「うっせーっ、見るな、聞くな。しばくぞ。」  ミロはクレオの服を掴んで、自分の顔を、隠した。  「だまされる、お前がバカなんだよ。               間違いなく、お前のせいさ。                           ガーディーが死んだのは、な。」                −憎しみの終焉−  「ごめっ、ごめんなさい!」  女の子の強盗は、正体を無くして泣き喚いた。  「バカッ、なにやってんだ!逃げるんだよ!!」  泣き喚く女の子より少し、年上の男の子と女の子が、引っ張る。  都会の路地裏で、少年強盗団“クスハ”を追って来るのは、女性の巡査と、  ……………  そのポケモン“ガーディー”だった。  都会の路地裏。  汚く、澱んだ空気の立ち込める“裏”の社会。  その地下。下水道の奥に、人口の洞窟が崩れ、地肌と、キレイな水がとうとうと湧き、太陽 の光が細々と射し込むところがあった。  そこに粗末なバラックが建てられてあって………。  汚物に流れ込み、押し流すキレイな水は、自然の岩肌から湧いていた。  空気はどこからか自然のものが流れ込み、その水音と空気を感じて、  戻って来た強盗団頭領である男の子“暮生(クレオ、と読む)”は、ほっとした。  肩にはパンがいっぱい入った袋を背負っている。  その後ろを、泣きじゃくる団員………いつもは危険なくらい役に立つ小さな女の子 “美由生(みゆう、と読む)”を、副頭領である、髪の長い女の子 “美呂(ミロ、と読む)”が乱暴に連れてくる。連行…?と、いった感じだ。  足音を建物の前で止めて、クレオが大声を出す。  「帰ったぞっ!クズどもおっ。大漁だぁっ!!」  声が響くと、建物から、  ピョコ  ピョコ  と、小さな子供たちと、同じく、小さなポケモンたちが顔を出した。  歓声を上げて、パンに、チビどもが群がってくる。それを、ミロが蹴散らした。  「バカヤロウっ、行儀よくしやがれ!」  キランッ  その時、ミロの目、その端っこが光る。  「そこっ!!アザリー!!」  アザリーと呼ばれた女の子に、ミロはズカズカと近寄り、  「てめえっ、また腹なんか出しやがって!女の子が腹、冷やしてんじゃねぇっ!!」  まったく、服に不自由なんか、させてねぇだろ。とか、ぶつぶつ言いながら上着をスカート に押し込む。  キラランッ  再びミロの目が光る。  「太一っ!てめえ、またゴハン前につまみ食いしやがったな!口のまわりにポテチのカスつ けてんじゃねえ!!」  夕食が食えなくなるだろうっ!こっちはちゃんと栄養のバランスまで考えてやってんだっ。 とか言いながら。近寄って…、  ガンッ  と、容赦なく殴る。  ヒャハハハハ、と、クレオがクレイジーに笑う。  自分で取って来たんだからいいだろーっ、とかなんとかぶつぶつ言っている太一くんに、み んなが、ポケモンたちまで笑い出した。  まったく…。  と、腰に手を当てて、ため息をついたミロが、ふと、美由生を振り返った。  暗い、闇色の目をして、うつむいていた。  ミロはクレオを見た。クレオも、ミロを見て…、うなずいた。  「で、どうしたんだ。美由生、昼間は。」  その夜。  餓鬼どもが眠りについてから、クレオが切り出した。ミロも、覗き込むように、こっちを向 いている。  「昔、辛いことがあって…。」  美由生はそう言って、黙ってしまった。  「で…、その辛いことってなんだよ。」  イライラしたようなクレオの声。  沈黙  灯ったロウソク  揺らぐ、目に写る全て。  暗闇は、どこまで世界を広げてくれるのだろう。  光のように、暴き立てず。  全てを包み込んで…  静寂  「クレオに嫌われたくないから…。」  あたしはいいのかよ。  と、ミロが、ぶーたれる。  だって、口うるさいもん、ミロ。と、はっきり言う。  「嫌われたか。そりゃ、好都合。」  言って、ミロは美由生に顔を近づける。  覗き込むように、美由生を見て、ミロが言った。  「あたしはな…。人の不幸を聞くと、嬉しくなるんだ。」  そして、肩に手を置いて…。  「さあ、あたしを喜ばせな。」  そして、悪魔の微笑み。  美由生は、怒って。  聞いて、後悔するがいい。  そう言ってから、話し始めた。友達にも、親にも決して話せない。他人か敵にしか話したく ない。そんな話しを…。  医者が…、治るって言ったの。  誰の病気が?  飼っていたガーディーの…。  でも、治らなかった。  ………  クレオとミロは静かに聞いていた。  