−第27話−  ミオが死んだ夜は、三日月が出ていた。  ミオが担ぎ込まれた山奥にある丸太小屋風のポケモンセンター。  そのベランダに座って、オードリーが三日月を見上げていた。  ポン太とスカーレットがやってきて、横に座った。  それで気が緩んだのか、オードリーは涙をこぼした。  いっぱい、いっぱい、こぼした。  三日月を見上げた目からこぼした。  三匹は三日月を、見上げていた。  カンタはベッドの上で、毛布に包まって座っていた。  真夏の夜。山奥とはいえ、寒いわけがない。  でもカンタは、毛布をかきよせて、震えるように座っていた。  「クスン…。」  向い側のベッドで寝ていたハルノが泣き始めた。  それが引き金となった。  「うえ…っ。」  嗚咽のような声で、カンタも泣き出してしまった。  いつまでも、いつまでも、泣いていた。  屋根の上。  アヤとクチートが並んで座っていた。  「あのね、クチート…。」  アヤがしょぼんとして話し始めた。  相談相手となったクチート。黙ってアヤの言葉を待った。  「満月が出て無くても、人間の言葉を喋れるようになったの…。」  やはりションボリと、アヤは言った。  「おぬしが喋れる事は知っておったが、どうしたのじゃ? 喜ぶべき事ではないか?」  「複雑…。」  「さっそく、カンタ殿に告白してこんのか?」  おぬしらしくない。と、クチートは言う。  「言えないの…、どうしても言えないの。せっかくいつでも喋れるようになったのに。」  アヤは視線を、ヒザに置いた手…それに握った“ブレードリボン”に、落とした。  「言いたい事が言えるようになったら、どうしても言えない事が出来る。真理じゃな。」  実は、アヤ。まっさきにカンタのところに行って、第一声はカンタに「好き。」を言うつも りだった。でも、いざ、カンタの目の前で、言葉が喉に詰まって出てこない。その理由は、ア ヤにはまったく不明だった。  「不自由な時は、毎晩でもカンタの耳元で、ささやいていたのにぃっっ。」  うなされておったぞ、カンタどの。まったく、喋れるってだけで、壊れた蛇口のように、告 白しよって。  でも、アヤは喋る事に、実は臆病だった。  人間に喋って、気持ち悪るがられた事があったからだ。  だから、カンタにも誰にも記憶に残らないように喋ってきた。  カンタに「気持ち悪い。」と、思われる…。その事に耐えられない。  いつか人間になったら。  それを希望に我慢してきた。  でも――…。  なぜか、アヤの気持ちが急いていた。  どうしても言いたいっ、せっかく再び会えたのにっ。  でも―――……。  言えない。  アヤは、夜空を見上げた。  三日月に、笑われてる気がした。  「ミオはなんで、あんな幸せそうに笑ってたんだろう…。なんで、俺を憎んでくれないんだ ろう…。」  カンタは、誰ともなしに、聞いた。  冥府からの帰り道で、振り返ったバカな自分。そのせいで、カンタを庇ってカンタの代わり に亡者どもに捕われ死んだミオ。なのに、その死に顔は晴れやかだった。  「私には、分かります〜…。」  泣きながら、ハルノは答えた。  「好きな人を助ける事が出来たのですもの〜、本望ですわ〜…。」  カンタは泣いた。  死んでまで、助けて欲しくなかったよ。  「重たいよ…、重たいよお。」  「ミオのやさしさが重たいよお………。」  「生きてください、カンタ。ミオはそれを、まちがいなく望んでいます。」  それにミオはやさしかったでしょうか。わかりません。ただ、言える事は…。ミオは、カン タを、愛していた。命をかけて守りたいと思い、実行するほど。  カンタは、兄が死んだあの日と同じように、眠らなかった。  そして考えつづけた。  どのような覚悟をすれば、自分を許せるのか? …と。  あの日は、「兄を殺したのは自分。だから罪と兄の命と人生を自分が背負って生きる。」そ う思う事で、自分を許せた。  オモタカッタ…。  そして、夜が明ける頃――…。  カンタは決めた。  「ミオの生まれ変わりを見つけ、命をかけて、一生、守り続けよう。」  ミオの生まれ変わりが、ミオであるわけが無い。それでも、カンタは誓った。  その日――…、カンタは“男の子”ではなく、“男”になった。  朝が来た。  「おはようっ。」  「おはようございます〜っ。」  「おはよう。よく眠れた? カンタくん、ハルノちゃん。」  カンタとハルノが、笑顔でジョーイに挨拶をする。そのままキッチンへ、朝食をつくる手伝 いに入った。  「これからどうするの? カンタくん。」  ジョーイの言葉に、カンタは。  「もちろん、ジム戦ですっ。俺はやりますよ。」  明るい決意の声。ジョーイはホッとした。ハルノが微笑んだ。  と…、オードリーがアヤを見上げていた。  ビックリしたような、不思議がるような…。  「オードリーちゃんは、どうするの?」  ジョーイの声。オードリーはアヤを見たまま、ライチューのポン太にひっついた。  笑顔で。  スカーレットが対抗して、その反対側にしがみ付く。それを見て、ジョーイとカンタ、ハル ノが笑った。  旅はつづく。  晴れ渡った青空に――…、彗星の姿は見えなかった。  つづく  【あとがき】  生き返る者  そして  死んでいく者  そして―――。  生きていく者たち  いくつもの想いを、乗せて  物語はつづく