私では、到底たどり着くことのできない                    未来を歩いていく子供たちへ                         そして                      かけがえのない戦友へ                       永遠を生きる物語                         第一話                                  2004年2月13日 真琴  「カンタっ、10歳の誕生日、おめでとうっ。さあ、旅に出ろ、今、出ろ、すぐに出ろ。」  父親がマシンガンのように息子“カンタ”に語りかける。  雨上がり、町外れの我が家。  野球帽にTシャツ短パン姿の少年“カンタ”は、もう、どうすればいいのか。  戸惑うスキすら与えずに、中肉中背で特徴の無い父親が畳み掛ける。  「いいか、カンタっ。この世界では10歳になるとポケモンマスターになるために、旅に出な くてはいけないんだよ?」  どこの世界だよ。  カンタが、心の中で突っ込む。  「とにかくいけ、すぐにいけ。さァ、早くっ。」  なにか理由があるのか? これほど急かすことに。  しかし、そこはさすが息子。こういう父親なのだとわかっていた。  せっかちにも程ってもんがある。  しかもなにか勘違いしているが、勘違いしたまま、イノシシのように突っ走るのが、我が父 である。  「かあさん、かあさんからも言ってくれ。」  なかなか納得のしない息子に、父親が助けを求める。  息子はただ、あきれているだけなのだが。  キッチンからエプロンで手を拭きながら、背を上から圧縮したかのように、横にふくよかな 母親が出て来た。  そして、カンタの前で祈るように、手を合わせる。  「お願い、カンタ。男の子は旅に出て強く育っていくのよっ。おかあちゃん、さみしいけど 気にしないでっ。」  おかあさんも、おとうさんも、ボクがジャマなんかなァ…?  そう疑いたくなる勢いである。  しかし、そこはさすが息子。  母は、ただ面白がっているだけであることを知っていた。  「さァ、いけっ! カンタ。母の死をムダにする気かっ!?」  いや、あんたナニ言ってんねん。  カンタはあきらめに目を閉じて手を振り、目の前のピンピンした母を指差す。  父親は母に振り返って、きっちり10秒間沈黙する。  「かあさんっ。」  ほいきた。と、母親は死んだふりをする。  ………。  きっちり10秒間、沈黙するカンタ。  チラッ、チラッと、少しだけ目を開けて、息子の様子をうかがう母は、今にも笑い出しそう。  「ふう…、分かったよ。ボク、旅に出るよ。」  ため息まじりのカンタの言葉に、父親は顔を輝かせ、母親は飛び起きて息子の手を握る。  「よく言ったぞっ! それでこそ我が息子だっ。」  やめたいよ、今すぐに。  「私の死をムダにしないでねっ。」  死んでねェよ。  心の中でコメントをはさみながら、なんども首肯するカンタは、悟りを開いた僧侶のようだ った。  「では、旅立つオマエにポケモンを授けよう。出て来いっ! カビゴン!!」  その言葉に一瞬、カンタは喜んだ。  ポケモンに詳しいクラスメートが、「カビゴンは、いいポケモンだ。」と言っていた記憶 があったからだ。  父親がモンスターボールを………出さない。  「?」  カンタが首を傾げる。  父親が頭を掻いてキッチンを振り返る。  「おーいっ、ポン太さァーん。」声をかける。  母親が座り込んで七輪で魚を焼き始める。匂いでおびき出す作戦だ。  カンタは、びみょーーーーっに、不安になった。  ズシーッン  床が振動する。振動でカンタの体が空中に浮いた程だ。  ズシーン…ズシーン…。  地響きを立てて、キッチンから出てきたその姿は………?  「はっ?」  扉を窮屈そうにくぐる巨体…しかし、ピンッと立った耳、長いしなやかなシッポ、黄色地に 黒のしま模様の毛並み………。  「オヤジ…。」  行儀良く四本足を揃えて座り、魚の煙にうっとりとしている“それ”に唖然としてカンタが 聞く。  「なんだ?」  “それ”の背を撫でながら、満足そうな父親が振り返る。  「“それ”って、ただのでっかい“ライチュー”じゃん。」  しかし、2メートル近い体長で、でっぷりと太った“それ”は、“ただのライチュー”とは 言えなかった。しかし、カビゴンでは断じて、なっしんぐ、けっきんぐ、である。