「出せーーーーっ! 出せよーーーーっ。 出してくれーーーーっっ!!!」  留置所にカンタの泣き声が響く。  薄暗く、湿っぽいオリの中、その隅っこで壁にもたれて“キルリアのアヤ”と、その横に 座る、シッポを5本も持つロコンみたいなイーブイ“ホーリー”が、ため息をついた。その横 では“ポニータのシャルペロ”が、メソメソと泣いている。  「うるせぇーぞっ、新入り!」  「はい、スミマセンっっ。」  先客のダミ声にカンタ、かしこまって即答する。  アヤとホーリーがため息をついて、どうしてこうなっちゃったのかを思い出していた。                      −第10話−  “短パン小僧のカンタ”の旅の連れである“ミニスカートのミオ”と“お嬢様のハルノ”が 、人間をまるでポケモンのように捕らえ操るモンスターボールのようなもの“ヒューマンボ ール”によって捕らえられ、連れ去られた。  その時、カンタがヒューマンボールに大企業“シルフカンパニー”のロゴを見つけた。そし てカンタはなにも考えず、シルフカンパニー本社に殴りこんだのだった。  「ミオとハルノを返せーーーっ!!」  突然、ズカズカと入り込み、受付で叫ぶ男の子に、受付嬢は困っていた。  多くの社員と訪問客が行き交う広い正面ロビー、その受付に視線が集中した。  一緒について来たアヤとホーリーが居心地悪そうに、周囲の視線に突付かれていた。  シャルペロはカンタと一緒になって、こっちは涙で訴える。  「証拠は挙がってるんだ! ヒューマンボールはここで製造されているってな!!」  「はぁ? ヒュー・マンボーですか?? そのような名前の従業員はおりませんが…?」  受付嬢がチンプンカンプンな返答をする。まったく話が通じていない。  と、その時。  ガシッ!!  カンタが屈強なガードマンに羽交い絞めにされる。  「はいはい、話は警察で聞こうね〜。」  そして、そのままズルズルと引きずられて行く。  「ミオとハルノを返せーーーっ!! 戻せーーーっ、あーーーんっ。」  無力で無知な子供カンタは、こうして泣きながら警察のオリに放り込まれたのであった。  「出せーーーーっ! 出せよーーーーっ。出してくれーーーーっっ!!!」  留置所にカンタの泣き声が響く。  薄暗く、湿っぽいオリの中、その隅っこで壁にもたれて“キルリアのアヤ”と、その横に 座る、シッポを5本も持つロコンみたいなイーブイ“ホーリー”が、再びため息をつく。その 横では“ポニータのシャルペロ”が、相変らずメソメソと泣いていた。  「うるせぇーっ!!」  「はいーっ、スミマセンっっ。」  先客のダミ声にカンタ、かしこまって即答する。  と、その時。そのダミ声に聞き覚えがあって、カンタが振り返った。  そして、驚く。  「こんなところで、なにやってんの? リード。」  そう、そこには“選ばれし者・リード”と、そのポケモン、人間の言葉を喋るピッピが座っ ていた。  バツが悪そうにダミ声で答えるのはピッピの方。Tシャツ短パン姿のリードは、ただ黙って 、鋭い目で、深く被った帽子の鍔(つば)からカンタを見ていた。  「なにって…捕まったんだよ。器物破損で…。」  『『プっ…。』』  『『プフーーーーーっ!』』  「笑うなーーーーーっ!」  アヤとホーリーが一斉に笑い出す。ピッピが恥ずかしさに顔を真っ赤にして、そう言った のだった。  「アハハハ♪」  もうひとつ、部屋の隅から女の子の声が聞えた。  見るとポケモンレンジャーの服装をした女の子が、快活に笑っている。  薄暗いオリの照明に照らされたその顔を見て、カンタが驚きの声を上げる。  「ハルノっ!?」  そう、その女の子の顔が、さらわれたはずの旅の連れ、ハルノの顔にソックリだった。  「違うよォ、あたしは“アキノ”。」  良く見ると、似ているけど違う顔だった。