−第3話−  「ふははははっ、はははぁーーーーーっ!」  「何者っ!」  砂塵舞う砂漠。突然鳴り響いた笑い声に、“短パン小僧のカンタ”が叫ぶ。  たったひとりの声であるにも関わらず、砂塵に視界の悪くなった辺り一面に響き、四方八方 から聞えてくる。  正体の分からない相手に、カンタたちは背中を合わせて、辺りをうかがう。  「私は、ここだぁっ!」  その時、砂嵐が止んだ。  声に見上げると、大きな岩の上に、ひとりのマントを羽織った男が現れた。  「きゃあああああああああああっ!!!」  カンタの旅の連れである“ミニスカートのミオ”が悲鳴を上げ、両手で顔を覆う。  「あらァ〜?」  同じくカンタの旅の連れである“お嬢様のハルノ”が、おっとりと声をあげ、小首を傾げる。  輝く太陽の光を浴びて岩の上に現れたのは、マントを風になびかせた、引き締まった筋肉質 で長身の男。髪は短く刈り込んであり、歯は白く、爽快に笑った口から輝きがこぼれて光る。 しかし…。  「キミたちをポケモントレーナーと見たっ! それもこの砂漠の真ん中まで来る程の使い手 。ひさびさにいい勝負ができそうだ! この私、疾風の化身! 金鱗の竜! 正義の守護神!  “愛のドラゴン使い、ユキオ”と勝負だァっ!!」  ……………。  長々と前口上を述べるユキオ。  しかし、その姿に絶句して、見上げたままだったカンタは正気に戻り、ため息を吐き、頭を かきむしるように野球帽を取った。  そして視線を砂漠の大地に投げやったままユキオに言った。  「いいから、パンツ、履いて下さい。」  うおっ、しまったァっ! パンツを履き忘れたーっ!!  とか言う声が聞え、マント“だけ”を着たユキオの姿が岩の向こうに見えなくなる。  カンタは大きくため息を吐いた。  ミオが恐る恐る両手をずらし、ユキオの姿が見えなくなったのを確認し、恐れに震える声 で言った。  「“ドラゴン使いのユキオ”…戦いたくない相手だわ。」  うん…、コイツにだけは絶対負けたくないのに、勝っても恥ずかしいだけだ…。  「あの人〜、どうして股にソーセージを、ぶら下げているのですか〜?」  「ダメだァーーーーっ! 女の子がそんなこと言っちゃダメなんだァーーーーーっ!!!」  キョトンとしたハルノの言葉に、頭を抱えて叫ぶカンタ。ハルノはパンっと手を叩き「ああ 、非常食ですね〜。」と言って納得した。  カンタ、ハルノを放置。  「ふははははっ、はははぁーーーーーっ! 待たせたなっ、諸君っ!」  ああっ、逃げられなかった!  ユキオに背を向け、こっそり立ち去ろうとしていた3人。カンタとミオは、イヤイヤ振り返 った。その時っ!  「きゃあああああああああああっ!!!」  ミオが再び悲鳴を上げ、両手で顔を覆う。  ユキオは、体にピッチリと貼り付く全身タイツ姿で現れたのだ。  陰部がハルノ曰く、非常食でモッコリと盛り上がっている。マントが風も無いのに、はた めく。  うわァ…、どうして警察は、アイツを取り締まらないのだろう?  正義がどうの、愛がどうの、疾風が化身だのと口上をたれているユキオを、ブラウン管の向 こう側の世界での光景のように、カンタは眺めていた。  いや、そう思いたかったが、今、現実に目の前で、それは起こっている。カンタは全てを投 げ出して、逃げたくなった。  恐るべしっ! ユキオ!!  「トオッ!!」  掛け声とともに、高さ7メートルは下らない高さの岩から飛び降りるユキオ。  スタッ!  と、音を立てて、かっこよくポーズを決め着地する。  プチン、ストン…。  ストン…?  ………………。  着地後の音に、ミオとハルノの視線が、ユキオの顔から局部へと降りていく、ユキオは着地 の成功に満足し、さわやかに微笑む。歯がキランッと輝く。しかし…。  「きゃあああああああああああっ!!!」  ミオが三度目の悲鳴を上げ、両手で顔を覆う。  「さあっ! そこのキミっ!!」  ビシィッ! と、いちいちポーズを決めてカンタを指差し、ユキオが言う。  「この私、疾風の化身! 金鱗の竜! 正義の守護神! “愛のドラゴン使い、ユキオ”と 勝負だァっ!!」  カンタは、視線を砂漠の大地に投げやったまま、ユキオに言った。  「いいから、パンツ、履いて下さい。いやホント、お願いしますよ。ユキオさん。」  そう、ユキオのピチピチタイツが、着地のショックでゴムが切れ、地面に落ちたのだ!!  うおぅっ!! イカンーーッ!!! ゴムが切れたーーっ!!!! とか言いながら岩肌に へばりついて、キモリのように、すごいスピードで這い上がっていく。  