「・・・どうしよう。」 1人の少女が呟いた。 「道、迷った。」 ‖雲のうしろに‖ 雨。 森の中。 肌寒さ。 シンシンと、静かな音が耳に響く。 梅雨時期でもないのに数日間続いた雨。 一向に空が晴れる気配は無い。 上を見上げても、木々の葉達が視界を塞ぐ。 ただ、同じ場所を2日くらいグルグルと周っている事だけは解かる。 少女は失敗したと思った。 いつもは川沿いや海、水のあるルートを道に選ぶ。 だが今回に限ってその目的地は、ルートにこんな漠然とした広い森を用意していた。 この森を抜けないと、目的地には着けない。 地図もコンパスも役立たず。 2日も1人でさ迷って、まだ年若い少女の心は日に日に不安を増して行った。 「はぁ・・もう、どうしたらいーのっ。」 少女はそこでしゃがみ込んだ。 足が棒のように重い。 体がズシリとだるい。 頭がグラグラする。 ただの疲れじゃない。 「・・・・・・風邪・・・引いたかな。こんな時に限って。」 ポツリと、髪の先から雨の粒が落ちた。 傘も無い少女の荷物。 冷たい雨と冷たい風に、すっかり体はダウンしてしまった。 「はぁ・・」と、再び溜息。 シンシンと、雨の音だけが自分を包み込む。 「・・今頃何してんのかなぁ・・・。」 なんとなくその時、暖かな記憶を思い出した。 「・・ポケモン、強くなったかな。」 懐かしさを覚えて、なんとなく微笑む。 そうしてれば、この心細さも少しは薄れるから。 ・・もう、会えないのかもしれないのにね。 想いを告げる事なんてなかったし。 笑って「バイバイ」って手を振ったし。 その人だって、自分と同じ様に素敵な人見つけてるかもしれないし。 もう私の事なんて・・――忘れてしまったかもしれないし。 でも・・・ 胸の中にあるこの熱いモノはホンモノで・・ちょっとやそっとの雨じゃ、とても冷えてくれそうにない。 「・・・ダメだね。  諦め悪い。」 そう言って、少し頭を押える。 なんだかさっきから、ジンジンと痛みを感じ始めた。 「・・ヤバイなぁ・・・風邪なんて、5歳の時以来、ひいた事なんてなかったのに・・・」 半分遭難状態の今。 雨も止んでくれる気配は無い。 なんとなく、身の危険を覚え始めた。 森。 雨。 茂みの草花達。 1人の少年。 足場の不安定な道をようやく抜け、少し広くなった道に出て来る。 すっかり疲れ切った相棒の頭を撫で、その濡れた特徴的な前髪を整えてやると、静かにモンスターボールに戻してやった。 「・・・フゥ。」 彼もまた、道に迷っている者の1人。 ポケモンマスターを目指す旅の途中、今朝、ようやくこの森に入って来た。 彼もまた、どこかの目的地に向かっているらしい。 「・・夜になれば、星で方角が解かるから・・・それまで待たないと。」 曇った空を仰ぎ見て、「でも、星見えるかなぁ・・」と呟くと、どこかに休める様な場所はないかなと、辺りを見回した。 下手すればこの雨降りしきる寒い道端で野宿だ。 誰だって、それだけは避けたいものである。 どこかに山小屋の様なものでもあればいいんだけど・・と、少年は再び歩き出す。 ・・と、その時、突然何かの音が耳に入った。 「・・?」 もう一度耳を研ぎ澄まし、その音をじっくりと聞き込む。 ガオ――ッという音。 ポケモンの声。 凶暴な・・・リングマ? ・・・どうやら野宿は危険そうだ。 改めてそう確認すると、少年は再び歩き出した。 ・・だが、事態は突然変わった。 微かに悲鳴が入ったのだ。 それも、リングマの声が聞こえた方向と同じ。 短く、息を切らすような、高い悲鳴。 少年は顔を上げた。 「・・・レオン、頑張れる?」 そうモンスターボールに問いかけた時、少年はもう走り出していた。 元気に動く音がボールから聞こえる。 少年は「よし。」と、スピードを速めた。 雨の降りしきる森の中、ザッザッザと草を掻き分けて現場に向かう。 一刻を争う状況。 元々正義感の強い少年。 