持っている雰囲気も、どっちかというとミオに似 ている。  「ねぇねぇ、それより、ここを逃げ出さない? 急いでいるんでしょう?」  カンタが言及するよりも早く、アキノが切り出した。  「そうだぜぇ、ここに居る理由なんざねェ。あのバカ婦警めェ、ポケモンバトルでの器物破 損なんぞで留置所に突っ込みやがってーーっ。」  「誰でもやってて、いつでも起こる事じゃんかよォ。」  と、ガラ悪くピッピが言う。  「ポケモンリーグに出る為に、バッジ集めないといけねェからな。リーグで優勝しないと賞 品の“ふたりの巫女”が入手できねェ。」  イヒヒと邪(よこしま)な笑いを漏らすピッピ。  「伝説の“ふたりの巫女”ってリーグ優勝賞品なの??」  アキノが身を乗り出してピッピに聞いた。  「おうともさ。1000年前の伝説に則(のっと)って、今回のポケモンリーグは企画されて いるからな♪」  伝説の“選ばれし者”その人をサポートすると伝説に語られる“ふたりの巫女”その“自称 ”子孫が優勝者にキスと花束を贈る。  「もっとも、俺たちはそのふたりの巫女をさらって…ぐふふふっ。」  まるっきり三流悪役のセリフを吐いて、ピッピが言う。  「いいねェ、手伝うぜ。」  と、返事のいいアキノ。ピッピと顔を見合わせてグフフフと笑う。  ふと、アヤがカンタを振り返ると。そこには興味なさそうなカンタがいた。  「脱走も許さないし、誘拐も許さないわよ。」  そこにオリの外から声がかけられた。  見ると、私服姿の婦警…ジュンサーさんが立っていた。  私服…といっても男物のリクルートスーツなんぞを着ていて、まるで青年私服警官である。 赤い無地のネクタイをするに至っては、まるで高校生である。  「就職活動ですか? ジュンサーさん。」  カンタが突っ込む。  「そうなのよーっ、上司が分からず屋でね、転職なんかをしようかと…♪」  乗ってきたジュンサーさん。言い終わってからハッと気付いて。  「違うわよっ!」  遅いって(汗  アヤが冷や汗を流し、顔の前でヒラヒラと手を振る。  「協力して欲しいのよ。カンタくん、リードくん、アキノちゃん。」  ジュンサーさんのその言葉に、三人は顔を見合わせたのだった。  派出所の受け付け、そこの机の上で番茶が3つ、湯気を立てていた。  都市の繁華街にあるその派出所、その表通りは、ひっきりなしに人が行き交う。  ズズズーッ  カンタが茶をすする。  隣にはピッピを抱いたリードと、足を組んでイスに座るアキノが居た。少し離れてポケモン 達がいる。  狭い部屋の一隅にある古い型のテレビが、昼のワイドショーを、誰が見るでもなく映して いた。  「手伝って欲しいのは“ヒューマンボール”事件の捜査です。」  ジュンサーさんの真面目で実着な声は、硬質な響きを持っていた。視線は喋るピッピとカン タに注がれている。  「それで俺たちになんの得があるっていうんだよ。」  鼻をホジりながらピッピが聞く。  「釈放してあげます。」  ニッコリと、確信犯のような笑みを浮かべるジュンサーさんであった。あなた、警官でし ょう?  選択の余地は、なさそうである。  カンタ達は、その条件で手を打たざるを得なかった。  「ちょっと待てよ、なんでコイツも一緒なんだ? 足手まといじゃないのか?」  ピッピがカンタを指して言う。  「ごもっともです。なんで、オレが??? ジュンサーさん。」  目で返答を求めると、ジュンサーが真剣に考えて答えた。  「カンタくんが、シルフのロゴを発見したのは偶然かしら?」  それは誰にも出来なかった事だった。  キュンッ  と音を立てて、ジュンサーが自分のモンスターボールを大きくする。  中央の帯、その僅かな段差を指して示す。  「リードくん、ここにロゴが見える?」  そこには確かにロゴが刻印されている。  しかし、リードは首を横に振った。  