−第31話−  「じゃあ、やろうっか。」  軽い言葉。  町外れの草原で“滅びの神に選ばれし者”と、“自らを選びし者”が対峙した。  緊張感はあった、しかし――、どこか気心の知れたライバル同士のバトルと言った雰囲気 であった。  カンタは、かつてリードに自分のポケモンを殺されそうになった事がある。  しかし、それを恨んではいなかった。  戦う事――。  その結果を受け入れる。どのような結果になろうとも――。  その覚悟が出来ていたからかも知れない。  きっとポケモンたちも同じ――。戦ったのなら、その結果がどうなろうと後悔はしない。  僕たちは戦ったのだから。  なにもせずに従ったわけじゃない。  気に入らなかったら、また、戦う。  でも、それはきっと勝つ為だけじゃない。  きっと――。  許す為。  自分で自分を選ぶ為。  今、私は私が私である事を、選びます。許します。  でもきっとその言葉“魔法の呪文”は―――、せいいっぱい戦った戦士だけが唱える事の出 来る魔法の言葉。  リードは自分のモンスターボールに、愛らしくキスをした。そして投げた。  現れたのは、カビゴン。  同時に呪文を唱えた。それは今までに聞いた事のなかった呪文だった。  リードが、ずっと、誰からも隠して大切にしていた魔法の呪文。  「フォーギブ フォー オール(全てを許す)」  その選ばれし者の呪文でカビゴンに宿る力は、今までカンタが戦ってきた誰のものよりも大 きかった。  いきなりか――、前哨戦もなしなんだな。  カンタは、それに答え、ポケモンを出した。それは―――。  「「えっ!?」」  ハルノが…、そしてアヤが声をあげた。  カンタが出したのはライチュー“ポン太”だったのだ。  「セタップ ガッデス オブ ガイア(いくよ、大地の女神)」  膨大に膨れ上がる力を前に、カンタは、なにもしなかった。  ポン太は、カンタを信じ、前に立つ。  見守るハルノとアヤ、そしてシャルペロが息を飲んだ。  そして、リードの呪文が完成した。  「ゴー アタック!!(やって!!)」  世界を消し飛ばす程の破壊光線が、放たれた。  その光の中で、カンタが呟くように、ポン太に言った。  「食べていいよ、ポン太。」  『いっただきまーーーーっす☆』  ポン太の大きく開けた口。そこに、底なしのブラックホールが現れ、破壊光線の光を、すご い勢いで吸い込んでいく。  それにともなって、どんどん巨体になっていくポン太――…。  そして、光が止んだ時。  「「ポン太!!」」  ライチューのポン太が、以前のカビゴンと見まがう姿に戻っていた。  今度はカンタが、呪文を唱えた。  「アイム ビー フリーダム(我、自由自在なり)」  ポン太の線目が、大きく開かれた。そこに銀色の光が宿る。  「ゼン ユー アー エブリシング イン インフィニティ(そして、汝、全てなり)」  呪文とともに、膨れ上がる力は、先ほどのリードのカビゴンが放った力の10倍も20倍も大 きい力だった。  リードは―――。  ニコッ…。  ワクワクした表情で微笑んで、全ての“選ばれし者のポケモン”を出した。そして、リード が持つ全ての力を持って応じる。  カンタは最後の呪文を唱えた。同時にリードが唱える。  「レット イズ リバース(再生を)」  「ゴー ラスト パージ!!(最後の体当たりだ! みんな!!)」  夜空の輝きを打ち消して、世界中が輝きに包まれた。  輝きは洪水となって、全てを飲み込んで行った。  休火山も―――  滅びた都市も―――  風車のある町も―――  レンガで出来た街も―――  海も、大地も、大空も――――  全てを真っ白な光りで包み込んだ。  そして、時間が止まった―――。  止まった時間と、真っ白な空間に、カンタたちと、リードが立っていた。  カンタ  ハルノ  アヤ  ポン太  リード  そしてリードが抱いたピッピのスカベンチャー  「選ばれし者よ――――いや、自らを選びし者よ。」  カンタたちに、天空から声が聞えた。  見上げると、光の帯が、行く筋も降りて来た。  光の帯から、何体もの、神々のポケモンが、カンタたちに降りて来た。  レックウザ  ミュウ  セレビィ  ラティオス・ラティアス  グラードン  カイオーガ  そして―――。  デオキシス。  「答えよ、人間―――。」  天空の中央に座したレックウザから、声が降って来た。  「人間は、滅びるべきか、否か―――。」  突然、ハルノに光が投げられた。  「答えろ――、選ばれし者の“巫女”よ―――。」  ハルノはビックリして、跳び上がった。  エッ!? エッ!? と、戸惑って自分の顔を指差している。  天空には、まるで映画のスクリーンのように、1年前の戦争が映し出されていた。  破壊された町―――  踏みにじられる死体―――  奪われる宝物たち―――  そして―――  死して横たわる無数のポケモンたち―――。  デオキシスの目が、カンタに向けて、憎悪で激しく歪む。  ハルノは答えた。でも、それは―――。  「ごめんなさい…、ごめんなさい――――っ。」  涙を流しながらの懺悔であった。  その戦争の―――…。  軍総司令は、ハルノの父親だった。  