その後ろ姿を見て、ハルノが声を上げた。  「大変〜、あの人〜…。」  うん…、タイヘンっていうか、ヘンタイっていうかなァ、ああ、もうっ。それでナニ?   ハルノさん?  「あの人、おしりが、ふたつに割れていますわ〜。」  痛そ〜。とか言っているハルノに、カンタとミオが、ギギギッと油の切れた機械仕掛けの人 形のように振り返る。  「「いえ、誰でもふたつに割れていますよ。ハルノさんっ。」」  「さァっ! 勝負だ、カンタくんっ!」  さわやかに声をかけるユキオ。  「う、うん…。」  と、曖昧な返事を返すカンタ。  ミオは思いっきり距離を取り、ハルノは自分のポケモンであるピチューの“スカーレット” を抱き、日傘をさして、対戦を見守る。  砂漠は先頃の砂嵐がウソのようにやみ、雲ひとつない空から、強烈な太陽の光が照り付けて いる。  はるか向こうまで、岩とサボテンがところどころにあるのが見えるだけ。砂の色が変わり、 道筋のように見えるのは、化石が砂から現れてる部分だろうか。  空気は渇き、喉が痛かった。  カンタは、蒸発し、少なくなったツバを集めるようにして飲み込んだ。  カンタは迷っていた。言うべきか言わざるべきか…。  忠告というものは難しい。的を得るほど相手が怒り出してしまうからだ。しかし、歳若いユ キオの将来を思いやると、どうしても言わざるを得なかった。カンタよりは、ずいぶん年上 だが…。  「あの…。」  意を決してカンタが言った。  「その服、なんとかなりませんか?」  ユキオは不思議そうに自分の着衣を見分し、突然、気が付いたように叫んだ。  「おおおおっ! しまったァっ!!」  怒りださないかと心配し、詰まっていた息をホッと吐き出すカンタ。  「私としたことが、“コレ”を忘れていたよ。」  やさしく笑って着けたそれは…。  「はァ???」  黒くて品のいい“蝶ネクタイ”だった。  「いやいや、気が付かなかったよ。これでも私は“紳士”なのでな。これがないと、しまり がない。まったく、失礼をした。いやいや、よく言ってくれた、ありがとう。」  カンタは、明るくさわやかに笑うユキオの曇りの無い笑顔に、ユキオの未来を見て、こう思 った。  もう…っ、  ダメだァーっ。  「いけっ! 我がカイリュー“マージョリカ”!!」  大袈裟なモーションで、モンスターボールを投げるユキオ。  「ふんげげげっ、グゲガギッ! “ポン太ァ”!!」  その重量に、歯を食いしばったまま、シリとシッポのはみ出したモンスターボールを投げる カンタの言葉は、一瞬、原始時代まで退化した。  ユキオのモンスターボールからは、長いまつげが麗(うるわ)しい、メスのカイリューが現 れた。  隕石が地上に直撃するような轟音を立て、ポン太のモンスターボールが落ちる。  モンスターボールから生えるように、天に向って突き出した足…。それが倒れ、砂をへこま せて踏みしめた。そして―――。  ジタバタ ジタバタッ! クイッ クイッ クイッ!  ……………。  なぜ、後ろから…。しかも、なぜ、おシリを振りながらモンスターボールから出てくるのだ ? ポン太よ。  まるで頭から入って行った小さな穴から、おシリから出てくる感じだ。どこかで引っかかっ ているのか、しきりに、おシリを振っている。  「カンタくんっ! キミのポケモンはカビゴンだね!? いいポケモンだっ!! よく育っ ているよ、特に“おなか”がっ!!」  褒められたって、うれしくないやいっ。褒めてないし。  「一言だけ言っておく、コイツは“カビゴン”じゃねェ、“ライチュー”だ!!」  「ナイス、アメリカンジョークッ! カンタ!!」  ぐっとコブシを握って親指を立てるユキオ。快活に笑った口の歯が光る。キランッ!  ジョークじゃねェし、アメリカンでもねェよォ…。  カンタは、さめざめと泣いた。  「相手にとって不足なしっ! 全力で行くぞ!! マージョリカ、空を飛ぶ!!」  ブゥオンッ!  マージョリカが上空に舞い上がった。そして下降する勢いを上乗せして突進してくる。  接近した地上の砂が、マージョリカのスピードに、二つに割れて舞い上がる。巨大な岩さえ 傾いてしまう程のスピードだった。  「ポン太ッ…!」  なにか指示を…、その言葉すら間に合わないスピードの突撃がポン太を襲った! そして!!  ポヨンっ♪  ポン太の腹で、マージョリカが、はねた。  シーン…。  