−第22話−  3年前…デオキシスによって崩壊したカンタの家――――。  「あなた、カンタの目に…。」  母は慄き(おののき)、言った。  カンタは気を失ったかのように、ベッドで眠っていた。その部屋の前で…長男を失ったばか りの両親が、話し合っていた。  「ああ…、どうしてこんな事に…。」  疑問の声には、どうしようもないやるせなさを含んでいた。  「あなた…どうしてこの子なの? この子まで、失いたくない。」  母は泣いた。  「誰にも秘密にして、隠し通そう。…この子、自身にも。」  兄、ポン太が死んだその日の夜に―――……、カンタの瞳が金色に輝いたのだ。輝きはすぐ に消えてしまったが、両親は激しく動揺していた。  そして、同じ日に―――……カンタのポケモンであるライチューが、姿を消した。  父母にとって幸いな事に、カンタのところに5匹の伝説のポケモンは現れなかった。  しかも不思議な事にカンタは、どの神にも選ばれた訳ではなかったし、自分自身の変化に、 気が付かなかった。  そして3年後の夏―――……。  カンタのライチューは大きく成長して帰って来た。それはまるでカビゴンと紛うばかりであ った。  ライチューは手紙を持っていた。  その筆跡は兄、ポン太のものに似ていた。まるで足で書いたかのようにグシャグシャの字で はあったが…。  手紙の内容は、だいたいこのようなものだった。  「私は、ポン太です。どうか、カンタと一緒に旅に出して下さい。」  両親は、3年前のあの日から、カンタをポケモンから遠ざけていた。  「この子まで失う訳にはいかない。」  そう思って―――……。  だが、その願いが利己的な我がままである事も…承知していた。  「笑って見送ろう。」  父は言った。母は涙を拭いた。  そうしてカンタは、強引に、送り出されたのだった―――。  でもなぁ…。  “笑わせて”見送ってどうすんねん。父、母よ。  ………強い、父、母であった。  「シャル〜っ? シャルーーーッ! シャルペロぉーーーーーーっ!!」  「シャ〜ルぅ〜〜〜〜〜〜〜っ。」  「キルゥ〜〜〜〜〜!」  「シャル〜…、どこですの〜?」  カンタ、ミオ、アヤ、そしてハルノが、谷底でシャルペロを呼ぶ。  ピカチューのオードリーにピチューのスカーレット、ライチューのポン太もいる。クチート もゲンガーもチャーレムもアサナンも、人間もポケモンも総動員で捜索に当たった。  ハルノが、“ポニータのシャルペロ”の為に、みんなを呼んだのだ。  ハルノには、信じられなかった。  シャルペロが、火の玉になるところなんて、ハルノは見ていないのだから。  あの火の玉がシャルペロだなんて、誰にも分からないのだから。  呼ばれたみんなも、姿のないシャルペロを…死んだなんて、信じていなかった。  ハルノにあるがままを伝えられたのに………、信じなかった。  信じたのは、ただ、シャルペロ―――、大切な友達の生存。ただ、それだけ―――。  谷は深かった。  でも、誰も捜索をやめようなんて、言わなかった。  「「「シャル〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」」」  決して返事が返される事のない呼び声が…、谷底に響いていた。  1年前…戦争があった。  敵国…そう呼ばれる国が世界の平和を脅かす“大量破壊兵器”を持っている。と、言われ…。  ひとつの強大な力を持った国が“正義”の為に立ち上がった。  そして―――……。  女の子は、父を抱いていた。  いや……正確には、かつて父だった物…、しかもその一部分だけを抱いて、砂塵の吹きす さぶ、ガレキに立っていた。  ボロボロの服、汚れた肌。  そこはほんの数十分前まで、町だった。  今は生きる者が、この女の子、たったひとりの廃墟と化していた。  人間も動物も…もちろんポケモンも居ない…。  やがて兵隊がやって来た。  ガレキを漁って、めぼしい金品を奪い合う。  “正義”とは名ばかりの略奪―――……。  キタナイ…。  そう思ったかどうかは、誰にも分からない。  女の子は、口を閉ざしたままだったから。  …いや、閉ざしたのは、心の方だったのかもしれない。  兵隊のひとり、テンガロンハットを被った男が、女の子の存在に気付いて言った。  「すまねぇな…、嬢ちゃん。こうしないと、くにのガキどもが飢えて死ぬんだ。」  その国は豊かな事で有名だった。しかし、それは見かけだけ…。  本当は貧富の差が極端に広がっただけの、とても貧しい国だった。心さえも…貧しい…。  女の子は…無言だった。  「この町で生き残ったのは、嬢ちゃんだけだ。どうだ? 俺と一緒に来ないか?」  