キキィーーーッ!  深夜、シルフカンパニーの裏口。  そこに、真っ赤な軽自動車が乗りつけた。  運転席から降りてくるのは、男物のスーツを身に包んだジュンサーさん。  助手席からは“ポケモンレンジャーのアキノ”。後部座席からは“短パン小僧のカンタ”と 、“選ばれし者のリード”が降りてきた。リードは胸にピッピを抱いている。続いて“キルリ アのアヤ”と、“ポニータのシャルペロ”が降りてきた。  ジュンサーがみんなに目配せをして、裏口のドアにあるカードスロットに、ジーラからもら ったカードを通す。  ピッ  プシューッ  電子音とエアーの抜ける音がして、ドアが開いた。  ジュンサーを先頭に入っていく。  と、最後に入ろうとするリードが、立ち止まった。  ポケギアを取り出して、メールを送信する。  すると…  街の暗闇にいくつもの凶悪な、輝く瞳が現れた。  ピッピはそれを確認して満足そうに笑った。  リードはポケットからメタリックな輝きを持ったカードを取り出す。  自動で閉まるドア。  ビィーーーーン  リードがカードをしならせて弾くと、それをドアの隙間に差し込んだ。  金属で出来たカードによって、ドアにカギがかかることはなかった。  一度だけ、振り返ったリード。  無言でみんなに続く。  シルフカンパニーの裏口には、無数の巨大なポケモン達…。その影が続々と集まって来た。  集まったポケモン達…その全てが、瞳を凶悪に輝かせていたのだった。  その瞳の、まがまがしい光は…。  夜空に浮かぶ、彗星の輝きに………似ていた。                     −第12話−  『見て下さいっ、幼姫さま。出てきてっ! ブレードダンサー! ガンマダム!!』  アサナンを連れたチャーレムの声と共に、ヒューマンボールが2個、投げられた。  天井に夜空の映像が投げかけられる大きなドーム状の部屋。その中央に居る幼い女の子の 前に、ミオとハルノが現れた。  なぜか、すっかり怪我の治っている二人は、驚いて周りをキョロキョロと見回す。  『コラッ、じっとしなさい。幼姫さまの前ですよ。』  ミオとハルノは、チャーレムのその言葉に、ビシッと、直立不動の姿勢を取った。  ふたりは、冷や汗を流す。  『よくやったのじゃ、チャーレム。さっそくデータをコンピューターに登録するのじゃ。』  ポケモンの言葉を理解し、自らもポケモンの言葉で喋る幼姫。  チャーレムが二人をヒューマンボールに戻そうとすると…。  グゥッ。  アサナンのおなかが鳴った。  恥ずかしそうにアサナン、空腹を抱えてテレ笑いする。  幼姫も笑って『わらわもおなかが空いたのじゃ、メシにしよう。』と言い、背後の産業用 タワー型コンピューターを操作した。  すると、床が開き、そこから食事を乗せたテーブルがせり上がってくる。  テーブルの上にはポケモンフーズと、人間の食事がおいしそうに湯気を立てていた。  『あなたたちも頂きなさい。ちゃんと幼姫さまにお礼を言うのですよっ。』  「「幼姫さま、ありがとーーーー。」」  ミオとハルノが声を揃えて言った。チャーレムは『エライぞっ』と満足げに頷いたのだった。  食事中、ミオがハルノに話し掛けた。  「ねぇ…ハルノ。チャーレムの言葉に逆らえる?」  ミオの言葉に、ハルノは首を横に振った。  「“親”の言う事には逆らえませんわ〜っ。だって私達、ヒューモンですもの〜。」  ハルノが、そう言葉を返す。  チャーレムの言葉に従って、テーブルに着く二人であった。  と、その横に光が輝いて“ジムリーダーのキョウ”が、ヒューマンボールから現れた。  「まさしくその通りだ…。親の言葉には、絶対に逆らえん。」  忍者の装束を身に纏った男は、観念した低い声で二人に語った。  「キョウさ…ん………?」  ミオが答えた声が、途中で疑問を交え、消える。  ハルノが、口を覆った。  「キョウさん!!」  