マージョリカとユキオは、いったいなにが起こったのか理解できず、ポカンとしていた。ミ オとハルノが唖然と見守る中、ポン太がおなかを、ポリポリと掻いた。  砂漠って、こんなに静かだったんだなァ…。  空を仰いで、変に感心するカンタであった。  「離れろっ、マージョリカ! “空を飛ぶ”だ!」  驚愕の声色でユキオの指示がマージョリカに飛ぶ。反射的にマージョリカが、上空に逃げた。  「なかなか、やるな。カンタくん!」  冷や汗を拭い、畏怖を込めてユキオが言う。  いや、なんもしてないし。  カンタが、顔の前で「違う違う。」と手を振る。  「カイリューは海の守り神…と呼ばれ崇められる事を知っているか? カンタくん。」  ユキオが語り始めた。長くなりそうなので、ミオが水筒に麦茶を入れて持ってきてくれた。  「マージョリカは、外洋の孤島“ジョリカー”で崇められていた“海の神”だったのだよ。」  ふむふむ。  正座して静聴するカンタに、カップが差し出された。  「あ、ありがとう。」  ハルノがクーラーボックスから、モロゾフのカスタードプリンを出して渡してくれた。自ら もレジャーシートを広げ、そこに座り、プリンを頬張る。それにミオ、スカーレット、オー ドリーも加わり、さながらピクニックのようである。  「その力で海を操り、荒れ狂う海を沈めたり…、難破した船を救ったりしていた。」  カンタとポン太は、プリンの奪い合いとなり、カンタがポン太の顔面にケリを入れる。  泣き出したポン太を、ミオのポケモン“ピカチューのオードリー”と、ハルノのポケモン“ ピチューのスカーレット”が慰める。  「しかし、マージョリカには、その逆をする力も備わっているのだ!」  お、そろそろかな? と、みんなでレジャーシートを畳んだり、クーラーボックスを閉めた りと、後片付けを始める。  「その力! 今こそ見せる時!! 覚悟っ、カンタくん! そして、強敵、ポン太よっ!!」  「なにぃぃぃぃーーーっ!!」  ドッギャァアアアーーーンッ!!  カンタの顔に深い彫りが入って劇画調となり、光が陰影を深める。同時に激しい効果音が 入り、驚きを演出した。ちなみに、まだなにも起こっていません。  クイクイッ  ハルノが、カンタの袖を引いた。  「はい。」  カンタは、手に持ったプリンの器とスプーンを、素直にハルノに手渡した。ちなみに、顔は 劇画調のままです。  マージョリカが、ユキオを乗せて上空に浮かんだ。そこで真っ赤なオーラを発し、同時に真 っ赤な光を目に宿して輝き始めた。  同時に地響きが響き始める。  カッ!!  突然、暗雲が立ち込め、カミナリが鳴った。  「マージョリカ…雨乞い。」  雨…が、降り始めた。いや、雨と言えるものなのだろうか? まるで滝の中で立つような豪 雨が降り始めたのだ。足元は見る間に水で溢れ、濁流となる。雨の勢いはおさまるどころか激 しさを増していく。そして、マージョリカのオーラの輝きが最高潮に達っした。  「マージョリカ、なみのり!!」  激しいフラッシュのようなオーラの輝きと共に、砂を大量に含んだ濁流が、岩色の津波とな ってカンタを囲み、立ち上がった!  逃げ道のない津波のオリ…。その中心で身を寄せ合うカンタたち。  「ポン太っ! ……………ッ!!!」  カンタの最後の言葉が、津波と濁流の中に消えていった。  地上の砂漠は濁流の大渦と化していた。それを見下ろして、ユキオが言う。  「大丈夫だよ。死なないうちに救出するから。」  その必要はないぜっ!  どこからか響いた声に、ユキオは驚き、辺りを見回した。  すると、静まろうとしていた大渦が、再び大きく回転を始め、その中心から“それ”は飛び 出した!  バルーンのように膨らんだポン太だっ!  圧倒的質量と勢い…それに渦の回転力を上乗せしてマージョリカに体当たりをかける!  ドッカーーーッン!  爆発的威力の体当たりに、マージョリカの体はひるがえり、岩に向けて落下し、動けなくな った。  「マージョリカ、おいっ、マージョリカ!」  ユキオの呼びかけに、少し首を起こし…。しかし、マージョリカは目を回して気絶してしま ったのだった。  バルーン・ポン太がホバリングで、その傍に降り立った。  大きな口をパカンッと開いて、そこから、カンタ、ミオ、ハルノが顔を出した。次いでオー ドリーとスカーレットも顔を出す。  「………ふぅっ、助かったぜ。」  「「えっ? えっっ??」」  安堵のため息をつくカンタと、いったいなにが起こったのか分からず、混乱するミオたちだ った。  つづく