−第21話−  数日前の事。  真夜中にミノルはベッドから起きた。  病床の床で、昼も夜も眠っていたミノルは、真夜中、両親の話声に目を覚ました。  クスリをかえたお陰だろうか、あれほどミノルを苦しめていたセキは出ない。  クスリの入ったガラスの小瓶を手に持った。それは健康体ならば、劇薬という代物であった。  ぎゅ…っ  小瓶を握り締める。  ミノルの家は決して貧しくはないが、裕福というわけでもない。なのに、両親は惜しみない 愛情とともに、決して安くない治療をしてくれた。  真夜中のミノルの家…。  声が聞えるダイニングの方に、ミノルは足を忍ばせた。  話し声の響きが深刻で、聞いてはいけない事のような気がして、でも聞いてみたくて、ミノ ルは慎重に近付いた。  ダイニング入り口の影に身を潜めて、耳をそばだてる。父親の声がした。  「選ばれし者は、三年前に、死んだのだ…。」  痛みをはらんだ深刻な声であった。  「新しく選ばれた者は、見つからないのですか?」  母親の声が聞えた。父親の仕事を心配する声だ。  「居る…。しかし、何人も居るのだ…。とても誰が本物か分からない。」  マジメな父親が頭を抱える。  「選ばれし者が「人間は滅びるべきでない」と、神々を納得させる事が出来なければ…。」  苦悩の声が聞える。その内容にミノルは、衝撃を受けた。  「出来なければ、人間はみんな、滅ぼされてしまう。」  その時、ミノルの目の裏側がチクリと痛んだ。  庇うように手をやって、それきり痛みが起こらないのを確認し、手を除けた。その時。  「えっ…!? キミは…誰?」  目の前に、一匹のポケモン“セレビィ”が浮かんでいた。  神々しい輝きに包まれたセレビィ。その手がミノルの額に触れた。  ボク ハ キミ ヲ エラブ  そして、ミノルの両目に黄金の輝きが宿り、目の前に5体のポケモンが現れた。  それは“カビゴン”“エンテイ”“キュウコン”“ホウオウ”“バシャーモ”だった。それ ぞれが、銀色の瞳をしていた。  ポケモン達はミノルにかしずく。ミノルを主人と認めたのだ。  その時、ミノルの発作が起こり、激しくセキをした。  驚いた両親が駆け寄る。  発作が収まった時、ミノルは両親に言った。  「ボクはもう、長くないのでしょう?」  母親が泣いた。父親が真剣な目をして、うなずいた。  「残りの時間を、ボクの自由にさせていただけませんか?」  こうしてミノルは旅立った。それは命をかけた旅であった。  ポケモンセンターの前は大きな広場になっていた。  円形の広場の中央に、ふたりは向き合っていた。  ミノルは、対戦者であるカンタの出したポケモン、キルリアに圧倒されていた。  ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴッ!  それは圧倒的は迫力で、灼熱のオーラを出し、その華奢な体を覆っている。  そのオーラがバシャーモ形を成して、ゆらめく。  そんなキルリアの姿は、見るうちに大きくなって、ミノルは、はるか頭上から見下ろされて いるかのように感じた。これはミノルの錯覚だが、ミノルにとっては厳然たる事実であった。  「頼むよ、“バシャーモ”。」  ミノルは選ばれし者の証である“銀色の瞳をしたバシャーモ”を出した。  比類ない“格”を持った立派なバシャーモ…。しかし、今のアヤの前では、まるで子供のよ うであった。  ズ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴッ!!  アヤの迫力が地響きすら起こす。ミノルは、とまどった。  「カンタさん“自らを選びし者”とはいったい…。」  かすかに怯える声。カンタは答えた。  「戦えば分かるんじゃないかな?」  「分かりました。  ボクも“時の神に選ばれし者”です。全力で行きます。」  言うとミノルは瞳を黄金に輝かせ、呪文を唱え始めた。  「ナウ. ブリング ツウ アン エンド(もう、終わりにしよう)」  呪文と同時に、バシャーモの銀色の瞳が輝き出した。  「大丈夫? アヤ!?」  カンタが聞いた。アヤは振り返って、ニッコリと笑って見せた。  「スタンダップ ゴッド オブ ガイア(立ち上がれ、大地の神よ)」  ミノルの呪文が完成しようとしている。  ミノルのバシャーモ、その十字に組んだ腕に灼熱のオーラが集中する。  一撃で町を焼け野原に出来そうなオーラが。  大丈夫か? アヤ。  カンタは冷や汗を流した。  アヤは――…拳を構えて、深く腰を落とした。  「バーン ダウン ゼアー(焼き尽くせ)」  灼熱のオーラは放たれた。アヤは…。  ガーン!  拳で地面を打った。  それが地響きを起こし…。  ドーン!!  地面から激しいマグマの噴火が起こった。  マグマはバシャーモから放たれた灼熱のオーラの方向を逸らし、夕日の空に消えていった。  空を見上げ、唖然とするミノル。その時、目の前で打撃の音が響いた。  振り向くヒマもなく、目の前にバシャーモの背中が迫って止まる。  