「コイキング、はねるっ!」  買い主の声を受けて、コイキングがはねた。・・・爪を振り上げたサンドの前で。  ガンッ!  硬い音がして、世界が一瞬二重にぶれる。  サンドの引っかくを受け、コイキングはまるでバスケットボールのように、地面をバウンドし転がった。  コイキングはびっくりして口をパクパクさせ、尾びれとむなびれを力いっぱい、ばたつかせる。  「よし!」  買い主はそれを見て、拳を握り締める。  生きている、元気だ。  「もどれ!コイキング。いけっ、フシギダネ!」  ぼこっ  にぶい音  「きゃああ!フシギダネーーっ!」  出た途端ボコられるフシギダネに、買い主が悲鳴を上げる。  バトルは始まったばかりなのに、買い主は劣勢だった。  コイキングは、その時の買い主の所持金からすると、高額で売られていたのを、オヤジの 口車に乗せられて、目をキラキラさせながら買ったポケモンだ。  今でも鮮明に思い出せる。  その時オヤジは言った。  「ぼっちゃん、あ・な・た、だけに・・・・!いいお話しがありまして、秘密のポケモン コイキングがなんとたったの500円!どうだい、買うかね?」  「おじさん!」  キラキラおめめで、合わせた両手を胸から口元まで持って来て、興奮しながら迫る。  「ぼっちゃんじゃなくって、おじょうちゃんです〜。」  買い主は知らなかったのだ、コイキングがどういうポケモンかを。そして、今も分かっていない。  コイキングの買い主であるおじょうちゃん”実結”(みゆう、と読む)はコイキングを嬉 しそうに抱き上げて言うのだ。  「秘密のポケモンっていうくらいだから、きっとすごいポケモンに成長するんだ!今は “はねる”しか出来ないけど、いつかきっとすごくなるんだ!!」  太陽の輝きと蒼天を背景に、コイキング、はねる!  しかし、コイキングを連れての旅は決して楽なものではなかった。特にバトルの勝率は 悪く、ポケモン達も傷つき疲れていた。  その事実が実結にはとても辛かった。  バトルに負けるたびに、暗く悲しい気持ちになっていった。  夜。  実結が眠りについた後、モンスターボール達がカタカタと動いた。  そして、パカッと開いて次々にポケモン達が出て来る。みんな怒っていて不機嫌な顔つきだ。  ポケモン達のひとり、ヒトカゲがひとつ残ったモンスターボール、コイキングのモンス ターボールを蹴飛ばす。すると、コイキングもモンスターボールから現われた。  ポケモン達はコイキングを囲み、非難の声を浴びせた。責め、なじり、その上乱暴に蹴飛ばした。  ポケモン達はコイキングが足手まといになっていることと、それになにより実結の関心を 独り占めにしていることが我慢出来なかったのだ。  「う〜ん・・・。」  その時実結の声がした。  ポケモン達は驚き、あわててモンスターボールに戻る。コイキングだけがひとり残り、 虫ポケモンの鳴く野原から、月夜に向けて・・  コイキング、はねる。  またしてもバトルに負けたある日、とうとう実結は対戦相手にコイキングについて尋ねた。 本当にすごいポケモンなのか、と。その質問に相手は驚き、あきれた。  「あのなぁ・・・。」  質問を受けた少年は実結のあまりもの無知さにいらだちを隠せなかった。  「コイキングってのはポケモンの中じゃあ一番弱いんだぜ。」   実結は驚きに目を見開いた。その驚きに固まった顔のままで、おずおず尋ね返した。  「えっ、だってこの子を売ってくれたおじさんは、すごいポケモンだって・・・。」  少年は実結のあまりものバカさかげんに頭をかきむしり、我慢が切れたかのように大声を出す。  「だから、だまされたんだよ!そのオヤジに!!」  一瞬、目の前が真っ暗になった。  気がつけばコイキングを抱いて座り込んでいた。  少年はいつの間にか立ち去ってしまっている。  「だまされたんだよ。」  