目の前で、キョウの体がポケモン…ハッサムの姿に変わってしまったのだ!!  チャーレムが『またか〜。』と、頭を押えて、残念そうに言う。  ……………。  幼姫は…その時、音もなくコンピューターを操作していた。まるで、チャーレムやアサナン から隠れるように。  『まだ、言う事聞くよね? ハッサム、真空切りっ!!』  チャーレムがハッサムに指示を出す。ハッサムは虚空に真空切りを放った。  ミオは見た。  あのハッサム…チャーレムじゃなくて、幼姫を見ている………。まるで、幼姫が“親”み たい。  と、その時。  天井にテレビ画面が現れ、そこにシルフカンパニーの倉庫を行くカンタ達の姿が映し出さ れた。  それを見て、アサナンが、指を鳴らして喜んだ。  『やったーーーっ。短パン小僧が、自分から捕まりに来てくれたよ、おねえちゃん。』  『そうね、頑張ってゲットするのよ。』  優しく、チャーレムがアサナンに言った。  『あ、でもヒューモンがいないや。ねェ、おねえちゃん。ボクにヒューモン貸してよ。』  アサナンが、姉であるチャーレムに、ねだる。  『いいよォ、なにがいい?』  姉は弟に甘かった。弟は屈託のない笑顔で答えた。  『“ブレードダンサー”と“ガンマダム”』  ミオとハルノ。ふたりは驚いて戸惑い、お互いの顔を見た。  そして聞いた。  「ねぇ、ハルノ…?」  「ねぇ、ミオ…?」  「「カンタと戦える??」」  『ブレードダンサー、ガンマダム。しっかりアサナンの言う事を聞いてね。』  チャーレムは右手の人差し指を立てて、言い聞かせるように言った。  二人には…従うしかなかったのだった。  移動遊園地でジーラは言った。  「直接聞いてみればいいじゃろう。ホレ、このカードを持ってゆけ。」  孫娘とヒューマンボールには、なにか関係があるはずじゃ。と、言っていたジーラの言葉に 、シルフカンパニーに侵入したカンタ達だった。  「キルルゥ〜。」  アヤが呟く。  倉庫は暗く、ホコリっぽかった。  迷路のような道をジュンサーが、手にもったジーラ手書きの地図を広げて歩く。  カンタはジュンサーに並び、懐中電灯をもって地図を照らしていた。  それにシャルペロが続く。  一番後ろを行くリードは…  大きなフランスパンを食べるピッピを、胸に抱いていた。  ピッピは…。  ポロポロと、パン屑をこぼしていた。  パン屑は――――――――。  道に点々と落ちていた。  シルフカンパニー裏口。  そのドアを、狂気に目を輝かせた“バクフーン”が乱暴に開けようとした。横には“メガニ ウム”と“オーダイル”も居る。  グイッ  その手を、影のような真っ黒な腕が止めた。  バクフーンはその腕の持ち主を振り返って、うやうやしく頭を下げた。  真っ黒な腕の持ち主は…  大人しく自分に従うバクフーンに笑い掛けた。  邪悪な微笑みで。  カンタ達は、大きなトビラの前にたどり着いた。  光沢を持った金属の自動トビラは、そびえ立つかのようにカンタ達の前に立ちはだかって いた。  ジュンサーがカードスロットにカードを通そうとすると…。  プシュッ  エアーが抜ける音がして、勝手に扉が開いた。  中は広く、ドーム状の天井に、宇宙の映像を映している。  中央に立派な玉座があり、その前に一人の女の子が立っていた。  アンティークドールのような衣装を身に纏った女の子…。その両側に、あのミオとハルノ を攫った(さらった)ポケモン達の姿があった。  カンタが、口火を切った。  「ミオとハルノを、返せーーーーーっ!!」  今にも飛び掛りそうなカンタ。  その足が止まる。  キュン キュンッ。  アサナンが構えたヒューマンボール。そこからミオとハルノが現れたからだ。  一瞬、喜んだカンタ。その顔が次の瞬間、驚きに変わる。  ブゥン…。  ミオが光の短剣(ブレード)を構えた。…カンタを見たまま。  