−第26話−  「起きて、アヤ。ねえ、起きて。」  深く眠っていたアヤが、目を覚ました。  ボンヤリと目を開けると、自然石の天井と、ミオの顔が映った。  「どうしたの〜? ミオ。」  アヤが目をこすりながら、訊ねる。  「これ…、預かっていて欲しいのよ。」  っと、手渡すのはミオの武器“ブレードリボン”だった。  「いいけど、どうしたの〜?」  いまだ眠りの中にあるアヤが、まるで夢の中での出来事のように、それを受け取る。  「ん、ちょっとね。行かなきゃいけない処があって…。」  ふ〜ん。  その時は、特になにも考えずに、アヤはミオの“ブレードリボン”を受け取ったのだった。  でも、ミオも、特にどこかに行こうとする訳でもなく、そのまま、上半身だけ起こして、ベッ ドにいた。  「ねぇ、アヤ…?」  優しく微笑んで、ミオがアヤに訊ねる。  「カンタの事、好き?」  「好きだよ〜?」  モソモソと、ふとんに潜り込んで、アヤが答える。  「真の名前は、思い出した?」  「まだだよ〜?」  マクラを奪い取って、本格的に眠りなおそうとする。  「思い出せるといいね。」  「う…ん…。」  深く眠りに落ちていくアヤ。  その寝顔を見つめながら、ミオは呟いた。  「でも、アヤ…。もしかしたらね…、あなたの本当の名前は――…。」  アヤはミオの、その呟きを聞く事無く、眠りに落ちていった。  最後に見たミオの笑顔…。それは、どこかで見た――…。  そうだ…、ミノルの笑顔と同じなんだ。  アヤは眠りの闇に、落ちていった。  祭壇に現れた道。  それはまるで、生物の胎内を行くかのようだった。  道は真っ直ぐ、奥へ奥へと、進んでいた。  その道をゆくのは、カンタと…そしてハルノだった。  ハルノ本人たっての希望…。  ふたりとも…、どこか思いつめた顔をしていた。  この先は、冥府。賢者がそう語った。  冥府…死者が住む国。  道はどこまでも続いているかのようだった。  カンタとハルノ、ふたりの歩みは遅かった。  会いたい…。でも、会うのが怖い。  賢者は、カンタに「兄に会いに行け」と、言った。  死んだ人に会う…そのことが怖いわけではなかった。  ただ――…。  申し訳がなかった。  どの顔をして、おにいちゃんに会えばいいんだろう?  どんな面さげて――…っ。  カンタはトボトボと、冥府への道を歩いていった。  ハルノも――…、気持ちは同じだった。  シャルに会いたい。でも…  あわせる顔がない。  道は暗く、カンタたち以外の人間は、ひとりも居なかった。  人間は、ひとりも居なかった。  やがて、道は黒い薔薇の園に出た。  そこに古代ギリシア調の東屋があり、そこに3人の人…らしき影があった。  左に立っているのが、美しい模様の入った全身にピッタリと張り付くボディースーツ姿の美 しい少女。右の手すりに腰掛けているのが、のっぺりとした仮面を被っている少年。黒いマン トで全身を覆っている。そして真ん中に居るのが――…。  「おにいちゃん…。」  やさしげな笑顔、すらりとした長身の少年。カンタの兄、ポン太だった。  間違いなく、おにいちゃん。  その姿を見たカンタが、走り出した。  「おにいちゃんっ。」  兄にすがりついた。  泣き出した。  「おにいちゃん、ごめんなさい! 僕のせいで、おにいちゃんが…。」  ごめんなさい  ごめんなさい  ごめんなさい。  カンタは、侘び続けた。  兄はただ、優しげに微笑むだけだった。  「おにいちゃん、今、どうしてるの?  死ぬってどういうこと? そして―――……。」  「おにいちゃんは、何の為に生まれてきたの? おにいちゃんの人生は、いったいなんだっ たのっ?」  兄は――…。  ただ、微笑むだけだった。  それを見ていたハルノが叫んだ。  「カンタ! それは鏡よっ!!」  デリンジャーを引き抜いて、銃弾を放つ。  「えっ…?」  