第2話  「ポン太っ、たいあたりだ!」  カビゴンもかくや、という巨体をうならせて、でっぷりと太った“ライチューのポン太” が、対戦相手のコラッタに突進する。しかし、なんとっ!  ポン太は、立って走っている。  ライチューは四本足のポケモンである。当然、4本足で走るほうがスピードが出るはず。  普段ならばともかく、バトル中でのこの行動は不可思議であった。  カンタの旅の道連れである“ミニスカートのミオ”は、不思議に思ってカンタに聞いた。  「どうして二足歩行なの?」  カンタは嫌そうーーーーーっに、振り返って。  「ポっ…ポン太は、進化したライチューなのさっ。」  と、なんだか、よくわかんないことを言った、ミオから目をそらして。  ……………。  その返答で納得のいかなかったミオは、追加で質問をした。  「………で、本当は?」  「おなかを地面に、こするから。」  ……………………。  コラッタ、体当たりだっ!  対戦相手である“塾帰りのヒデアキ”の声が、聞こえる。  ボヨン ボヨンと、コラッタがポン太に体当たりを喰らわせる、情けない音が、響いていた。  その声と響きが、遠く聞えるほど………ふたりは押し黙って、見つめ合っていた。  ミオの隣にはモデルになれるほど美しいピカチューのメス、ミオのポケモンである“オー ドリー”が、しゃなりと優雅にたたずんでいた。  オードリーは合わせた両手を紅潮した頬に当て、うるんだ瞳でポン太を見つめ、うっとりし た表情で悩ましいため息をつき、ポケモンの言葉で確かにこう言った。  『素敵………。』  すてーーーーーっん!  ポケモンの言葉が分かる訳がない。それでもミオは、派手に、ひっくりこけた。  カンタは、美しいスレンダーなピカチューの将来を、真剣に心配していた。  「コラッタ! 体当たりっ、体当たりっ、体当たりだっ!!」  バトルは一方的な展開を見せた。  そう、一方的にコラッタが攻撃をしている。ポン太はコラッタの動きに付いて行けないでい たからだ。  しかし、いくら攻撃しても、まったく手ごたえのないポン太くんに、塾帰りのヒデアキは焦 っていた。  カンタは、なんだかもう、どうでもよくなってきていた。  ヒデアキは観察していた。この巨体に弱点はないものかと…。  いや、弱点しかないように見えるのだが…?  その時、ヒデアキはポン太の巨体が、やたらとバランスの悪い事を見抜いた。  喜んだヒデアキは、高らかに声を上げる。  「ふふふっ、見切ったぞっ! オマエのポケモンはバランスの悪さが弱点だ!!」  開き直ったカンタが、それに応じる。  「良くぞ見切った! それが、ポン太の168ある弱点のひとつだっ!!」  かぞえたんだ…。  ミオが沈痛な面持ちで、顔に手を当てる。  『素敵………。』  オードリーのつぶやきに、ミオは…。  この子…、病院に連れて行ったほうがいいかしら…?  少し、そう思っていた。  「コラッタ、高速移動で、かく乱しろっ!」  ヒデアキの指示で、コラッタが高速でポン太の周りを廻り始める。  ポン太は目を回してバランスを崩した。  バランスを失い揺らぐ巨体に、その結末を知ったミオは、泣きそうになって、必死に悲鳴を 上げた。  「ダメェーーーーーッ! 逃げて、コラッタっ!!」  コラッタに影が落ちた。見あげて気が付いた時には、すでに遅かった。手遅れだった。  コラッタは、思った。  空が…空が落ちてくるよ、ママ…。  空を完全に覆い隠して、魚眼レンズを覗き込んだような、奇妙な縮尺でポン太がコラッタに 倒れこんできた。  コラッタの脳裏に、走馬灯が走る。  ぷち………。  ズズゥーーーーーッン  「……………っ、大変!」  ミオはタイヤの空気入れを手に持って、ぺらぺらになったコラッタに駆け寄った。  ………空気入れ?  ミオが、ペラペラの紙のようになったコラッタの口にチューブを突っ込んで、空気を送り 込む。  