いや、ケッ キングでもない。  「カビゴンだよなァ?」「そうですよねェ?」なんて会話しているバカ両親に、カンタは頭 を抱える。  「とにかくっ、いけ! 我が息子よ。みごとポケモンマスターになってみせよっ!!」  いや、ムリでしょう。  カビゴンに間違われ、“ポン太”と呼ばれるライチューを仰ぎ見て、率直にそう思った。  「頑張って! カンタ。私の死をムダにしないでっ!」  まだ言うか。  カンタはポン太を、父親から受け取ったモンスターボールに戻そうとする。  モンスターボールから光線が出てポン太を包み、その光がモンスターボールの中にポン太を 封じ込め………。  「えっ!?」  カンタは、びびった。  しまりきらないモンスターボールの蓋から、でっかいライチューのお尻と長いシッポが、は み出していたからだ。  モンスターボールに納まろうと、必死であがくお尻とシッポ………。時々、後ろ足もはみ 出し、必死で空中を蹴っている。  カンタは、びみょーーーーーーーーーーーっに、この旅に不安を持った。そしてモンスタ ーボールからはみ出す“それ”のように、不安を隠しきれなかった。  正午の光差す街道に、短パン小僧とミニスカートが対峙していた。  手にはそれぞれ、モンスターボールを持っている。  ミニスカートは、野球のピッチングフォームのように、モンスターボールをかまえている。  短パン小僧のほうは、重たいボーリング玉を両手で転がすみたいに、かまえている。  そのモンスターボールは半ば蓋を開け、でっかいシリとシッポを見せていた。  ………風が、枯草のカタマリを転がしていた。  少し前のこと…。  短パン小僧である我らがカンタと、ミニスカートのミオは、街道ですれ違った。  そのとき、ふたりの視線が合った。  カンタは、ミオの腰のベルトにモンスターボールがはめられている事を確認し、ボンヤリと「そういや、トレーナー同士、目が合ったらバトルだって言ってたなァ。」なんて思い出し、 声をかけた。  「ねェ、キミ。ポケモンバトルしようよ。」  スレンダーな体に、白いポロシャツを着て、タイトなジーンズ地のミニスカートを履いた、 美しい女の子“ミオ”は振り返り、頓狂な声をあげる。  「えっ、あなた、ポケモントレーナーだったの?! モンスターボール、持ってないじゃ ない?」  カンタは「よっこいしょっ。」と、背負っていたリュックサックを下ろした。  ズシンッ、とか音を立てている。  両手を中に突っ込み、重たそーーーーーーーっに、シッポとお尻のはみだしたモンスターボ ールを取り出す。  「さァ、ポケモンバトルだっ!」  カンタは、もうすでに汗だくで、肩で息をしている。  「…………………………っ、大丈夫?」  カンタ、女の子に同情される。  「いって!“オードリー”」  ミオがオーバースローでモンスターボールを投げると、そこにスラっとした体のピカチュー のメスが現れた。モデルになれるような美しいピカチューである。  「いけっ!“ポン太”」  ずしーんっ  カンタが投げたモンスターボールは地面に落ちた。  バウンドもせず、転がりもしない。  いや、転がるわけが無い。地面がへこみ、アスファルトにヒビが入っているからだ。  しかし、ポケモンが出てこないというのは、どういうことだろう? いや、シリとシッポは 出ているが…。  シーン…。  ふたりと一匹は沈黙した。  にょきっ  いきなり、モンスターボールから肉球のついた後ろ足が出てきた。  そして、出ようとして、ジタバタと足掻きはじめる。  うわァ……………、どうしよう………………。  沈黙が続いた。10分ほど足掻いた足は3分ほど休憩して…。  ジタバタ ジタバタッ!  必死に足掻く、ポン太足っ。  そしてさらに10分後………。  「あ………。」  グスン………。  ポン太は、泣き出してしまった。  ふたりと一匹が協力して、ポン太を引きずり出すと、ポン太はミオにしがみ付いて、大きく 泣き出してしまった。こうなると、ポケモンバトルどころじゃない。  「ごめんなさい、ごめんなさいっ。本当に、ごめんなさい。」  カンタがミオにペコペコと頭を下げる。  ミオはいい人らしく「いいの、いいの。」と、手を振った。  ポン太が泣き止んだ。グショグショの顔を、オードリーが心配げに覗き込む。その時っ!  ポン太の目が、ハート型になった。  ポン太が、いそいそと道端の花をつみ始める。