呆然と、上げた顔の前で――…、カンタを前にして、兄の姿を映す鏡が、粉々に砕け散った。  「どういう事っ!? 答えなさい!!」  ハルノが、少女に詰め寄った。  少女は、答えた。  「主観的な“死”はありえない。あなた方の世界で、“死”は客観でしか存在出来ないの。 つまり―――……。」  「あなたの世界で、“死”は、死者のモノでなく、“死”は、生者のモノなのよ。 死んでいるのは、あなたです、カンタ。あなたの心が、死んでいるのです。」  「鏡は――…、それを映した。」  「クス…ッ。」  仮面の少年が笑った。  怒りの瞳で、ハルノが振り返った。  仮面の少年は言った。  「哀れだな、生き物。死者よりも圧倒的に“哀れ”だ。」  キサマ ガ キメルナ ヨ  アワレ カ ドウカ ハ、ジブン ジシン ガ キメル  ジブンジシン ノ ジンセイ ヲ イキテイル オレタチ ガ キメル!  「決めつけないでください、子供扱いしないで下さい。」  カンタは、涙を流した。  「私達には、幸せを造り出す能力が、あるのだから。」  仮面を被った彼には、カンタの言葉に感じる感覚がなかった。  言葉に、まったく反応せず、一方的に告げる。  「我々は滅びの神ほど、優しくはない。立ち去るのだな、ここから。」  「この先に進む事は、許さない。」  そう言って、立ち塞がった。  カンタは、涙を拭いて立ち上がった。そして言った。  「俺は、会いに行かなくてはいけない…。どいて下さい。」  そんなカンタの傍に、デリンジャーを構えてハルノが立った。  4人の間に緊張が走る――…。そして。  ガァーーン!!  デリンジャーの銃声が、火蓋を切った。  銃弾をかわした少女が、ハルノに殴りかかる。  寸でのところでかわしたハルノ。  かすったスカートの生地が、風化して崩れ落ちる。  カンタがモンスターボールからホーリーを出す。  しかし、その時には、もうすでに仮面の少年が瞬間的に移動して、カンタの背後で大きな死 神のカマを、振りかぶっていた。  ズバーーーンッ!!  カンタの首が、切り落とされる!!  と、思った瞬間。  カラカラカラーンッ  音を立てて死神のカマが、落ちた。  見ると、一匹のポッポが、羽ばたいている。  ハルノは、ふと――…、そのポッポを、どこかで見た気がした。  「俺は、おまえに死んでみせる為に生まれてきた。  俺の人生は未来につながっている、おまえが生きている限り―――。  我、自由自在なり!!」  カンタにとっては、懐かしい、聞きなれた声…。  カンタはスローモーションで、振り返った。そこに!  「おにいちゃん!!」  「おうっ、ひさしぶりだな、カンタ。」  明るく笑って手を振る、兄ポン太の姿があった。  旅に擦り切れた灰色のマント、ところどころ破れたGパンを履いている。擦り切れた白いシ ャツは――、しかし、清潔感を持って白く輝いていた。  ドキッ!!  その兄ポン太の姿を見て、ハルノの胸が、いきなり爆発的に高鳴った。そして、あっという 間に、顔が耳の先まで真っ赤になる。  「なにしてたんだよぅ、おにいちゃんっ。」  カンタが飛びつく。  「わりい、わりい。いそがしくってさっ。」  歩み寄った兄ポン太は、カマを拾い、少年に投げてよこす。  少年の表情は仮面に隠れて分からなかった。カマを構えて、用心深く間合いを詰めてくる。  「さて、話したい事は山積みだが…、ここは俺に任せて、お前たちは帰るんだ。」  ピィーーッ と口笛を吹いて、兄ポン太が、ポッポを呼び戻す。  えっ…。とカンタが、ためらった。  「今は、さがれって。  それから、ここから帰る時は、絶対に、なにがあっても振り返っちゃダメだ。亡者どもに 捕まってお終いだからな。いいか、なにがあってもだ。亡者どもに騙されるなよ?」  兄ポン太の、金色の瞳が輝いている。それに対面する少年と少女は、用心して間合いを計 った。  「全てが終わったら――…。