コラッタは、すぐに膨らみ、元の姿を取り戻して息を吹き返した。  ミオの迅速な対応によって、コラッタの命は救われた。めでたし、めでたし☆  いや、それでいいのかっ? 本当に、いいのかっ?  シティを眼下に見下ろす丘の上、バトルを終えた二人は握手をした。  「でも、お前のカビゴン、良く育ってるなァ、特に横に。」  ヒデアキは、しみじみと言った。  バトルの後は恨みっこなし。にしても申し訳ない気持ちがいっぱいで、カンタは遠慮がち に突っ込んだ。  「これでも、ライチューなんだ。」  「えっ!?」  ヒデアキは心底ビックリして、言い直した。  「そっか、…ライチューみたいなカビゴンなんだな?」  いえ、カビゴンみたいなライチューです。  あきらめに目を閉じ、手を振って否定するカンタの表情は、まるで仏陀のようだった。  少し離れた木の下に、ひとりのお嬢様がたたずんでいた。キレイな服を着て上品な日傘を持 った気品のある…しかし、どこか“おっとり”とした感じのお嬢様だった。  その胸に一匹のピチューが、抱かれていた。  首に、けた違いに高価そうなネックレスをしたそのピチューは、カビゴン…。いや、ポン太 の腹を見てクスクスと、人知れぬ企みによって含みのある邪笑をしたのだった。  お嬢様は何も気付かず、バトルに友情を築く(?)トレーナー達を、憧れの眼差しで見て いた。  空には大きなヤミカラスが、カァカァと鳴いていた。  夕食時。  丘の上のキャンプで、ポン太はカンタに泣いてすがった。カンタは無情にも食器を引き上 げる。  「ええいっ、対戦相手を圧死させないくらいまで、ダイエットじゃあ!!」  カンタはVS コラッタ戦に勝利した。でも、納得も満足も充実もあったもんじゃない。カン タはポン太のダイエットに燃え上がっていたのだ。  オードリーが自分のポケモンフードを全部ポン太くんに譲る。しかし、スマートなオードリ ーの夕食で満足できる程、ポン太くんのおなかはコンパクトにはできていない。  その夜…。  ホーホー  ホーホーが鳴いている。  グーグー  いびきではない。ポン太のおなかが鳴っているのだ。  ホーホー  グーグー  ホー♪  グーグー♪  音楽ではない。  「うるせぇーーーっ!」  テントからシリとシッポのはみ出したモンスターボールが放り出された。  ズズーンと地響きを立て、モンスターボールが地面に落ち、ショックで片足がはみ出す。  シーン…。  しばし、森に静寂が満ちた。  ジタバタ ジタバタ  グッスン…。  モンスターボールから出ようと、しばし足掻いて、月夜に嘆くポン太足だったが…。  「………?!」  ポン太のモンスターボールがピクッと動いた。どこからか美味しそうな食べ物の、いい匂い が漂ってきたのだ。  ポンッ☆  どれほど足掻いても出ることの敵わなかったモンスターボールからポン太が出現する。  見ると地面に木の実が置いてある。  ごっくんっ  喉を鳴らしてポン太くん。すぐに飛びつく。  あっという間にたいらげて、ふと顔を上げると、点々と地面に木の実が置いてあり、それが 向こうに続いている。  喜びに目を輝かせ、ポン太くんが食べながら道をゆくと、木の下に山のように木の実が積ま れてあるのを発見した。  夢のような光景にポン太くんは、よだれをとめる事が出来なかった。とめて、お願い。  飛び掛るように木の実の山に突進し、あっという間にたいらげてしまった。  ホーホー  ホーホーの声がする。  ポン太くんの腹の虫は静まり、代わりに眠気に襲われたポン太くんは、そのまま木の下で眠 ってしまった。と、そこへ…。  ピョコッ  と、高価なネックレスをしたピチューが、茂みから顔を出した。昼間のあのピチューだ。  あの企みを秘めた邪笑をして、ポン太が完全に眠っている事を確認し….。  木に登る。  下には仰向けに、ねっころがったポン太くんがいる。  そして、ポン太くんに狙いを定めてジャンプっ! 