−第5話−  「ポン太、たいあたりだ!」  カンタの指示が飛ぶ。  やーーーーっ! ポカポカポカ。  腕をぐるぐる回したイシツブテが、ポン太を殴る。  ミイミイミイ。  うつぶせになって泣いているのは、でっぷりと太った巨大なライチュー“ポン太”である。 よくカビゴンと見間違われる。  「ポン太、たいあたりだってば!!」  やーーーーっ! ポカポカポカ。  ミイミイミイ。  都会のジム、巨大なドーム状の建物。その内部はコロッセオになっていた。  その中央にバトルフィールドがあり、カンタとジムリーダーとが対戦している。  客席に人はなく、ジムリーダーの後ろに、このジムに通うトレーナー達が数人居て、挑戦者 、短パン小僧である“カンタ”の後ろには、旅の連れであるミニスカートの“ミオ”と、おそ らく自分は人間のつもりであろうキルリアの“アヤ”、そしてお嬢様の“ハルノ”が居るだ けだった。  明り取りの窓から光が漏れるだけで、ライトも照らされていない。  やや薄暗い雰囲気でのバトルだった。  灯りのついていない真昼の体育館でドッヂボール…といった感じだろうか。省エネというこ ともあるだろうが、ただのジム挑戦者に灯りは必要無いといったところだろうか。  扱いの軽さにミオが内心ムカつく。表面はハイソな笑みを浮かべている。カンタが見ると青 くなっただろうか。ハルノはポニータの傍らに立ち、部屋の中なのに日傘をさして、すまし顔 である。  どうした、ポン太!? お前の実力はそんなものじゃないだろう!?  カンタは焦れた。握った拳に汗がにじむ。  「どうした! カンタくん!! キミのポケモンの力は、そんなものなのかっ!?」  青年ジムリーダーの叱咤する声。励ましに似た響きのそれに、カンタは居たたまれない気持 ちになった。  グシッと、涙ぐむ。  「えーん、ポン太のおでぶーーーーっ!!!」  Σカンタっ、それを言っちゃいけないわっっ!!  ミオが突っ込む。  カンタは、とうとう泣きだして走り去ったのだった。  ポン太に、ミオのポケモン、ピカチューのメス“オードリー”と、ハルノのポケモン、 ピチューのメス“スカーレット”が駆け寄る。  大丈夫? と、ポン太を覗き込むスカーレットを、オードリーはハイソな笑みに棘を含め 、『手をだすんじゃないわよ、ガキジャリ。』と、刺す。  スカーレットは半身だけ振り返り、流し目に蔑み(さげすみ)を乗せて、『肌に張りがない わよ、オバさん。』と、切り返す。ポン太は『?』と気が付かない。  と…、そこに対戦相手のイシツブテが現れ、ダブル電気ネズミギャルズに睨まれる。  しかし、イシツブテは真っ直ぐにポン太に向き、深々と頭を下げたのだった。  ダブル電気ネズミギャルズは『?』と気が付かない。ポン太は『いいよいいよ。』と、手 を振った。  それを確認してから、青年…染めた金髪の青年ジムリーダーは、イシツブテをモンスターボ ールに戻した。自らもポン太に歩み寄って「ありがとう。」と言った。  ポン太と金髪のジムリーダーが一緒に笑う。やはり何のことだかダブル電気ネズミギャルズ には分からなかった。  と、金髪ジムリーダー“マサシ”が、気配に振り返る。そこにはミオが立っていた。  「彼氏を追いかけなくて、いいのかい?」  少しおどけてマサシが言う。  「彼氏じゃないし、ハルノとアヤが追いかけたからいいのよ。」  それより、と、ミオ。腰のベルトに手を伸ばす。  「ジム戦、受けてもらうわよ。」  モンスターボールにオードリーを戻し、軽くダンスのステップを踏む。バトルの緊張を楽し む微笑みで。  グシグシと泣きながら歩くカンタ、ふと、周りを見てみると…  「どこ…? ここ。」  