となりの部屋からはなにも聞こえてこない。チビどもの寝息も、ここには届かない。きっと 、美由生の叫びも。  「ポチはぁ〜。…」  震える吐く息が大きく、声と重なった。  わたし…、ずっと、虐待受けてた…。  母親から。  その母親も、本当の母親じゃなかったんだけど…ね。  美由生は、笑っていた。バカにするように…。なにを?バカにするというの??  その、わたしを〜、守ってくれてたのは、ガーディーのポチだったの…。  「そのポチを、医者は、苦しめて、苦しめて、苦しめて殺したんだ!!」  興奮して美由生が言う。  「ん?ちょっと待て…。」  クレオが、言いとがめた。  「そのガーディーの面倒見てたのは誰なんだ?」  「わたし…。」  ヒャハハハハッ  てめえ、医者の言うことなんか信じてたのか。  クレイジーに笑ったクレオは、その後、とんでもないことを口走った。  「だまされる、お前がバカなんだよ。               間違いなく、お前のせいさ。                           ガーディーが死んだのは、な。」  わぁーーーーーーーっ!!!  叫んだ  「まっ、なんだな。そこまで苦しめられたなら、そのポチ?よっぽど、恨めしい顔をして逝 ったんだろうな。」  おっかしそうに、クレオが言う。  そこで、美由生の叫びが途切れた。とまどうように、気付くように…。  そういえば………。  「すごく………安らかな死に顔だった。」  クレオの笑い声が、ピタッと、止んだ。  「本当…?か。」  じゃあ………  ミロは胸の痛みに目を閉じた。クレオは心から感心するように、言った。  「そのガーディー……。よっぽど、お前のことが好きだったんだな。」  美由生は  美由生の目から  澱んで、溜まっていた、数年分。大量の涙が、溢れ出した。  「ゴメン…、ゴメンなさい。ポチ………。」  ミロにすがりついて、  大きく泣き出した。  「ヒャハハハハ、こいつ、マジ泣きだぜ。」  クレイジーにクレオが笑った。  ミロが睨み付けた。  クレオは肩をすくめ、出て行った。  部屋の入り口で、地べたに座り込み、タバコを取り出した。  帽子を目深にかぶって、火をつける。  帽子に半分隠れた顔の、頬に涙が一筋、つたう。  「チクショー…。ケムリが目に沁みるじゃねぇか…。」  タバコを持った手で、鼻を擦った。グスン…。と、音がしていた。  しばらくして………  美由生の泣き声が聞こえなくなって、クレオが戻ってくると、ミロの膝に頬を埋めて、美由 生が眠っていた。  ドキ………。  クレオがドキッとするほど、キレイな表情をしていたミロが、振り返る。  と、どこか怒ったような、いつものミロに戻り。  チョイチョイ  と、指でクレオを招いた。  クレオが近づくと、乱暴に胸倉を掴み、座らせた。  その胸に、ミロは顔を埋める。  かすかに肩が震えている。悲しみの嗚咽をかみ殺した口から、かすかに聞こえた。  泣き声  「おい…ミロ………。」  クレオは狼狽した。  なんで・・・・、こんなに悲しい目に、美由生はあわなくちゃいけなかったんだ!!  幼い子供の頃に、「子供になるなっ!大人になれっ!!そうで、なければ捨てる!!」みた いなこと言われて。  できるかよっ!!そんなこと!!!ふざけるなっ!!!!  愛を与える前に、完成を子供に押し付けるなぁっ!!!!!  ・・・美由生は、心を二つに千切って・・・。あの日に、自分の子供を捨てて来た んだ・・・。  捨てなくちゃいけない、自分そのものを・・・。捨てきれずに、引きずって、今まで生きて 来て・・・。  それがコンプレックスになって・・・。  苦しんで、苦しんで、苦しんでっ!!!  重たくて、重たくて、重たくて!!!  涙が止まらなかった………。  くやしい・・・、くやしいっ!!  あたしたちは、「神じゃないっ!!」  あたしたちは、「道具じゃない!物じゃない!!」  ・・・心を持った、「人間なんだ!!!」  くやしいよぉ・・・。  こんなこと言ったら、美由生に失礼かもしれない・・・。  「美由生、かわいそうだ・・・・。」  ・・・・・・・  でも、あたしが感じてるこの悲しみなんか、美由生の足元にも及ばないんだよね・・・。  本当、あたしって失礼だよ・・・。  クレオ。これ、本当に内緒だよ。  ただの、あたしの勘違い…だから。きっと…、そうであって欲しい。  「なにを聞いてたんだよ、ミロ。…おまえ、バカだろう。」  そう、これはただの投影…。ミロの心が見せた幻影………。