カンタ達一行は、次のジムを目指して旅立った。  なだらかな平原に真っ直ぐ伸びる一本道を歩くカンタ達。  その一行を真夏の容赦ない日光が照らしていた。  とはいえ、草原を渡る風は涼しく、運んでくる空気は爽やかだった。  「♪」  風が頬を撫でる度、ハミングするポケモン“キルリアのアヤ”は、気持ちよさそうに伸びを した。  同じくポケモンの“ポニータのシャルペロ”がアヤの横に並び、リズム良く蹄(ひづめ)を 鳴らす。  その後ろに、ひとりの美少女“ミニスカートのミオ”が続く。  そのミオは時々、心配そうに旅の連れを振り返る。  ミオの、その後ろには…。  滅入った表情で  足取りも重く  “棺おけ”を担いだ少年の姿があった。  少年は短パンTシャツ姿の男の子。頭にはメジャーリーグのロゴが入った野球帽をかぶって いる。  彼は黙々と歩いていた。  ふと、道端に一匹のコラッタが顔を出した。  目の前をゆっくりと通り過ぎて行く男の子。  その背中を見送り、ふと棺おけの蓋に、一枚の古びた紙が貼られていることに気が付いた。  文字を読める訳のないコラッタ。  見上げた視線の先に、このような文字が書かれてあった事など、知るよしもなかった。  ポケモン “ミイラ女”  苦労少年“カンタ”  彼の脳裏には、名曲“ドナドナ”が、エンドレスで流れていた。  小高い丘を越えたところで、同じポケモントレーナーである“塾帰りのヒデアキ”が歩いて きた。  「おう、ひさしぶりじゃん。カンタ。」  彼とバトル経験のあるカンタは、ビックリして顔を上げた。  「わぁお、ひさァ、ヒデアキ。」  あれからどうしてたん? その背中の“棺おけ”みたいなのナニ?  と、言いかけて、ヒデアキが気は付いたようにモンスターボールを出した。  「挨拶はこれでいいよな。さあ、バトルしようぜ。」  ポケモントレーナー同士、目が合ったら即バトル。  カンタにも異存はない。さっそくモンスターボールを構えた。  道端の草原は、バトルステージになった。  向かい合うふたりの視線が衝突し、火花を散らす。  アヤとミオ、シャルペロが見守る中、ポケモンバトルが始まった。  「いっけーっ、ラッ太。」  「いっけーっ、ポン太、」  ふたり一斉にモンスターボールを投げる。  中からコラッタの進化系“ラッタ”と、カンタのポケモン“ライチューのポン太”が現わ れた。  「いけっ! ラッ太、怒りの前歯だ!!」  大きな歯を見せて、ラッタが襲いかかる。  「いけっ! ポン太、体当たりだ!!」  負けじとカンタが指示を出す。と、その指示にポン太が…。  「???」  と、振り返って首を傾げた。  大きくつぶらな目が、かわいい。  以前の線目とは、比べ物にならないくらい、かわいい。  ガァブゥーーーッ!!  ポン太の頭が丸飲みされるか? と思う程、大きく開いた口がポン太を襲った。  「ラァーーーイっ><。」  大ダメージに、ポン太が悲鳴を上げる。  「うわわわわっ、ポン太、腹太鼓! そして破壊光線!!」  慌ててカンタが、ポン太、最強攻撃の指示を出した。しかし…。  「?????」  困ったように、振り返って、カンタの顔を見る。  「ラッ太、必殺前歯っ!!」  ガァアアアアブゥウウウウウウッ!!!  「ラァーーーーーーーーーーーッイ !!!」  ラッタの強烈な攻撃が決まり、ポン太は戦闘不能となった。  「うわぁああああんっ、どうしてだぁ、ポン太ぁーーーっっ!」  頭を抱えて叫ぶカンタ。  「ふははははっ、勉強不足だな、カンタ。ライチューに体当たりと腹太鼓は使えないっ!!」  はたっ!!  気が付いたカンタ「そうだっけ???」  そうです。  