道に迷った。  やたらと汚い路地裏、廃墟のようなビルの群れ、そこにカンタは来ていた。  人の気配もなく、それどころか物音ひとつしない。無風の空気が、太陽に焼けるコンクリー ト熱を口に運ぶだけ。  ゴクッ…。  カンタは喉が乾いてもいないのに、ツバを飲み込んだ。  立ち止まって、上を見あげ、グルリと一周見渡す。  廃墟のビルの白い影、水色の空、窓ガラスの欠落した空虚な穴が、カンタを監視しているか のよう。  カーン  と、音がするかのような青空を見上げていると、背後でかすかな音がした。  「ハルノ?」  振り返ると、そこには一匹のポチエナが、ビルの陰から出てくる。  小型のイヌのような姿に、カンタはホッとして、しゃがみこみ手を差し伸べる。  と…、その手が凍りついた。  一匹だけ…と思っていたポチエナが、ビルの影からもう一匹、もう一匹といっぱい出てきた。  「ポチエナは群れで狩りをする。」  そんな言葉を、思い出した。  冷たい汗が、頬に出来た影をなぞるように伝い落ちていく。  友好的…とは絶対に思えない剣呑な雰囲気に、カンタは背負ったリュックを下ろした。視線 を先頭のポチエナに据えたまま、けして逸らさないように…。  いつものように、リュックに両手を入れ、ポン太のモンスターボールを捜す。  「………!」  ないっ!  冷や汗が倍増した。  内心を悟られぬように、適当に“なにか”を掴み、いかにも「俺にはポケモンが居るぞ。」 みたいな顔を保った。  太陽が容赦なく照り付けていた。  ポチエナが立ち去る気配はない。カンタはゆっくり手に持った“なにか”を取り出した。  それがなにかが分かった。それは“ドーナツ”であった。  視線を固定したまま、一口、おいしそうに食べて見せる。ポチエナ達がドーナツに興味を示 した時! 残りを遠くに投げた!  キャン キャン キャン  ポチエナ達が、競ってドーナツを追いかける。カンタは、その逆方向に駆け出した。  しかし、ドーナツよりもカンタの方が美味しく見えるのか、ポチエナ達の多くはカンタを追 いかけた。  「たすけてぇーーーっ! 天国のおかあちゃーーーーんっ!!」  死んでません。  走って走って、たどり着いたそこは、袋小路になっていた。  いよいよ、最後か…。  行き場の無い袋小路でカンタは観念する。すると、そこに。  ガオオオ―――――ンッ!!  廃墟のビルをビリビリと震わせ、遠吠えが響いた。  見上げると、背後のビルに巨大な獣のシルエットが見えた。  あれは…エンテイ?!  ギロッ!!  エンテイのようなシルエットに浮かんだ二つの瞳が、ポチエナ達を睨みつける。  キャイン キャイン!!  ただそれだけでポチエナ達は、鳴き声を上げて、我さきに逃げ出してしまった。  エンテイ…と思われる獣がビルの壁を蹴ってカンタの前に降り立った。  「あ…。」  カンタは見た。それは闇のオーラを、まるで炎のように身に纏った“グラエナ”だった。  危険すぎるオーラ、野生の象徴のような瞳は、しかし、どこか思慮深く理知的であった。常 識破りの体躯は鋼のような筋肉に覆われているのに、ムチのようにしなやかだった。  暗闇の危険を体現したかのようなグラエナは、まるで迷い子を気遣うような、優しげで大人 びた目をカンタに向けた。  「あ、大丈夫ですよ?」  なぜか敬語になって、カンタは言った。  その言葉にグラエナはうなずいて、踵(きびす)を返し、カンタに付いて来るよう促した。  いつの間にか夕闇が降りてきた。暗黒のグラエナにポチエナ達は道を譲った。カンタはた だ黙って付いて行った。  「カンタさまぁ〜っ、どこですの〜?」「キル〜ッ!?」  しばらく行くと、前方からハルノとアヤの声が聞えてきた。  