「じゃあ、悪いけど、アヤ。モンスターボールに入ってもらえるかな?」  カンタが、キルリアのアヤに言った。  『もちろんよ、カンタ。あぁ、やっと、あたしはカンタのポケモンになれるんだわァ…。』  感無量、うっとりして、アヤが、カンタの用意した空のモンスターボールに入ろうとする。  光に包まれて、モンスターボールに引き込まれるアヤ。…しかし!  「「「 えっ!? 」」」  全員が驚きの声を上げた。  閉まりきらないモンスターボールの蓋………。  ズ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴッ !!!  その隙間から、覇王のごとく圧倒的迫力で、紅蓮のオーラが噴き出している。  シーーーーーン………  一同、静まり返る。  ニョキっ  と、両手を出して、中から一生懸命、蓋を閉めようとするアヤ。  あぁ…っ、アヤさん、あなたもですか………。                     −第16話−  プールの上に橋が、かかっている。  プールはオリンピック会場に出来るかのように大きくて広い。  橋の上からプールを覗き込むと、水中に影が横切る。対戦相手のポケモンの姿だ。  前に立つ自分のポケモン“ライチューのポン太”が、視線で影を追いかける。  しかし、視線ですら捕らえる事の出来ない程のスピードで、水中をポケモンが疾走する。  「チューーーーゥ!」  ポン太が目を回わす。  水面は激しく波が立っており、水しぶきで衣服――短パンとTシャツは湿り気を帯びていた。  いや―――、冷や汗によって…かもしれない。  カンタはバトルの対戦相手を見た。  水色の水着に白いパーカーを羽織ったショートヘアの美少女。水タイプのポケモンジムリ ーダー“キョウコ”だ。  勝気な瞳に余裕の微笑みを宿して、水中の影に指示を飛ばす。  「タッツー! みずでっぽう!!」  水面に上がった水柱。それを指差して、カンタはポン太に指示を出した。  「ポン太っ、電気ショックだ!」  「チャアーーーッ!」  ポン太が叫んで、水柱に電気を放つ。しかし!  ザパァーーーンッ  水柱のすぐ隣に、タッツーが水面から飛び上がった。  電気は、避雷針となった水柱に吸込まれるようにして消え、かわりにタッツーの口から放た れた水流がポン太を直撃した。  「チャアーーーー!」  ポン太が倒された。そのまま目を回す。  「水タイプに負けるなよおうっ、ポン太ぁーーーーっ!」  カンタの叫びが、ドーム状のジムに響いた。  カンタたちは次のジムのある隣町に来ていた。  そこは風車が回り、チューリップが咲き乱れる、のどかな町だった。  ここは町じゅうに水路が張り巡らされている。  その水路をたどって行った先に、大きな建物があり、水路は全てそこから出ていた。  そう。  そここそが、この町の水タイプのポケモンジム。  カンタたちは迷わずジムに入った。  そしてカンタは、ジムリーダーの“キョウコ”にポケモンバトルを挑んだのだ。  だが――――。  「育てが足りないわよっ、おジャマ虫くん!」  キョウコが言う。  「だぁーーーっ、ポケモンジムで彼氏とイチャイチャしてんなアッ!」  そう、カンタたちが訪れた時、キョウコは赤い帽子をかぶった彼と、いい雰囲気だったのだ。  結果的にカンタたちがジャマをしてしまった事になる。キョウコの機嫌は悪かった。  「いいえ、ここはカンタが悪いわ。」  「そうですよ〜。」  連れの“ミニスカートのミオ”がキッパリと言って、それに“お嬢さまのハルノ”が同意 する。  そんなぁ〜…。トホホッ。  カンタ、孤立無援っ!!  ピンチだっ、カンタ! いろんな意味で。  しかし、カンタには仲間が居た。そう、カンタはポケモントレーナーだったのだ。  リュックから頼もしい仲間…ポケモンを取り出す。  「出てきてくれっ、アヤ!!」  カンタはポン太を戻して、代わりに“キルリアのアヤ”を出した。  アヤは、光となって、モンスターボールから飛び出して―――。  出して――………。  ………………。  「えっ???」  カンタは間抜けな声を出した。  アヤが橋の真ん中で、両手で頭を抱えて、うずくまっている。  アヤは、泣きながら、こう言っていた。  『水―――っ。水はヤだよォ。コワイよォーーーーっ。』  ステーーーンッ  カンタはその場で、ひっくりコケた。  「アヤさんっ、あなた、キルリア。エスパータイプでしょうっっ!?」  炎タイプじゃあるまいし、水がニガ手ですかァ?  しかし、アヤ。泣きながら勝手にモンスターボールに帰ってしまう。  うーん…、どうしよう。  カンタは冷や汗を流しながら考えた。  炎タイプの“ポニータのシャルペロ”は今回、出さない事にしていたので、論外。  じゃあ………。  実力を知るチャーレムと、ゲンガーの出番は、取って置きたかった。  ならば………。  カンタは新たなモンスターボールを掴んだ。  「いっけーーーーっ! クチート!!!」  ポンッ☆  軽い音がして、モンスターボールから、ポケモン“クチート”が現れた。  チャーミングな微笑みをして、片目をつむる。その仕草は、余裕いっぱいだ。  バシャーーーーーッ!!  その顔に、いきなりタッツーが“みずでっぽう”を浴びせる。  パチクリ☆  いきなりの事に、目を見開いて驚いたクチート。  その顔が見る見る不機嫌になっていき………。  フ………ッ。  薄く笑った。  眉根を寄せた顔に、無理やり笑顔を浮かべる。  