「では、答えよ。もうひとりの、選ばれし者の“巫女”よ。」  降り注ぐ光は―――。  なんと、リードに降り注いだのだった!  リードは帽子を取った。  隠れていた表情、そして顔―――。  それは、可憐な少女の素顔だった。  髪を全て奪われた痛々しい姿―――。  リードは真っ直ぐ、顔を上げた。  デオキシスは、リードが選ばれし者の巫女である事実に驚きながらも、「好都合」とニヤリ と笑った。  その表情が、次の瞬間に驚愕へと変わる。  リードは、言ったのだ。  「人間は、許されない罪を犯しました。  罪は償わなければいけません。  しかし―――、滅びる事は、決して償いではありません。」  「だから、人間は、滅びるべきでは、ありません。」  そして、リード―――…いや、少女“リンド”は、舌っ足らずな幼い子供の言葉で、こう言 ったのだ。  「ポケモンを殺した罪は、あたちが償うから、人間を許して!」  その言葉に、とまどいながら、レックウザが、リンドに聞いた。  「おまえも、被害者ではないのか?」  リンドは、答えた。  「バカにしないでほちいわ! 戦争に負けても、奴隷になったわけじゃないもん。あたちた ちだって、人間なんだもん!! いっしょに責任を取るわ」  ハッキリと言い放った言葉に―――、  デオキシスは、激しく言葉を発した。  「なぜだっ!! 親も兄弟も殺されて、なお、許すと言うのか!?」  それはデオキシスにとって信じられない出来事だった。  それに対して、デオキシス…いいえ、誰にも一言も喋らなかった少女は、言葉を持って答 えた。  「あなたは、自分だけのジョーシキと、身勝手な思い込みの“当たり前”ばかりを見て、現 実に目の前に居た“あたち”を見なかった。  あたちが知る人も、あたちを知る人も、ひとり残らず死んだのに、敵まで死んでしまうのは 、寂しいもん。  あたちは、そこまで“寂しがり屋”  知らなかったでしょう? トーゼンね、聞かれなかったし、言わなかったもの。」  ケロッとして、リードは――、いや、少女“リンド”は、初めて心を明かした。  「デオキシしゅ、あなたはあたちを利用していたつもりでしょう。でも、ゲンジツは反対。  あたちが、あなたを、利用していたのよ。」  世界を…、人間を滅ぼさない為に!!!  リードの…いや、リンドの脳裏に、まるで本当の子供のように愛情を注いでくれたテンガロ ンハットの男――、自分の養父の顔を思い浮かべていた。  思慕の情を抱いて―――。  デオキシスは、驚愕にガタガタと激しく体を震わせた。  「では、次に――――。」  光はカンタに―――…、降り注がなかった。  光は、新たにこの場に現れた、一匹のポケモンに注がれた。  そのポケモンは、ボロギレのような布を、マントのように首に巻いた“ミュウツー”だった。  「答えよ――、“選ばれしポケモン”よ―――。  人間は滅びるべきか――?」  ミュウツーは、静かにその目を閉じた。  そして言った。  「瀕死の私を背負って、命の泉に飛び込んだ。そんな人間が居る限り―――。」  「人間は、滅びるべきではない。」  ミュウツーは、ハッキリと言った。  デオキシスは、泡を吹いて怒りに体を震わせた。  「では、神々よ、意見を―――。」  レックウザの言葉で、神々が次々に発言した。  まず、セレビィが「ユキナリが好き。サトシが好き。ミノルが好きーーー。」  そして、ミュウが「うちは、ゴールドのことが、大好きなんやあーっ。」  そして、ラティオス・ラティアスが「この命に代えても、人間を守る。」  そして、カイオーガ、グラードンまでも―――。  「「人間が…、子供たちが好き。」」  と、言った。  デオキシスは―――、諦めてはいなかった。  それどころか冷静になって、次のように発言したのだった。  「人間には“愛”がある―――。  デオキシスらしくない、あまりにも、らしくない言葉に、会場はざわめいた。  デオキシスは続けた。  「しかし、“愛”は、時に“正義”でも、“道徳”でも、ましてや“倫理”でもない。  理屈に合わない。けっして理論ではない―――。  そんな不合理な“愛”を持つ、人間は「滅びるべき」だっ!!」  もちろん愛は“悪”でもないが―――。デオキシスは、それを言わなかった。  愛があるからこそ、滅びるべき。その言葉に会場は騒然となった。  「では――、最後に―――。」  混乱の収まらないまま、カンタに光が差した。  「答えよ、“自らを選びし者”―――。  人間は、滅びるべきか―――?」  カンタは、神々の――、そして、みんなの視線を一身に受けて立った。  目を閉じて思い出した。  旅で出会った人々――――。  それが瞼の裏を、走り抜けた。そして――――。  言った。  「あの〜…、  今日。今、ここで、  人間が滅びるべきかどうかを  決めなくちゃいけませんか?」  「「はぁ??????????」」  全員が首を傾げた。カンタは言った、微笑んで。  「だって、俺たちには…。」  「 明日があるじゃないか。 」  「俺たちは、明日があるかぎり、滅びないように戦いつづけるのだから。自分自身と、愛す る人の為に―――――。」  つづく