デオキシスは、考えていた。  すっかり気に入ってしまったシルフカンパニーの幼姫の部屋。  その玉座に座り、肘掛に頬杖をついて―――……、デオキシスは考えていた。  ターゲット本人と対決して直接殺るのではなく、その周囲を囲む人間を操り、間接的に殺し ていく。  それがデオキシスのやり方だった。それで充分だと思っていた。  たかが人間―――……、である。  その主義を曲げてもやらなくてはいけなかったのは、過去においてカンタの兄、ポン太…真 の選ばれし者、ただひとりだった。  5つになった目を閉じて、考えた。  この目をシールのように貼り付け、力を与えて、人間を操る。  しかし、モバイルを持つ人間、カンタの最も近くにいる人間たち、“ミニスカートのミオ” と“お嬢さまのハルノ”には、なぜか貼り付かなかったのだ。  やむなく、カンタを知る者“ポケモンレンジャーのアキノ”と“ポケモンダンサーのユウ” を選んだ。  しかし、その人間すら、カンタに近付く事すらなく、“ミニスカートのミオ”と“お嬢さま のハルノ”のふたりによって阻まれた。  たかが人間―――……。  デオキシスは、考えていた。  その考えを改めるべきかと。そして、ミオとハルノのふたりについて、そして、カン タ――…。その存在について。  もっとも、考えを改めてどうするのか――…。  天井に映し出された彗星の凶悪な輝きと、邪悪な笑顔が全てを語っていた。  デオキシスは立ち上がった。  天井のスクリーンに、ひとり、中肉中背の男が映し出されていた。  それは、カンタの父親の姿であった。                      −第23話−  「よう、カンターっ。」  お昼時のポケモンセンターで、その声はかけられた。  親しい声は大人びた太い声で、昼食を取るカンタたちが、よく知った声であった。  キョトンとして、カンタ。  「こんなところでなにやってんだ? おやじ。」  昼食のカレーをスプーンで口に運びながら、カンタが聞いた。  「ちょっと仕事で近くに来てな。」  気さくな返事をよこし、イスに座ってくるカンタの父に、ミオとハルノは違和感を覚えて いた。  緊張が背筋から首筋に走り、それがうなじの辺りで止まり、チリチリとした。  カンタのリュックから、なにか低い、恐ろしいホーリーの唸り声が、かすかに聞える。  「ふぅん…。」  カンタは父親の足元…影を見て、言った。  「場所…、変えようか。」  言って立ち上がった。  テーブルには、食べかけのカレーが、残されていた。  次のジムがある町は休火山の山頂にあった。  休火山といっても、山頂は噴煙がくすぶる荒れ野原である。  昼食はふもとでとり、昼食後にロープウェイで山を登るつもりであった。  山の頂と、ふもとの町を望む丘で、カンタは父親の隣に座った。  ミオとハルノ…そしてアヤ、ホーリーは遠巻きにそんなふたりを緊張して見ている。特にホ ーリーは全身の毛が逆立っていた。  腹の底から湧きあがる嫌悪感と恐怖…そして、憎悪!!  それに振り回されそうになっていた。  カンタの静止がなければ、襲い掛かっていたに違いない。  それほどまでに、ホーリーは激昂していた。  「あれから3年が経ったんだな…。」  父親が話しを切り出した。  息子は無言であった。  「どうだ、ちょっとは気持ちの整理は出来たか?」  カンタは―――……。  「ふうっ。」  息を抜いて、楽に話し始めた。  「整理って言うか、覚悟って言うかなァ…。それはあの日の夜に済ませて置いたよ。」  両手の指を交互に組み合わせて、伸びをする。  リラックスした風だ。そして、家族みたいに話をする。  「覚悟…? なんだ? それは??」  父親が尋ねる。息子は答えた、吹っ切れた風で。  「おにいちゃんが、デオキシスごときに、負けるわけがなかったんだ。」  ピキンッ  父親の額に青筋が立つ。  「でも、俺を庇った(かばった)が為に死んでしまった――…。」  「だから、おにいちゃんを殺したのは、デオキシスじゃなく…。」  「俺なんだ。俺が殺したんだ。」  チガウ ワタシガ………、 ワタシガ コロシタ ノ !!!  ホーリーは、心の中で叫び、それを否定していた  「オイオイ、ムチャクチャ言うなや、どういう理屈やねん。」  父親が焦って言う。息子は答えた、なんでもない風で。  「俺にはこれで充分に納得できるよ。………おまえが分かる必要はない。」  おまえの言う理屈が、たとえ真実でも、「クソクラエ」だ!!  カンタの、父親を見つめる瞳は、明るいブラウンだった。  真夏の日差しが入り込み、光を溜めている。  