−第8話−  「うわぁーっん、何で“黄金の瞳”が、発動しないんだよーーーうっ!」  ジム戦のさなか、“短パン小僧のカンタ”が叫んだ。  なぜか真っ赤な顔をしている。  「やはり、“呪文”がないからでは〜?」  旅の連れ、“お嬢様のハルノ”が、おっとりと言った。かたわらには“ポニータのシャル ペロ”が寄り添っている。  「呪文って???」  キョトンとして、カンタが聞く。  「ほらっ、金色の目になる前に、カンタ、なにかゴニョゴニョ言ってたじゃない?」  同じく旅の連れ“ミニスカートのミオ”が言った。勝手に付いて来るポケモン“キルリアの アヤ”も『うんうん』と、うなずく。  「えっ?!オレ、そんな事、言ってたの?」  記憶にないの?  はい、ありません。  巨大なドーム型建造物であるジムの内部はコロッセオになっていた。  昼間だというのに、煌々(こうこう)とライトが照らされている。  ここのジムリーダー、岩系ポケモンの使い手“金髪のマサシ”と、カンタが対戦していた。  ふたりはコロッセオ中央のバトルステージに立ち、バトルを繰り広げていたのだが…。  中央にはマサシのポケモンであるイシツブテと、カンタのポケモンであるカビゴン…みたい なライチュー“ポン太”が向かい合っている。  時々、振り返ってトレーナーの顔を見るが、どうやらカンタ達がお取り込みのようだ。  「どんな呪文だった? チリポロピレン??」  それだっ!! と、アヤ。  「違いますわ〜、たしか〜………。」  眉根を寄せて、ハルノが考える。  「スッポン スポポン スッポンパー でしたわ〜っ。」  確信に手を打って、ハルノが言った。  それだっ!! と、アヤ。  「そんなに長かったかしら?」  ミオがジッと宙を見据え、顎(あご)に手を当てて考えた。  そして、こう言った。  「チンピロ スポーン じゃなかったかしら?」  それだっ!! と、アヤ。  「ばらばらだなァ…。」  カンタは考えた。そして言った。  「じゃあ、間を取って…。」  「メガネ ハナハナ メガネハナーン で。」  ミオ、ハルノ、アヤ。ハッとカンタを見て、声を揃えて言った。  「「「 それだっ!!! 」」」  「お待たせしました、マサシさん。では、行きますっ!!」  あっ、終わったの?  マサシが広げていた文庫本を閉じて、かけていた眼鏡をはずす。  ポン太とイシツブテは、アクビをしていたのを、途中でかみ殺した。  バトルステージに緊張が走った。  風も無いのに、空気がステージの土の香りをトレーナー達の口に運ぶ。  ゴクッ…  誰ともなく、息を呑んだ。  そして、挑戦者は言った。獣が吼えるように。  「メガネ ハナハナ メガネハナぁーーーーーーーンっ!! そして、髭(ひげ)っっ!!!」  やーーーーーーーっ、ポカポカポカ><。  イシツブテが、腕をグルグルと回し、ポン太を殴る。  みぃみぃみぃ  ポン太はうずくまって、イジメられっこみたいに泣いている。  「ダメじゃーーーーんっ!!」  カンタの声が、ジムに木霊した。  カンタ、ジムのはじっこでイジケる。  傍で泣いているポン太をミオのポケモン、ピカチューのメス“オードリー”と、ハルノのポ ケモン、ピチューのメス“スカーレット”が、なぐさめている。  そこにマサシがやってきて、隣に座った。  「どうしてポケモンが言う事を聞かないのか、分からないのかい?」  優しく語りかける。  「はい。それと、やっぱり髭じゃなく鼻毛だったのかなァって、考えていました。」  地面に「の」の字のカンタであった。  「それは、さて置き。」  なにを、さて置き?  「キミはクルミを割る時、削岩機を使うかい?」  剣道の試合に、真剣を持ち出してはいけないよ。  ポケモンに対する思いやりがどうの、愛がどうのと言い出すかと思ったら、まるでなぞなぞ のような事をマサシは言った。  「答えはそこにある。と僕は思うよ。」  そう言って、笑い掛けた。  「口説いてます?」  まさか。と笑ってマサシは立ち上がった。そして言った。  「キミにはリーグチャンピオンになるよりも、もっと重要な役割があるのかもね。」  それってどういう意…  「マサシさーーーーん、新しいジム挑戦者が来ましたよーーーー。」  カンタがなにか問いかけようとした時、マサシを呼ぶジムメンバーの声がした。  「ちょっと行って来るよ。」  マサシは手を振って行ってしまった。  カンタは少しだけ考えて、マサシの後を、ポン太を連れて追いかけた。  新たなジム挑戦者はカンタと同じ“短パン小僧”だった。  カンタより、ちょっと小柄で華奢な体。野球帽は目深にかぶり、その鍔(つば)で顔を隠し ていた。  胸には愛らしいピッピを、両手で抱いている。  その仕草が、まるでその子を女の子のように見せるのだが、帽子から覗く刈り上げた頭部が 男の子だと主張していた。  