エンテイのようなグラエナがその場で座った。カンタを見送る構えだ。  「ありがとうございました。」  カンタは帽子を取って、最上級の礼をして、声のするほうに向う。  一度だけ振り返ると、変わらない姿のエンテイのようなグラエナに、雪のように真っ白で美 しいグラエナが一匹、寄り添っていた。まるで仲の良い夫婦のように。  カンタは、廃墟の向こうに町の灯りと、ハルノとアヤ、“ポニータのシャルペロ”を見つ けた。  「カンタさま〜、よくご無事で〜。」「キル〜ッ!」  アヤが泣きながら胸に飛びついてきた。  アヤがカンタに見えないように、ハルノに振り返り「フッ」と冷笑する。ハルノは「?」と 首を傾げる。  攻撃が空振りに終わり、アヤ、疲れる。  夕暮れを背負って、カンタ達がポケモンセンターに帰宅した。  入り口で不機嫌そうなミオが待っていた。しょんぼりとしたオードリーとポン太の姿を見 ると、どうやらジム戦はダメだったと伺(うかが)える。  「アイツ、岩と地面タイプばっかり出すんだもん。むかつくーーーっ!!」  夕食を食べながら、ミオの不満は爆発した。  でも、ミオさまってば、アイアンテールでイシツブテを撃破。続くゴローンを爆裂パンチで 撃破っ。次のゴローニャで、あえなく撃沈っっっ。  相性の悪いピカチューのオードリー1匹でよくやったと言える。しかし、誰よりも敗北を嫌 うミオには納得が出来なかった。  「ぜーーーったい、草タイプか水タイプのポケモン手に入れて、リベンジーーーっ!」  燃えるミオであった。  ハッと、そこでミオが、カンタの隣で楚々(そそ)とゴハンをよそっているキルリアのアヤ に目を留める。  この際、エスパータイプでも…。  「アヤちゃーんっ、あたしのポケモンにならない〜??」  アヤ、ツンッと横を向く。  まるで「私は人間よ。どうしてポケモンみたいな事しなくちゃならないの? 失礼だわっ。 」と言わんばかりの、憮然とした表情である。  「ねねねっ、そう言わずにィ。まだカンタに捕まえてもらってないんでしょう?」  どうして捕まえてくれないの? と、アヤが非難の目をカンタに向ける。  「いえ、子供に興味ありません。女はやっぱり30過ぎないと…。」  なんだか観点の違う返事が返され、疲れるミオであった。  アヤ、自分の胸を見つめ、悩む。ポン太から肉まんをふたつ差し出され、傷つく。  「シャルペロ〜、私はどうするのがいい〜?」  ハルノがおっとりと、ポニータのシャルペロに問い掛ける。  シャルペロがハルノの顔をペロペロと舐める。ハルノ、くすぐったそうにキャッキャッと 笑う。  でも、ミオじゃないけど、このメンバーのポケモンじゃ、ここのジムリーダー、“金髪のマ サシ”には勝てないな。新しいポケモンを戦力に加えなきゃ…。  カンタはふと、昼間出会ったエンテイみたいなグラエナの姿を思い出した。夫婦のように寄 り添った白いグラエナの姿も。  エンテイみたいなグラエナは“夜の皇帝・ナイトエンペラー”略して、“ナトラー”。真っ 白なグラエナは“雪色の満月・スノーフルムーン”略して、“フルーノ”  自分のものでないのに、命名に思いを馳せ、ひとりニヤけるカンタであった。  と、ふと、カンタはカベに貼られた紙に目を止めた。そこには真っ黒なエンテイの姿があ った。  駆け寄って凝視すると、あのエンテイみたいなグラエナの似顔絵だった。その下に「お尋 ね者、生死問わず。懸賞金1000万円」と書かれてあった。  「ジョーイさん、ジョーイさんっ!」  受け付けで仕事をしているジョーイさんを呼び、説明を求める。  「ええ、このエンテイがスラムで猛威を振るうポチエナ達のボス…と、言われているの。