、私はあなただから・・・。」  「なにいうてんねん、美有羽は美有羽やん。」  一応最後まで聞いたけど、実結はそう即答した。美有羽はびっくりして、しかしすぐに少し嬉 しそうにして答えた。  「うん、そう…、そうだね。」  そのとき、美有羽の目に怪我をした少女を大事そうに抱えたゴールドの姿が映った。美有羽は 突然悲しいような寂しいような気持ちになって、グスンと鼻を鳴らして茂みのハッパをむしり始 めた。  「すみません、私は…。」  将軍を前に、ミロが自白を始めようとした。それをゴールドが庇って言った。  「この人は僕といっしょにダム爆破を阻止しようとした人です。」  それに美由生を連れたワタルも言葉を添えた。  「そうです。僕達は仲間です。」  ミロは嬉しくてありがたくて泣きそうになった。だけど、だからこそ本当のことを言おうと決 意した。ゴールドとワタルに首を振って将軍を見た。  「私はロケット団幹部のミロです。ダムは私が爆破しました。」  止めようと慌てるゴ−ルドとワタル。それを分かって、うなずき、将軍は言った。  「ばか言っちゃいかん。ロケット団幹部はあなたのように綺麗な目をしとらんよ。」  と、将軍は心の底から偽り無く言った。将軍は本当にそう思ったのだ。しかし、それではとミ ロが反論する。それを将軍がやんわりと諭した。  「あなたまだ16じゃろう?まだやり直しが効く。罪を償いたいなら、わしがあなたの身柄を 預かろう、警察にはうまく言っておく。わしといっしょにやり直さんかね?」  ミロは嬉しさに泣いてうなずいた。  ミロは将軍のヘリに乗り込んだ。応急処置で息を吹き返した将軍の専属兵達がヘリを操り、飛 び立つ準備をする。いよいよ飛び立つとき、ミロは身を精一杯乗り出して、ゴールドにキスをし た。驚くゴールドを置いてヘリは、幸福の笑みを浮かべた、メデューサの呪いが解けて王女に 戻ったミロを乗せて大空に飛び立った。それを追って、美由生を後ろに乗せたワタルのカイ リューがリーグ本部へと飛び立っていく。                      −黒幕−  「報告します。」  ロケット団ボス、サカキのプライベートルームでクレオが姿勢良く直立して言った。豪華なソ ファーに腰掛け、サカキがそれを聞いている。  「幹部ミロは大将軍に保護され、特殊戦闘員美由生はワタルに引率されました。」  クレオにいつもの狂気は感じられず、どこかエスプリすら感じさせた。  「ごくろう。」  サカキはまるでそうなることが分かっていたかのように、頷いたのだった。  報告書を手渡し、クレオは聞いた。  「よろしかったので?」  サカキは笑った。美由生など及びもしない危険な笑みだった。  「なあ、クレオ。愛あるところに悪は生息できんよ。」  愛・・、その男から最も出てきそうにない言葉だった。  「ミロは気が狂っていただけだ。いつ正気に戻り、我が組織を内部から崩壊させるか分からな かった。」  優秀だったが、残念だ。サカキがそう付け足した。  「美由生に至っては心が成熟していないだけ、つまり子供だ。・・・愛を求めてやまない・・な。」  憎しみからだって愛に到達出来る、真実の愛を求め続けるならば。  だからサカキにとってふたりは、自分の存在を脅かす身内の中の敵になりうる存在だったの だ。それはこの国の軍隊を敵にまわすよりやっかいだった。ロケット団、その本当の姿と真意を 知られる前に放逐する必要があったのだ。  クレオは、ロケット団の真の姿を知れば喜んで悪に身を染めてくれただろうと考えたが、それ はすなわち幸せの放棄だったし、悪は正義と敵対し偽善を懐柔出来ても、真実の愛の前にはまっ たくの無抵抗だった。  ・・・幸せすら願ってしまった。  これが瞳の奥のクレオの、美由生に対する真実だった。  「中将はいかがなされますか?」  「切り捨てろ、奴は目立ちすぎた。」  あっさりと言ってのける、代わりはいくらでも居るのだ。ロケット団・・・、悪の存在は人に 求められて止まない。盗品と分かっていても珍しいものには大金を払ってでも手に入れようとす る人間は山ほどいる。それが現実。そして、そこがサカキとクレオの社会の中での唯一の居場所 だった。                     −愛人−  部下というよりは友人というべき男が去ったあと、サカキの背後にひとりの美しい女性が現れ た。誰もいなかったはずの部屋に突然出現した相手に、サカキは気付いていながら振り向こうと さえしない。女は親しげな様子で言った。  「お優しいですね。」  「別に、邪魔者を排除しただけだ。ナツメ。」  本当に親しいのだろう、隠すことのない言葉がサカキから返された。  「あとはやつらの好きにするがいいさ、人を憎み殺すも良し。愛し活かすも良し。大衆らしく 自分の考えを持たず惰性で生きるも良し。もはや人生はあいつらのものだからな。」  「愛をせずに惰性・・・ですか・・・。」  ナツメと呼ばれた女性にはその一言が看過出来なかったのだろう、取り上げて復唱した。  「でも、愛することをやめることは出来ないわ。」  決意を表明するかのような言葉だった。  サカキは軽く笑って振り返る。そこには敵対的な組織の者であるはずのジムリーダー“ナツ メ”が居た。  「かわいいことを言うじゃないか。」  サカキの言葉に少し驚き、そして喜んで、頬を赤らめナツメは答えた。  「女ですから。」  そしてその長い髪をかきあげた。するとそこに、昔のトキワジムのジムバッチがピアスにされ ているのが見えた。長い時の間で磨かれて宝石のように輝いていた。きっと毎日撫でていたのだ ろう。  「憎しみも止まらないさ。」  野望に猛る野獣の顔をしてサカキが答える。ふたりの間に埋まることのない溝を感じ、ナツメ は血がにじむのも構わず、ピアスを強く握り締め、現れた時と同じようにかき消すようにテレ ポートした。悲しみの顔を隠して。                    −運命と始まり−  誰もいない部屋、サカキはつぶやく。  「私を止められるのは、強く心が自由な子供だけだよ。」  そしてそれは、分かっていればどうにか出来るものではない。悪の組織、そのボスですら運命 の波にさらわれる木の葉でしかなかったのだった。  その頃…。  マサラタウンを旅立つひとりの男の子がいた。  運命にも負けない大きな夢と希望を抱いて。            −Biginning from future−                   −And go− おしまい