デオキシスは荒れていた。  シルフカンパニー、幼姫の部屋。それどころか、シルフカンパニー本社ビルを、ことごとく 粉砕して、まだ収まらなかった。  「気を静めてくださいっ、デオキシスさまっっ。」  リードのお目付け役、ピッピのスカベンチャーが飛んできて、デオキシスに進言する。  「人間ごときにコケにされて、我慢できるか!!」  デオキシスは都市の空を、暗闇のベールで覆った。  それは昼間に夜を造り出し、拡大された彗星の姿を映し出した。  そこから、無数の焼けた鉄のカタマリが、降り注ぐ―――……。  都市は―――……、壊滅した。                     −第30話−  リードはまるで戦場跡のような、都市に立っていた。  その表情は――…、やや、怒気を孕んで、とがっていた。  しかし、リードは、それをデオキシスに見えないように、帽子の鍔で隠した。  スカベンチャーが、やや落ち着きを取り戻したデオキシスの顔色を窺った。  「スカベンチャー!!!」  「ハハーーーーッ!!」  デオキシスの怒声。スカベンチャーは震え上がった。  「今すぐ、リードを連れて、あのクソッタレを殺して来い!!」  こうして――…、選ばれし者と、自らを選ばれし者の闘いは、最後を迎えようとしていた。  その頃―――……。  「カンタくんっ、フタバを…、そっちの子を捕まえてくれっっ。」  線目のジムリーダーが、助けを求めた。  狭い庭を小さな子供たちが走り回っている。  Tシャツだけで、ズボンもパンツも履いてない小さな子供が、カンタの股をトンネルして逃 げていく。捕まえ損ねたカンタが、バランスを失って、コケる。  「キルッ、キルルルッ! キルリアア!」  アヤは、赤ちゃんを抱えて、オロオロしている。  「今日は洗濯物が良く乾きそうですわ〜。ねぇ、シャルペロ〜♪」  屋上のベランダで、オムツを干すハルノが、のんびりと、となりに居るスイクンに声をか ける。スイクンは笑顔でいななき、主人に返事を返す。  休火山山頂にある町。そのポケモンジムで、なぜかチャレンジャーたちは、育児の手伝いを していた。  時間は数十分前に遡る――。  ジムの屋外バトルコートで、チャレンジャーであるカンタは、用心深くモンスターボールを 構えていた。  「どうした、カンタくん! かかってきなさい!!」  線目で、短い髪の毛がツンツン逆立った青年ジムリーダーが声を上げた。  バトルフィールドには、すでにジムリーダーのポケモン“ヒノアラシ”が戦闘態勢で、待ち 構えている。  ツツーーーッ  カンタの額から頬にむかって、汗が流れた。  「さあ、どうした! カンタくん!!」  そう言うが…。  その時、オムツも取れていない小さな女の子が、バトルフィールドに入ってきて、青年ジ ムリーダー“タイキ”のズボンの裾を引っ張った。そして言ったのだ。  「にいちゃん、フタバ、ウンチもらしちゃった。」  それを皮切りに、割烹着姿で、お玉を持ったタイキの、背中に背負った赤ちゃんが、火がつ いたように泣き出した!!  「イカンっ! ミルクの時間だっっ!! あっ、コラっ、フタバ! ウンチしたままで走り 回るな!!」  ジムリーダーはバトルそっちのけで、自分の幼い妹を追いかけ始める。  バトルフィールドは、混沌の渦に巻き込まれた。  「はいっ、おしまい!」  ミルクも、オシメも、洗濯も終えた苦労性のジムリーダーは、小さい妹の変えたばかりのオ ムツを叩いた。  「さあ、待たせたね、カンタくん。ジム戦をしよう。」  とは、言うものの…。  日は完全に暮れていた。  カンタ、ハルノ、アヤは――、途方に暮れた。  カア カア  ヤミカラスが、鳴いていた。  「今夜は――…、うちに泊まっていくか?」  