ガチャッ…。  ハルノが銃(デリンジャー)を構えた。…カンタを見つめたまま。  ふたりとも、剣呑(けんのん)な、雰囲気だった。  カンタの踏み込んだ足が固まった。握った手に力が加わり、緊張に汗を滲(にじ)ませる。  スッ………。  アサナンがカンタを指差した。そして言った。  『ブレードダンサー、きりさく!!』  俊足でカンタに駆け寄ったミオ。  ザシューーーッ!!  光のブレードが、カンタの胸を十文字に切り裂いた。  「痛てぇっ!! むちゃくちゃ、痛てぇえええええ!!!」  カンタが言葉にならない言葉を無理やり言葉にしたので、緊張感のない情けない叫びとなり 、笑いすら誘った。  しかしカンタは、激痛に転がった。  地面がどんどん血まみれになっていく。  アヤが叫んだ。  「キルッ キルゥッ!! キルキルル!!!」(人間語訳:なにをするの!? ミオ)  「ちょっと、やめなさいよ! ミオさんっ。」  撃ちますよ。と、両手で拳銃を構えるジュンサーだが、焦ってしまって、及び腰である。  シャルペロは泣いていた。その時、リードは………薄く笑っていた、嬉しそうに。  アキノは…そんなリードを見て、少し安心していた。  なんとか立ち上がったカンタ。  そのカンタに、容赦のない斬撃がくわえられる。  カンタは、また、地面に転がった。  『ちょっと、いい加減にしなさいよ。ミオっ!!』  アヤが割って入ろうとする。と、ジュンサーが真剣な目で、それを止めた。  怒りの眼差しで振り返ったアヤ。その目がジュンサーの視線の先を振り返って驚きに止ま った。  『ミオ…、あなた…。』  ミオは本当に辛そうで、今にも泣き出しそうな顔をしていた。  「もう立たないでヨ…っ。」  ミオは、カンタに斬りつけながら言った。  なお立ち上がる、カンタ。  「反撃してよっ!」  ブレードの2段切りが、すんなりと決まってしまう。  まったく手を出さない、カンタ。  「なにしてんのよっ!? カンタ!!!」  ミオの叫びに、カンタは…。  ミオの前で、無防備に両手を広げた。  アサナンは『バカじゃん☆』と、笑った。そして指示を出した。  『もっと弱らせろっ、ブレードダンサー、きりさく!!』  ミオは、必殺の斬撃を、カンタに!!!  ミオの必殺の一撃は、カンタに…。  …届かなかった。  顔の前で止まってしまった、光のブレード。  それが小刻みに震えている。  『どうした、ブレードダンサー!? きりさくだ!!!』  アサナンの苛立(いらだ)った声。その声にビクッと反応して、そしてミオは…。  ペタン  と、その場に座ってしまった。  そして、両手を目に当てて、泣き始める。  「ヤダ………やだよォ、やだよお〜。」  ミオは泣きじゃくった。まるで、小さな子供のように。  それを見て、アサナンが地団駄を踏んで怒った。  『言う事、聞けよっ! ヒューモンのくせにィ!!』  その声に、ミオは、さらに声を大きくして泣きじゃくるだけだった。  『もういいよっ! 戻れ、ブレードダンサー。いけっ! ガンマダム!!』  今度はハルノを出した。  『撃てっ! ガンマダム!!』  銃を構えたハルノ。真っ直ぐ、カンタの心臓を狙う。  両手を広げて、真っ直ぐにハルノを見るカンタ。  ハルノの手が、カタカタと震えた。  今にも泣き出しそうに、カンタを見るハルノ。  『どうしたんだよっ! 撃てよっ、ガンダム!!』  そしてハルノも…。  「いやです〜っ、撃てません〜。撃てるわけなんかないじゃないですか〜。」  その場にペタンと座り込んで泣き出した。  両手を床に投げ出して、顔は上を向いて、大きく泣いた。  『言う事、聞けってば!!!』  キレて、アサナン。そして…。  ガンッ!!  チャーレムが、アサナンの頭を、殴ったのだった。  そこに居る全員が驚いた。  『そこまでよ、アサナン。それ以上はヒューモントレーナー失格よ。』  