そして、いきなりプロポーズ!!  「ごめんなさい、ごめんなさいっ。本当に、ごめんなさい。」  カンタがミオにペコペコと頭を下げる。  ミオはいい人らしく「いいの、いいの。」と、手を振った。  「でも、困ったわ………。この子、私と一緒で、自分より強い人じゃないとお付き合いしな いわよ。」  オードリーは優雅に微笑み、手を招いてポン太を挑発する。  付き合いたければ私に勝ちなさい。と、いう風だ。  カンタは考えた。  こんなやつだけど恋愛は成就させてあげたいよな。うんっ。  「よしっ、ポン太! ポケモンバトル、いけるな?」  ポン太は、力強く頷く。  カンタは考えた。  コイツは体がこれだけでかいんだから、きっと勝てるぞっ。  しかし、それがまるっきり甘い考えであることを、カンタはすぐに知ることとなる。  「いけっ! ポン太。体当たりだっ!!」  ポン太が突進した。  ミオがダンスのステップを踏むように、足を鳴らした。途端!  目の前でオードリーは………。  大量の光を発した。  「フラッシュ!?」  目を覆わんばかりの光に、ポン太が目を庇う。  ミオが踊るようにステップを踏む。  それにシンクロするようにオードリーが動く。  ミオが風を送るように両手を振った。  それにオードリーのピンッと立てたシッポが、ピクっと反応し、放電しながら高速でポン太 の周りを廻る。  それが電磁波の渦を発生させ、まるで電気で出来たロープのようにポン太を縛り付けた。  ミオがダンスのステップを踏んで、両手を真っ直ぐ突き出す。  その動作でオードリーは空中に舞い“メガトンキック”と“メガトンパンチ”をコンボでポ ン太に叩き込んだ。  全てが一連の動作となり、よどみなく流れるように繰り出された。  カンタは口をあけたまま動けなくなった。  言葉もなしにポケモンに意思を伝えるミオに、トレーナーとしてレベルの違いを、まざまざ と見せ付けられたのだ。  その時、ポン太は…。  んー…、なさけない〜。  丸まって、震えていた。  まるでいじめっ子から身を守るようにして、みぃみぃ泣いている。  「負け負け、ボクの負けだよ。ミオ。」  ミオはダンサーよろしく、くるりと廻って、丁寧にお辞儀する。  カンタは文字通り脱帽した。  ミオがチロッと舌を出し、いたずらっぽくウインクした。  オードリーはポン太に見向きもしなかった。優雅な歩みでミオの方に戻っていく。  ポン太を慰めようと、カンタも歩き始めた時、道の向こうにトラックが見えた。  初めは小さかったものが、見る見るうちに大きくなる。異常なスピードだった。  カンタは見た。  あのトラック………運転手が眠ってやがるっ!!!  「ミオッ!! あぶないっ!!!」  真っ直ぐミオに突っ込んでくるトラックに、カンタはミオを突き飛ばした。  道端から転がって安全圏に離れた時、トラックの前には………。  「オードリーッ!」  まだオードリーが居た。呆然と立ち尽くしている。そして…。  ダァンッ!!  空中を舞った。  「うそ………。」  そう、空中を舞ったのだ。  2トンを超えるであろう、トラックが………。  オードリーの前に、ポン太が立ちはだかっていた。  巻き起こった砂煙の中で、カビゴンのような、そのシルエットがそびえたつ。  ポン太の“おなか”がプルンっと、ふるえていた。  そう、ポン太の“おなか”が、猛スピードで突進してくるトラックを、弾き返したのだ!!  「すげェー…。」  カンタは愕然(がくぜん)とした。  ミオを抱いたままなにもできず、ただ搾り出すように、こう言った。  「すげェーぜ、ポン太。いったい、どんなハラしてんだ!?」  夕焼けの分かれ道で、ふたりは握手をした。  「ありがとう、カンタ。たすけられちゃったね。」  ミオが微笑む。  「ううん、みんな無事でよかったよ。」  カンタが照れる。  「じゃあ、私はこっちだから…。」  言ってミオが左の道を指す。カンタも「じゃあ。」と手を振って、右に進もうとすると…。  ポンっ☆  突然ミオのモンスターボールが開き、オードリーが勝手に飛び出した。  カンタに向って走り、リュックからはみ出したポン太のシッポに飛びついて、離れようとし ない。  ……………。  ふたりは顔を見合わせた。  「クスっ。」「ぷっ。」  ふたりは同時に吹き出した。そのまま大笑いする。  ふたりの明るい笑い声が、いつまでも響いていた。  つづく