ホーリーは、思い出していた。  さっき、分かれる時に、ミキが言った言葉を―――……。  「あなたも、心に大きな傷を負っているのね…。 生まれ変わる前の記憶を、持って生まれて来るなんて…。」  そして、アイツは…ミキは、ホーリーが、一番むかつく事を言ったのだった。  「ご主人様が…ポン太が死んだのは、あなたのせいじゃないんだよ?  自分自身を、責めないで………。」  ホーリーは、激昂した。  『おまえなんかに、なにが分かるんだ!! おまえになんか、あたしの気持ちが分かってた まるもんか!!!』  あの日―――、  生まれ変わる前、ロコンだったあの日に、炎の石さえ、受け入れていなければ―――!  キュウコンに、進化さえしていなければ――――!!  あたしが進化なんか、したばっかりに―――!!!  後悔は、とまらない。  あたしのせいなんだ あたしのせいなんだ あたしの――――!!!  ………………。  あたしなんか………、死んでしまえ………。                     −第29話−  「いけっ! エーフィー!!」  デオキシスに操られたミキが、指示を出す。  エーフィーが、ホーリーに襲い掛かった。  ホーリーも、エーフィーに飛び掛った。  「エーフィー、サイコキネシス!」  ホーリーの体当たりが、エーフィーのサイコキネシスによって、容易に弾き飛ばされる。  ゲハッ!  ホーリーが、血を吐いて地面に転がる。  しかし、ホーリーは闘志を失わず、立ち上がった。  冥府で、兄に会って、なにを手に入れたのか…?  カンタは自分に問い掛けた。  ミオを――…、友達を失ってまで、手に入れたのは、なんだったのか…?  カンタは静かに目を閉じた。  「ホーリーさん、失礼を致します、お許しください。」  カンタは一言、ホーリーに、ことわりを入れた。  閉じた目を開いた。  その目の中にある瞳が、黄金の色をしていた。  そして、呪文を唱える。それは今までにない呪文の言葉だった。  「アイム ビー フリーダム(我、自由自在なり)」  「ゼン ユー アー エバー チェンジング(そして、汝、変幻自在なり)」  「ビー ターン イービル!!(悪に染まれ!!)」  ゾォン…。  ホーリーの姿が音を立てて、一瞬かすんだ。  ぼやけた姿がハッキリした時、その姿が、なんと、“ブラッキー”に変わっていた。  「エーフィー! サイコキネシス!!」  ミキの指示。飛んでくる念動の波動。それが、ブラッキーにはまったく効果がなかった。  ブラッキーが、上を見上げた。  「跳ぶっ!?」  エーフィーとミキが上を見上げる。その時、跳ぶ“フリ”をしたブラッキーが、エーフィー に体当たりをかけた!  「だましうち!!」  効果バツグンの技に、エーフィーが転げ飛ぶ。  エーフィーが起き上がった時、再びブラッキーが上を見上げた。  「だまされないで! エーフィー! 前よっ!!」  ミキの指示、前を向くエーフィー。しかし――…。  ブラッキーの姿が、消えた。  キョロキョロと、エーフィーが、ブラッキーとなったホ−リーの姿を捜す。  そして――…。  ダンっっ!  上から、マウントポジションで、エーフィーがホーリーに組み伏せられた。  大きくジャンプして、上空から襲い掛かったのだ!  エーフィーの急所に、ホーリーの牙が喰い込む。エーフィーは戦闘不能になった。  「行って! サンダース!!」  ミキが今度はサンダースを出す。カンタの言葉が新たな呪文を紡ぐ。  「ビー ターン サイキック!!(超能力を発現せよ!!)」  その言葉で、ホーリーがブラッキーから“エーフィー”に変わった。  「サンダース! ミサイルばり!!」  ミキの声で、サンダースのシッポが逆立ち、無数の針を飛ばす!  「ホーリー! サイコキネシス!!」  ホーリーが念動力の波動を放つ! 螺旋に力を回転させながら!!  螺旋に回るサイコキネシスが、針を全て弾き飛ばし、そのままサンダースを弾き飛ばした。  弾き飛ばされたサンダースが、木の幹にぶつかって目を回し、戦闘不能になる。  「次っ! ブラッキー!!」  ミキがそう言って、ブラッキーを送り出す。カンタが呪文で応じる。  「ビー ターン ライトニング!!(いかづちとなれ!!)」  ブラッキーに飛び掛ったホーリー。その姿が空中で“サンダース”に変わる。  「ホーリー! にどげりだ!!」  空中からの“にどげり”が、ブラッキーにクリーンヒットする。ミキのブラッキーは、あっ という間に戦闘不能となった。  「くっ! ブースター!!」  ミキがブースターを出す。カンタは当然――。  「ビー ターン ウォーター!!(水に戻れ!!)」  ホーリーが水しぶきを上げて、日の光にキラキラと輝き、シャワーズに変身する。  「ブースター! かえんほうしゃ!!」  ブースターが、強烈な火炎を吐き出す。  「ホーリー! ハイドロポンプだ!!」  ホーリーが、ハイドロポンプの激流で、それに応じた。  