初めは、めずらしいもの見たさだった。  チョウジタウンの北にあるいかりの湖で、ギャラドスが大量発生していると聞き、通行料を 1000円も払って、見に来たのだった。  そこで見たものは、濁った水と、打ち上げられた瀕死のマリル。そして、湖上に姿を現した 真っ赤なギャラドスの姿だった。  マリルに元気のかけらを使ってから、おそらくマリルをこんな目にあわせた張本人であろう 赤いギャラドスをにらみつけ、ボートを操って文句を言いに行った。  しかし、近付くとその赤ギャラドスの姿にびっくりした。  「傷だらけじゃない!」  おびえて、誰も信じられなくなった、赤いギャラドスの目を見つめ、叫んだ。  「なぜ傷つけるの!?他人も自分自身も!!」                  −赤い夕日が沈んだ後で−  戦うしかなかった。それしか出来なかった。  戦い終わった湖のほとりで、赤いギャラドスが残した赤いウロコを握り締め、私“実結” (みゆうと読む)は、泣いていた。  赤いギャラドスの、他人を傷つけ、同時に自分自身を傷つけていたことが、くやしくて情け なくて泣いた。  でもそれ以上に、なにも出来ない無力な自分が、大嫌いで泣いていた。  その時、水音がして、誰かが実結の元に歩み寄った。  顔を上げると、マントを着た少年が、なぜかずぶぬれで立っていた。  少年は名を“ワタル”と名乗り、実結を見つめて言った。  「謎の怪電波がポケモン達を強制的に進化させている。やめさせたいんだ、手伝ってくれないか?」  あ・・・。  心当たりがあった。  チョウジタウンに、見るからに怪しげな男たちが、経営する店があった。  しかも、その店には、かつてロケット団が商品にしていた、ヤドンのシッポが売られていたのだ。  怒りの矛先が、その怪しげな男たちに向く。  きっと、あの赤いギャラドスも、無理な進化で狂ってしまったんだろう。  実結は涙を拭いて立ち上がった。  ワタルと握手をして、チョウジタウンに行こうとしたとき、ワタルが実結に濡れたモンスター ボールを握らせた。  なに?と視線で問い掛ける実結にワタルは答えた。  「君のモンスターだよ。」                      −竜使い“ワタル”−  ふたりはポケモン犯罪組織“ロケット団”のアジトとおぼしき店に踏み込んだ。  「ロケット団!今すぐ怪電波を止めるんだ。」  ワタルがそう言うと、店内にいた大男がつかみかかってきた。  ワタルは動じず、なぜかモンスターボールを取り出して、わざと大男につかませた。  大男は不気味にニヤリと笑った。この大男は、素手でモンスターボールを握りつぶしたことも あるロケット団の用心棒だったのだ。  大男が手に力を込める。実結が悲鳴をあげる。  しかし、モンスターボールは、つぶれるどころか、ゆっくりと開いていくのだ、圧倒的な威圧 感とともに。大男の顔が見る間に引きつっていった。  「出でよ!カイリュー!!」  ワタルの呼び声に、おたけびをあげて、一体のドラゴンポケモンが現れた。大海のごとく 存在感を持ち、深海の様に深く、優しい瞳と、絶対のような力を秘めたポケモン。カイリューが。  カイリューが大男を軽く突く、ただそれだけで大男は、壁までふっとばされた。壁に激突し、 地面に倒れ、そのままうめき声をあげて、動かなくなる。  カイリューが、ワタルを振り返る。ワタルは、カイリューを見つめて、力強くうなずく。 その、やさしく力強いワタルの目に、実結の胸が、なぜかドキッとした。  生まれて初めての感覚に、実結は戸惑ったが、今は怪電波を止めるのが先だ。  ワタルが店内に隠し扉を発見する。  「実結ちゃん、先にいくよ。」  ワタルが声をかけた。  実結は慌てて、大男を触診し、生命に異常がないことを確認してから後に続いた。 それを見てワタルは、なぜかやさしげな目を、うれしそうに細めた。実結の胸がまた小さく音を立てた。                    −ロケット団員の唄−  ロケット団員の“クレオ”は、吸っていたタバコを投げ捨てた。それを見た神経質な研究員 がイライラとした風で注意する。  「君!研究室でタバコは吸わないでくれないか。しかも投げ捨てるなんて、ちゃんと片付けてくれよ!」  クレオは、けだるげに答えた。  