少年の声が頭の中でリフレインする。  「ポケモンの中じゃ、一番弱い。」  その言葉が記憶の中で繰り返された時、実結の目に涙が溢れ出した。同時に泣き声が口からこぼれる。  「うぇ・・・・、ふえ〜んっ。」  自分をだましたオヤジに腹が立って、だまされた自分が情けなくて、声を吐き出すようにして泣いた。  「わあっ、わぁ〜。わぁ〜んっ。」  実結は思った。  だまされて、それに気づかず浮かれてて。あたし、まるで、あかん子やん。くやしい、 かなしい、なさけない。はずかしいし、もう無茶苦茶やわ。  いっぱいの感情がないまぜになって、実結は泣いた。  泣き続けて日が暮れる頃、実結はコイキングを抱いて水辺に来ていた。  実結は泣き腫らした目でじっと水面を見つめている。そんな実結の胸の中でコイキングが 必死になってはねていた。  その時、モンスターボールからポケモン達が現われて実結を止めようと足にしがみ付いた。 あれだけコイキングを嫌い、いじめていたのに、必死の目と泣き声で訴えるのだ。  ステナイデ ステナイデ ステナイデ  その時、コイキングの頭に水滴が落ちた。  ひとつぶ・・ふたつぶ・・・、コイキングがその丸い目で見上げると、実結と目が合った。 すると、また実結は泣いてしまった。両手でしっかりとコイキングを抱いて、涙で濡れた頬 を寄せて。強く、強く、泣きながら抱きしめていた。いつまでも・・・。  後日。  「おい、またカモが来たぜ。」  ポケモントレーナーの集まる道路に再び実結の姿があった。いつもと変わらぬ笑顔が、 どこか落ち着いて見えて、それに気がついたトレーナー達がはやし立てる。  「おっ、どうした?とうとうコイキングに見切りをつけて、強いポケモンを捕まえて来たのか?」  実結はニヤッと得意げな、余裕の笑みを浮かべる。  はやし立てる声は波が引くように消えていき、ひとりが前に出てモンスターボールを構える。  緊張が周りの空気を支配した。見守るみんなは息を飲んだ。ポケモンバトルだ!  「いけ!ニョロモ!!」  相手がおたまポケモンを出す。実結もモンスターボールを構えた。  「いけ!コイキング!!」  実結の投げたモンスターボールから、あのコイキングが勢い良く飛び出した。  みんなが笑った。でも、実結も笑っていた。笑うなら笑え、あははっ。あたしはコイキングが 好き、やっぱり好きなんだ。  「ニョロモ!おうふくビンタだ!!」  相手が指示を出す。同時か、それより早く実結は叫んだ。  「コイキング!はねるっ!!」  迷い無く、明るい声に。元気良く、力いっぱい、  コイキング、はねる! おしまい☆              おまけ小説 フシギダネと実結  晴れた午後、昼下がり。  ぽかぽかと日の光が降り注ぐ草原で、実結とポケモン達が食後にくつろいでいた。  じゃれあうポケモン達と、満腹で半ば寝ぼけた実結。  ふと、実結の目にフシギダネの後姿が映った。  フシギダネはゼニガメとお話しをしている。  その無防備な背中に実結は手を伸ばした。  そして、尻尾の根元。背中の辺りをくすぐる。  フシギダネはびっくりして両手を挙げてのけぞった。  「ばんざ〜い。」  っと、その姿を見て実結がCV(キャラクターボイス)を入れた。  フシギダネが驚いた目で振り返る。実結はうつ伏せになったままフシギダネを見つめ、 寝ぼけて”へにゃっ”となった目で笑う。  フシギダネは怒ってふいっと横を向き、再びゼニガメと話し始める。しばらくたって 油断したその時、またしても実結がフシギダネをくすぐる。フシギダネ両手を挙げてのけぞる。  「ばんざぁ〜い」  クスクスと可笑しそうに笑う実結、カンカンになるフシギダネ。  怒ったフシギダネはその後3日間も実結に近寄らなかった。実結は大いに寂しがったという お話し。ちゃんちゃん♪ おしまい☆