塾カバンから、テキストを取り出してヒデアキ。ずれてもいないのに、メガネを指で押し上 げる。  「さぁ、前座は終わりだ! あの、ライチューみたいなカビゴンを出せっ!!」  体力満々、やる気充分のラッタが前歯を鳴らす。  「いや、今のヤツがそうなんだが…。」  それにライチューみたいなカビゴンじゃなくって、カビゴンみたいなライチュー…。  冷や汗を流すカンタ。  「どうしたっ!? 怖気づいたのか?!」  カチンっ  その言葉でカンタのスイッチが入った。  「やってやるっ、いけっ!! ト………。」  握ったモンスターボールに“ネチョ…”と、嫌な感触が走る。  同時に、その中に居るモノの恐怖と、大人びた視線を思いだし、そっと元に戻した。  あああああっ、どうしようっ。  手を尽くしたカンタは、頭を抱え込んだ。  手はない。  しかし「怖気づいた」と言われて、なにもしない。できない。言えないのはカンタにとって 耐えがたい事だった。  「!」  その時カンタは、もう一匹。ポケモンを装備している事を思い出した。  それは誰も予想していなかった行動だった。  「えっ…?!」  ミオが声をあげた。信じられないという風に。  「いっけーーーーーっ、ポケモンっ! ミイラ女ぁ!!!」  ずしーーーーーんっ  カンタは背負っていた“モンスター棺おけ”を投げた。  棺おけがラッタの目の前に落ちる。  シーーーーン………  みんな、静まりかえった。  ぎぃいいいいいいいいいいいいいいい  びくっうううう!!  蓋が開く音に、誰ともなく、身を震わせた。  「ミィーーーーラァーーーーーーーア。」  「ひぃいいいいいっ!! 出たーーーーーあ!!!」  中からミイラ…包帯で全身覆われた少女の姿が現れた。  悲鳴を上げて、ヒデアキが腰を抜かす。  「いけっ!! ミイラ女!!! “巻きつく”だ!!!」  「ミィーーーラァーーーーア。」  カンタの指示に反応して、ミイラ女が包帯をニョルニョルと飛ばして、ラッタに巻きつこう とする。  ラッタの全身の毛が、恐怖に逆立つ。  「ひえええええええっ、おかあちゃあんっ、怖いよぉ!」  ヒデアキはラッタと供に、一目散に逃げ出したのだった。  「やったぜっ☆」  「ミイラッ☆」  パンッと、カンタ&ポケモン(?)ミイラ女“ハルノ”が、高く挙げた互いの手を叩く。  躍るように跳ねるシャルペロ。  いいのかな〜と、冷や汗なミオ&アヤであった。  旅は続く。  道は草原の向うに果てしなく、次のジムに向かって伸びていた。  棺おけに戻ろうとしたハルノは止められ、今はいつもの姿。  フリルのついた白いワンピースに日傘、お嬢様スタイルに戻っていた。  シャルペロが奏でる蹄の一定のリズム。  草原を渡る風。  のどかな空気がそこにあった。  しかし…。  それは町に近づいたその時に破られた。  ドゴォーーーーーーーン  空気を震わせ、地面まで振動させる音。  それが道の行く先からしたのだ。  「なんの音っ?」  ミオが驚いた声を上げる。  みんなが一斉に進行方向に視線を集中した。  「あれ?」  音のした方を見ていたカンタが、間の抜けた声を出した。  手でひさしを作って、道の向うを眺める。  「どうしたのですか〜?」  おっとりとハルノが聞くと、カンタは答えた。  「ポケモンが倒れてるぞ、向うに。」  タイヘンっ、と一行が駆け出す。  町の入り口には、確かに一匹のポケモンが倒れていた。  それは数本のシッポを持ったポケモン………ロコン?  「あれ…? イーブイ??????」  そう、それはひぃ…ふぅ…みぃ…。5本のシッポを持った…イーブイだった。  「えっ、ロコンじゃないの?」  