−第18話−  「うぅーーーんっ。」  ミノルは目を覚ました。  眩しい光に、手をかざし、目を開くと、カーテンに囲まれた白い天井が見えた。  「よっ、目が覚めたか。」  すぐそばで、声がした。  見ると、隣にカンタが座っていた。  カーテンに仕切られたベッドの上。  カンタが呼ぶと、白衣を着たジョーイさんが現れた。  血圧や体温測定、診察を終えると「しばらく横になっていなさい。」と笑顔で言って、戻っ ていった。  「ご迷惑をお掛けしました。」  ヒデマロとのバトルに圧勝したミノル。しかし、その直後にぶっ倒れ、カンタによって病院 に運び込まれたのだ。  病院…と言っても、ここはポケモンセンターだが。  ………………。  お互いに無言。  開け放たれた窓から、おだやかな風が吹いてきた。  白いカーテンがなびいて、かすかな衣擦れ(きぬずれ)の音を立てている。  風に乗って、戯れ(たわむれ)て、はしゃぐ子供たちの声や、車の走る音が聞えた。  カンタは週刊誌を手にとった。  イスに座り、足を組んで、読もうとする。  「なにも聞かないのですね。」  ミノルが言った。吐露(とろ)する…。そういう表現がピッタリの声だった。  「親には…、連絡したのですか?」  カンタは、首肯(しゅこう)した。  「ボクの事…聞きました?」  カンタは、再び首肯した。  「明日…、死ぬかもしれないって聞いたよ。病気で。」  カンタは週刊誌を見つめたまま言った。  ミノルは上半身をベッドから起こした。  フワッ…。  優しげなざわめきと、太陽の香りを運ぶ風が、ミノルの頬を撫でた。  ニコッ…。  ミノルは目を閉じて微笑んだ。  「キレイだね…、ミノルは。」  カンタはミノルに正直な感想を言った。  そして聞いた。  「明日死ぬかもしれないのに、どうしてそんなキレイに微笑むの?」  ミノルは答えた。  「確かに、ボクは明日、死ぬかもしれない。」  「でも、今、生きている。」  「それがたまらなく、嬉しいんだ。」  「でも…、夜、ベッドの中で、死ぬのが恐くて震えているんだろ?」  カンタの声に、ミノルは、顔を耳まで真っ赤にしてうつむいた。  「俺と同じだな。」  「えっ!?」  カンタのその言葉にミノルは驚いた。  「あなたも、不治の病なのですか!?」  「うんにゃ(いいえ)。」  ミノルの質問に、カンタは即答した。  「でも、彗星が落ちてきて、みんな死ぬかもしれないし。突然、神様が現れて俺を殺すかも しれないじゃん。」  他の人だってそう。  いきなり車にぶつかって死ぬかもしれないし、植木鉢が頭に落ちてきて死ぬかもしれない。  きっと、誰だってそう。  そう思わなきゃやってられねえ…。  「なにが同じだよ…。カンタさんにボクの気持ちなんか、分かるわけないじゃないで すかっ!!」  「俺が分かってどないすんねん。」  「おまえは、おまえ自身の事を分かってやってるのかい?  自分の身を切り分けるようで怖いのかい?」  「俺がおまえを分かってもいいのかい? この場合の真理なんて『分からない』でしょう ?『あるがまま』じゃんか。真理なんて真理なんだから「“どうしようもない”じゃない。」 。そんなモノに興味ねェよ。」  「この世で確かなモノ、絶対なモノなんて“数字”だけじゃんか。でもその数字こそが人間 が生み出した“ウソ”の最高傑作だよ。」  「自分の気持ちぐらい自分で決めろや、俺が知るかよっ。それとも、なに? 俺に、おまえ の心、売ってくれんの? 買わないけどさ、俺には価値ないし。」  カンタは激昂して、まくし立てた。………やたらと理屈っぽかった。しかも、ミオやハルノ に接する時と、態度が違う。一人称まで変わっていた。  「カンタくーん。進化の石、持って来たわよ〜。」  キレたカンタに、ジョーイが、進化アイテム“かみなりの石”と“水の石”を持って来た。  カンタ、それを受け取って、ホーリーを呼び出し、言った。  「ねえねえ、ホーリー。サンダースにならない? カッコイイぞ〜っ☆」  フンッ  ホーリーは、プイッと横を向いた。  猫なで声でホーリーに話し掛けるカンタ。キモチワルイ。  ……………。  カンタ、いきなり背を向けて、リュックからストロベリージャムを取り出し、それを“水 の石”に塗り始める。  クルリと振り返って、それをホーリーに見せ…。  「ねえねえ、ホーリー。この“お菓子”食べない? おいしいよォっ♪」  ジロ…ッ  ソッポ向いていたホーリーが、不機嫌そうな半目で振り返って、口をアーンと開ける。  喜んでカンタが、あまーーーいジャムを塗った石を、口に運ぼうとする。その手が近付い た時!  ガブゥッ!!!  「痛ってえええええっっ!」  ホーリーが強烈にカンタの左手に噛み付いたのだった。そのままソッポを向いてしまう。  涙目で、ミノルに振り返ったカンタ。  「分かってないよっ。でも、だから、それがどうした!!」  フウフウと、歯型のクッキリついた左手に、息を吹きかけ、さすりながら言う。  