ポ チエナ達の悪逆非道ぶりから、生死不問の懸賞金が賭けられているわ。」  「なにかの間違いだ! こいつはそんな悪い奴じゃない!!」  エンテイじゃなくてグラエナだけど。  「そうね。でも、顔が恐いでしょう?」  うん。と、うなずく。  「だから誰がどう見ても彼がボスに見えるのよね。いくら指名手配の取り下げを依頼しても 、すぐに手配されちゃうの。」  困った顔のジョーイさんが、ため息をついた。  そんな殺生な。トホホ  その日の夜――――。  ペチ ペチ  誰かが、あたし…ミオの頬を叩く。  「起きなさいよ、この“太もも娘”。」  「誰が“太もも娘”よっ!?」  あたしは勢い良く起き上がった。ポケモンセンターの宿泊部屋、弐段ベッドの下で寝ていた あたしは、勢いよく頭をぶつけて涙目になる。  頭を押えて前を向くと、あたしの腰の辺りに乗っかり、あたしの方を向いたソレは…キルリ アの“アヤ”だった。  「ようやく起きたわね、太もも娘。」  だから、その呼び方やめてよ。って!?  「アヤっ!? なんで人間の言葉しゃべってるのよっ!?」  ふふんっ、と得意げに笑ってアヤ、腰に手を当て、胸を張る。  「これは夢だからよっ。」  はァ、そうですか?  「じゃあ、納得がいったところで、質問よっ。」  いえ、納得いっていませんが…?  「ええい、黙らっしゃい! ミオッ! あなた、カンタが好きなの?」  「そういうアヤは、カンタが好きなの?」  ミオは質問を質問で返した。アヤはもぢもぢしながら顔を赤くして答えた。  「好きーーーーーv」  「ポケモンなのに?」  単純明快な答えに、ミオはさらに突っ込んだ質問を入れた。アヤはムキになって答えた。  「ポケモンだから? 人間だから? そんなつまらない理由で恋する心を殺してしまうの?  バッカじゃない!?」  アヤ…あなた人間じゃないけど“女”だわ。  続けてアヤはミオに質問を叩きつけた。  「さあっ、質問に答えなさい! ミオはカンタが好きなの? どうなのよっ!?」  「わかんない。」  考えるのが嫌だからという意味でも、考えがないという意味でもなく、ミオは即答した。  「恋愛なんかしたことないし、正直、めんどくさいって思う。それより、リーグチャンピオ ンになりたい。」  「じゃあ、なんで、カンタにちょっかい出すのよっ!?」  「気分よ。」  気分ですか。  アヤは絶句して口をパクパクさせた。  「でも、ポケモンと人間の恋愛は大変よ。」  ミオが言う。アヤは答えた。  「この世のどこかにね、ポケモンを人間に出来る人が居るんですって。」  キラキラと目を輝かせ、アヤが言う。  「どこで聞いたの? その話。」  ミオには聞いたことがない。人間をポケモンに『戻せる』人の話なら“おじいちゃん”に聞 いて知っているが。  「ウソッキーのオジさまに聞いたのよ。」  うわぁ…、よりによってウソッキーですか。  「頑張ってね、アヤ。」  哀れみに細めた目で、優しく言うミオ。  「それまでライバルよ、ミオ。」  うれしそうに答えるアヤであった。  その直後、ミオはアヤの“かかとおとし”で眠らされ、気が付くと朝だった。  「なんだか、ヘンな夢見たよー。」  ミオの朝食の話題はソレだった。頭に出来たタンコブをさすりながら、ミオは視線をカンタ に寄り添って微笑むアヤに向けるが、アヤにリアクションはなかった。  ミオは腑に落ちない疑問を抱いたまま、朝食のベイクドエッグを口に運んだ。  そこに大勢の足音がして、入り口から兵器で重装備した男達が入ってきた。  「ポケモンハンター“クラウン”だわ!」  ジョーイさんが驚きの声をあげた。  