誰もが目を疑った。  しかし、それは確かに“5本のシッポを持ったイーブイ”だったのだった。  と、その時。  抱き上げたミオの腕の中で、イーブイの頭が不自然に「ぐるん」と動いた。  生物の動きではなく、無機物…。物体の動きだった。  その顔が、心配して覗き込んだ、みんなの前を向いた時…。  「「「ぎぃいいいやあぁぁああああああああっ!!!!!!」」」  全員、身の毛もよだつ悲鳴を上げた。  「キルルルゥッ!!!」  死んでるぅ!!  泣き出しそうなアヤの叫びが後を追って、夕闇迫った空に飛んで行った。  そう、イーブイの瞳の瞳孔は、完全に開いてしまい  虚無…。  それを写していたのだ。  死体発見者となった一行は混乱した。  「どうしよっ、どうしよっ。」  「医者っ、医者ですわ〜っ。」  「いいえっ、ハルノっ! お坊さんの出番よっ!!」  「キルルっ、キルッキルッ、キルルリアアアア!!」  ただ、イーブイの回りを大騒ぎで走りまわる始末。  と、その時。  「ケホッ、カハッ。」  弱々しい咳きで、塊のような血を吐き出し、イーブイが息を吹き返した。  「「「医者だぁーーーーーーっ!!」」」  叫び。  一行はポケモンセンター目指して突撃した。  と…。  ふと、アヤが振り返った。  町を囲むように山がそびえている。  その山に、まあるい穴が空いていて、そこに小さな彗星の姿が見えたのだ。  パラパラ…と瓦礫(がれき)を落とす大きな穴は、まるで今、出来たばかりのような土の色 をしていた。  まがまがしい彗星は…遊園地で見たときよりも大きくなっているような気がして、アヤは目 を背け、カンタ達を追いかけた。  町は大騒ぎになっていた。  突然轟音が起こり、山にポッカリと穴が開いたのだ。  人々は家の玄関に出て、その穴をポカンと眺めていた。  その人々の視線の下を通りぬけて、カンタ達はポケモンセンターに駆け込んだ。  「ジョーイさんっっ、急患ですっ!!」  騒ぎに緊張していたジョーイが立ちあがる。  受付のカウンターを抜けてカンタ達のところに駆け寄った。  「犠牲者はこのイーブイだけですか? 他に急患は??」  手と口、頭に脳があるのではないでしょうか? この人。  カンタにそう聞きながら、助手のハピナスから血圧計を受け取り、手が別の生き物のように 動いて、的確にイーブイを診察する。  プロですねっ、ジョーイさんっっ!  犠牲者はこのイーブイ…ロコンに見えるのだが、イーブイだけだった。  謎の轟音の正体も分からずじまい。  診察室のベッドにイーブイが横たわっていた。  眠るように目を閉じている。  かすかな吐息が、シンと静まり帰った室内に、規則正しいリズムで聞こえる。  隣に座った白衣姿のジョーイが、手の持ったカルテを、組んだ足の膝に置き、メガネを外 して、向かいに座った付き添いのカンタ達を見る。  「長くないわ…。」  声も表情も深刻だった。  それがイーブイの病状をどれほど深刻であるか、言葉にしなくても語っていた。  「なんとか…できないのですか?」  呼吸が苦しい程、黙っていく口を動かして、ミオが聞いた。  スッ…  ジョーイは黙って、ポケットから“石”を取り出した。  水晶の破片のように透き通った縦長の石。  その中心に炎が宿り、チラチラと揺らめいている。  「それは?」  「炎の石…ポケモンの進化アイテムよ。これを与えて進化させ、生命力を高める。それしか 助かる可能性はないわ…。」  現在医学の力では、どうしようもないの…。  口惜しそうに、ジョーイは言った。  「すぐ与えましょう〜っ。」  血相を変えて、ハルノがイーブイに炎の石を与えた。