−第25話−  バシューン!!  空をすごい勢いで飛ぶカイリューのマージョリカ。その背後からは破壊光線が投げられて いた。  山脈をはるかに見下ろす高度で、カイリューと、それに追いすがる黒い影…デオキシスと のチェイスが繰り広げられた。  『大丈夫なのっ!? マジョリカっっ!?』  背中に乗ったカンタたち、その中のひとり、“キルリアのアヤ”が聞く。  『ご主人さまの命令ですっ! この命、かけても!!』  『そこまで、あの変…おっとっと、ユキオさんの事を…。』  アヤは“ホロリ”と涙をこぼした。  バシュン!  ズバァーーン!!!  とうとう、破壊光線がマージョリカの翼を捕らえた。  千切れ飛ぶ翼。悲鳴を上げるカンタたち。  『マジョリカっっ。』  叫ぶアヤ。でも、マージョリカは、焦らず慌てず、答えた。  『大丈夫です、あとは落ちるだけですから。』  はるか下の山肌に、洞窟が見えた。おそらくそこが、目的地なのだろう。しかし…。  「「「あーーーーーーーーーーっ!!!」」」  真っ直ぐに、そこに向けて落下してゆくカンタたち。  「くっ!!」  カンタがモンスターボールをかまえる。その時、マージョリカの声がかけられた。  『大丈夫です、私に任せて下さいませ。』  ポケモンの言葉でかけられた声であったが、カンタはマージョリカの、その長いマツゲの麗 しい目にうなずいて、モンスターボールをかたづけた。  グングンと山肌が近付いて来る。  と、洞窟の入り口に、巨大な岩が集まって出来たような巨大なポケモン“レジロック”が出 てきた。  マージョリカと目を合わせて、お互いにうなずく。  『しっかり捕まっていて下さいませ。』  マージョリカとレジロックが呼吸を合わせて、お互いに破壊光線の弾を口に宿す。  慌ててしがみ付くカンタたち。  そして、互いの破壊光線は発射された。  ちょうど互いの真ん中の距離でぶつかり合う“破壊光線”。その爆風がブレーキとなって、 カンタたちは難なく洞窟の入り口に降り立ったのだった。  しかし、脅威が消えたわけではなかった。  はるか上空。そこに浮かんだままのデオキシスがニヤリと笑った。  その顔にあった5つの目が、いつのまにか4つになっていた。  カンタたちの背後で振り上げられる岩石の腕…。  「カンタっ!!」  ミオがカンタを突き飛ばす。  突き飛ばされ、地面に倒れるカンタ。  その場に残されたミオ。そこにレジロックの腕が振り下ろされた!!  ドムンッ!  重たい低音の打撃音。  レジロックの一撃が、ミオの体を激しく打ちつけた!  地面に飛ばされたカンタ。それに振り返るレジロックの顔に、デオキシスの“目”が張り付 いていて、ニヤリと笑った。  キイイイイイイアッ!  絹を引き裂く音。  ハルノがデリンジャーを手にとって銃撃した。  それをレジロックは左手で目を庇ってかわす。そして、もうひとつの手が、カンタに向って 振り下ろされた。  ッガ !!  アヤが割って入って、それを受け止める。ズシンッとくる重量が、アヤの足を地面に沈める。  「ウィズアウト アロウワンス(手加減抜きだ)」  カンタは呪文を唱えた。  カンタの瞳が黄金に輝きはじめる。同時にアヤの目に銀色の光が宿った。  その時、誰も気が付かなかった。  レジロックに気を取られ、デオキシスの影が、カンタの背後に忍び寄っている事を…。  「スタンダップ ゴッド オブ ガイア(立ち上がれ、大地の神よ)」  それに気が付かないカンタが詠唱を続ける。  その時、洞窟の奥から、ひとりの大男が現れた。  巌のごとく巨躯に修道士の衣装を纏い、無骨な顔にある目に落ち着きはらった光を宿して いる。  厳冬の山のごとく、落ち着きと冷静さを秘めた瞳…。  それがいきなり、カンタの方を見て、厳しく細められた。  動きは神速だった。  背後から、なにか巨大な、石で出来た“円柱”のようなものを出して、カンタに殴りか かる!!  ズガァーーーン!!!!!  武士の抜刀のごとく一撃が、カンタの背後、デオキシスに炸裂した!!  モウモウと舞い上がったホコリ…。  その中でシルエットとなった巨躯の男が、ギギギギギッとレジロックに振り返る。  シルエットとなった顔の、目だけが、ピカッと光り、同時に、バシューーーッと鼻から蒸気 のように、吐息が吐き出される。  そして彼は、地を這いずるような重低音の声で、地響きを起こして吼え、レジロックに襲い 掛かる。  「ぬぅおおおおおおおおおっ!! くらえー、この“賢者の石”を!!!」  賢者の石っ!? あの錬金術の至宝と呼ばれるアレですか!?  どうみてもパルテノン神殿からへし折って来た円柱が、風を切り、唸りをあげて、レジロッ クを、そしてそれに張り付いたデオキシスの目を粉砕した。  パラパラと降り注ぐガレキの中を、ペラペラと情けなくデオキシスの目が剥がれて落ちて ゆく。  『グレート・THE ☆ 賢者さまっっ!』  マージョリカが叫ぶ。  グレート・THE ☆ 賢者と呼ばれた彼、落ち着き払った巌のような大男は、ミオを、壊 れ物を扱うかのように抱きかかえ、応急処置を丁寧にこなしていく。  駆け寄ったカンタたちに無事を告げ、安心を促す気配りもしている。  「あの…、あなたが、ユキオさんのお師匠さまですか??」  おそるおそるカンタが聞く。男は重々しくうなずいたのであった。  「グレート・THE ☆ 賢者よ…、ジャマをするな…。」  