狙い違わずポン太くんのハラに着地する。  すると….!  ぼよよよよーーーーーーんっ  まるでトランプリンのように、ピチューが弾んだ。  やっぱりっ!  ピチューはコブシを、グッと握った。  そう、ピチューはポン太のトランポリンのように弾む“ハラ”が狙いだったのだ! 思う 存分、遊ぶために!!  ピチューが確信に満ちた笑顔で森に振り返り、手招きすると、森からカラカラやニドラン たち…子供ポケモンたちが現れ、ポン太トランポリンで遊び始めた。  深夜を過ぎてもポケモンたちは遊びつづけ、眠くなるとポン太の腹の上で眠ってしまった。  そして、朝…。  カンタが目を覚ますと、ポン太が居なかった。  ラッキーーーーー♪  諸手を上げてバンザーイ。  すると、背中に刺さるような視線を感じ、恐る恐る振り返った。  そこには、恨めしそうに上目遣いで睨みつけるオードリーの姿があった。  ミオが、なになに? と、目をこすりながらテントから出てくる。  なんだかオードリーの人生…もとい、ポケモン生を棒に振る手助けをするみたいで気が引け たのだが、命が惜しかったのでポン太を捜すことにした。  ポン太はすぐに見つかった。腹に10数匹のポケモンたちを乗せて、木の下でグウスカピー と眠っている。  オードリーは喜んでポン太に飛びつき。カンタとミオは、そのほほえましい光景に顔を見合 わせて笑った。  その頃、シティでも指折りの名士の豪邸で、騒ぎが起こっていた。  「スカーレット、スカーレット〜。どこですの〜っ?」  緊急事態っ!!  …とは到底思えない程の、のんびりした声で、あのお嬢様が屋敷を、ピチュー求めてさ迷っ ていた。  「お嬢様、スカーレットさまは、屋敷内のどこにもいらっしゃいません。」  初老の執事がそう言った。  「まァ、大変〜。誘拐ですわ〜。」  少しも大変そうではない。が………。  こうして、シティにパトカーのサイレンが響いた。  「なんだかその子、ポン太くんが、気に入ったみたいね。」  ミオが感想を漏らす。  カンタの大きなリュックからはみだすポン太のシッポを、遊びをねだる子供のように引っ 張る、高価なネックレスをしたピチュー。  カンタはミオの腰でカタカタと音を立てるモンスターボールを見たまま「うん、怖いね。」 と答えた。  一行がシティに入った時、妙に騒がしかった。パトカーのサイレンが響いていたりするのだ。  「なにか事件かな?」  ポケモンセンターを目指す道すがらカンタが言った。  「うん、そうかもね。ねねねっ、カンタ、すごく高いよ、あのビル。」  パトカーのサイレンなどまるで他人事と、観光気分で気軽に目的地を高層ビルに変更するふ たり。  ポン太のシッポにぶら下がって遊んでいるピチューを連れてビルに向った。  そのピチューこそが、パトカーたちが必死で捜す対象であることなど知らずに。  ビルの下は公園になっていた。  そびえたつビルは見あげると首が痛くなり、その高さを思うと目眩がするようだった。  最初は「おおーっ。」などと歓声を上げていたのだが、そのうちにただ無言で、見上げるば かりとなっていた。  と、にわかにパトカーのサイレンが近付いてきた。  なんだろっと思ううちに、パトカーが公園に侵入し、ふたりを取り囲んだ!  驚きに声もでないふたりの前に、一台のパトカーから、日傘をさしたお嬢様が降りてくる。  何事っ!? と、驚きの声でカンタが聞いた。  「パトカーの中でも、さしてたんですか!? 日傘を。」  ミオが、こけた。  驚くところは、そこじゃないでしょう!?  「黙りなさい〜、この誘拐犯〜。」  緊張感をそぐ声が、どこか焦りを交えて返ってくる。  さしてたんだ…。  ミオは沈痛な面持ちで、額に手をやった。  えっ、ちょっと待ってよ!  「誘拐犯って、なんのことよっ!?」  ミオがすぐに正気を取り戻し言った。