薄暗く狭い、小さな舟の中…船倉。  濃密な潮の香りと、おだやかにたゆたう波の音。  木で造られた古い舟は、しかし、危なげなく海を走る。  開け放たれた天窓からは、光が帯を成して降りてくる。  その光が、積み上げられた木箱と、実結(みゆう)を照らす。  長い髪をした、どこか大人びた少女で、白いワンピースを着ている。  そろえたヒザに、ポケモン医学教材を入れたカバンを置いて、その上に両手を添えている。  舟は“ミナモシティー”にある、ポケモン医学校を目指していた。  「おじょうちゃん、もうすぐだよー。」  ナギ、と名乗る老船乗りが、波音に乗せて言葉を渡す。  「はーいっ。」  実結は大きく返事をして、立ち上がる。  その声で、となりで眠っていた、エーフィーとブラッキー。  ネコのような体に、ウサギのような耳を持ったポケモンたちが、目を覚まし、首をめぐら せる。  そのふたりの太陽と月の輝きを持った瞳を、実結は夢に輝く瞳で真っ直ぐ受け止めて、大き く口を開き歯を見せて、明るい笑顔を見せる。  腰に手をやって、胸を反らし、  「なってみせましょう、ポケモン女医っ。」  と、高らかに宣言した。  ピースサインまでして見せる。  ミナモシティーのビルの林を遠くに見て、岬を横目に入り江に向かう。  舟は、ペリッパーやキャモメたちを、引き連れて港へ。  港はまるで巨人の家のようで、その入り口が大きく開いていて、その大きな暗い口で、海を 飲み込んでいるかのよう。  実結は、舟のへさきに。まるで、そうすれば一番乗り出来ると思っているかのように、身を 乗り出して、頬を撫でる潮風に目を閉じて、うっとりしていた。  キャモメの声、波の音。それを運ぶ風・・・。光・・・。  全てが新鮮で、やさしく思えた。  舟は、港に入った。  日の光に慣れた実結の目は、一瞬、視力を失って、真っ暗になる。  やがて、目が慣れてくると、そこに巨大な柱が現れた。  その、巨大な鉄骨の柱に支えられた屋根には、重工業用の機械クレーンが走っている。クレ ーンの窓には小さな人影が何人もいて、その巨大な機械を操作していた。  「おじょうちゃん、隣を見てみな。」  ナギ老人の声に、実結は左を向いた。  そこには壁があって、ずっと向こう・・・、行き交う人たちがちっさく見える桟橋にまで続 いている。  ただの壁じゃん。  不思議そうに、ナギ老人を振り返ると。ナギさんは、上を指して言った。  「違う、違う。上だよ、上っ。」  実結は、言われるままに、上を向いた。  「ぅわぁあああーーーーっ。」  壁に見えていたそれは、大きな船だったのだ。  上はまるで、高層ビルを見上げるよう。横方向には、いつ途切れるか分からない壁のよう。  町ほどもある巨大客船。  その横を通り過ぎる間、実結はポカーンと、見上げていた。  ようやく船尾にたどり着き、首を戻そうとして、  「いったーいっ。」  首に痛みが走って、涙目で実結が叫んだ。  上を向き過ぎでした。  「着いたよーっ。」  そこは港の奥の奥。  となりの豪華客船のものに比べると、まるでミニチュアの桟橋に着いた。  実結は真っ赤な裾の短い上着を羽織り、つばのひろい帽子をかぶって、荷物を持ち、  「よっと。」  ピョンと舟から桟橋にジャンプした。  小さい舟はそれだけで大きくゆれ、思ったほど飛べなかった実結は、つま先で桟橋の端っこ をキャッチ!  「あっ、あっ。」  バランスを崩して上体が舟に向かって傾く。それをエーフィーとブラッキーが、二本足で立 ち上がるようにして、押し戻す。  ペタンと、座り込んで、手で桟橋を確かめ、安堵のため息をつく実結。  「ありがとーっ、“アポロ”“ルナ”。」  エーフィーの“アポロ”と、ブラッキーの“ルナ”も、桟橋にジャンプし、実結に寄り添う。  「じゃあな、おじょうちゃん。なれるといいな、ポケモンのお医者さんに。」  ナギ老人の、日に焼けた顔が、笑顔になる。  励ましに嬉しそうにうなずいて、実結が答えた。  「はいっ。」  実結たちは、ナギ老人の舟が、港の入り口・・・。日光の中へと消えていくのを見送った。  そして、船乗りたちが行き交う桟橋を、外に向かって駆けて行く。  跳ねて、風と踊る長い髪。  時々、現れる耳に輝くプラチナのピアス。  好奇心に輝く瞳、はずむ息、鼓動。  置いてきたものは、たくさんあった。  友達、母親、妹たちや、弟たち。あこがれと想い出も・・・。  悲しくなかったわけじゃない。  