「あんたはゴミを拾うタイプの人間かい?」  そうは見えないな、と続くような口調で言った。  あくまで態度の悪いクレオに研究員はキレた。  「なぜ私がゴミ拾いなどしなければいけないんだ!!」  ヒャハハハハ  と、クレオはクレイジーに笑った。  「ちがいねぇ、わかったよ。拾っておくよ。」  しかし、クレオは拾うそぶりも見せずに、新しく取り出したタバコに火をつけた。吐き出した 煙にクレオの過去・・・、中学生時代が映し出される。  クレオは、飲んだジュースの空き缶を投げ捨てた。  それを見た教師が、クレオを怒鳴りつけた。  クレオはいわゆる不良だった。成績も悪く素行不良、不良のうえに落ちこぼれだった。 教師は容赦なくクレオを怒鳴りつけた。クレオはしかし、ニヤニヤしながら言い返した。  「しかしよぉ、先生よぉ。ひとつ聞くけどあんた、ゴミが落ちてたら拾うかい?」  教師は当たり前だ。と、憤慨して答える。クレオは、やはり、ニヤニヤしながら言った。  「でも、俺が落ちていても拾わないよなぁ。」  教師の顔が真っ赤になった。  クレオは勝ち誇ってタバコを取り出し、火をつけて大きく吸った。吐く煙をばかにしたように 教師の顔に吹きかける。  クレオは当然、教師をばかにしていた。  クレオにしてみれば、ゴミを拾って人を見捨てる人間に、払う敬意などなくて当然なのだ。 逆上して、つかみかかってくる教師の目に、火のついたタバコを押し付けた。それが原因で クレオは退学となり、やがてロケット団に入団した。そこで悪事の実行力が認められ、 ボスの部屋のパスワードを、預かるまでになった。  ロケット団のアジトに警報が鳴り響く、侵入者だ。  あいかわらずタバコを、くゆらせているクレオの前に、二人の侵入者が現れた。  怒った風の女の子と、冷静そうな少年。ボスの部屋のパスワードを聞いてくる二人を前に、 クレオは、けだるげに答えた。  「あんた、ゴミが落ちてたら拾うかい?」                   −ミユウのかくれんぼ−  実結はかくれんぼが嫌いだった。  と、いうか怖かった。  いつまでも・・・。夜になっても見つけてもらえないんじゃないかと思うと、怖くてしかたな かったのだ。  実結は、気の強い“なにわっ子”だ。犯罪組織に真っ向から立ち向かう程の。だから誰にも女 の子らしいところとか、意外と精神的に弱いこととかを、見つけてもらえないでいた。  実結のかくれんぼは、とっくの昔に始まっていたのだけれども、終わってはいなかった。  ロケット団員のクレオは答えを待たずにポケモンを繰り出した。  「出ろ!ベトベトン!!」  二人の前にヘドロポケモンのベトベトンが現われる。  クレオの問いかけを、真剣に考えていた実結が、びっくりして飛び上がる。  その時、ポケットに入れていた、赤いウロコがこぼれ落ちた。  それを見つけてクレオがクレイジーに笑った。  「殺したか?おまえ。あの、あわれな赤いギャラドスを。」  コロシタ  その言葉が、実結の胸に罪の棘を、突き刺さした。  自分を責めるような表情を見せた実結に、クレオが追い討ちをかけるかのように言った。  「あ〜ぁ、かわいそうだねえ。あいつはただの犠牲者なのによぉ。おまえはひどいやつだよ。 かわいい顔して、この…、」  「ポケモン殺し!!」  ワタシハ ポケモンゴロシ  実結は握っていたモンスターボールを取り落とした。目に涙があふれる。  そのチャンスをクレオは見逃さなかった。  「いけ!ベトベトン、ヘドロこうげき!!」  実結は避けようとしなかった。  ポケモンを出して対抗しようともしなかった。  悲しみとあきらめの目でただぼんやりと、ベトベトンの吐き出したヘドロが襲い掛かってくるのを待っていた。  「ミュウちゃん!!」  それをワタルが身を呈してかばう。  背中にポケモンの技を食らって、床に転がるワタル。泣き出す実結にワタルが言った。  「ポケモンを出せ、実結!応戦するんだ!!」  実結は取り乱し、混乱して泣きわめきながら答えた。  「嫌や!うちなんか、死んでしもたらええんや!!」  クレオは狂ったように喜んでいる。ワタルは真剣になって怒って・・・、  パァン!!  大きな音がして、ワタルが実結の頬を叩いた。  