そう、そこに刻まれた文字は、手にもって顔を近づけても読み取る事がムズカシイほど小さ なものだった。  「カンタくんには誘拐現場において、犯人につながる手がかりを冷静に探そうとする判断 力と、ここにロゴがあるのではないだろうかという、前もっての洞察がうかがえます。」  ここでジュンサーは一度、言葉を切った。  そして考えながらの口調から、確信を込めた、低い調子に声を変えて言った。  「この判断力と洞察力は、大きく大人を超えます。」  みんな、シーンと静まり返った。  「T−161。」  カンタが呟くように言った。  みんなが首を傾げた。  「ミオを捕まえたヒューマンボールの製造番号です。ロゴマークの隣に刻まれていました。」  ジュンサーはカンタと目の高さを合わせて言った。  「カンタくん、警察官にならない?」  メソメソと、いつまでもシャルペロは泣いていた。  『泣かないで、シャル。私が必ずハルノを助け出すから。』  ポケモンの言葉でそう言って、アヤがシャルペロをなぐさめる。  それを聞いてホーリーがアヤに訊ねた。  『なぜ、あなたがあのふたりを助けようとするの?  居なくなった方がアヤにとっては好都合じゃない?』  そう、恋においてはアヤとミオ、ハルノ(?)はライバル同士である。  しかし、アヤは言った。  『でもね、もし、カンタがあのふたりを助け出したら…。』  アヤ、太ももにタオルを巻きつけ、手を合わせ目をキラキラさせて、ミオのマネをする。  『ああ、カンタ、あなたが助けてくれたのね、大好きよ。』  『とか』  パッとタオルを外し、置き傘を持ってきて広げ、  『カンタさま、このお礼に私の全てを捧げますわ〜。』  とハルノのマネをする。  『とかなったら、うきぃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!』  傘を放り投げて暴れるアヤ。  シラーーーーーーーっと、半目でアヤを見つめるホーリーであった。  『じゃあ、カンタとは別行動する?』  ホーリーは聞いた。  『カンタと一瞬でも離れたくありません。』  キッパリと、アヤは即答した。  『でも、ホーリーこそ。別に私たちについて来る事ないんじゃない? なんで協力してくれ るの?』  私たちが勝手にやった事なんだからさー。と、アヤ。  ホーリーは、他を向いたまま答えた。  『むかつくから。』  ?  と、アヤが首を傾げるが、それ以上ホーリーは語らなかった。その代わり、血を吐いて倒 れた。  『『ヒィイイイイイイイっ!!! 死なないでーーーーっ!』』  アヤとシャルペロが叫ぶ。  派出所は騒がしかった。  「でも、捜査って、どうするの? なにか手がかりがないと。」  アキノは言った。もっともである。  「情報をまとめましょう。」  ジュンサーが仕切った。  カンタとリードが、まるで生徒のように座って静聴する。  「まず、ヒューマンボールにシルフカンパニーのロゴが入っていた。」  アキノが先生…もとい、ジュンサーの言葉を、ホワイトボードに記入していく。  「ヒューマンボールの捜査が、上司の命令で打ち切りになっている。」  そうなの? と、カンタ。  そうなの。と、ジュンサー。  「シルフカンパニーに、子供ポケモンがたくさん出入りしている。」  そういえば…。とアヤ。  リードは真面目にノートをとっている。試験に出るのだろうか?  「最近、シルフカンパニーは、頻繁に野生ポケモンに襲撃されている。」  それは知らなかった。と、カンタ。ノートの書き込みに下線を入れる。  「そして、これらが起こり始めたのが、シルフカンパニー創始者“ジーラ”が息子に会社 を譲ってから。」  「ジーラだってぇーーーーっ!?」  驚き、声を上げるカンタに、全員が振り返ったのだった。  アキノが迷彩塗装のポケナビを操作して、移動遊園地…ミオの実家の現在地を検索する。