テンガロンハットの男が言った。  女の子は無言で、うなずいた。  なぜ、この女の子は、家族を殺した敵の元に行ったのか…?  そんな事など、なにも分かっていない滅びの神が、敵国から来た女の子にささやいた。  それは、悪の誘惑であった。  「家族を殺されて憎いだろう? どうだ、俺と一緒に、人間どもに復讐しないか?」  身勝手な思い込み――…。  思い込みと決め付け、  そのままで、滅びの神はその女の子を選んだ。  「私、“滅びの神・デオキシス”は、お前“リンド”を選ぶ! 人間を滅ぼせ!!」  そして、戦争で言葉を失った女の子に、それを思い通りに動かす為、デオキシスは自分の手 下をつけた。それは人間の言葉を喋るピッピであった。  「さーっ、人間どもに「あっ!」って言わせようぜぇ、リンド。…いや、今日からおまえ は“リード”だ!」  そうして、“名前”と“髪”を奪われた女の子は、人間の言葉を喋るポケモンと旅に出た。  その心が――…誰にも開かれる事はなかった。  今は、まだ…。  「俺はウソをつくほど、優しくは無いんだぜ?」  カンタにカンタの気持ちを求めた明日の無い友達に、カンタが言った言葉だ。  日も完全に暮れてしまった谷底に、“お嬢さまのハルノ”は、うずくまった。  「わたしのせいだ…。」  わたしが弱かったから…。わたしが弱かったから、シャルは―――……。  その弱さゆえ、妹との約束すら守れそうになかった自分に…。  シャルに助けられて、ようやく妹との約束を果たす事が出来た…、なのに!!  そのせいで、シャルは―――……っ!!  ハルノは、涙を流した。  みんな…、なにも言えなかった。  カンタは手を差し伸べようとして――…、止まった。  いったい、なにを言えばいい?  カンタの脳裏に、ハルノといつも一緒だったポニータの姿が浮かんだ。  あんなに仲の良かった友達が、さよならも言えずに消えてしまった…。  俺は、いったい、なにを言えばいい!?  「俺はウソをつくほど、優しくは無いんだぜ?」  カンタにカンタの気持ちを求めた明日の無い友達に、カンタが言った言葉だ。  カンタは差し伸べた手を、一度、固く握り締めて――…。そして言った。  「なに泣いてるんだよ、みんな。」  全員が、振り返った。  ハルノも涙の瞳で振り返った。  カンタは息を飲んでから、こう言った。  「シャルが、死んだ訳じゃないんだから、そのうちまた会えるさっ。」  努めて明るく、言い放った。  驚いたハルノが、目を輝かせる。  「本当っ!? 本当にシャルは――…?」  「本当だよっ! だって、みんなでこんなに捜しても、死体を見つけられなかったんだぜ?  きっと、どこかで元気にやっているさっ。」  オーバーに両手を広げて、カンタが言う。  「本当に、本当に、本当に、本当っ??」  なんどもハルノが聞いた。  「あぁっ、俺はウソをつかねぇよ☆」  「あぁ…っ。」  感極まったハルノが、笑顔でカンタに抱きついた。  ハルノの、ひさしぶりと感じる―――、もう、一生見れないと思っていた笑顔に、みんなが …アヤまでホッとしたのだった。  抱きしめたハルノは――…、カンタの耳元で、カンタにしか聞えない声で告白した。  「ウソつき…。」  でも、その言葉の響きは―――……。  「大好き。」  の、響きと同じであった。  カンタは答えた。ハルノにしか聞えない声で。  「俺はウソをつくほど、優しくねェよ。」  ミノルと同じ事、言うなよな…。  カンタは、鼻を掻いた。  しかし、すぐに、自戒するような、厳しい目に戻った。  本当のやさしさなんか、持ってねェ…。  俺はただ、心の弱い、ただのつまらない人間なのさ…。  それでも、ハルノは―――………。  救われたかのような笑顔で、カンタを抱きしめていたのだった――…。  つづく  【あとがき】  【作成時に削除した文をおまけ】  このウソを“一生、つきとおす”覚悟で―――……、カンタはハルノを、抱きしめた。  このウソに“一生、騙されよう”と誓って―――……、ハルノはカンタに、頬を寄せた。  信じている事と、真実を………罪とともに、一生、胸に傷を抱いて―――。  大切な友達に、心配をかけないように、明るく振る舞い、騙されたふりをして―――。  でも―――、少しは…希望を。。。少しだけ。。。胸に。。。カンタ、ありがとう  上手にやれよ。ウソを貫き通す事や騙され徹す事は―――……、真実を貫き通す事と、同じ くらい大変なんだから。 --------------------------------------------------------------------------------