“お嬢様のハルノ”が、ポン太のシッポにぶら下がっ て遊ぶピチューを指差して言った。  「それが動かぬ証拠よ〜。」  「いえ、これは、違うんですっ!」  と、必死に弁明するカンタとミオに、ハルノが高らかに宣言した。  「丘の上で素敵なバトルをしていらしたから、いい人だと思っていましたのに〜、失望いた しましたわ〜。こうなれば、私が直々に成敗いたします〜。」  言ってシッポで遊ぶピチューを呼び戻す。  カンタとミオ…ふたりには、ハルノに言いたい事が山ほどあったが、具体的には「素敵なバ トルって!?」とか。  しかし、ポケモンバトルとなると、カンタは反射的にリュックを下ろした。  両手を突っ込み、全身の筋肉をメキメキ言わせながら、危険物―――ポン太の入った…も といっ、入りきらないモンスターボールを引きずり出す。  「いってらして、“スカーレット”。」  優雅なしぐさでピチューの“スカーレット”を送り出すハルノ。  「いっけーーーっ! ポン太ッ!」  ポン太が、モビルスーツデッキからハンガーアウトされる。やけに太ったガンダムだ。ファ ットライク・ガンダム…?  全国1億人のガンダムファンに攻撃を受け、作者、死亡!!(嘘  「スカーレットっ、10まんボルト〜。」  カンタは、ニヤッと笑った。  「電気タイプに電気技が効くかよっ!」  「!!!」  しかし、次の瞬間に、カンタは目をまんまるにして驚いた。  ポン太が黒焦げになって、口をモゴモゴと動かし、煙を吐いたのだ。  おいおいおいおいおいっ、普通に効いてるよっっ。  ズズゥーン…。  ポン太の重たい体が、比喩ではなく地面に沈む。  …………ボク、トレーナー、辞めたい………。  カンタは、半泣きだ。  「カンタッ、くじけないで!」  いえ、全力で、くじけます!  ミオの声に対し、野球選手みたいなことを、内容を正反対にして、頭の中で宣言していた。  俺の名はギャラクシー・トレイン。“ギャラット”と、呼んでくれ。  ビル風に乗って、一羽の大きなヤミカラスが舞っていた。  俺様の好みは光物っ! おおっと青魚のことじゃないZE。ほれ、あれみたいに、キラキラ 輝く奴のことさ。  自らを“ギャラット”と、名乗るヤミカラスは、羽根を器用に動かして、地上を指差した。  そこには、けた違いに高価なペンダントを付けたピチューと、それを抱いたハルノが居た。  イヤッホーッ、上物だZE。おまけも一緒に、いただくZE!!  「さァ〜っ、覚悟なさい〜、誘拐犯〜。」  スカーレットを抱いたハルノが、ふたりに詰め寄る。警官たちも包囲の輪をジワジワと狭 める。  ふたりが観念した時、黒い風が吹いた。  「あ〜れ〜っ。」  黒い風―――ギャラットがペンダントを、スカーレットとハルノごと空中にさらったのだ!  突然の出来事に周りは騒然となった。しかし、空中をどんどんと遠ざかっていくヤミカラ スに、成すすべがなかった。  クイッ  カンタの袖が、引っ張られた。  見ると、ミオが警官の間に出来た隙間を指して、カンタを引っ張っている。今の内に逃げ出 そうというのだ。  もちろんカンタに異論はない。  HEY やったZE。ブラザー! どんなもんよ♪ しかし、重いZE。おまけは、おっこ とそうZE  地上で悲鳴が起こった。  ヤミカラスがはるか上空でフラフラとなり、重石となったハルノを落とそうとするのだ!  「誰か“空を飛ぶ”鳥ポケモンを持ってないのか!」  叫びが聞えるが、答える声は聞えない。  逃げ出そうとしていたミオが、振り返った。  そして、決意の表情で荷物───リュックを捨て、ビルに向って走る!  微塵の迷いもない表情で。  短距離走のようなダッシュで、グングンとスピードを加速させ…。  足の筋肉が限界を超えて盛り上がっていく、タイトなミニスカートに、音を立ててスリット が入った。  ぶつかる!!  カンタが、そう思った時! 信じられない光景が目に映った。  