ミ オの実家、サーカスの機械整備員であり、サーカスのみんなから「おじいちゃん」と呼ばれて いる老人が“ジーラ”と言う。  検索を終了し、パチンと音を立ててモニターを閉める。  アキノがみんなに振り返った。  「近くの街に来てるみたいだぜ♪」  その言葉に、みんなが明るい声を出す。  そこは都市郊外、住宅地に隣接する公園。  ベビーカーを押した主婦が、子供をブランコで遊ばせている。  ベンチ前にポッポが群れて、老人が投げるパン屑に喜んでいた。  入り口にはジュンサーが乗ってきた軽自動車が横付けされている。パトカーではなく、おそ らくジュンサーさん個人所有の車だ。赤い塗装が目に鮮やかである。  みんな、車に乗りこんだ。  「どうしてあんた、休み取ってまで、ひとりで動いてるんだ?」  後部座席、先客のピッピ人形を押しのけて、生ピッピがジュンサーに聞いた。  子供の夢をぶち壊しにするダミ声に、ジュンサーは運転席で、シートベルトを着用しながら 答えた。  「ヒュ−マンボールに捕まった人達の家族を、ほっとけないからよ。」  車を発進させる。  「同情かい?」  ピッピが、聞いた  「いいえ」  ジュンサーは答えた。  「本能よ。」  あまりにもハッキリと言うので、カンタ達は言葉がなかった。  「リッパだな。でも、そんなんだから彼氏も出来ないんだよ。」  ピッピの毒舌に、ジュンサーが振り返った。  口を真一文字に結んで、顔は少し上を向く。  フルフルと小刻みに震えていた。  滲むように溢れた涙。  目が、その涙で、あっという間にいっぱいになっていく。  どうやら悲しいやら悔しいやらを思い出し、涙を堪(こら)えているらしい。  「あ…っ、イヤ、その…。オレはただ………。」  彼女の過去になにがあったのか…? それを思い遣(や)って、ピッピが焦る。  「ジュンサーさんっ!! 前っ! 前――――っ!!! 」  カンタが身を乗り出して、フロントガラス向こうに迫る、大型トラックを指差す。  キキィーーーーーッ!!  車は隣町に着いた。  奇跡は起こったのだ。  よくあることなので、特に明記はしないでおこう。  ただ…。  青ざめてフラフラとなったカンタたちが、命あることを、神に深く感謝した事実だけを記し ておく。  レンガで敷き詰められた道路と広場に、移動遊園地は設営されていた。  多くの人達でにぎわう遊園地を、一行は中央大テント目指して歩いた。  途中、リードがメリーゴーランドに引っかかった。  無言でピッピを胸に抱いたまま、メリーゴーランドに向うリード。金を払って、乗り込もう とする。  「やめろーーーっ、もうオレは、メリーには乗れない体なんだーーっ!」  真っ赤な顔をして、ナゾなことを言うピッピ。そういえば、あいつの名前なんだっけ?  アヤが観覧車に誘い込まれた(カンタを連れ込んだ…とも言う)。アキノがジェットコー スターに(喜んで)引きずり込まれる。  そこはワナ(?)で溢れていた。  「このままでは、いけないわっ!!」  ジュンサーが叫ぶ。  そのジュンサーを、チョンチョンとホーリーがつつく。ジュンサーが振り返る。  ホーリーが指差すジュンサーは…。  細かくチェックの入ったパンフを脇にはさみ、キャラクターお面を頭につけ、綿菓子とフラ ンクフルトを手に持っていた。  ……………………。  見詰め合うジュンサーとホーリー。  遠ざかる喧騒、人々の声…。  「恐ろしいワナだわっ! 敵の陰謀ねっっ!!」  わたし負けないっ。と拳を握り締めるジュンサー。  ジトーーーーーーーっと、半目でジュンサーを見つめるホーリーであった。  「おうっ、カンタくんじゃないかーーーーっ。」  ジーラは楽屋裏の機械室に居た。  遊園地全ての遊具を管理操作するモニターの前で、豪放に笑う。  一行はジーラの頭部を見つめたまま、ただ黙していた。  