−第14話−  「ポン太。お兄ちゃんの名前は、ポン太。」  カンタは答えた。  「えっ!? あなたのポケモンと、同じ名前なの!?」  ミオが…、みんなが驚く。  「なんだよう、いいじゃんか、そんな事、どうだって。」  カンタは今にも逃げ出しそう。上体をのけぞって、みんなから離れようとする。  結局、カンタは逃げつづけ、お兄ちゃんの話はうやむやとなったのだった。  そして、いつしか話題は1000年彗星の伝説に、切り替わった。  「1000年彗星と“選ばれし者”について、どれだけ知ってる?」  その問いかけに、皆は幼姫に視線を集中させた。  体と比較すると、やたらと大きいチョコレートパフェに、不器用に握った長いスプーンを突 っ込み、口のまわりをベトベトンにして、食べていた幼姫が顔を上げる。  「ふむ…。」  拭き拭きと、口を高級なハンカチで拭って、幼姫が答えた。  「わらわも詳しい事は、知らんが…。」  1000年前は、ある程度、天文学も進んでいて、彗星の軌道は計算され、地球から逸(そ) れる事が分かっていた。  人々は、慌てず騒がず、彗星のもうひとつの伝説。「7晩忘れずに願い事をすると、願いが 叶う」という伝説の為、夜、外に出て夜空を眺めたと言う。  「これが1000年前の歴史じゃな。」  教科書にも載っておる。  「まあ、しかし、我々が知りたいのは、そんなありきたりな話ではないの。」  コホンッ  と、咳払いをして、幼姫は話を続けた。  「1000年前は、2000年前や3000年前、4000年前の教訓によって、選ばれし者の早期発見と 教育をして、準備万端で臨んだという話じゃ。これによって、彗星は無事、通過した。」  2000年前は、選ばれし者の失言で、彗星から、焼けた鉄の塊が降り注いで、甚大な被害が 出たという。3000年前は無事に通過。4000年前は――――。  「聖書によると、人間は一度滅んでおる。」  唯一生き残った選ばれし者と、その恋人である巫女が、アダムとイブになったという話じゃ 。選ばれし者以外死んでしまうという話じゃから、いかにして巫女は生き残ったのか…。諸説 あるが、どれも定かではない。ここまで行くと詳しい記録はなく、そのほとんどが口伝による 神話であり、ここに“戻す者”と“孵す者”の伝説もある。  「まあ、事実は4000年前も人間は、滅んでおらん。」  ただ、地球規模の大災害があったことは確かで、地質学の調査では、4000年前に、巨大な 隕石の衝突による大津波、その後、氷河期が来た事が分かっておる。  「で、肝心の今回じゃが…。」  と―――――。  ここで、幼姫が左右に目配せをした。  昼食を終えて席を立つ旅のトレーナーや、バトルで傷ついたポケモンを連れてくる子供 たち…。  「ジョーイ殿、話が漏れない部屋を、貸してもらえぬか?」  「じゃあ、こっちへ。」  一行は、ジョーイに促(うなが)され、個室へ行こうと席を立った。  ミオ達がジョーイに続く。  しかし、カンタは――――。  いつまでも立ち上がろうとせず、ようやく立ち上がったかと思えば、ミオ達とは逆の方向、 ポケモンセンターの出口に向って歩き出したのだった。  ―――――。  その事に気が付かない、ミオやハルノ。  ただひとり…、ポニータのシャルペロだけが、振り返り。迷った末にカンタを、ひとりで追 いかけたのだった。  ポケモンセンターの2階。  小さな部屋に、机があり、パソコンが置いてある。ジョーイの執務室だった。  部屋の中央には小さなテーブルがあり、花瓶に花が飾られている。開け放たれた窓からは、 白いカーテンをわずかになびかせて、涼しげな風が入ってくる。  机の向かい側の壁際には、数人が座れるソファーも置いてあり、皆、思い思いに座った。  「では、今回の話じゃ。」  幼姫が、話を続ける。その前に、と幼姫が息をひそめて皆に聞いた。  「この話は、国連のトップシークレットじゃ。秘密を守れるか?」  いつになく真剣な幼姫に、皆、神妙にうなずいた。  「では、話そう。」  真夏――――しかも真昼の日差しがポケモンセンターの中庭、芝生に降り注いでいた。  しかし、木陰に入ると風が涼しく、カンタは木の根元に腰掛けて、背を木の幹にもたれた。  帽子を深く被って顔を隠す。  サァーーーーーー  風がカンタを吹き抜けていく。  カンタはその風の優しさに、まどろんだ。  そして眠り、夢を見た。  3年前に旅立った、優しかった兄の夢を―――。  兄の部屋―――。  南向きの窓から、真夏の太陽が光を投げていた。  細身で背の高いカンタの兄“ポン太”は、ライチューを抱いて入り口に現れた弟“カンタ” に振り返った。  端整の取れた顔立ち、優しげな微笑み。そして―――………。  黄金の瞳。  選ばれし者の証―――、黄金の瞳が現れたのは3日前の事だった。  途端にカンタの家は慌しくなった。  田舎の村。更にそこから離れた山奥にあるカンタの家に、国連のエラい人や軍関係者が現れ 、毎晩、兄、ポン太や両親と話し合いを続けた。  