「うん…。キレないでよって言うか、ボクに当たらないでよって言うか、気の毒って言うか 、なんだかなぁ、もう。」  ミノル、困る。  場所は変わる。  都市の車行き交う道路を、ハルノは“ポニータのシャルペロ”に乗って疾走していた。  道路の先、高級住宅街にケムリが上がっている。  そこはハルノの実家があった辺りであった。  「これは…。」  ハルノは呆然とした。  たどり着いた実家…。ヨーロッパのお城を思わせる大きな家が、半壊していた。  前庭には、執事やメイドが居て、応急治療を受けている。  「じいっ!?」  その中に、初老の執事を見つけ、ハルノは駆け寄った。  「なにがあったのですか!? じいっ!?」  「アキノさまが…。」  えっ!? アキノ??  ハルノに“じい”と呼ばれた執事は、話し始めた。  突然帰って来たアキノが暴れ、父親に重傷を負わせて、家を壊した。  ハルノは「信じられない…。」と、家を振り返った。  それは人間が暴れたくらいで壊されるような規模ではなかった。  どうみても怪獣クラスのポケモンが暴れた跡だったのだ。  「アキノはどこへっ!?」  「谷へ行くと言っておられました。」  谷??  ハルノには心当たりがあった。  母がまだ生きていた頃、家族全員でピクニックに行った山に、つり橋のかかった深い谷があ ったのだ。  ハルノはシャルペロにまたがった。  ミオは実家である移動遊園地に急いでいた。  ミオの姉貴分である“踊り子のユウ”が、突然暴れだした。  それによって、遊園地がムチャクチャになった。と連絡を受けたからだ。  電話の話ではまったく事情がわからない。  ミオは足早に道を急いだ。  草原の一本道。はるか向こうにレンガの町が見えた。  「ウソッ!」  ミオは悲鳴を上げた。  レンガの町にある移動遊園地の観覧車。それが壊れて斜めに傾いているのだ。  ミオは走り出した。  グングンと町が近付いて来る。  ふと…。  ミオが足を止めた。  前方から歩いてくる見知った顔…。  「ユウねえさんっ!」  踊り子の衣装を来た美少女。  それが極端に大きな剣を引きずって歩いてくる。  美少女…ユウの身長を超える大きさの剣…。それが真っ赤な血に染まっていた。  ユウは、ミオの声に顔を上げた。  虚ろな瞳でミオを見る。  その顔を見て、ミオが悲鳴を上げた。  ユウの左目…、その下にもうひとつ、目があったからだ。  邪悪な…。彗星のように凶悪な光を宿した瞳が。  その目が、ミオを見つけて、うれしそうに笑い、邪悪にゆがむ。  大きな剣が、まるで棒切れのように、夕焼けに朱色に染まり始めた空にひるがえった。  強力(ごうりき)で振り下ろされた大きな剣が、地面を切り裂いて、大きな裂け目が道路 を走ってミオに迫る。  ダンッ!!  ミオが空に跳躍して逃れ、空中でモンスターボールを投げ、光のブレード(刃)を両手に構 える。  空中でモンスターボールからオードリーが現れた。  ミオがオードリーとともに着地する。  引き裂かれた大地から、苦痛のうめき声のように、熱気が立ち昇る。  その熱気の向こうで、シルエットと化したユウの、デオキシスの目だけが、輝いていた。  「ユウ…ねえさん。いえ…、“グレートソード・ユウ”。」  ミオは震えた。そのままの声で、ユウに言った。  「うれしいわ…、本気のあなたと戦えるなんて…。」  ミオの目が、恐れを秘めながらも、生き生きとしていた。  それは闘神のオーラの輝きに似ていた。  山奥の深い谷…。そこのつり橋にアキノが居た。つり橋の手すりに両手を乗せ、それにアゴ を乗せて下を覗き込んでいる。  ハルノは、シャルペロから降りた。シャルにはそこに居るように言って、ゆっくりとつり橋 を踏んでアキノに歩み寄った。  アキノに反応はない。ハルノはアキノの隣に行って、妹と同じように下を覗き込んだ。  ゾッとするほど深い谷。下に川が流れているのが、かろうじて見えるくらいだった。  「アキノ…?」  「ハルノ…。」  ハルノの問いかけに、苦しい呼吸とともに返された返事。  「あたしたち…、触れてはいけないモノに、触れてしまったんだ…。」  ゴボッ ゴボッ…  溶岩が硫黄の泡を生み出すような、不気味な音がアキノの口から、言葉とともに漏れ出した。  「アキノっ! アキノぉっ!!」  泣き出しそうなハルノの声。  同時に、激しくアキノを掴んで揺さ振る。  その腕をアキノは振り払った。そして一歩、ハルノから離れる。  ハルノに振り返ったアキノ。その顔、左目の下にもうひとつ、目があった。  それが…アキノを操るデオキシスの目がハルノを見て、ふざけるように、白目をしてみせる。  「ねえさん…、お願いがあるんだ…。」  アキノはお願いのある時だけ、本当に真剣なお願いのある時だけ、ハルノを「ねえさん。」 と呼ぶ事を、ハルノは知っていた。  苦しそうに呼吸をするアキノ。彼女が言った。  「あたしを殺して………。」  つづく