ミオがギャラットに向って、ハルノとスカーレットを助けようと、ビルを垂直に駆け登りは じめたのだ!!  旅の連れの信じられない行動…。しかし、カンタは叫んだ。  「あいつ、危ない事しやがって!!」  もうすでに地上何メートルだろうか?  落ちれば命がないどころか、原形すら留めることができるか…?  カンタはポン太を振り返った。ポン太が覚悟を決めて頷く。  いいんだな? と、頷いて、カンタがミオのリュックに向って走った。  うおおおおおおおおおおおーーーーーーーーーーーっ!!!!  公園全体を震わせる雄たけびに、ひとりのジェントルマン“トーマス”が目を覚ました。  どこかで聞いた雄たけびだ…。  トーマスは戦場で、ジムリーダー・マチスの上官として戦った程の勇士だった。  その、勇士の魂がゆさぶられる程の、荒々しい雄たけびだった。  そうだ…、これは戦友(とも)の声だ。あの日、戦場に散っていった者たちの呼び声だ。  トーマスは、老いていた。  しかし、魂をゆさぶるシャウトに、体は自然と公園のベンチから立ち上がった。  今、行くぞ。ともに戦おうっ!  トーマスは闘志を込めて立ち上がり、警官の垣根をかき分けて、そこに行った。そして、そ こで見たものは…。  「うおおおおおおおおおおおーーーーーーーーーーーっ!!!!」  血走った眼、噴出す汗。蒸気を発する程の熱気を出して…。  タイヤ…。  自転車のタイヤに空気を入れるポンプのハンドルを激しく上下させる“短パン小僧”の姿 があった。  巨大ポケモンが怖気づく程の雄たけびを上げながら…。そのポンプ、そのチューブの先 には…。  「はァ????」  トーマスは口をアングリと開けた。まるで遊園地の宣伝バルーンのように急速に膨らんでい くポケモンの姿に!!  トーマスは一歩…二歩と後退った。  恐怖…? かもしれない。戦慄…? かもしれない。ただ、歴戦の勇士を引きさがらせた一 番の理由は…。  係わり合いに、なりたくない。  そう願う、強い想いだった!!  歴戦の勇士は、チキンチック(臆病者風)に警官の後ろに隠れた。  私のはなにもできない…が、せめてエールを送ろうっ! しかしっ、決して、聞えないで くれ。  と、願いながら、小さく言った。  「ガンバレ―。」  ミオは駆け上った。  ビルの壁を蹴って疾走した。  下を向くと挫けてしまうかもしれない。  すこしでもスピードを緩めると墜落してしまうかもしれない。  だから、真っ直ぐにヤミカラスとハルノを見つめて疾走した。  足の筋のいくつかが千切れる嫌な音がした。それでもミオは疾走した。  ミオがヤミガラスを追い越した時。  ダァンッ!!  ミオがビルの壁を蹴って飛翔した。  ミニチュアとなった地上を背景に、宙返りを繰り出し、ヤミカラスに飛び掛る。  背後、死角からの後ろ回し蹴り!  ドンッッ!  それが重たい音を立てて、踵(かかと)をギャラットの首に沈み込ませた。  沈み込んだ踵を引っ掛けて、鉄棒を回るように体をクルッと回転させる。  そして、ハルノとスカーレットを抱きかかえ、ギャラットを蹴飛ばし、ビルに向って飛ぶ!  それは、まるでサーカスのアクロバットを見るかのようだった。  あとは、ガラスを破って中に入ればっ!!  グングン窓が近付いて来る。  やけに時間がかかる気がした。  スピードは充分だった。  お願いっ!  ミオは祈った。  祈りが通じたのか、狙った通りに窓の真ん中に行き、手が届くくらいに接近した。その時!  ガシャーンッ!!  え…?  目の前で爆発が起こった。  伸ばした手が窓からスローモーションで離れていく…。  視界の隅で怒るギャラットの、シャドーボールを放った姿が映った。  ガラスのカケラ…一枚一枚が、ゆっくりと光を放ちながら押し寄せ、ミオとハルノ…そして スカーレットを押し戻す。  二度…三度……。  ミオの手が空を掴んで………真っ直ぐに差し出されたまま……………。  