機械油に汚れたツナギの作業服、その上に乗っかった頭部…それはなんとポケモン、“パー ルル”の被り物(かぶりもの)だったのだ。  陶器のような光沢を持ったそれは、明らかに機械である。  「あー…、今日はパールルですか。と、いうことはハンテーンかサクラビスに変形するので すね。」  カンタが仕方なしに突っ込む。少しイヤそう。  「甘いっ、甘いぞっ! ドモン!!」  誰やねん、それ。  「百聞は一見にしかずっ。さぁ、ここのスイッチを押してみたまえ!!」  ジーラが喜んで胸のポケットにあるスイッチを指差す。  リードが恐る恐る押す。すると。  ガキィーン  機械音を立てて、被り物のパールルが、なんとバネブーに変形した!!  「どうぢゃ! すごいじゃろう!!」  ……………?  カンタはジーラの首に当たる部分、バネに手を差し込んでみた。  スカッ スカッ………  「ぎゃあああああああ!!! おじいちゃんっ、首っ、首ぃーーーーーっ!!」  空を切る手の感触に、カンタが叫ぶ。  「ぬおっ!! どうしたんぢゃ!?」  パニックを起こすカンタに、ジーラが戸惑う。  「なあ? ここのスイッチは、なんだー?」  アキノがバネブーの後頭部にある“ドクロマーク”のスイッチを“押しながら”聞く。  「イカーーーンッ、それは“自爆スイッチ”ぢゃあああああああ!!!」  後頭部のトビラが開き、中にはアナログ時計に接続されたダイナマイト♪  「アハハハ♪ リードォ、この時計、狂ってらァ☆」  と、アキノ。確かに深夜0時、現時刻には5分程遅れている。  「本当だ。」  と、リード…の代わりにピッピが言って、遅れた針を指で進める。  「いやぁーーーっ! もうやめてーーーーっ!!」  と、カンタ。  そして…。  チュッドーーーーーーン☆  「そうか…、シルフでそんな事が…。」  事情を話して一息ついた時、シーラが語り始めた。  時刻はすでに深夜0時を過ぎていた。結局バタバタとしてて、この時間になってしまった。  乗り物とアトラクション、果てはパレードと花火まで全制覇した一行は、満足げである。  整備に回された遊具のターンカップに座って、ジーラは静かな笑みをして話している。  そのジーラを囲むように座って、カンタたちが、話に耳を傾けていた。  とっくに隠居して息子に会社をゆずり、夢だった遊園地の機械整備の仕事についたジーラは 、会社の状況に疎(うと)かった。  「推測でいい。」というジュンサーの言葉で、ようやくジーラは話し始めたのだった。  「ワシの孫娘がな…、これまたカワイイ娘でv」  それは老人の自慢話であった。  ジュンサーが突っ込みを入れる前に、ジーラはこう付け足した。  「その娘はな、不思議な力を持っておって…。」  カンタ達はジーラの話に聞き入った。  夜の大都会に、チャーレムとアサナンが飛んでいた。  夜空は星が美しく、地上にも街灯が輝いて、星空にサンドイッチされているかのようだった。  上機嫌でチャーレム、そしてアサナンは、大都会でもひときわ大きなビル、その裏口から入 っていく。  そのビルの表には「シルフカンパニー」とロゴが打たれてあった。  その時。  裏口が開いたのを見計らって、チャーレムの影に潜んで、ビルの中に滑り込むひとつの影 があった。  それはチャーレムの影の中で、幼くも決意を秘めた目をしていた。  裏口から入ると、そこは倉庫となっていた。  数々のポケモングッズが棚に並んである。  倉庫は、まるで迷路のように入り組んでいた。しかし、チャーレムとアサナンは迷う事なく 、奥へ奥へと歩いていった。  2匹はついに一番奥の部屋にたどり着き、大きな機械のトビラをノックして声をかけた。  『幼姫(おさなひめ)さまーーーーーっ☆』  トビラは、エアーが抜けるような音を立てて開いた。  中はドーム状の大きな空間になっていて、映像で宇宙が映し出され、天井いっぱいに広がっ ていた。  