それがその言葉で、発振音を立てて金色に輝き始める!  父親は恐れて、立ち上がり、息子から距離を取った。ジリジリと…。  「キサマ…、背負ったな! 兄を殺した罪と兄の命を…。真の選ばれし者を倒した者となり 、その真の選ばれし者の力を、我が物とした―――……、そうだな、カンタ!?」  「そんなんじゃないよ。ただ…、おにいちゃんの命は、俺が背負いたかった。ただ…、それ だけ。」  離れた父親から、カンタに向って影が伸びようとした。それが、カンタの言葉で止まった。  「やめときなよ、デオ。」  馴れ馴れしい言葉。それに父親…いや、父親に乗り移った“デオキシス”が激怒した。  「私の名前を呼ぶなァーーーっ! 人間ごときがァっ!!!」  デオキシスは信じられない程、激怒した。  「神に名前を付けて、名を呼び、その名付け親になろうとする。そんな傲慢な生き物が“ 人間”だよ。なにを今更―――……。それに。」  「俺とおまえは、共犯者じゃんか、ツレナイなァ。」  やれやれ…とカンタ、ため息をついて、両手を広げ、首を左右に振る。  「それに瀕死のおまえが、アレに耐えられんの?」  カンタはホーリーを振り返った。全身の毛を逆立てて、今にも飛び掛りそうだ。  そう…、3年前に兄、ポン太はデオキシスと刺し違えたのだ。それによって瀕死となった為 、もう…デオキシスは戦えない。  そして、そう…ホーリーは、その時に―――………。  口惜しそうにカンタを…、そしてホーリーを睨みつけるデオキシス。その顔が余裕の笑みに 歪んだ。  「クククッ、確かにな…。しかし、俺が選んだ者には遠く及ばんよ。キサマも、どの神が選 びし者も。」  カンタの顔が曇った。  そう、リードの実力は、カンタがよく知っていた。  おそらくは、最強―――……。  背負っているものが違う。  ユラリ…と父親の影、デオキシスが立ち上がった。その影の姿で空中に浮かび上がる。父親 の体が、力をなくして、その場に倒れこむ。  「死ぬがいい、人間どもっ!」  影が幕のように広がり、天に昇っていった。  デオキシスが去った後…。  その幕の向こう…、丘のふもとに――…。  「リードっ!」  そう、リードが居た。こちらに向ってゆっくり、歩いてくる。  逃げなくちゃ…。  そう思っていながら、動く事ができなかった。  カンタたちは、ひとつにかたまってリードを待つしかなかった。  その時!  「ふははははっ、はははぁーーーーーっ!」  突然、砂嵐が起こり、笑い声が鳴り響いた。  たったひとりの声であるにも関わらず、砂嵐に視界の悪くなった辺り一面に響き、四方八方 から聞えてくる。  正体の分からない相手に、カンタたちは背中を合わせて、辺りをうかがう。  「私は、ここだぁっ!」  その時、砂嵐が止んだ。声に見上げると、丘の上に、ひとりのマントを羽織った男が現れた。  「きゃあああああああああああっ!!!」  ミオが悲鳴を上げ、両手で顔を覆う。  「あらァ〜? あのソーセージは〜…。」  同じくハルノが、おっとりと声をあげ、少し小首をひねる。  輝く太陽の光を浴びて丘の上に現れたのは、マントを風になびかせた、引き締まった筋肉質 で長身の男。髪は短く刈り込んであり、歯は白く、爽快に笑った口から輝きがこぼれて光る。 しかし…。  「我が永遠の友、カンタよっ! ここはこの私、疾風の化身! 金鱗の竜! 正義の守護神 ! 愛の“ドラゴン使い・ユキオ”に任せるのだぁ!!!」  永遠の友達………でつか???  「いやだぁあああああああああああああああああっ!!」  丘に、カンタの絶叫が響いたのであった。  「トオッ!」  スタンッ。  と、軽やかに、高くジャンプしたユキオが、カンタの傍に着地する。  「あれから、どうしてたかね? カンタくん。」  爽快に笑ってカンタに聞く。  「ええ、すいぶん色んな事がありました。明日の無い友達にも出会いました。」  「そうか…。それは儚い(はかない)ね…。」  「でも、私も負けてはいないっ!!!!!!!」  勝ち負けなのですかっ!?  「なぜなら、私もっ!!」  えええっ!? まさかユキオさんもっっ!?  「なぜなら、私もっっっ!!」  ユキオは両手を腰に当てて、堂々と胸を張った。そして、言った。  「パンツ、はかないぃいいいいいいいいいいいいいっ!!!」  そう…、今日“も”彼は“丸出し”であった。  進歩したと言うか、チ○ポ下と言うか、友達(?)の忠告に従い(?)、今回は蝶ネクタ イを、初めからしっかりと着けていたが、だからなんやねん。  「はいてください! って、言うか、はけっ!!!!!!」  カンタの突っ込みが、冴え渡った。  つづく………。