すると…  「ゲフッ ガフッ !!」  一瞬だけブースターに進化したイーブイが、吐血と同時に炎の石を吐き出した。  空ろな瞳が、開いた瞳孔そのままで、カンタ達に振り返る。  「イーーーーーブイッ!!」  勝手なことを、するなっ!!  敵意をあらわにして、5尾のイーブイが言う。  「ダメです〜っ、キチンと飲み込んで下さい〜っ!」  ハルノがイーブイの口に、炎の石を無理やり押し込もうとした、その時。  がしっ!  ミオがその手を掴んだ。  「痛っ!」  ハルノが声を上げるほどの力で握られたその腕。  ミオに振り返ったハルノが、一気に冷静になるほど、ミオはハルノを睨み付けた。  「嫌がってるじゃん、ヤメロよ…。」  プチン………  その言葉にハルノが激昂した。  それは静かな怒りの表現だった。  「嫌とか、そういう問題…? 死ぬのよ…? 死んじゃうのよ…?」  周囲の温度が一気に下がっていくような、静かな怒りだった。  「それでも本人が嫌がってる…。」  「だから、なに!? 見殺しにしろって言うの!?」  真正面から対立するハルノとミオ。  間に入ったアヤとシャルペロがオロオロと、ただふたりを交互に見るだけ。  ジョーイとカンタはイスを3メートル、ふたりから遠ざけて座った。  ミオも激怒した。それは拳を振るわせる炎のような激しい怒りだった。  「本人の意思を無視して、なにが生きる!? なにが死ぬ!? 体が生き残っても、心が死 ぬわよっ!? それは結局、死ぬってことじゃないっ!!」  「体さえ生き残っていたら、心が復活することもありますっ! ジャマしないでっ!!!」  「自分の意志を殺して、ただ呼吸してるだけが生きるなんて、死ぬより辛いわよっ!  そ っちこそジャマをするなっ!!」  「死んだ事なんか、ないクセにっ!! 分かった風な事、言わないでっっ!!!」  ふたりは1歩も引かなかった。  イーブイはキョトンと、そんなふたりを見ていた。  「「バトルだっ!!!」」  ふたりは叫んだ。  ポケモンセンターの中庭、2階の窓からこぼれた光が、芝生の上に四角形のステージを描い ていた。  両端にミオとハルノが居て、それぞれのポケモンを出した。  ミオがピカチューのメス“オードリー”  ハルノがピチューのメス“スカーレット”  それぞれが、それぞれの主人に共感して、怒りを燃やす。  見守るのはジョーイと、審判のカンタ。そして5尾のイーブイとアヤ。ただ、オロオロする ばかりのシャルペロ。  そして、天空の彗星。  「はじめっ!!」  ズガァーーーーン!!!  始まりの合図とともに、極大の電気を放つスカーレット。  爆裂パンチを足元に放ち、爆風を利用して空中を行くオードリー。  空中で電撃がオードリーを襲った。  黒コゲになってなお、オードリーがスカーレットに、メガトンパンチを叩き込んだ。  それは一瞬…。  ドサッ………  二匹は折り重なるようにして、地面に倒れた。  「ダブルノックアウト………?」  カンタは息を飲んだ。そして思った。  こんな結果で、ふたりは納得出来るのか???  キィイイイイイイアッ!  上質の絹を引き裂く音に、カンタは振り返った。  みると、ハルノがワンピースのスカートに、大きく切れ目を入れていた。  「えっ!?」  そこで見たものに、カンタは驚きの声を上げた。  スカートのスリットから覗くもの。  ストッキングを着た長い足が、スリットから出される。その足のベルトにいくつもの、掌 にスッポリ収まるような小さな銃“デリンジャー”が装着されていたのだ。  ガチャン…  ハルノは冷たくミオを睨み付けたまま、デリンジャーを手に取った。  