そして兄は国連に行く事が決まった。そこで英才教育を受けて、1000年前のように、彗星 の衝突を阻止するのだ。  カンタに振り返った兄…ポン太は顔を、手元にまとめていた荷物に戻して、大きなリュック に詰めていく。  その中に、カビゴン…エンテイ、キュウコンにバシャーモ。そしてホウオウが入ったモン スターボールもあった。  ポケモンブリーダーを目指した兄が、育て上げたポケモン達だ。弟に比べて、とても優 秀な…、非凡な兄であった。  10歳になったばかりの兄は、近々、ポケモンマスターになるために旅に出る予定だったのだ 。その為に用意してあった荷物は、あっという間にまとめられた。  パラパラパラ………  どこからかヘリコプターの飛んでくる音がする。迎えが来たのだ。  リュックを背負った兄、ポン太が立ち上がった。部屋を出る時、カンタの頭に手を置いて 、言った。  「おとうさんと、おかあさんの事、宜しくな。」  夢は、いつもここで終わる…はずだった。  しかし、この時。カンタは、思い出してはいけない過去を、夢に見ようとしていた。  それは―――。  幼姫は言った。  「今回の選ばれし者は、その日………。」  家の前に家族が集合した。  こんな日まで畑仕事をしていた母が、珍しく休みを取った父が、カンタとともに、玄関先 に立った。その少し前に出て、兄、ポン太が立っている。  皆、一様に空のヘリコプターを、見上げていた。  あれに乗って、行ってしまう。お兄ちゃんが、いなくなってしまう。  どうにも、カンタには実感がなかった。  だから、自分のポケモンであるライチューを抱いて、ただ阿呆みたいに空を見上げていた。  その時。  ズガァーーーン!!  爆発音がして、飛んでいたヘリコプターが、爆発炎上して墜落した。  大騒ぎで、墜落現場に急ごうとする両親と兄、ポン太。  カンタも駆け出そうとして、ふと、足が動かない事に気が付いた。  あれ?  恐怖にすくんでいるわけではない。驚きに腰を抜かしているわけでもない。  ただ、足が何者かに掴まれているかのように、動かなかったのだ。  「カンタ?」  兄、ポン太が、そんな弟に振り返った。父と母は行ってしまった。  ダメッ  「どうしたんだい? カンタ。」  兄、ポン太が駆け寄ってこようとする。  ダメッ!!  カンタは見た。  自分の影が、大きく前方に伸びていくのを…。  それは大きな人の形をしたバケモノ。顔の部分に、縦2列で7つの目が現れる。  その目が、嬉しそうに歪み、邪悪に輝く。  そのバケモノが兄、ポン太の前に立ちはだかった!  影の“きりさく”攻撃!  兄、ポン太は大きく後ろにジャンプしてかわした。  「こいっ! カビゴン!!」  兄、ポン太が、カビゴンを呼び出した。  「ウィズアウト アロウワンス(手加減しない!)」  そして呪文を唱える。彗星すらも破壊しかねない、強力な破壊光線の呪文だった。  カビゴンの銀色の瞳が、輝きはじめる。  「スタンダップ ゴッド オブ ガイア(立ち上がれ、大地の神よ)」  カビゴンの口に光が宿り、急速に膨張し始める。  立ち上がった影のバケモノは、なぜか動かなかった。  「レッツ デストラクション!!(破壊しろ!!)」  呪文は完成した。  激しい破壊の光が影を襲った。しかし。  影は破壊光線を受け止めて、空に向って弾き返した!!  7つの瞳が、可笑しそうに歪む。  兄、ポン太は、ゾッとした。  カビゴン…エンテイ、キュウコンにバシャーモ。そしてホウオウが現れ、兄、ポン太を守る ように、影に立ち向かった。  凄まじい風が起こった。  轟音に、大地が砕けるようだった。  光と闇が交差して、目を開けていられなかった。  天変地異のようなバトルが――――終わった。  泥まみれになったカンタは、地面に座り込んでいた。  兄、ポン太のポケモン達も――……見るも無残な姿で、転がっている。  カンタを庇う(かばう)ように、倒れ掛かる兄、ポン太。その体から、止まる事の無い血が 流れていた。  抱くような形で、カンタは兄、ポン太を支えた。  「カンタ―――………。」  消えていくように、兄、ポン太は最後の言葉を、カンタに告げた。  そして、なにかをお願いするように、隣に居るライチューを見つめ、頬に触れて――――………。  その手が、地面に落ちた。  それを見て、バトルによって、ボロボロに千切れた布のようになった影が、嬉しそうに高笑 いをして消えていった。  やっと戻ってきた父が、そのバケモノを見て、こう言った。  「滅びのポケモン―――“デオキシス”―――−!!!」  父は、神の名前を呟いたのだった。  畏怖と怒りを込めて―――。  ポケモンセンターの中庭―――。  木陰に眠るカンタの、帽子に隠された瞳から、涙が流れた。  隣に、見守るように立っていたポニータのシャルペロが、心配そうに鼻を寄せる。  幼姫は語った。  「今回の“選ばれし者”は、神々の一人によって、殺された―――――。」  つづく