びくううううううっ!!  その恐ろしさに、カンタはビビって跳ね上がった。  『この小娘が小娘が小娘が小娘が小娘が小娘が小娘が小娘が小娘が小娘が小娘が小娘がっ』  うつむいて、なにかブツブツ言ってるクチート…さま。なにやら色々怒っている様子のその 背後から、タッツーが襲い掛かった!  「タッツー、たいあたりっ!」  絶対に避けられない距離。  「あぶないっ!」  ミオが、あせって言った。  「やめろっ!」  カンタは、ミオとはまったく別の意味で、あせって言った。  タッツーの体当たりが決まったっっ………と、思った瞬間。  バクンッ!!  大きな音がして、いきなりタッツーの姿が消えたのだった。  『ムーっ ムーっ ムーっ ムーっ ムーっっっ。』  クチートのポニーテール状の顎(アギト)の中から、タッツーのくぐもった声がした。アギ トが、ムニムニと動いている。  シーーーーンッ………。  誰もが黙ってしまった。  チャプチャプと、水音が聞える。  しばらくして……。  ぺっっ!  窒息して、目を回したタッツーを、クチートの大きな口…アギトが吐き出したのだった。  『不味い(まずい)っ。』  クチートが、正面のおちょぼ口を、高級そうなハンカチで拭う。  シーーーーンッ………。  ジムは静まり返っていったのだった。  「もど…………って、頂けますか? クチートさまっっ。」  カンタ、ポケモンに、敬語を使うっ!!  キュン―――。  光になって、クチートはモンスターボールに帰ったのだった。  「タッツーのかたきっ! いっけーーーっ、シードラ!!」  キョウコが新しくポケモン“シードラ”を出す。  カンタも、新しくポケモンを出さなくては、いけなくなった。  選んだのは…。  「行って下さい、ゲンガーさん。」  ポンッ☆  カンタはゲンガーを出した。  「シードラ、高速移動!!」  水中を高速で泳ぎまわるシードラ。  それを目で追っていたゲンガーは…。  シュン!  まるで水面を走るかのように、ピッタリとシードラに追いすがった。  完全にシードラのスピードを捕らえている!  「ゲンガー! …さん、ナイトヘッド!!」  ビビビビッ!!  ゲンガーの目から、真っ黒な光線が発射された。  「逃げてっ! シードラ!!」  さらに高速で泳ぎだすシードラ。  しかし、ゲンガーは完全にシードラの動きに付いて行った。  逃げるシードラの背後から、ナイトヘッドの攻撃を浴びせる。  そして―――。  ぷかぁあ………  シードラの姿が水面に浮かんだ。  完全に目を回している。  「あーーんっ、こんな奴に負けたくないっっ。行って! キングドラ!!」  「いっけーーーーっ、チャーレムねえさんっ!」  キョウコはキングドラを、カンタはチャーレムを出した。  水上に、その巨体を現すキングドラ。それに対するチャーレムは小さく、心細く感じた。  しかし…!  「キングドラっ! ハイドロポンプ!!」  「チャーレムねえさんっ、念力!!」  キングドラとチャーレムの間で、ハイドロポンプと念力の力がぶつかり、拮抗(きっこう) した。  お互いに、進みも戻りもしない。完全に互角の力…。  いや………。  「くっ!」  カンタが、くやしそうに声をもらす。  ジリジリと、ハイドロポンプの水流が、チャーレムの念力を押し戻していたのだ。  と、その時。チャーレムが両腕をグルンと回した。  すると、念力の力が螺旋(らせん)に回転し、ハイドロポンプの水流を、完全に散らせて しまった!!  「うわっ、器用。」  唖然とするキョウコ。その顔が次の瞬間に驚きに歪(ゆが)んだ。  キングドラの体が、ゆっくりと空中に浮かび始めたのだ。  「キングドラッ! 高速移動!!」  キョウコの指示が飛ぶが、キングドラの体はまったく動かなかった。  わずかに動いた首がキョウコを振り返って、怯えた目を向ける。  ずさまじい力の念力。  それがチャーレムの両手から出て、キングドラを完全に掌握していた。  天井のドームまで上がったキングドラ。  そこから、地面に叩きつけられる!!  「くっ!! …っ。」  痛みに唸(うな)ったのはカンタ。  ズズズズズーーーーーン  地鳴りを起こして、キングドラは地面に沈んだ。  カンタはジム戦に勝利した!  「はい。くやしいけど、あたしの負けね。」  キョウコがカンタに水ポケモンジムのリーグバッジを渡す。  口で言う程、くやしそうではない。  晴れ晴れとした、明るい笑顔だった。  キョトンとしているのはカンタの方。  受け取っていいものか、迷ってしまった。  ミオとハルノ。ふたりに進められて、カンタは受け取る。  「水ポケバッジ、ゲットだぜっ!」  カンタはテレビで見たポケモンマスターのセリフを言ってみた。  けっこう……、さまになっていた。  カンタたちはジムを出た。  外は夏の太陽が照り付けているが、この町の水路のおかげで、涼しく、さわやかな空気が、 カンタたちを待っていた。  と―――………。  待っていたのは、さわやかな空気だけではなかった。  「あなたは“選ばれし者”ですか?」  と、声がかけられた。  変声期前の少年特有の高い声は、しっかりとした響きを持っていた。  そう、目の前に少年が立っていた。  詰め襟(つめえり)の制服は、白く清潔に輝き、カンタたちの目を焼いた。  整った顔立ちはどこか少女のようにも見える程、線が細く、少年の印象を優しく見せる。  しかし、瞳は強い意志を映して、まっすぐにカンタたちを見ていたのだった。  つづく