ブゥン  光のブレード(刃)の短い発振音に、カンタが振り返る。  するとそこに、レーザーブレードの小剣を二本、逆手に持った“ブレードダンサー”として のミオが居た。  怒りに燃える瞳は、真っ直ぐハルノを見ている。  「ちょ…ちょっと、ミオ…。ハルノ…?」  カンタの戸惑う声。アヤの表情。シャルペロの嘶き(いななき)。黙って腕を組んだ、ジョ ーイ。  「“ブレードダンサー・ミオ” ………。」  ミオが身を屈める。それは肉食の猛獣が、獲物に襲い掛かる瞬間に似ていた。  「“ガンマダム・ハルノ” ………。」  ハルノが、日傘を閉じて横に凪ぎる。すると布地が光を帯びて盾となり、腕に装着される。  「「いきます………っ!!!」」  ガァーーーーーンッ!!! ブゥウォンッ!!!  銃声と剣の閃きが、夜空に響いた。  ポケモンセンターの屋根には、いつの間にか、大きな月が出ていた。  それに影を写して、チャーレムとアサナンの姉弟が居た。  『チャンスだよ、おねえちゃん。』  ポケモンの言葉でアサナンが言った。  『そうね、アサナン。戦って弱ったほうをゲットするわよ♪』  チャーレムは、月に、反り返った体を映し…笑った。  ぶつかり合った光のブレードと盾。  至近距離で、にらみ合うミオとハルノ。  「あなたのわざとらしい“媚びたボケ”が大嫌いだったのよ、ハルノっ!! ギッタギタに してあげるわっ!!」  キバを剥いてミオが言う。  「あなたの、色気がなくって可愛げのないところが、私も大ッ嫌いよっ!! 蜂の巣にして あげるわっ!!」  目を吊り上げてハルノが言う。同時に、ミオの顔に向かって発砲した。  「!!!」  首を強引に捻って回避するミオ。  軌跡を残して輝く目は、完全に弾道を捉えていた。  非常識なっ。と、ぼやくハルノ。  「!」  ミオが背を向けた。  と思った瞬間、ハルノの背後の死角から、首筋に向かってミオの後ろ回し蹴りが飛んできた。  フェイントから連動した足技!!  ハルノには、ミオが蹴りを繰り出した事すら気付けなかった。  寸でのところでハルノは身をかわす。  ふたりは地面を蹴って距離を取った。  「ねぇ、あなたは、どっちと結婚するの?」  ジョーイさんが、ふたりから目を逸らさずカンタに聞いた。  あたし、あたしっ。と、自分を指差して、アピールするアヤ。  「そんなこと、分かりませんよォ。」  と、カンタ。  あたし、あたしっ。と、自分を指差して、アピールするアヤ。  「どっちにしても、大変ね。」  ですね………。  目を閉じるカンタ。どこか悟りを開いた風である。  あたし、あたしっ。と、自分を指差して、なおもアピールするアヤ。  イーブイは、ちょこんと座って、そんなやりとりを見ている。  シャルペロは、ただオロオロしていた。  剣戟と銃声が繰り返された。  決定打を欠いたまま、二人の体力は消耗していった。  きれる息は肩を上下させた。  ボロボロの服、汚れにドロドロの体。  2人は次の一撃が最後だと確信した。  息を潜めて様子を覗う。  武器を構えた手が止まった。  静寂――――――――。  もし月がハミングしていたなら、確実にその声が聞こえただろう。  静けさが闇夜に沁みた。  無為に時間だけが過ぎる---------。  ジョーイは、金のコインを一枚、取り出した。  ピィーーーーーンッ  夜空に響かせて、コインを弾く。  コインは月光に煌き(きらめき)ながら…、ふたりの間に落ちて行った。  屋根の上の姉弟が身を乗り出した。  『いよいよ…ね。』  チィーーーーーン  ダァーーーーン!!!  地面に弾む、ゴールドコイン。  ふたりはそれを合図に、神速で突進した。  