さみしくなかったわけじゃない。  でも、心細くはなかった。  実結は並んで走るふたり、ルナとアポロの呼吸と鼓動、肌に感じる存在感。そして、いつ も守ってくれる心を感じて、ありがたくって目を閉じた。  それに今は・・・。  目を開けた。夢と希望に輝く目を・・・。  今は、大きな夢が手を取って、背中を押して、止まることなんて出来やしない。  港の出口は光に満ちていた。  太陽の光で出来たカーテン・・・。そこに飛び込むように、実結が走る。  さあ、始めよう。  あとがき&ネタばれ  こんにちは、真琴です。  感無量です。  つながりのある読みきり小説の実結編がとうとう完結いたしました。  あるマサポケノベラーさんへの感想作品として−コイキング、はねる!−を書いて以来(だ ったのです。あしからず)、どんどん想像と世界が広がって…。  書きつづけるうちに登場キャラクターの“実結”は、どんどん、どんどん成長していって… 。とうとう、作者を追い越してしまいました。  この作品−旅立ち−を練習小説で書いてから、ずいぶん日々が過ぎました。そして、とう とう、私の能力では彼女のこれからを書くことは出来ないと観念し、またひとつの区切りと して、今回の本番投稿となりました。  ここで彼女…実結の歴史を振り返って見たいと思います。彼女はこのような人生を生きま した。  注意:これは完全にネタばれです。最後ということで^^;  【そもそもの、はじまり】参照作品:−宇宙を飛ぶよりも自由に−  幻のポケモン“ミュウ”が、人間の男の子ゴールドに恋をして、なんと、全てを捨てて人間 の赤ちゃんに転生する。その赤ちゃんこそが実結である。  【いきなり、不幸】参照小説:−片腕のミュウツー×2−−大樹が影を落とす24番道路で−  親友のセレビィによって、男の子の生まれた過去にいく。そこでロケット団によってさら われ、ミュウツープロジェクトの実験材料とされ、何人もの妹弟がクローンとして生まれる。  あるひとりの研究員の裏切りによってロケット団から助け出され、教会へ。そして、問題の ある義母に引取られ虐待を受ける。  義母から逃げ出した実結は、ポケモン女医のヴァイオレットに引取られる。  【再生への兆し】参照小説:−真冬に花咲く夏みかん−  ヴァイオレットが経営するサナトリウムで元気に育つ。この頃、実結はポケモン女医になる 夢を持つようになり、ヴァイオレットに教えを請う。  【そして冒険へ】参考小説:−コイキング、はねる!−  冒険に出た途端わるい人にだまされ、最弱のポケモン“コイキング”を高額で買い取る。  【出会い】参考小説:−赤い夕日が沈む湖で−−赤い夕日が沈んだ後で−  ロケット団に無理やり進化させられた赤いギャラドスと戦う。ここで前世での親友セレビィ の転生であるワタルと再会を果たす。だが、本人はまったく気が付かないまま、ワタルにあこ がれの恋に落ちる。  【出会い2】参考小説:−片腕のミュウツー−  生き別れの(?)妹、美有羽の治療のため、呼び戻されたサナトリウムで、前世で恋に落ち た男の子、ゴールドと再会する。だが、本人はまったく気が付かないままだった。混乱し、そ れでも実結は、ゴールドから離れることが出来ずに、以後、ゴールドに付いていくこととなる。  この頃、ゴールドの親友、シルバーとも出会い、同名のもうひとりの妹、美由生と、長い間 、間違われることとなる。  【成長】参考小説:−フリーザーのピアス−  あこがれの恋に燃えあがるも空回り。しかし、友人たちに支えられ、大きく成長する。  【戦い】参考小説:−未来から始める物語−  ロケット団の陰謀を知り、これを阻止する。この頃、美由生や、ロケット団のボスの実子と して育った弟、トライとも再会する。  【変化そして旅立ち】参考小説:−赤い蝶のように−−旅立ち−  あこがれの恋が終わり、夢に向って飛翔する。  【残された者】参考小説:−宇宙を飛ぶよりも自由に−  実結と交換したポケモン“なみのりピカチュー”と一緒に、実結の帰りを待つゴールドの姿 がある。  【そして、なんでもない日常】参考小説:−女の子はお菓子で出来ている−  みごとポケモン女医となり戻ってきた実結。恋人や妹、そして友人たちと一緒に、幸せな日 常を送る。  実結についての全てのエピソードが以上です。  本棚の読みきり“まこと”のカテゴリーにありますので、もし、よろしければ、ぜひ読んで みてください(^-^)/  では、また次回作で(^-^)/