帽子の鍔から覗くような目が、鋭くマサシを射抜いていた。  「いくよ、リードくん。」  マサシの声。どうやら挑戦者の名前は“リード”と言うようだ。  マサシはイシツブテを出した。対するリードは…  「……………。」  無言でカビゴンを出した。  カーーーンッ  バトルのゴングが鳴った。フィールドに緊張が走る。  「いけっ! イシツブテ、体当たりだ!!」  イシツブテのたいあたりが決まる。しかし、まったくダメージがあるようには見えない。  「あれ〜、ビクともしませんね〜。」  ハルノの声がした。まったくそのとおりだ。  そして、声が響いた。  それは不思議な響きを持った、どこかで聞いた、呪文のような“言葉”だった。  「ネバー マーシー(絶対に許さない)」  淡々とリードの口からもれた。高い声だった。  同時にリードの瞳が黄金に輝きはじめる。それと共に、見開いたカビゴンの瞳は銀色に輝き だしたのだ。  カンタ達が驚きの声をだした。  「セットアップ ガッデス オブ ガイア(いくよ、大地の女神)」  紡ぎだす呪文の詠唱が続く。  言葉と共に、カビゴンの口に光が宿って、どんどん大きくなっていく。  「カンタさま〜、これって〜…。」  ハルノが困惑した声を出す。  間違いない。響きと文句は違うが、カンタがトラと戦った時と同じだ。  だとしたら…。  カンタの背中を冷たい汗が流れた。無意識にカンタの手が動き、人差し指がイシツブテを指 した。  ポン太が動いた。なにも躊躇う(ためらう)ことなく。  「ゴー ジェノサイド(虐殺しろ!!)」  声は無情に出された。  イシツブテは、なにもしなかった。いや、出来なかった。マサシはイシツブテを守ろうと、 モンスターボールを出した。しかし、それが遅すぎる事を、誰よりもマサシが良く知っていた。  そして世界は…。  白の閃光と、耳の能力を超えた爆音で塗りつぶされた。  爆風に耐える為、身を伏せたカンタ達が身を起こすと、ジムは崩壊し、煙るホコリの向こう に青空が見えていた。  公園の緑の向こうに、高いビル群も見える。そのビルへの視線をさえぎって、イシツブテを 守り、ポン太が仁王立ちになっていた。  ボロボロになった体中から、血を流している。  グラ…  ポン太がヒザを折った。そして…。  ズズゥンン………  ゆっくりと、地面に倒れた。  地面に血溜まりが広がっていく。  ポン! ポンッ!  ミオのモンスターボールからピカチューのオードリーと、ハルノのモンスターボールから ピチューのスカーレットが現れ、ポン太に駆け寄った。そして正体をなくして泣き叫ぶ。  マサシが、キレて怒鳴った。  「いったい、なにをするんだ! ポン太が庇わなければイシツブテは死んでいたぞ!! そ れどころか、ビルが倒壊し、たくさんの死者が出るところだった。」  「弱い奴が死ぬのは当然だし、人間なんか、うじゃうじゃわいて、まるで虫じゃんか。ちょ っとぐらい減ればいいのさ。」  即答されたその言葉は、なんとリードが抱いたピッピから発せられた。  それにミオがキレた。  「あなた“何様”のつもり!?」  フッとバカにするように笑って、ピッピが答えた。  「この方は、1000年彗星によって選ばれた者。人間の代表である。」  ひあえおろう、とピッピがふんぞり返った。  カンタは…。  無言でポン太に駆け寄った。そして…。  「フンギギッ!!」  ふんばって、400kgを超えるポン太を担ぎ上げる。  ズシーン… ズシーン…  そして、ポケモンセンターに向って迷いなく歩き出した。  「ちょ…、ちょっと、カンタ!?」  ミオが呼び止めるが、カンタは振り返りもしない。ミオは仕方なく、カンタを追いかけた。  ハルノはその場に踏みとどまった。  うふふふふふふふふふふふふっ  なぜか、嬉しそうに笑っている。  「選ばれし者だとっ!?」  マサシが言った。  「そう、1000年彗星が現れる時、ポケモンの神々が人間とポケモンとの関係を決める。そ れどころか、悪い人間を彗星の衝突で滅ぼす。それを決定する権利を持つ人なのだ。」  マサシは絶句した。あまりの傲慢に、唖然とした。  「素敵ですわ〜〜〜っ!!」  ハルノが喜びの声で、ピッピの手を握った。  「なんて、ひどい人なの〜、あなたは。あのあのっ、遠慮なく憎んで構いませんよね?   よね〜? ああっ、神様、感謝します。このような悪人を人間の代表に選んで頂いて…。」  心底感謝して、神に祈りを捧げるハルノに、ピッピとマサシは唖然として、開いた口が塞が らなかった。  「ああ〜っ、さっそく報告にあがりませんと…。それでは私はこの辺で失礼致します〜。」  シャルペロさん、まいりましょう。と、隣に寄り添うポニータに声をかけて、ハルノは両手 を腰に当ててスキップしながら、ジムの崩れた入り口から外に出ていったのであった。  