クレオたちが守る子供達やポケ モンたちが持っていたそれぞれの悲劇。その、統合……。  ちぃーーーーーんっ  「わっ、汚ねっ!」  鼻をかんで、顔を上げたミロは…。  てへっ  笑顔だった。  まいったよ………。  クレオは頭を掻いた。  クレオとミロが美由生に寄り添った。闇だけが許してくれる。地下の建物で…。  クレオも…、とくにミロはこんなことしてちゃいけないな…。いつか、こんなこと…強盗や めさせなきゃ…。  丸聞こえですよぉ。クレオ、ミロ。  闇に、美由生は聞いていて。そのことを、心に閉まった。つっかえの取れた心は、いっぱい のあたたかさが入った。もう、涙に濡れることもないだろう…。まだ、人間に対する憎しみ は残っていたけれど。  アリガトウ・・・・・・・・・ツメタイ ミタイ ニ セッシテ クレテ・・・・・・。   未来………。  月が満月の夜。  シルバーという少年に連れられて、美由生は森に立った。  森の中心。  少し開けた場所に、墓が立っていた。  よく手入れされ、きれいな花が添えられてあった。  「ここは………?」  振り返った美由生。  シルバーは  立つ力さえなくして、膝を折った。  膝で立つ力さえなくて、上半身も、地面に向かって落下した。  手がかろうじて、顔と地面との激突を防いだ。  が  顔を上げることさえできずに、額が地面を擦っていた。  「ごめん……。」  口は開いたまま、喉から声が出た。  「俺……、こいつを。あの日、ポチとおまえを守れなかった。 知っていたのに、おまえがどれほど苦しみ、ポチがどれだけおまえを守ろうとしたのか……… 。ポチは命をかけてまで、おまえを守ったのに。  俺は、ただ、見て見ぬふりをしていたんだ。」  懺悔の言葉は、カタチをなくした泣き声に変わった。  美由生はただ驚いていた。  あの日のわたしとポチを知る人が居たなんて…。  「なっ…なによ、あなたがあやまることじゃないじゃない。ねっ、悪いのは医者と義母さん なんだから………。」  スベテ ワタシ ノ セイ ナノ ダカラ…。  「誰が悪くても………」  シルバーは言った。  「誰が悪くても、あの時、俺はポチを救いたかった!おまえを助けたかったんだ!!」  なのに、俺は逃げたんだ………。  あの日の俺を消し去りたい。弱かった自分。くやみきれない、後悔。  泣きながら、でも、どこか冷静な一部分が  そういや、ゴールドのやつも、「実結に、はいつくばって、あやまったことがある。」な んて、言ってたっけ…。  ライバルのことを、思い出していた。  誰が悪くても………。  美由生は、その言葉を繰り返した。  そうだね…、誰が悪くても。誰のせいでも  生きていくのは、私自身なんだ。  ポチの笑顔を胸に抱いて………。  ポチの生きていた証を胸に抱いて、生きるのは私なんだ………。  美由生は墓の前に膝をついて、手を合わせた。  祈り  ポチ……わたし………もう、いいかな………。  目を閉じて、想うポチの笑顔は  いつも、やさしく、明るい。  イイヨ モチロン ダヨ  声が聞こえた  美由生はびっくりして、まわりを見まわした。  まわりには、闇と、月の光、そして、シルバーしか居なかった。  シルバー………。  わたしとポチの為に、泣いてくれた人………。  「立って」  命令  シルバーが立つ  「目をつぶって、歯を食いしばって。」  シルバーは、笑った。  殴ってもらえたほうが、楽になる。  美由生は  シルバーの両頬を包むように触れて………。  くちびるを重ねた。  目を見開いて、おどろくシルバーの目に、  どこか、やすらかな顔の美由生が居て……。  ようやく  シルバーを開放して、  命令  「これから、あなたはわたしの為に死………、いいえ!」  「わたしの為に、生きなさい。」  ワタシ ハ   アナタ ノ  タメ ニ  シ ………  イイエ  イイエ イイエ イイエ!  アナタ ノ タメ ニ イキヨウ  シルバーは片膝をついて、手を差し伸べた。  美由生は、その手に、手を、重ねた。  重ねた美由生の手に、シルバーは唇を添えた。  ふたりは、まるで  童話の中の  王女と騎士のように。  闇にあってさえ、緑の森に風がそよぐ  満月を冠した夜空が  そんな、ふたりを見ていた。  ひとすじの  “月光”を  投げかけて I am GOD’S CHILD How do I live on such a field  ・・・ Where Ever I just living