「ポケモンハンターって? クラウンって!?」  カンタの問いにジョーイが答える。  「生死問わずのお尋ねポケモンを専門にする賞金稼ぎよ。その中で、ポケモンを殺してクラ ウン…首級をあげる人達をクラウンハンターと呼んでいるの。」  首級をあげる…? 首を切り落とすってこと!?  カンタはエンテイみたいなグラエナ、ナトラーのやさしげな眼差しを思い出し、それが首だ けになるところを想像してゾッとなった。  カンタはクラウンのリーダーと思われる、テンガロンハットをかぶったカウボーイ風の男 に食って掛かった。  「あいつは本当はいい奴なんだ。頼む、殺さないでやってくれっ!!」  真剣な目をした短パン小僧“カンタ”に、クラウンのボス“セージ”は膝をついて目の高さ を合わせ、言った。  「知っている。黒いエンテイについては、全て調べ上げてある。」  グラエナです。  「じゃあ、やめてくれるの?」  「それは出来ない。」  「どうして!?」  「強い奴の首を取る。それがクラウンの誇りだからだ。」  カンタは、その言葉に激怒した。  「命を奪う誇りなんか捨ててしまえ!!!」  セージはゆっくり首を横に振った。  「大人はそれが出来ないんだよ。簡単な事なのに、おかしいだろ?」  セージは自嘲的に笑った。カンタは握り締めた手を、怒りで震わせるだけだった。  セージはカンタの頭に手を置いた。  「お前は見込みがある。どうだ、クラウンに入らないか?」  カンタはその手を振り払って、外に飛び出した。その後ろを、ポン太とアヤが追いかけた。  「おーいっ、ナトラー! じゃなかった、グラエナーーーっ!」  カンタは廃墟を、エンテイみたいなグラエナを捜してさ迷った。  必死だった。あいつの死ぬところなんか、たとえ自分が死んだとしても見たくない。そう思 っていたからだ。  いつの間にか、あいつのことが好きになっている。  カンタは、あの瞳に惚れ込んでいる自分を知った。  何時の間にか夜になり、満月が出ていた。  その満月にエンテイのシルエットが重なり、遠吠えが響いた。  「グラエナっ!」  カンタの呼び声に、グラエナがビルからカンタの傍に降り立った。  「グラエナっ、逃げるんだ。今すぐ、ここから!!」  カンタは必死で説得した。アヤも必死で説得に入る。しかし、グラエナはゆっくり首を横 に振った。  「頼むっ! このとおりだ!!」  「!」  アヤはカンタの行動に目を見張った。カンタが土下座して、額を地面にこすりつけてまで、 ポケモンに頼んでいたからだ。  好き…  アヤは胸が張り裂けそうになった。  「男がそんな事をしてはいけない。」  まるで、そう、諭すように、エンテイのようなグラエナは、カンタを立たせた。カンタは、 立ち上がっても顔を上げる事を最後まで拒んだ。涙でグショグショになっていたからだ。  グラエナは月に向って誇り高く吼えた。夜の帝王を自負するかのように。何人もの挑戦を拒 まないと宣言するかのように。  その夜の帝王に対する人間の挑戦は悪辣(あくらつ)だった。  月夜にポケモンの悲鳴が響いた。  「!!!」  ナトラーの顔が悲しみに歪む。  その声は、生涯の伴侶と決めた雪色のグラエナ、フルーノのものだったからだ。  「なんてことするんですか!! あなたは!!!!」  ミオがセージに掴みかかった。ハルノが泣きながら“それ”を抱き寄せる。それは銃に撃 たれ、倒れたフルーノの姿だった。  「こいつをエサにして、必殺のワナにあいつをおびき寄せる。あいつに勝つにはこれしか ない。」  ナトラーは狂ったように走った。  狭い小路を抜ける時に、鋭い矢が雨のように降り注いだ。  ナトラーが血を流した。  それでもナトラーは走った。  