涙を滲ませて振り返るアサナンに、チャーレムが優しく『ねっ』と、微笑みかけた。  『うん、わかったよ。逃がしてあげるよ。おねえちゃん。』  少し悔しそうだけど、アサナンもヒューモンに優しいトレーナーだった。素直に姉に従おう とした、その時!  『ダメじゃっ!』  止めたのは幼姫だった。  意外な言葉に、驚き振り返ったのはチャーレムだった。  『なに言ってるんですか。ヒューモンを大切にしなさいって言ったのは、幼姫さまじゃない ですか!?』  ぐっと息を呑む幼姫。しかし、厳しく声をあげた。  『とにかくダメなのじゃっ! こやつらはコンピューターに取り込んで…っ。』  まるで駄々ッ子みたいに両手を振り回し、両足をジタバタさせる幼姫に、チャーレムとアサ ナンはその脇を離れ、カンタ達の側に立った。  「ありがと。」  カンタの礼を言う声。それはミオとハルノのヒューマンボールをカンタに手渡すアサナンに 向けられていた。  「返すのじゃっ! カンタとやら。」  手を出して命令するように、幼姫が言う。  カンタは手に持ったふたつのヒューマンボールを見つめた。  そして言った。決意を込めて声を出した。  「二度と、放すもんかっ。」  ズキッ…。  アヤが胸を抱いた。心の痛みに。  ホ−リーが、そんな辛そうなアヤの表情を、ただ、不思議そうに見ていた。  「バトルじゃっ!! ポケモンを出せっ、カンタとやら!!」  幼姫がモンスターボールを構えた。  カンタはヒューマンボールをリュックに大切にしまい込み、代わりに闇のオーラが噴出する 物騒なモンスターボールを手に取った。  「いいよな、トラ。」  小さく言った。  モンスターボールの中のトラが、優しく笑って返してくれたような気がした。  「ゆくのじゃっ、ボーマンダ!!」  幼姫が巨大な龍のポケモン“ボーマンダ”を出した。  「いけっ、トラ!!」  カンタは一体のグラエナを出した。  そのグラエナは出現した途端、地獄の真っ黒な炎に包まれた。  炎は揺らめき、グラエナを包んだまま“エンテイ”の形になった。  幼姫はギョッとして叫んだ。  「なななななっ、なんじゃ、そのバケモノはっ!?」  バケモノ。その呼び声に答えるようにグラエナ…真っ黒なエンテイの姿をしたグラエナ…“ トラ”が吼えた。  バァオオオォーーーーーーーーーーッ!!!  ビリビリビリッ!!!  その声に、地面が振動した。天井も揺れ、パラパラと塵(ちり)が、落ちてくる。  幼姫とボーマンダーが、抱き合って震えた。―――――恐怖に!!  「えええええーいっ! ボーマンダ、“かえんほうしゃ”じゃ!!」  ボーマンダが、極大の炎を口から吐き出した。  それに対してトラも、口から炎を出した。  真っ黒な、地獄の炎のような火炎放射だった。  「なんじゃとっ!?」  幼姫の驚きの声。  その炎がボーマンダの吐いた炎をまるで、なんでもないかのように、弾いて迫ったのだ。  「ボーマンダ、“空を飛ぶ”じゃっ!!」  幼姫の指示に、ボーマンダが空に舞った。  空高く、天井近くに逃げたボーマンダを見上げて、ジュンサーが言った。  「カンタの勝ちね…。」  空の上でボーマンダが地上を見た。  『?』  ボーマンダは、首を傾げた。  そこにバトルの相手の姿がなかったからだ。  首をめぐらす。  自分のトレーナーである幼姫。対戦相手であるカンタ。5つ尾のイーブイ。私服警察官に ポニータ、キルリアの姿。そしてポケモンレンジャーと、ピッピを抱いた短パン小僧が居て、 全員がこっちを見上げている。  しかし、肝心の“地獄のエンテイ”の姿がなかった。  ふと気がついて、めぐらした首を幼姫のところに戻した。  自分の主である幼姫が必死で自分を指差してなにか言っていた。  その指の先…。  ボ−マンダは、振り返った。  『!!!』  ガァオオオオォン…!!  