止まった。  全てのその姿を小さく見せる地上が、ミオたちを重力の腕で抱きしめて…引き寄せた!  「うおおおおおおおおおおおーーーーーーーーーーーっ!!!!」  ポンプが止まった。  ポン太の口にでっかいバンソーコーを貼り、短パン小僧…カンタがバルーン化したポン太に 飛び乗る。  ポン太が体の割にチマッとした“あんよ”で地面を蹴って浮かび上がる。  しかし、大地のくびきを断ち切れるものではなかった。  すぐに重力に捕まって引き戻される。  取り囲んだ警官たちが、距離を取って応援している。  …いや、アングリと口を開けて見守っている。  …あきれているのかもしれない。  二度…三度…。  飛び上がったポン太が、頂点でシッポをゆっくり回し始めた。  シッポはやがて高速で回転し、プロペラ音を発し始める。  「おおおお………。」  声がする。  「おおおおおおおおおおっ!」  声が大きくなる、そして…。  「お―――――――――っ!」  叫びとなった。とうとう、ポン太が大地のくびきを破り、空を飛んだのだ!!  圧倒的な質量を持ったまま、巨体がグングンとスピードを上げ、上昇していく。  唖然と見つめる警官たち。そのひとりが震える声で言った。  「空を飛ぶのか………、カビゴンがっ!?」  ライチューです。  「でも…。」  別の警官…きれいなお姉さんタイプの婦警が言った。開いた口と固定された首をそのままに。  「………かっこわるぅーい………。」  ほっといてくれ。  空中でチマチマと手足をばたつかせ、姿勢を取るバルーン・ポン太は、おせじにも“かっこ いい”とは言えない。  カンタは恥ずかしさで、顔が真っ赤になった。  ミオが覚悟して、ハルノとスカーレットをきつく抱きしめ、重力の腕に身を任せ、目を閉 じた。その時。  ポヨンっ  柔らかい地面に身を降ろした。  力強い腕が、しっかりとミオとハルノ、スカーレットを抱き止める。  目を開けると、そこには野球帽を被った、見慣れた旅の連れの姿が。  泣き出しそうな喜びに、カンタを抱きしめようとして、横から突き飛ばされるミオ。  「怖かったですの〜っ。」  ハルノがカンタに、スカーレットがポン太に、しがみついて泣いた。  少しムッとして、カタカタと音を立てるモンスターボールからオードリーを呼び出し、ダン スの動作でオードリーを操り、かみなりを落としてギャラットを撃墜。  オードリーは、ポン太にしがみつくピチューのメスを引き剥がそうとして、ふと、ポン太く んの、かわいい女の子に抱きつかれ、照れて嬉しそうにした、だらしない顔を見る。  とたん、氷の微笑みを見せてミオに戻り、あるモノを見せて相談を始めた。  カンタは見た。  オードリーが手にしたそれは、切っ先に鈍色の光を放つ“針”だったのだ!  「や…やめてよ、オードリー。ね? せっかく助かったんだから。」  ハイソな微笑みにサディスティックな笑い声を漏らし、オシッコを我慢するような“もぢ もぢ”とした内股をして、上目遣いにカンタを見て、かわゆい仕草で、指を噛むオードリー。  やりたくて殺りたくて、ウズウズした風だ。  「オードリー…。」  ミオの、たしなめるような声。  「そうだよ、ミオも止めて………えっ!?」  「ここら辺りが、いいんじゃない?」  キュッキュッとマジックでポン太の眉間あたりにバツ印を書くミオ。  オードリーとふたりしてサディスティックにフフフと笑う。  ミオの視線は、ハルノに抱きつかれたカンタに固定されていた。  口は笑ってるつもりだろうが、まるっきり般若の口である。  「あっ、いや、これは…。あ、ミオ……さま?」  ミオは右手の親指を立てた。  それをオードリーに見せてから、下に向け………。  落とすっ!  街の景色が綺麗だった。  ビルの窓や、家々の屋根に太陽の光が反射して、キラキラと輝いていた。  そんな街の、鳥ポケモンが飛んでゆく空で…。  パァンッ☆  つづく