広場を抜ける時、ナトラーに向けて大きな岩が、いくつも飛んできた。いくつかはナトラー のシャドーボールが打ち落としたが、いくつかはナトラーの体を激しく打ち据えた。  ナトラーの骨が砕けた。  それでもナトラーは走った。  カンタとポン太は追いかけた。しかし、全然追いつけるものではなかった。  ガシィッ!!  ついにカンタはポン太の腹を掴んだ。そして、切れる息の間から、声を出した。  「…転がれ。」  ポン太が首を傾げる。  「転がれっ、ポン太! そのほうが早い!!」  トラックの後部は大きな牢屋になっていた。その中央にフルーノが横たえられている。セー ジに押さえつけられたミオとハルノが無力に泣く。そのオリには必殺の電流が流されるよう になっていて、ナトラーが入ったとたん、作動するようになっていた。  フルーノの流血は止まらず、呼吸も弱々しくなっている。  そこに、血まみれのエンテイ…みたいなグラエナが現れた。  フルーノが必死で顔を上げ、「こっちに来ないで」と、訴える。  しかし、ナトラーは迷わずオリの中に身を投じた。  バリバリバリッ!!!  電流が走る!  「やった!!」  セージが喜びの声を上げた、その時!!  ゴロゴロゴロ  地面を揺るがす振動がした。  まるでトランプリンの上に立つようで、立っていられず、セージは這いつくばった。顔を上 げてそれを見ると、大地震の迫力を身に纏った巨大な、黄色と黒のシマシマの玉が転がって くる。その上にはサーカスのピエロのように乗っかったカンタが居る。  カコォーーーーーンッ  ストラーーイク!!  ポン太ボールの転がる攻撃に、後部が牢屋のトラックは見事に破壊された。  空中へ投げ出されたフルーノを見事、ナトラーが背中に背負う。  「撤退っ!!」  セージの判断は迅速であった。  チームのメンバーも即応し、行動する。  トラックが数台、あっという間にこの場を立ち去ってしまった。  見逃した。…わざと??  ミオはそれでも優しげなナトラーの目を見て、そう思った。  「いやだっ!!!」  悲鳴に似たカンタの声に、ミオは振り返る。  見ると、カンタにフルーノを差し出し、鼻を地面に擦り付けて、フルーノの治療を頼む、ナ トラーの姿があった。  「嫌だ!! あなたは…あなただけは人間に土下座なんかしちゃいけないんだ!!」  カンタは泣いて拒んだ。フルーノの治療が嫌なのではない。あこがれる者が誇り無くして土 下座をする。その事実が受け入れられなかったのだ。  ナトラーは構わなかった。  愛する者が生きる。その為なら誇りなど必要なかった。  カンタは大慌てでモンスターボールにフルーノを捕まえた。モンスターボールの中ならば フルーノの状態がこれ以上悪くなることはない。つまり、助かったも同然なのだ。  「さっ、あなたも…。」  ミオがモンスターボールをナトラーに投げた。しかし  パァン!!  ナトラーは捕まる事を拒んだ。  「あなた…。」  絶句するミオ。ナトラーは強い意志で瞳を光らせる。  「強い…強いトレーナーにしか、自分より強いトレーナーにしか捕まらない。従わない。そ う言いたいのね?」  ナトラーが首を縦に振った。  「分かるわ…。私もだもの。」  まるでポケモンのような事を言って、ミオは腰のモンスターボールホルダーに手を伸ばした。  「オードリー!!」  モンスターボールからピカチューのオードリーが現れる。  ダンスのステップを踏みながらミオは言った。  「手負いだからって、手加減しないわよっ! 夜の帝王!!」  ミオのダンスのステップにオードリーが同調する。  高速移動から宙に舞い、メガトンキックとメガトンパンチのコンボを放つ。  