背後に…避ける事など出来ない距離に、トラが迫っていた。  天井を走った!?  トラが壁を蹴り、天井を走り、ボーマンダのはるか上空から襲い掛かったのだ。  空中でもつれ合う2体の巨大ポケモン。  ドーンッ!!  激しい音と、ホコリを立てて、2体は墜落した。  ホコリが晴れると、墜落した地面で、ボーマンダの首に噛み付き、組み伏せるトラの姿があ った。  顔だけを上げて、ボーマンダが幼姫を仰ぎ見る。  幼姫は、しかし、視線をトラの目に釘付けとなっていた。  幼姫の目に滲(にじ)む涙。  なぜ、わらわがこのような恐い目に遭わなくてはならぬのだ。  理不尽な思いでいっぱいだった。  トラに首を噛み付かれ、動けないのはボーマンダだ。  しかし、幼姫はトラの血走った視線に動きを縫い付けられ、まるで今にも自分の首を噛み砕 かれそうな気持ちで居た。  トラの目は…、絶対的力を持った野獣の恐怖。  正義でも悪でもない原初の暴力。その姿に、幼姫の知性が意味を失い、飛びそうになった。  全てを投げ出して逃げる事が出来れば…。  失禁すれば,心が落ち着くか…?  人間の誇りもなにもない。幼姫は恐ろしさに、ガチガチと歯を鳴らした。  「しかし、わらわはっ!」  幼姫は、ボーマンダを戻した。  「退(ひ)くわけには、いかぬのじゃっ!!」  幼姫は、今、手に入れたばっかりのポケモンの入ったモンスターボールを取り出した。  「ゆくのじゃっ、ゲンガー!!」  ポンッ☆  そこに先ほどポケモンに“戻し”、捕らえた“元、ジムリーダー・アンズ”の変わり果てた 姿であるゲンガーが現れた。  カンタが、トラに指示を出そうとして…。  止まった。  「ゲンガー、ナイトヘッドじゃ!!」  ゲンガーが、トラに迫る。  指示のないカンタ。ただ驚いたように、こう言った。  「アンズ…さんですか? ジムリーダーの。」  カンタは、ポケモン雑誌で目にしたジムリーダーの名前を呟いた。  すると…。  ポンッ☆  軽い音を立てて、ゲンガーが人間の姿…アンズの姿に戻った。  「「えええええええええっっっ!?」」  そこに居る全員が、驚きに声を上げた。  でも一番驚いているのは、アンズ…座り込んで両手を見つめ、唖然としている。  そして、口を驚きに開けたまま、固まってる幼姫。  「おぬし、ポケモンを人間に“孵す(かえす)”能力者じゃったのか…。」  震えるその言葉に、カンタ達が振り返った。特に信じられないくらい動揺しているアヤは、 興奮し幼姫に突進するように迫る。  「それは、つまり…?」  誰かが、聞こうとした。その時!!  ビーッ ビーッ ビーッ !!  警報が鳴り響いた!!  天井のモニターに、シルフカンパニー内倉庫が写し出される。  「なにっ、あれ!?」  ジュンサーが叫んだ。  目を狂気に光らせた、メガニウムやバクフーン、オーダイルといった最強クラスにして最大 級のポケモン達が侵入していた。  それが圧倒的な数で、迷路を埋め尽くしている。  しかも、迷路のような倉庫をまったく迷う事無く、ここに近付いて来るのだ。  幼姫は焦った。  「なぜじゃ!? そう簡単には、ここにはこれぬはず!?」  しかし、確実にポケモン達は、ここに近付いてきていた。  「………っ!」  幼姫は歯を食いしばって、コンピューターに向って走った。  操作して、倉庫に侵入者阻止の為に、防火壁を作動させる。  しかし、それは時間稼ぎに過ぎなかった。  メリ メリッ !!  まるで粘土細工かダンボールで出来た壁かのように、オーダイルが超合金で出来た防火壁を 爪で切り裂く。  「くっ………。」  悔しそうに唸って、幼姫が俯(うつむ)いた。  震える拳を握り締める。  カンタ達も呆然として、モニターを見上げていた。  なぜ、このシルフカンパニーが、ポケモン達に襲われなくてはいけないのか? まったく分 からなかった。  「ふう…。」  幼姫は―――。