兄としての、俺の名前を呼んでくれよ、カンタ。」  ジリジリと距離を詰める兄、ポン太。ふと――…、気が付いたようにハルノを振り返って言 った。  「もうちょっと、待たせておけば良かったな。あの子が上で待ってるぜ。」  明るく笑って、ウインクしてみせる。  「ハっ、はひっ!」  裏返った声で、返事をするハルノ。  弾かれたように、もと来た道を、カンタを引っ張って、地上に向って走り出す。  残された兄、ポン太は、少年と、少女に振り返った。  「キサマ、またしてもっ!!」  少年が苛立った声で、兄、ポン太を睨みつける。少女が拳をかまえる。  「さて、戦ろうか。これで、何度目かな?」  兄、ポン太の、金色の瞳が輝きだす。  同時に、ポッポの瞳が、激しく銀色の光を、発しはじめた。  「我、自由自在なり!!」  兄、ポン太の声が、冥府の入り口に、雄々しく、響いた。  カンタたちは、もと来た道を、遡っていた。  おーい、こっちだ〜っ。こっちを向けってば〜〜〜〜〜〜。  こっちだよ、こっちが出口だよ〜〜〜〜〜。  後ろから、気味の悪い声が追いすがってくる。カンタとハルノは足早に道を急いだ。  半分ほど、戻ってきただろうか? その時、後ろで聞きなれた鳴き声が聞えた。  ヒヒーーーンッ  悲しみと苦しみの呼び声――…。それはカンタと、ハルノが良く知っている声だった。  「シャルペロ…っ!?」  カンタは思わず振り返りそうになって、慌てて顔を前に向けた。  ワナだっ! 亡者のワナなんだ、これはっ!!  カンタは、シャルペロの悲しみの声に、耳をふさいで前を見た。  と、その時…。  ハルノの顔が、視界のスミに、チラリと見えた。  ハルノは――…。  呆然と、“前”を向いていた。  と、カンタがハルノの視線の先を見直すと――…。  「スイクン!?」  そう、ずっと先に、一匹のスイクンが、ふたりを待っているかのように、立っていた。  ふとカンタは、そのスイクンの目がひっかかった。  え…っ? あのスイクンって――…。  そのスイクンは、濡れたルビーのような、真っ赤な瞳をしていた。  ピジョンブラッドのように美しい、その大きな瞳を――…。ふたりは知っていた。  ハルノが…、スイクンに近付き、震える声で聞いた。  「シャル…? シャルペロ??」  ヒィーーンッ☆  喜びの声が、スイクンから返された。ハルノの頬に鼻を寄せ、ほおずりする。  温かな体温は、確かにシャルペロが生きている事を、ハルノに伝えていた。  「シャルっ、シャルっっ、シャルだ〜っ! 本当に、シャルペロだ〜〜〜〜っ!!」  ハルノが大喜びで、スイクンとなってよみがえったシャルペロを抱きしめる。  その時!!  「うわーーーっ、助けてくれっ! カンターーーっ!!」  兄、ポン太の叫び声が、“うしろ”から聞えた。  ふたりは―――……。  思わず振り返っていた。  しまった!!!  そう思った時には、もう遅かった。  後ろ…、背後には、いつの間にか墓場が広がっていた。  どこまでもどこまでも、広がっていた。  兄、ポン太の姿など、どこにもない。あるはずがない。狡猾な亡者どもに騙されたのだ!  ボコッ  音がした。  みると、地面がもりあがって――…。  腐乱した死体たちが起き上がり始めていた。  「逃げろっ!!」  カンタたちが、全速力で走り始める。  立ち上がった死体たちは、手を伸ばした。  それはどこまでも伸びて、カンタたちに追いすがった。  それにハルノの髪は、掴まれた。  カンタの足が、掴まれた。  “火炎放射”で、無数の手を焼き払っていたシャルペロだったが、いつの間にか回り込んで いた手たちが、シャルペロまでも絡み取ってしまった。  絶体絶命!!  その時!!!  出口から、光り輝くリボンが、螺旋を描いて飛来した。そして――…。  ズバァーーーン!!  カンタたちを捕らえる手を、一瞬で切り払ったのだ!  