部屋の中央に、大きなタワー型の産業用コンピューターが立っている。  その前にある豪奢(ごうしゃ)なイスに座って、ひとりの女の子の姿があった。  オークションにかけられるような、アンティーク西洋人形を思わせる風貌。白とピンクを基 調とした衣装を纏っている。  立派なイスに腰掛けた姿は、どこかイギリス王室的威厳を持っていた。  チャーレムの声を受けて、幼姫と呼ばれた女の子が、砕けた笑みをもらす。  親しみを感じさせる、柔らかな微笑みだった。  と、その時!!  チャーレムの影から、ひとりの忍者が飛び出した。  忍者は、口に覆面を付けた女の子。“ジムリーダー・くのいちのアンズ”だった。  「幼姫!! とうさまを返せーーーっ!!」  幼い日に、父から譲り受けたクナイが閃く。  しかし、アンズが幼姫に接触する直前に、チャーレムの“念力”がアンズを捕まえた。  まるで、見えない巨人の手で握りつぶされるかのような力。アンズは呼吸すらままならず、 苦しみ、あがいた。  『大丈夫ですか? 幼姫さま。』  チャーレムがポケモンの言葉で話し掛ける。  『ああ、大丈夫じゃ。ありがとう、チャーレム。』  なんと幼姫はポケモンの言葉を理解して、ポケモンの言葉で礼を言った。  その声はどこか、不思議な響きを残して、ドームに響いた。  それは感動を残して体に深く入り込むような響きだった。  超一流のアーティストや、歴史に名を残す宗教家のような奇跡を感じ、アンズは驚きに顔を 上げた。  そこには幼姫の顔があった。  肌は白く、丸みを帯びた頬だけがピンクに染まっている。無類の芸術作品に、心と命が宿っ たような顔立ちであった。  幼さを感じさせる大きな黒い瞳。しかし、それは大人以上の知性を持ってアンズを射抜いた。  心を裸にされるような恥ずかしさ、アンズは動けない身をよじる。  「チャーレムの影に入って忍び込んだのか…。おぬしは…。」  リィーーーーーーン  鈴の音がしたような気がした。  それはまるで、なにかをアンズに告げるかのように響いた。  予感がした。  声を聞いてはいけないと。  しかし、視線は幼姫に固定され、心すら動かす事が出来なかった。  「おぬしは、まるで…。」  体中の血液が沸騰するかのようだった。  異常な興奮と緊張。それがアンズの中で起こった。  聞いてはイケナイ!!!!!!!  アンズの頭の中で警報が鳴り響く。しかし、心は完全に幼姫によって支配されていた。  おぬしは…  わたしは…?  まるで…  まるで…なに? わたしはアンズよ…?  「おぬしは、“ゲンガー”」  キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!  深夜のシルフカンパニーに、アンズの悲鳴が尾を引いて響いた。  そして、誰も…気が付かない。  この世から…アンズという“人間”は、消えてしまった事に………。  アンズが居た空間に、一匹のポケモン、“ゲンガー”が浮かんでいた。  『さすがですっ、幼姫さま。』  チャーレムとアサナンが駆け寄る。  『ところで、どうしたのじゃ?』  なにか用か?  と、自分の手を見つめ唖然とするゲンガーをモンスターボールに捕らえて、幼姫がチャーレ ムに聞く。チャーレムは顔を喜びに輝かせて言った。  『そうでした。わたし、レア人間の“ブレードダンサー”と“ガンマダム”をゲットしま したーーーーっv』  ヒューモン図鑑を評価してくださいーーーーっ♪  そこにはまるで、大人にテストの点数を褒めてもらう子供のような光景が広がっていた。  『この調子でヒューモン図鑑を完成させるのじゃ。』  ニッコリと笑う幼姫。  頭上の天井に、映像によって拡大された、彗星の影が浮かんでいた。  カンタ達に、ジーラは語った。  「孫娘は、人間をポケモンに“戻す”超能力を持っているのじゃ。」  つづく