ナトラーはただ、口にシャドウボールを生み出し、大きく膨らましていた。影を吸収し、凄 まじい威力を膨大に高まらせて…。  「オードリー、影分身!!」  影分身して無数になったオードリーが、ナトラーを囲んだまま、腰を落として右手を掲げた。  「爆裂パンチッ!!」  オードリーの右手が爆炎を纏って振り下ろされる。そこに、ナトラーのシャドーボールが飛 来した。オードリーにかすったそれが廃墟のビルに命中し、音を立てて崩れ去る。  オードリーの爆裂パンチは、ナトラーの鼻先で止まった。  そして…。  オードリーはゆっくりと崩れ落ちる。かすっただけでオードリーを戦闘不能にさせたのだ。  「戻って、オードリー!」  ミオは悔しそうに、オードリーをモンスターボールに戻した。  「次は私です〜っ!」  代わってハルノが前に出た。モンスターボールからピチューのスカーレットを呼び出す。同 時に竪琴を取り出して、ひとつ、弦を弾いた。  その音でスカーレットは、耳をピクッと動かし、両手を広げて天を仰ぐ。すると、真っ黒な 雨雲が垂れ込めた。  ミオはダンスで、ハルノはハープでポケモンを操る事が出来るのだ。  暗雲は重く垂れ込め、雷を内包して荒れ狂う。スカーレットが天に祈る度に雷が大きく、激 しくなった。  ナトラーは再び口に影の玉を膨らませた。以前より大きく、強く!!  天の雨雲がこれ以上、雷を持てなくなった時! ハルノが激しくハープをかき鳴らした。  チャアーーーーーーーッ!!  幾筋もの雷がスカーレットの指に降りた。それが巨大な電気の球を作り、それをナトラーに 投げつけた!!  ナトラーは影の塊を吐き出した。それが二人の間で衝突する。凄まじい爆発が起こり、スカ ーレットが吹き飛ばされ、目を回した。  爆炎の中でナトラーは、闇の炎をたぎらせ、立っていた。  息を呑んで、カンタがポン太を従え、前に出る。  「ウィズアウト アロゥワンス(手加減なしだ)」  その顔は真剣で、言葉を紡ぐように吐き出した。同時にカンタの瞳が黄金に輝きだす。  不思議な響きを持った声―――。  その声に、ポン太は目をカッと見開いた。その瞳が銀色の光を放つ。  「スタンダップ ゴッド オブ ガイア(立ち上がれ、大地の神よ)」  声はポン太に流れ込み、計り知れない力を生み出す。  ボーーーン  ポン太がひとつ、腹をタイコのように叩いた。  それをきっかけとして、体の中の力が10倍にも20倍にも膨れ上がっていく。  ナトラーもいままで以上の力をシャドーボールに込めた。まるで、夜の闇が全て口に収まる かのように…。  ポン太が口に光の球を宿した。それが急速に大きくなる。  ポン太とナトラーの間で、昼と夜がせめぎ合った。  激しい風が起こり、ミオ達は飛ばされないように地面に伏せる。  極限まで力が高まった時!!  「レット イズ デストラクション(破壊を許す)」  ッドーーーーーーーーンッ!!!  廃墟が光と影に満ち、それを纏った風がうねり、ことごとくビルを破壊していった。  破壊の風が止んだ時。その中心に2体のポケモンが立っていた。  そのうちの一体。闇のオーラを炎のように沸き立たせた、エンテイのようなグラエナが、ゆ っくりと大地に身を伏せた。  満身創痍…しかし、どこか満足そうに微笑んで、息をついた。  そのグラエナにモンスターボールが投げられた。グラエナ…夜の帝王は、笑ってそれを受け 入れたのだった。  真っ黒な夜のスクリーンに、雪色の満月が浮かんでいた。  その月に影を映し、マントをなびかせた一人の男が立っていた。  「やはり、そうか…。」  その一部始終を見ていた男は呟いて…、夜の闇に消えたのだった。  つづく