一度、息を吐いて力を抜き、もう一度だけ、コンピューターを操作した。  そして、コンピューターの中心から、ひとつ、モバイルを取り出す。  「え…?」  カンタ達が天井を…。いや、部屋全体を見渡した。  大きなその部屋全体に、どこからか、ゆったりとした音楽が流れ出したのだ。  ス…。  幼姫がカンタの手を取った。  幼姫に振り返るカンタに、幼姫は言った。  「頼みがある…。聞いてくれぬか?」  カンタを見上げる黒曜石の瞳は、優しさに柔らかく、落ち着いて静かに笑っていた。  カンタは、なぜか無条件でokした。  なぜか、異存を唱える者も、いなかった。  幼姫は言った。  「一緒に踊ってくれ。」  カンタは、幼姫の手を取った。  そして曲に合わせて、体をゆっくりと揺らす。  天井のモニターが、大きく彗星の姿を映し出す。  これでいいのかな?  カンタはとりあえず、体を曲に合わせて動かしてみた。  それは優雅な物腰で踊る幼姫に比べて、ぎこちない動きであった。  「おぬしは、踊らぬのだな…。」  優しく、幼姫が言った。  「いえ、これでも踊っているつもりです。」  カンタが答えた。  それをまるっきり無視して、幼姫が続けた。  「わらわはダメじゃ。良い曲が流れると、つい、踊ってしまう。」  自嘲(じちょう)にも似た微笑みを見せる幼姫。  言葉の内容以上の想いを感じて、カンタは申し訳なさそうに黙った。  皆も、黙って、この緊迫した状況での、優雅な踊りを、見守っていた。  いや、優雅なのは、幼姫だけなのだが。  「なぜ、ヒューマンボールに、シルフのロゴが入っていたのか…。分かるか?」  踊りながら幼姫が、カンタに聞いた。  「バレても構わない状況にあった…ですか? 例えば、ヒューマンボールの開発が国連決議 によるもの…とか。バレても構わないのなら、製造番号を刻印する方が管理が容易です。」  驚きに幼姫はカンタの顔を見上げた。  ジュンサーが「あっ!」と驚き、口を手でふさぐ。  「その通りじゃ。ヒューマンボールで全ての種類の人間を確保する…。それが国連の“ヒュ ーマンボール開発【ノアの箱舟計画】”…。」  皆が沈黙した。  ゆったりとした音楽だけが、部屋の中に流れていた。  「彗星は…。」  「カンタっ。」  言いかけた言葉をさえぎって、幼姫が発言した。それは命題(テーゼ)であった。  「…カンタ。おぬし、人間は滅びるべきだと思うか?」  音楽が流れた。  カンタの揺れる体に身を添わせ、幼姫が胸の中で舞っていた。  「死にたくないよ。例え、滅びるべきであっても。」  カンタはまったく考えずに答えた。いや…、考える事が出来なかったと言うべきか。  「答えになっておらんぞ…。」  そう言ったが、幼姫はカンタの答えを、予測していたかのようだった。  音楽が流れる――――――――。  「1000年彗星、訪れる時。世界のあり方を、神々が決める。その時、人間がポケモンに 対し、非道な行いをしていれば………。」  「1000年彗星が衝突し、人間を滅ぼす!!!!!」  幼姫は、そのチェリーのくちびるで、伝説を語った。  1000年前の歴史でもあるそれは、そこに居る全員を震撼させた。  「しかし、人間が滅んだ後も、生き残る事が出来る人間が、たったひとりだけおるのじゃ。」  幼姫の言葉に、カンタ達が驚いて俯(うつむ)きがちだった顔を上げた。  ただひとりだけ…?  リードだけは反応せず、代わりに胸に抱いたピッピが…。  ニヤリ…。  と、笑った。  幼姫は言った。  「それは“選ばれし者”じゃ。」  伝説に、神々の会議に出席し、人類滅亡の決定権を持つと言われる、人間の代表…。  「カンタ、おぬしは“選ばれし者”では、ない。」  はっきりと幼姫は言った。  そして、先ほど産業用コンピューターから取り出したモバイルを出した。  カンタの手を取り、しっかりと握らせる。  