見ると、燃え上がるキックを放ったアヤに弾き飛ばされ、ミノルの眼前で踏みとどまった バシャーモが居た。  チョイチョイ  アヤが指で招いて、バシャーモを挑発する。  バシャーモは激しい炎を発して、飛び掛った。  燃え上がるキック“ブレイズキック”!!  ガキンッ!  それをアヤも“ブレイズキック”で受け止める。  バシャーモとアヤのぶつかった足が、そこで激しく燃え上がり、炎の柱が天にそびえ立った。  ギリギリ…。  力がせめぎあう。ふたりは突然、離れた。  離れた途端、距離を詰めてバシャーモの“かわらわり”!!  頭上で両手を組んで、受け止めるアヤ。次の瞬間!  バシューーーーッ!!  突発的な竜巻が、炎の竜となって天に昇るかのような、アヤの“スカイアッパー”がバシャ ーモのアゴを捕らえた。  大きく弧を描いて地面に落ちるバシャーモは、そのまま動かなくなった。  フッ…。  バシャーモの瞳の銀色の輝きが消え、バシャーモ本来の真っ赤な瞳に戻った。そのまま気 を失ってしまう。  アヤは軽くステップを踏んで、指で口の端を拭う。  「キルッ。」(人間語訳:いい勝負だったわ)  ミノルが次のポケモン“銀色の瞳を持ったカビゴン”を出した。  アヤがカンタを振り返り、アイコンタクトをする。カンタはシンパシー(共感)を発揮し、 アヤが言いたい事を理解して、ミノルに言った。  「ミノル、残り全部だ。」  「え…?!」  カンタの声にミノルが声を出した。  「手加減抜きでやるから。」  ゾォン…。  音を立てて、カンタの瞳に金色の輝きが宿った。意識を手放し、喉を突いて出てくる呪文に 身を任せる。  「ウィズアウト アロウワンス(手加減抜きだ)」  同時にアヤの瞳が銀色に輝き出し、十字に組んだ両腕に灼熱のオーラが集中する。その力は 国すらも焼き払ってしまいそうだった。  ミノルが慌てて残りのポケモン全てを呼び出し、必死で呪文を唱える。  「ナウ. ブリング ツウ アン エンド(もう、終わりにしよう)」  ふたつの力の衝突に、広場は光に包まれた。  ミノルのホウホウが倒れた。同時に瞳の銀色が消失する。それがミノルの最後のポケモンだ った。  ミノルは突然、目の奥に痛みを感じ、体を折った。  顔を覆った手を除けると、そこにある顔、その瞳に黄金の光が消えていた。  そこにはミノル本来の、少し茶色がかった瞳があった。ミノルは“選ばれし者”ではなくな ったのだ。  「選ばれし者が、真の選ばれし者になる為には、他の選ばれし者を倒せばいい…。でも、力 ある者ならば、別に選ばれし者でなくても、選ばれし者を全て倒せば、選ばれし者の資格を得 る事が出来る…。そういう事ですね? カンタさん。」  驚きの顔を向けるミノルに、カンタはうなずいた。  「カンタさん…。」  ミノルは聞いた。  「人間は、滅びるべきでは、ありませんよね?」  ミノルは両親の顔を思っていた。自分が死んでも生きてくれる人が居る。ボクが生きていた 事を…確かに生きていた事を、知る人が生きて居てくれる。ボクが生きていた証(あかし)が 確かに残っている。それが死ぬ定めの人の、たったひとつの未来にかける希望なのだから。  うなずいたカンタ。その瞳の金色が、やや輝きを増していた。  ボクは、ここに生きていた。  たしかに生きていた。  みんな、聞いてくれ!  ボクは今、ここに、生きている!!  ミノルの心の叫びが、カンタの胸にしみる。カンタは目を閉じて、痛みに耐えるように、胸 を抱いた。  夕焼けが紫に変わる頃、ミノルは家に帰るための車に乗った。  一度家に帰り、それから空気と水のキレイなところへ行って、療養するとのことだ。  カンタは、アヤと広場にある噴水の縁に座って夕焼けを眺めた。そして思い出した。  ミノルの最後の言葉を。  カンタは、ポン太をモンスターボールから出した。  ヒザに乗せて、一緒に夕焼けを眺める。  ミノルは言った。  「あなたはボクの、明日の希望です。未来を…よろしくお願いします。」  未来のない…明日のない少年の希望。  それを背負ったカンタは、夕焼けの更に上。月と、それに添うように現れた彗星を見上げ、 しみじみと呟いた。  「なァ、ポン太ァ…。」  「…重てぇよなァ。」  夕闇が、夜を連れてきた。  月と彗星が―――……、そんなカンタを見ていた。  つづく  カンタさん。本当に…ボクの気持ち、分かってませんでした?  ミノル、おまえは今、不幸かい?  ううん。どっちかって言うと幸せなんだ。輝きの中で生きているみたいに…。  うん、それね、俺が決めると「おまえは死ぬから不幸だ。」になるんだ。  なっ、俺が、おまえの気持ちを決めると、いけないだろう? だから「分からない。」  カンタさん…。本当にボクの気持ち、分かってませんでした?  知るかっ。  例え、分かったって決め付けるんじゃねぇぞ。心なんて体の80%が水であるように、その 大部分は形の定まらない“水”で出来ているんだから。  なお、心を冷凍保存しないように。  さめちゃうぞ。