ハイドロポンプの激流が、ブースターを火炎放射ごと押し流した。ブースターは戦闘不能の なる。  「くっ! 行って、シャワーズ!!」  ミキの命令に、シャワーズが前に出ようとする。と――…。  トン。  ミキの頭上から、額に“デオキシスの目”を貼り付けたイーブイが降り立った。シャワーズ を押しのけて前に出る。  そして邪悪な波動を放ち、カンタと、ホーリーを睨みつける。  「ビー ターン ホーリースプライツ(元に戻れ)」  カンタは静かに言った。すると、ホーリーが元のイーブイの…5本のシッポを持つイーブイ の姿に戻った。  正確には、5本のシッポと、存在しない(ゼロの)もう1本のシッポを持った6尾のイーブ イであるが…。  ミキのイーブイの額に、恐るべき力を持った邪悪の波動が、殺意を持って収束していく。  カンタは、再び呪文を唱えた。  「アイム ビー フリーダム(我、自由自在なり)」  「ゼン ユー アー エブリシング イン インフィニティ(そして、汝、全てなり)」  「アー ファイヤー。」  その呪文で、ホーリーのシッポの1本が炎を発した。  「アー ウォーター。」  その言葉で、ホーリーのシッポの1本に、雫がこぼれる。  「アー サンダー。」  その呪文で、稲妻が。  「アン ユー アー イービル&サイキック。」  悪の力が、念動の力が、シッポに宿る。  5本のシッポそれぞれに力が宿った時、あるはずのない6本目のシッポが、全ての力を宿し て現れた!!  ミキのイーブイに、恐ろしく収束していく殺意。  それに対してホーリーは、圧倒的存在感を持って、対峙する。  「インフィニット ビー ターン ツー ゼロ!!(全てよ、無に還れ!!)」  イーブイの口から、無限大に膨れ上がった力を持った殺意が放たれた。  ホーリーの口からは、無限の全てがひっくり返った力“無”が放たれた。  そして、なにも起こらなかった。  稲穂に波をつくる風  真夏の照りつける太陽  青空に流れる雲―――。  そして、虫の音さえも黙らせてしまう“無”―――。  バス停留所前に、イーブイと5尾のイーブイが向かい合っていた。  そして―――。  グラリ…。  女の子の方にいたイーブイが、ゆっくりと地面に倒れたのだった。  同時に、額に貼りついた“デオキシスの目”が、剥がれ落ちる。  「くっ! カンタ!!」  恐ろしく唸ってミキの瞳と、ミキに貼りついた“デオキシスの目”が輝き、圧倒的な念動 力が、直接カンタを襲う。  部屋のインテリア、しかも小物くらいしか動かせなかったミキの念動力は、デオキシスによ って、重力を倍増させるほどの力となってカンタを襲った。  這いつくばって、体中の骨が悲鳴を上げる程の重圧である。  しかし、カンタは立ち上がった。  「軽い。」  言って、ミキに向って足を踏み出す。  「軽いんだよ、デオ。」  足を一歩一歩、大地に踏みしめながら、カンタは言った。  「おにいちゃんの命―――。」  右足を前に、踏み出した。  「ミオのやさしさ、ミノルの希望―――。」  左足を前に、踏み出した。  「以前のポン太―――、それより、軽い。」  カンタは、ミキの前に立った。そして、デオキシスに言った。  「神々の会議で会おう。」  “デオキシスの目”に手をかけて、剥がす。  握りつぶし、大空に掲げるカンタの右手。  目は、悲鳴を上げて、青空に消えていった。  高く、真っ直ぐに、かかげられたカンタの右手は――まるで、太陽を掴んでいるかのようだ った。  見上げた青空が、にじんだ。  ホーリーは、その瞳のままで、カンタに振り返って、堰が切れたかのように、話し始めた。  『あたしは、真の選ばれし者を守る“精霊神”だった。  全ての力を秘めた最強の、守護ポケモンだったのに―――、  自分が持つ力に耐え切れなくて、あの日、炎の石を食べて、キュウコンに進化してしまっ たの、守る義務を放棄したの!!』  ホーリーの目から、とめどなく涙がこぼれる。  『イーブイに生まれ変わっても、忘れるわけがなかった。この罪を償うまで、忘れるわけに はいかなかった!』  『あたし、あなたに、あたっていた…。 足手まといだって、罪をなすりつけていた…、ゴメンナサイ………。』  ホーリーは、素直に頭を下げた。  その時、“うしろから”カンタの声が、かけられた。  「ホーリー………?」  ハッと、涙を拭って、カンタだと思っていた正面の人物を凝視した、それは―――!  『!!!!!!!』  それは、バス停横のお地蔵さまだった。  ホーリーの顔が羞恥によって、見る間に真っ赤に染まっていく。  『カンタの、バカーーーーっ!!』  ホーリーが、カンタに、強烈に噛み付いた。  「なんでやーーーーっ。」  カンタの叫びが、空を飛んでいった。  「カンタさま〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」  「キルルーーーーーっ!!」  その時、ハルノとアヤを乗せたバスが、停留所に駆け込んできた。  つづく