「この中には、ほぼ全ての種類の人間がポケモン化して入っておる…。」  幼姫は、真っ直ぐ、カンタを見つめた。  そして、言った。  「カンタ。“選ばれし者”を倒せっ! そして、自ら(みずから)を…。」  「“自らを選びし者”となって、人類滅亡後も、生き延びるのじゃ!!」  真剣で…熱い声だった。  万力のような力強さを込めた声…誰もが沈黙した。  幼姫は―――――。  ヒザを折って、カンタに、ひざまずいた。  それはまるで、王家の儀式だった。  「滅亡後の世界で、この中のヒューマンボールを出して、ポケモン達を人間に“孵して”や って欲しい。」  幼姫―――――その声には。  祈り  願い  希望  夢  その弱さによって、全てが嘘になってしまいそうな、儚い(はかない)想いが、込められ てあった。  人間をポケモンに“戻す者”と、ポケモンを人間に“孵す者”は、ただ、見詰め合っていた。  頭上の天井に彗星が――――――、大きく――――――。  大きく、写し出されていた。  ドーーーーンッ!!!!  突然、入り口で音がした。  「来たかっ!!」  幼姫が顔を上げた。  立ち上がり、カンタ達を庇うように、トビラの前に立ちはだかる。  ピッ  リモコンを操作すると、産業用コンピューターが横に動き、床に脱出用の穴が現れた。  「そこから脱出するのじゃ、こやつらはわらわが食い止める!!」  幼姫の震える声。本当は、強い女の子じゃない。弱くても、強くなくてはならなかった…悲 しい子供の背中が、そこにあった。  そんな幼姫は、自分自身のことを“踊っていた”と、語ったのだった。  チャーレムとアサナンが、顔を見合わせた。  ゆっくりと、うなずいた。  そして、守るように、幼姫の傍(かたわ)らに立った。  「すまぬな…。わしは、おぬしら子供ポケモンを、利用しておった。」  「許さずとも良い、憎んでくれ。」  しかし――――――――。  ふたりは、幼姫を守ろうとする事を、止めようとしなかった。  騙されてなお、幼い姫を慕う、明るい微笑みを見せて。  「おっと、逃がさないぜ。」  ダミ声でピッピが言った。  脱出口に向うカンタ達の前に、リードが立ち塞がった。  「リードくんっ!?」  ジュンサーの声。不敵に笑ったピッピが答えた。  「なあ、カンタに、幼姫さまよぉ…。」  リードは無反応であった。  ただ、野球帽の鍔の向こうから、鋭く見つめている。  殺意に似た鋭さを持って――――。  「人間は、滅びるべきなんだよ。」  ピッピは、あっさりと、言った。  「ひとり残さず…な。」  と、付け足した。  「なんてこと言うのよっ!?」  ジュンサーが叫んだ。アヤや、シャルペロが同調する。  「いや…、あたしもそう思うぜ。人間は滅びるべきだ。」  声に、ジュンサーが振り返った。  そこにはアキノが居た。  反射的に飛んだジュンサーの平手打ちをかわして、アキノがリードの側につく。  ガン ガンッ!!  大きなドーム状の、この部屋。  トビラを破壊しようとする音が響く。  その音の中で、リードとカンタ達が、対立した。  「さあ、そのモバイルを渡しな。ぶっこわすからよ。」  ピッピが、言った。  「そんなことは、させぬっ!!」  幼姫が、モンスターボールを取り出した。  投げると、ボーマンダが現れる。  ピッピは、不敵に笑っている。  リードがモンスターボールを投げた。  すると…。  ガァオオオオオオ!!!  空気を震撼させる雄たけびをあげて。  そこに、エンテイが現れた!!  「ボーマンダ!! “かえんほうしゃ”じゃ!!!」  幼姫の指示が飛ぶ!  ボーマンダがエンテイに向って炎を吐き出した。  しかし、なぜかエンテイは動かなかった。  直撃する火炎放射!!  やったっ! と、幼姫がガッツポーズをする。しかし!!  バシィ!!  火炎放射をくらっていながら、エンテイは無傷であった。  