タイキの言葉は、ありがたいものだった。  夜――。  タイキの手料理は、大変おいしいものだった。  しかし―――――。  小さい子供たちの大騒ぎによって、夕食は戦場だった。  小さい子供たちが、眠りについた頃――、カンタたちは、ぐったりと、ベッドに倒れこんだ。  そのまま眠りに―――、と、その時、カンタは、まだ台所に灯りが燈っている事を見つけた。  気になって行ってみると、そこでタイキが、繕い物をしていた。  夜は、もう深い。  夕食の時の大騒ぎがウソだったかのような台所は、不思議な温かさで満たされていた。  「大変だな、タイキは。同情するよ。」  そう声をかけて、カンタがとなりに座る。  「そうだなぁ…、たまに逃げ出したくなるよ。」  そう言いながら、まんざらでもない笑顔を、タイキは見せていた。  「好きなんだな。(きょうだいが)。」  「ああ、キライじゃないよ。(おさんどんが)。」  かみ合っているのか、かみ合っていないのか。そんな会話が交わされた。  「なぁ、ヘンな事、聞いてもいいか…?」  「なんだ?」  「人間は滅びるべきだと思うか…?」  「オイオイ、ヘンな事、聞かないでくれよ。考えた事もないよ。それに妹や弟たちが死んで しまうなんて、とんでもない。」  大慌てでタイキが、そう答える。  そして冷静を取り戻してから、もう一度答えてくれた。  「そんな事、考えてるヒマもないくらい、忙しいよ。」  タイキは繕い物を続けた。カンタは―――、外に出た。  抱きしめる事が出来ない程、大きな星空  月も雲も出ていない夜空は、宝石箱だった。  ちょっと歩いてから、適当な芝生に、仰向けにねっころがる。  視界に入りきれない、星の宝石が、空に溢れていた。  ふと、ハルノとアヤ、シャルペロの足音が聞えた。  振り返りもせずに、星空を見ていた。  みんな、カンタと同じように、芝生に、ねっころがった。  星の海が、広がっていた―――。  この輝きの中では、彗星も、その輝きを彩る要素のひとつでしかなかった。  まだ、小さい。でも、カンタたちにとって、あまりにも大きすぎた存在。彗星―――。  でも、今は、あまり脅威を感じなかった。  「七夜、かかさずに願い事すれば、願いが適うんですって〜。」  ハルノが、おっとりと言った。  そんな伝説すら、本当に思えるほど―――。  アヤは手を合わせて、『人間になれますように』を、三回唱えた。なんか間違えてる。  「オウオウ、余裕じゃんか、このウンコ野郎っ。」  そこに聞き覚えのあるダミ声が、かけられた。  上半身を起こすと、そこにピッピを抱いたリードの姿があった。  カンタたちは、そのピッピの顔を指差して、冷やかした。  「「えんがちょー、えんがちょーっ。」」  「うるせえっ、誰のせいだと思ってんだ!」  キレるピッピ。笑うカンタたち。  それをヨソに、リードは、カンタに近付いて「えいっ」と、カンタを転がした。  そして、カンタのおシリに、顔をくっつけて、猫のようにホッペタをスリスリする。  なんか、嬉しそうである。  『やめてっ、カンタのシリは、あたしのモノよっっ。』  シリをアヤが、奪い返す。  アヤとリードの視線がバチバチと、火花を散らせた。  「モテモテですわね〜、カンタさま〜っ♪」  このっ☆ と、ハルノがカンタのシリをつねる。「いでーーーっ!」と、カンタが跳ねる。  シャルペロは、なんだか信じられない風景を見ている気になって、小首をかしげた。  「残った選ばれし者の資格者は、俺たちだけか?」  カンタは聞いた。  「おうよ。」  リードがうなずき、ピッピが言った。  「じゃあ…。」  カンタは立ち上がった。短パンを、パンパンとはたく。  「やろうっか。」  ふたりは、モンスターボールをかまえた。  つづく