ポカンと口を開けたまま、それを見送ったふたり…ピッピとマサシは、ハッと気が付いて、 向き合い、火花を散らせた。  「さ…さぁ、俺たちの勝ちだ。バッジを渡しな。」  ピッピが言う。  「ふ…ふざけるな。おまえらにバッジを持つ資格などない!!」  「ち…力ずくで頂くナリ!!」  なんだか、ハルノ毒にやられたふたり、言葉がヘン。  「カンタさまぁ〜。」  ハルノが追いつくと、歩くカンタの傍にはミオとオードリー、スカーレット。そして、トラ が居た。  私が背負おう。  トラがカンタに、目で言う。  「ありがとうございます。しかし、僕はポン太の親ですので。」  自分が背負います。と、カンタ。  ムリをするな。間に合わなくては、元も子もない。  と、トラがポン太の腹の下にもぐる。  こうして、ふたりはポン太をポケモンセンターに運んだ。  ポン太はすぐに集中治療室に運ばれた。  手術室の前で、カンタは祈るように手を組んだ。  首は垂れたまま、床を見つめていた。  ミオとハルノに、カンタにかける言葉もなく、ただ肩にそっと手を置いた。  再び、岩系ポケモンジム。  ズガァーーーン!!  マサシの持つ最後のポケモンが倒れた。余波を食らったマサシも地面に伏して起き上がる事 が出来ない。  「意外にしぶとかったな。じゃあ、頂いていくぜ。」  ピッピが言って、リードがマサシの手にあるバッジを拾った。  それを見てピッピが邪悪に笑った。  「今年のリーグトーナメントは面白いぜェ。楽しみにしてな。」  夕焼けに、サイレンの鳴る都市に、ピッピの高笑いが響いた。  リードと呼ばれる短パン小僧は…ただ黙っていた。  そして、数十分後………。  「では、モンスターボールから人間が現れたのですね?」  崩れ落ちたジムに、ジュンサーさんが来てマサシに事情を聞いていた。  あちこちに救急要員や警察官が居て、生存者の救出や、現場検証を行っている。  マサシも応急処置を受けている。  担架に座って、上半身を起こしたマサシが頷いた。  「現れたのは忍者という話ですが…。」  そこでジュンサーさんが一枚の写真を出した。そこにはジムリーダー“キョウ”の顔が写っ ていた。  「この人ですか?」  マサシは首肯した。  「そうですか…。娘さんから行方不明の捜索願いが出ているのです。他にも数件、行方不明 者の捜索依頼があり、同じようにモンスタボールから人間が現れたという報告…そしてポケモ ンが人間をモンスターボールに捕まえたという情報も…。そしてーーーーー。」  「自分が“選ばれし者”だと言う輩(やから)が数人。騒動を巻き起こしています。」  ジュンサーさんの言葉にマサシは、リードとの対戦を思い出して、寒気を覚え、自分の腕を 抱いた。  「ジュンサーさん…。選ばれし者とは、いったい…?」  ジュンサーはファイルを置いて、マサシを見た。  「人間の存亡を決める権限を持つ、神々に選ばれた人間って話よ。二人の巫女を連れ、光の カビゴン、闇のエンテイ、闘神のバシャーモ、精霊神のキュウコン、不死鳥ホウオウに守護さ れている…。」  「うわさ…ですよな?」  顔を向けられずにマサシが聞いた。  「いいえ。」  ジュンサーは目を閉じた。  「古い時代の伝説と予言、神話。そして、1000年前に実際起こっている…人間の歴 史よ。」  マサシは疲労に襲われ、首を垂れた。頭上に、尾を引かない…今はまだ小さい彗星が浮かん でいる。  夕闇が…深まっていた。  大人が10人、手をつないでも囲む事の出来ない大木が林立する森に、チャーレムとアサナン の姉弟が居た。  『やばかったよー、大人が居るんだもん。叱られるところだったよー。』  チャーレムが胸を撫で下ろす。  『こわかったよーっ、おねえちゃーん。』  アサナンが情けない顔をして泣いている。  『うんうん、あいつらに手を出すのは、もうやめようね。』  チャーレムが心底、恐がって言った。  そこへ羽音がして、ヨルノズクが姉弟の近くに降り立った。  『ほら見なさい。悪いことをするもんじゃないってアレほど言ったでしょう(バカだなァ) 。これに懲りてヒューモンなんかやめて、リッパなポケモンになる為に、もっと勉強しなさ いよ。』  ヨルノズクは、そう、言い捨てて、飛び去ってしまった。  ………………。  『私…、あの“ブレードダンサー”と“短パン小僧”、絶対ゲットする。』  チャーレムはヨルノズクが飛んでいった方を見つめ、拳を握り締める。  『僕も…。』  アサナンの額に青筋が立っている。  姉弟は決意を新たにした。  ここはポン太が担ぎ込まれたポケモンセンター。  その集中治療室は深夜になっても灯りがついていた。  その扉の前に、座ったカンタは姿勢も変えず、ミオやハルノが心配するくらい、じっとして いた。  カンタは目を硬く閉じて祈った。  ポン太、死なないでくれっ!  つづく