幼姫は驚き、たじろんだ。  「ネバー マーシー(絶対に、許さない)」  そして淡々と、リードの口から、その声がもれた。  同時に、リードの瞳が、黄金に輝きはじめる。それと共に、エンテイの瞳に、銀色の輝き が宿った。  「セットアップ ゴッデス オブ ガイア(いくよ、大地の女神)」  呪文のような声が響く。  開いたエンテイの口に、炎が凝縮し始める。  同時に、この大きな部屋に熱気を立ち込める。  すさまじいまでの、熱量っ…!  ジュンサーはゾッとした。  もし、あれが命中したら…。  ジュンサーの脳裏に、消し炭と化す、ボーマンダと幼姫の幻が浮かんだ。  「ボーマンダ!! かえんっ………?」  必死の幼姫の指示が、途中で止まった。  モバイルを持ったカンタが、トラを従えてリードと幼姫との間に立ったのだ。  モバイルを手渡すのか…?  誰もが、そう思った。  しかし、カンタはモバイルを、トラに預けて…。  いきなり、短パンを、パンツごと、降ろした!!  「へっ??」  間抜けな声を出すピッピ。カンタの行動の意図を掴みかねていた。  ペロンと剥き出しになったおしり。  それをリードに向けて…。  ペン ペンッ  と叩いた。背中越しに振り返って「アッカンベーーーーっ。」を、する。  かと思ったら!!!  いきなり、座り込んだ!!  そう、。まるで“ウ○コ”を、するみたいに!!  そして!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!  ………した。  下品極まりない音を響かせて、“○ンコ”をっ!!!!!!!!!!!!!!!!!  唖然とするピッピ。他、全員。  ティッシュで、おしりを拭いて、短パンを履きながら立ち上がった、カンタ。  ピッピを睨みつけながら、おもむろに…。  掴んだ。  そして、掴んだ“ウン○”を、投げつける!!!  「これでも喰らえーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!! このウ ンコ野郎っ!!!!!!!」  それは、あなたの事だわっ!! カンタあああああああああああああああああああああああ あああ!!!!!!!  べちゃ  ウ○コはピッピの顔に、命中したのだった。  信じられないピッピが、恐る恐る顔を触る。  ああ、カンタ。あなたって…………。  えんがちょーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ。  えんがちょーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ。  えんがちょーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ。  えんがちょーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ。  「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!! 許さねえええええ、カ ンタああああああああああああ!!!!!!」  激怒する、ピッピ。その時っ!!  「きゃははははははははははっ☆」  リードが、笑った。  腹を抱えて、本当に可笑しそうに。  驚いたのは、ピッピだった。  顔の“ウンP”の存在すら忘れて、リードの顔に見入った。  「笑った…、“リンド”が、笑ったっ!!!」  驚きのピッピの声。  その隙に、ジュンサーが動いた!!  幼姫を抱きかかえ、みんなを促して、脱出口に飛び込む。  ピッピやアキノが気付いた時にはもう遅い。  カンタ達は、脱出口の暗闇を、滑り台のように、滑り落ちて行ったのだった。  大きく、天井に写し出された、彗星から逃れるように…。  つづく