ちぎれてボロボロになった布のような、デオキシスが浮かび上がる。  カンタがホーリーを出して、それに応じようとする。  そこにグレート・THE ☆ 賢者が、割って入った。  「デオキシスよ。ここは中立の場。ここで争いを起こせば、おまえも、ただでは済まんぞ。」  「神々の決定なぞ、くそくらえだ。どけっ、グレート・THE ☆ 賢者!!」  「どうしてもと言うならば…。」  グレート・THE ☆ 賢者は、重々しく言った。  「私の本当の姿を見る事になる…、よいか? デオキシスよ?」  ズザッ!!  いきなりデオキシスが、3メートルも後退った。  「ここは一度退く。しかし、俺はあきらめない! 覚えておけ、俺はあきらめない!!」  デオキシスは、空に消えていった。  それを見送ったカンタたちは、グレート・THE ☆ 賢者によって、洞窟の中に案内さ れた。  そこは化学実験室のような部屋だった。  実験テーブルに人数分のビーカーが置かれ、そこからカモミールティーの香りが漂ってくる。  「砂糖とレモンは?」  重厚な響きのグレート・THE ☆ 賢者の声が、カンタたちにかけられる。  ……………。  その大きな指に指し示された“砂糖”と“レモン”…、それは“ブドウ糖”“クエン酸”と ラベルの貼られたプラスチック容器であった。  ……………。  「あの…、あなたさまに、このような質問をするのは、なんなんですが…。」  カンタが戸惑いながら、グレート・THE ☆ 賢者に聞いた。  「ユキオさんは、大丈夫でしょうか?(脳が)」  「うむ…。奴には、プロレスの世界でも、最も危険とされている技“ロシアンルーレット ”と、プロレスの世界でも、最も愉快とされている技“オクラホマミキサー”を伝授してある 。大丈夫だろう。(命が)」  その言葉に、ハルノが驚いた。  「ロシアンルーレットって、プロレスの技だったのですか〜?」  『Σオクラホマミキサーはっ!?』  アヤが、賢者とハルノの間で、えっ?えっ? と戸惑う。  グレート・THE ☆ 賢者は、重々しく答えた。  「うむ、モンゴリアンチョップや、カナディアンネックハンギング、シベリアンハスキーと 同じようなものだろう? 間違いない。」  『Σシベリアンハスキーっ!? 今、シベリアンハスキーって、言いませんでした!?』  賢者とカンタたちの間で、アヤが、えっ?えっ?えっ? と、戸惑う。  「ふ〜ん、そうだったんだァ、知らなかった〜。さすが賢者さまだなァ。」  プロレスに疎いカンタたち、心から納得する。いや、疎いのはプロレスだけか???  『バカばっかじゃーんっ!』  アヤが叫んだ。  「うむ、ところでメモをあずからなかったかな? ユキオに。」  「ああ、これです。」  カンタが、つまみあげていたメモを賢者に渡した。  「うむ、全ての事情が、わかった。」  それを一目見た賢者が、そう言って立ち上がった。  と、その時。賢者の手から、メモが落ちた。  ふと、なにげなしに、それを拾ったアヤ。  『えっっ!?』  驚きに、眼球が12.56cm飛び出す。  そこには、こう、書かれてあっただけであった。  モケ モケ はーっ  洞窟に造られた一室。落ち着いた感じの寝室に、包帯だらけのミオが横たわっていた。  妙に目が冴えて寝付けず、体を起こし、マクラに背もたれて、置いてあった絵本を手に持 った。  ガチャ…。  部屋のドアが開いて、そこから、妙に脱力したアヤが入ってくる。  ミオが聞いた。  「どうしたの? アヤ。」  アヤは、答えた。  「疲れた…、寝る。」  言って、ミオのふとんに潜り込み、あっという間に眠ってしまう。  なにがあったんだろう?  ミオは、小首を、かしげた。  立ち上がった賢者が、カンタに一緒に来るように促す。灯りを持って、洞窟の奥を目指した。  「どちらにいかれるのですか? 賢者さま。」  カンタが訊ねた。  「うむ、キミが受け継いだ“真の選ばれし者”の力を呼び戻すのだ。キミはその力を、半分 も出せていない。」  一行は、自然に出来たであろう洞窟を、奥へ奥へと歩いていった。  洞窟はゆるやかな坂になっていて段々と下に、くだって行っているようだ。  「そんなことが出来るのですか?」  ランプを手にもって先行する賢者に、カンタが聞いた。  「うむ、私には出来ない。」  重々しく、賢者が答えた。  コケッっとカンタが、こけた。  「では、どなたが出来るのでしょう〜?」  ハルノの疑問。  「うむ。」  重々しい賢者の返事。  洞窟は、段々熱くなっていった。自然だった洞窟が、どこか古代遺跡のような建造物になり 、人口の通路が下へ下へと降りていく。  「それが出来るのは―――……。」  そのとき、通路が途切れた。  巨大な縦穴にぶつかったのだ。  縦穴は恐ろしい唸り声のようなものと、むせっかえる熱気をあげて、地底にその巨大な口を あけている。  まるで、地獄にでもつながっていそうな縦穴…。  縦穴に張り出した祭壇のような場所があり、そこで賢者は振り返って言った。  「それが出来るのは“真の選ばれし者”のみ。カンタくん、キミは彼に会いに行かなくては いけない。」  言うと、賢者は、呪文を高らかに唱え始める。  すると、祭壇から縦穴の中空に向って、うごめく暗闇の洞穴が現れた。  祭壇の錫台に赤い炎が燃えていた。  炎が創り上げる赤と黒の世界に…、道は現れたのだった。  死後の世界へと続く、道が―――。  つづく