ワタルは実結をまっすぐに見て、吼えるように言った。  「命を侮辱するな!!」  ミツカッタ ミツケテ モラエタ  アタシノ “イノチ” ヲ  ドクン  実結の鼓動が大きく鳴った。  体があったかくなって、力強く呼吸出来る。  恐怖は残っていた。  しかし、それを振り払って有り余る勇気が、体中から溢れた。  心がメキメキと音を立てて大きくなって体を突き動かす。  感動は、それを表現する言葉を超えて、声がはっきりと大きく仲間を呼んだ。  「クロバット!!」  モンスターボールから、“こうもりポケモン”が現われた。  ベトベトンがヘドロこうげきをするが、たいして効果がないようだ。クロバットはその発達し た翼で、力強く空を蹴る。  「クロバット!あやしいひかり!かげぶんしん!」  実結の指示を受けてクロバットは、いくつもの残像を残しながら高速で飛翔し、同時にあやし いひかりを発して、ベトベトンを惑わせた。  「ヒャハハハハ!すげえ!すげえ!」  狂ったようなクレオの声が響く。  クレオもベトベトンも、右も左も敵も味方も分からなくなって、無茶苦茶に攻撃した。  あやしいひかりが止んだとき、そこには自分の攻撃と、クロバットの翼に打ちのめされ、ずた ぼろになったベトベトンが、ゴミのように転がっていた。  実結はベトベトンに駆けつけて診察し、命に別状がないことを確認して、安心のため息を漏らした。  勝負はついた。一瞬だった。  パスワードを聞き出して、立ち去ろうとするワタルをクレオが呼びとめた。  「おい、あんたの答えがまだだぜ。」  ワタルが振り返る。クレオがテーゼ(命題)を与える。  「あんたはゴミが落ちてたら、拾うのかい?」  ワタルは考えながら、ぽつぽつと答え始めた。  「ゴミを拾うときれいになるな…。でも、人間は…落ちていても拾えないことのほうが多い な。特に自分で自分を捨ててしまったやつは、どんなに他人が頑張っても拾えないな。」  そして、その後の言葉はつぶやくように、ひとりごとのように語られた。  「人間はゴミじゃないから。」  「ヒャハハハハ。」  クレオは今まで以上に大きく、狂ったように笑った。  「おまえら、おもしろいなぁ。気に入ったよ、また会おうぜぇ。」                −ポケットモンスター−  「研究の邪魔をする悪い子はおしおきだな。」  神経質そうな研究員が、実結の前に立ちはだかったが、実結は楽勝で研究員に勝った。  奥に行こうする実結の後ろで、研究員が言った。  「研究は大成功、私は出世間違い無し。負けたくらいどうでもいいか。」  その言葉にカチンと来た実結は、戻ってきて研究員を締め上げた。  「研究のためだったらポケモンになにをしてもいいって言うの!?」  研究員は意外そうに答えた。  「当たり前だろう、私には関係ないね。」  ブチッ!  実結がキレて拳を振り上げた時、ワタルから受け取ったモンスターボールが震え始めた。 そしてそのモンスターボールから、あの赤いギャラドスが飛び出した。  怒りに狂った赤いギャラドスが暴れまわる。  研究施設はあっという間に、ことごとく破壊されていく。そのすさまじさに実結は震えあがった。  ギロッ!  赤いギャラドスが、研究員に振り返る。研究員は小さく悲鳴を上げてあとずさった。ギャラド スは研究員にかみつき、無茶苦茶に振り回した。  死んじゃう!  そう思うと、実結は泣きそうになって立ちあがった。そして赤いギャラドスにすがり付いて叫ぶ。  「もういい!もういいから!!」  泣いた。泣いてすがった。  「もう充分だから…。」  ギャラドスはぴたりと止まった。そしてゆっくり研究員を降ろす。研究員は走って逃げ去った。  実結はギャラドスの目を見つめた。  澄んだ目をしている…、そう思った。  「あたしのポケットに入ってくれる?」  実結は尋ねた。ギャラドスは頷くかのように静かに目を閉じた。  「もどれ!ギャラドス!!」  赤いギャラドスが光になってモンスターボールに戻って行った。  実結は見た。  今、掌にあの凶悪ポケモンが居る。  実結はまるで大切な授かり物を受け取るかのように、両手でモンスターボールを包み込んで、 胸に抱いた。そしてポケットに収める、  自分の“ポケットモンスター”を・・・・・・・。 おしまい