ミオの  ブレードの2段切り!!    後ろ回し蹴り!!    ハイキック!!    そのコンボを、ハルノは  バァーーーン!!  スリットの入ったスカートで、月をショートケーキにして、  跳躍してかわした!!  頭上を越えたハルノが着地して振り返り、ミオの額中央に銃口を押し当てる。  「 ! 」  同じく振り返ったミオが、ハルノの首に光のブレードを当てていた。  ゾッ………  背筋を冷たいものが走った。  ふたりには、ふたりにだけ伝わるものがあった。  ミオは思った。  この子…人を撃った事があるわ………。  ハルノは思った。  この人…人を斬った事があるのね………。  ふたりの動きは、完全に凍結した。  ねぇ………ハルノ  ねぇ………ミオ  あたしたちって  わたしたちって  命を救う為に  心を救う為に  命を奪おうとしてるよね  心を砕こうとしてるよね  ポロ………  5尾のイーブイの目から、涙が零れた(こぼれた)。  カンタは目を閉じた。  ジョーイはただ、見守っていた。  オロオロするばかりのシャルペロ。  ふたりから目を離せないでいるアヤ。  天空に彗星-------------------。  『もうそろそろかなァ? おねえちゃん。』  アサナンがヒソヒソと姉に言った。  『シッ………』  弟に静かにするように合図を送るチャーレム。  虫の鳴き声  葉擦れの音  芝生を撫でる、風の音  人々の呼吸  全てが、天空の彗星に吸い込まれるかのように、静かだった。  フラッ………  ふたりの緊張が解けた。  バランスを失ったミオが…、ハルノが…。  ゆっくりと、倒れてゆく。  精根尽き果てたふたりは、折り重なるようにして、その場に倒れた。  『今だっ!!!!!!!!!!!!!!』  「えっ………!?」  カンタ達が駆け寄る前に、ミオとハルノ、ふたりにヒューマンボールが投げつけられた。  ポケモンセンターの屋根に、月によってシルエットとなったチャーレムとアサナンの姉弟が 居て、人間をまるでポケモンのように捕まえ操るアイテム“ヒューマンボール”を投げたのだ った。  キュン キュン キュン キュン ………。  彼らの投げたヒューマンボールが、ミオとハルノを捕らえた!!!  『やったーーーっ、ヒューモン、ゲットよっ!!!』  『すっごーーい、おねえちゃん、すっごおおーーーいっ。』  屋根の上、ポケモンの言葉でこのような声をあげ、チャーレムとアサナンが小躍りする。  勝手に浮き上がり、チャーレム達の手に戻ろうとする“ヒューマンボール”  それを強引に捕まえたカンタ。  「キルッ キルリ キルル!!」  ナイス、カンタ! とアヤ。  と、その時。カンタがヒューマンボールの“ある部分”を見て、その手が揺るんだ。  「キルゥーーーーッ!」  アヤの無念の声。  掴み損ねたカンタは、自分の見たものが信じられないといった風に、その場にシリモチをつ いて、驚きに固まっていた。  月夜に喜びの声を残して、チャーレム姉弟がテレポートで消える。  「どうしたのっ!? カンタくんっ。」  駆け寄ったジョーイが、カンタを激しく揺さぶった。  カンタはまだ、信じられない風で、ただ、こう呟いたのだった。  「メーカー………っ。」  「メーカー??」  ジョーイがカンタの言葉を復唱する。  ゴクリっと、カンタは生唾を固く、一度、飲み込んだ。  そして、言った。  「ヒューマンボールのメーカーが、“シルフカンパニー”です………っ!!」  「 !!! 」  驚愕に口を両手で覆う、ジョーイ。  シャルペロがハルノを追う、叫び声さえも………  残酷な天空の彗星が、飲み干してしまったのだった。  つづく