ポケモンの女医になることを目指す、小さな女の子”実結(みゆうと読む)”が見習いとし て住みこんでいるサナトリウム。  その敷地の端っこに一本の夏みかんの木があった。  ある日差しのやさしい午後に、実結は療養中のポケモン達を連れて庭に出ていた。  仲良く遊ぶポケモン達の向こうに、その夏みかんの木を見て。縁側に座った実結は思い出し ていた。  「カレー・・・。」  ここに来て初めての夏。おいしいみかんを実らせてくれたお礼に、その根っこに大好物の カレーライスをかけたっけ。次の日の朝、女医である先生に、夏みかんはカレーよりも腐葉土 のほうが好きだって諭された。  ふと、遊んでいたナゾノクサが変なセキをした。  実結は思い出から立ち戻り、ナゾノクサを中に連れていく。ベッドに寝かしつけて戻ってく ると、心配げなポケモン達の視線が実結を迎えた。実結は大丈夫と手を振って、元居た縁側に 座りなおした。安心したポケモン達が再び遊び始める。実結も再び思い出に戻って行った。  おいしそうな実をたわわに実らせた翌年の夏。実結とポケモン達は先生に内緒で夏みかんを 頬張った。  実結が頑張って世話をした夏みかんの木は、あまくおいしい実を実らせていて、実結もポケ モン達も大喜びだった。  年々おいしくなっていくんだよね。  実結の夏みかんを見る目は、庭で遊ぶポケモン達へのそれと同じ、やさしい目だった。  ふと実結は、吹いて来た風に冷たさを感じ、ポケモン達を呼んだ。  素直に従う子達を中に入れて、もっと遊ぶんだと、だだをこねる子達は両手に抱え上げて中 に入った。戸を閉める時、ちょっとだけ夏みかんの木を見た。今の季節は冬。  風邪、ひかないでね。  「なんでそんなことになるんですか!」  サナトリウムの来客室から先生の声がした。実結はポケモン達と目で合図と取り、入り口に そろそろと近づいて耳を当てる。確か今日は市のえらい人が来ていたはずだ。  「認めません!道をつくるために木を切るなんて。しかも、あの夏みかんの木を!」  それを聞いて実結は目の前が真っ暗になった。ショックでなにも考えられなかった。  「しかし、先生。国の決定です。逆らえませんよ。」  えらい人が先生の迫力に、しどろもどろになりながら返答する。先生はその態度になにかを 気付き、問い詰めた。  「金ですか?もらったんですね国から。木を切ることを承諾する代わりに支払われる手当 金を。」  本当のことを言い当てられてえらい人は逆ギレを起こした。  「ここは市の土地だ!文句あるなら出ていってくれ!」  「土地は市のものでも、自然はポケモン達のものです。」  1歩も引かない先生に、えらい人は怒って立ちあがり帰って行こうとした。実結はある決意 を持ってポケモン達に振り返る。ポケモン達も決意をその力強い目に込めて実結を見つめ返 した。  よし!実力行使だ!!  客室の扉が開い時、実結とポケモン達が立ちはだかる。  「夏みかんの木を切らんといて!切らへんと約束してくれるまでここを通さへんっ!」  強い視線で真っ向から立ち向かう実結とポケモン達。しかし、えらい人は馬鹿にしたように 鼻で笑ってモンスターボールを取り出した。  「いけっ!ゴーリキー!」  筋肉質の大きな体を持ったポケモンが目の前に現われた。それを見た瞬間、実結とポケモン 達は無条件で思った。  私達、殺される。と。  ゴーリキーは腕を横に払った。誰も直撃を受けたわけではないのに、実結とポケモン達は風 圧で吹き飛ばされた。体を壁や床に強く打ちつけられて、声をあげるどころか息も出来なか った。  「いいか、工事は明日。邪魔するなよ、このゴーリキーも連れてくるからな!」  えらい人の無情の声と自分の無力に、くやしくて実結は泣いた。  夜。  実結とポケモン達は、夏みかんの木の回りに基地を造り、決戦の準備をして立てこもった。  実結もポケモン達も夏みかんの木と運命をともにする覚悟だ。  風が吹けば飛ぶようなバリケードを乗り越えて、先生が毛布とあたたかいミルクを持って きた。  毛布にくるまって座る先生に実結は聞いた。  「えらい人に逆らって、おまけに夜更かしまでして、みゆうは悪い子かな?」  先生は、とんでもない、とてもいい子よ。と、頭をなでた。そして言った。  「気が済むようにしなさい。」  実結は嬉しいような、恥ずかしいような顔をして、先生の毛布にもぐり込んだ。  ポケモン達も一緒にくるまって、夏みかんの木を見上げる。  枝に満月がひっかかっていた。  いつの間にか眠ってしまった真夜中に、実結は誰かに呼ばれた気がして目を覚ました。  満月がきれいで、回りは明るく風が止み、空気があまりの寒さに凍りついたかのようだった。  音さえ凍りついているその静かな庭の端っこに夏みかんの木。  それを囲んでただじっと見上げているポケモン達と実結。  月明かりのシャワーを浴びる中でそれは起こった。  夏みかんの木がいっせいに花を咲かせ始めたのだ。  真冬なのに!  実結はただ、その夢のような光景に見入っていた。寒さからではなく体が震え、目から涙 がおっこちて止まらなかった。  アリガトウ アリガトウ  感謝の心が止まらなかった。  アリガトウ  「さようなら」  実結とポケモン達は夏みかんの木の声を聞いたような気がした。  夏みかんの木はただひとつ、太陽色の実をつけた。それは音も無く、実結の差し出した手の ひらの上に落ちて・・・・・・。  そして、  あっという間に枯れてしまったのだ。  太陽色の果実をひとつ残して………。  次の日、工事は行われた。  先生はその光景を見ながら首をかしげていた。  実結とポケモン達は不思議となんの妨害もしなかったのだ。  それに、えらい人が連れてきたゴーリキーがひっこ抜いたのは、昨日まで青々としていたは ずの、夏みかんの木……の、枯れ木だったのだ。  さて、工事の終わった次の日。  「わああーーーん!」  実結の泣き声で先生は飛び起きた。  駆けつけると、実結の部屋で、実結と見たことのない黄色のフシギダネがとっくみあいのケ ンカをしていた。  ケンカを止めて事情を聞くと、実結は大切な夏みかんを、このフシギダネが食べてしまった のだという。  枕元に置いていた夏みかんが無くなっていて、代わりにこのフシギダネが寝ていて、ことも あろうに、おいしそうに舌で口の回りをなめていたのだという。  あほらしくってケンカの仲裁をやめると、実結とフシギダネのケンカが、再び始まる。  その微笑ましい(?)光景を視界の端っこに見ながら、先生は考えた。  それにしても、なぜこの季節に夏みかんをこの子はどうやって手に入れたんだろう?  そして、この辺りにフシギダネは分布してないのに、どう見ても生まれたての、このフシギ ダネはどこからやって来たんだろう?  先生は首を傾げて考えて、ふとあることを思いついて、笑顔でつぶやいた。  「まったくもって、フシギダネ♪ふふふっ。」  おしまい☆