「ミオ!!」  ハルノが叫ぶ。  そう、そこにミオが駆けつけた。  どこか…、全身の輪郭に、粒子のような光を纏っている。  「もういいのか? ミオ!?」  カンタが心配する。  ミオは――…。  キレイな…。本当にキレイな微笑みを返した。  ドキ…ッ  カンタの胸が高鳴った。  「カンタ…。」  「!!!」  突然、ミオが、強引に、カンタの唇を奪った。  驚いたカンタ。  カンタが離れる時、ミオはカンタに呟いた。  「全てが終わったら…、私の名前も呼んでね。」  その時に、今まで絶対に言わないようにしていた言葉を、言うから。  言っちゃうと、私、あなたを――…。  あなたの事を―――――……。  「シャルっ! ハルノとカンタを、お願い!!」  ミオの声。  弾かれたように、シャルペロが、カンタとハルノを乗せて走る。  カンタとハルノは、気が付かなかった。ミオが、その場に残った事を。  そして………  ミオが、地面に影を落としていない事を――――。そう、ミオは、もう、すでに………。  亡者の手が、カンタたちに、追いすがった。それを――…。  ズバァーーーン!!!  螺旋に回る、光の“ブレードリボン”が、なぎ払う。  亡者の群れの前に立ちはだかり、ミオが舞った。  愛する人を、守るため―――。死後の世界に、ミオは残った。  ミオは、誓った――――。  ここで、亡者を食い止める! 誰にもカンタを、殺させはしない。  「ここから先には、行かせない………。」  光るリボンを、空中に大きく広げ、輝かしくミオが舞った。  そして、冥府の亡者どもに、ショー用の笑顔で、うやうやしくお辞儀をする。  そして、言った。  「 イッツ ショータイム!! 」  「 ブレードダンサー・ミオ 」  「 行きます!! 」  アヤは、目を覚ました。  寝室の、ほのかな灯りが、やさしく、輝くほど幸せに微笑んだミオを照らしていた。  ベッドに上半身だけ起こして、壁に背もたれて―――……。  器用な眠り方、するんだなぁ。  アヤは、体を起こした。――…と、マクラを取り上げてしまっていた事を思い出す。  『ミオ、マクラ返すから、ちゃんと寝なよ。』  差し出したマクラ、そして――…。  グラ…。  ミオが、力なく、倒れた。  それは、倒れるというよりは、崩れ落ちる。といった風だった。  『ミオ…? どうしたのよ? ミオ!? ミオーっ!?』  アヤが、激しくミオを揺さ振った。まったく反応がない…、それどころか…  『息を、していない!!』  そして、気が付くように、手に持った…ミオから預かった“ブレードリボン”を見つめ、小 さく震えた。  「ちょっと、ウソでしょう? ミオ…。」  「ミオーーーーーーっ!」  洞窟に、アヤの叫びが、こだました。  ポケモンセンターに、緊急で運ばれたミオ。  救急治療室の明かりが消えて、出てきたジョーイ。  「ジョーイさんっ、ミオは!?」  カンタたちが詰め寄る。首を横に振るジョーイ。彼女が言った。  「打撲はヒドイけど、致命傷ではないわ…。原因不明の“死”です。」  まるで、自らの意思で、心臓の動きを停止させてしまったかのように………。  まるで、自らの意思で、冥府に旅立ったかのように………。  悲しみの痛みに耐えかねた声。ジョーイはカンタに手紙を手渡した。  「ミオさんのポケットに、これが…。」  カンタは恐る恐る受け取って、震える手で、手紙を開いた。そして、読み上げる。  「すぐに、生まれ変わって、合流します。  だから、涙も「サヨナラ」も、ノーサンキュー。  どんな姿になっていても、驚かないでね。  みんなの事を…、忘れてるかも知れないけど…それは許して。  じゃあ、またね。」  ミオ  つづく --------------------------------------------------------------------------------