こういう事態は何度か経験しているらしく、的確に場所を定めて走るスピードを速めて行った。 「ガオ」というポケモンの低く地響く様な声。 (・・いた!) 影を見極め、少年はザッと茂みを飛び越えた。 「レオン!!」 「ちゅうッ!!」 飛び出すと同時に小柄なポケモン、ピカチュウがリングマに飛び掛かる。 突然顔面に小柄な何かが貼り付き、リングマは思わず怯んで足を縺れさせる。 そのスキに少年が、襲われた被害者の元へと駆け寄った。 ――ハッとした。 ――――コダック。 ――――1人の少女。 しゃがみ込んだ少女を庇うように、リングマに身構えている傷だらけのコダック。 見覚えのある、少女の姿。 「・・・ツバキ・・?」 少年が呟く。 少女がハッとし、下を向いていた顔を持ち上げた。 「・・・ヒロシ・・・・・?」 会いたいと願っていたその人。 懐かしい友達。 雨で視界が霞んでいるものの。 幻・・ではないらしい。 ・・その時、小動物の、短いカン高な悲鳴が聞こえた。 「レオン!!」 ハッとヒロシが振り返り、リングマの爪で地面に叩き付けられたレオンを抱える。 凛々しそうなコダックですら傷だらけになるリングマの力。 一瞬でレオンの体は傷付けられ、ヒロシは急いで応戦を繰り出した。 「クルーズ、砂嵐!!」 主人の指示に、クルーズ・・サナギラスは体を回転させて、強烈な砂の嵐をリングマにお見舞いした。 思わず目を瞑って怯んだそのスキに、レオンが凄まじい光(フラッシュ)を浴びせる。 突然の光に驚いたリングマは、そのまま目を覆いながら森奥へと逃げて行った。 緊迫感からようやく解き放たれ、・・はぁ・・・と、長い溜息をつく少年、ヒロシ。 レオン達をボールに戻すと、ツバキの所まで行って、屈み込む。 「大丈夫?」 「・・うん。私は大丈夫・・・」 そう言って、少女・・ツバキはチラリとコダックを見る。 その視線に気付き、ヒロシもコダックを見やると、ツバキを守ろうと身を張ったらしいコダックは体中に痛々しい生傷を付けていた。 大丈夫だと言わんばかりに自分達に首を振ってくるコダックに、ヒロシは優しく微笑を返した。 「ちょっと待ってね。まだ、傷薬が残ってるから。」 そう言ってリュックを下ろし、中からポケモン用の薬を取り出す。 ・・といっても、もう1回分くらいしか残ってないのだが。 今朝の街で、新しく買っておけば良かったなと反省しつつ、その残り1回をコダックに使ってやった。 優しい表情でコダックを手当てしてくれるヒロシを、ツバキは朦朧とする意識の中、その霞んだ目で虚ろ虚ろに見守った。 夢・・でもないみたい。 ようやく手当てを終え、ヒロシが「これでよし。」とコダックの頭を撫でる。 「ツバキは?ケガ、ない?」 そう尋ねられ、ツバキは少し遅い反応で小さく頷いた。 「・・・”久しぶり。”だよね。」 改めて確認する様に、ヒロシが呟く。 「・・・・うん。」 ツバキもそれに応じる様に、頷いた。 「ヒロシもこの森来てたんだ。」 ゆっくり立ち上がりながら、ツバキが言う。 「うん。・・でも、ちょっと迷っちゃった。」 はは・・と苦笑して、頭を掻くヒロシ。 ツバキが「あたしも。」と苦笑して、こう続けた。 「ちょっと・・ううん、かなり。森の事、甘く見てた。  いつもは海とか川とか、水のあるルート選ぶから・・  森は、野生ポケモンが多いから気を付けろって、村の人に言われてたのにね。」 そこまで言った時だった。 ―――グラ・・ 目の前が、急に真っ暗になる。 それから、体に小さな衝撃。 耳元で、自分の名前を呼ぶヒロシの声が聞こえた。 「――ツバキ!?」 自分の胸に倒れ込んで来たツバキの名を、もう一度叫ぶ。 「・・・・あー・・大丈夫、大丈夫・・・」 そう言って、なんとか重い自分の体を立たせる。 「大丈夫って・・・熱が・・・!」 「へ、平気。ホント。  寄っかかっちゃってごめん。大丈夫だから。」 弱々しい、苦笑する声。 ヒロシは雨を見て、何をすべきか考えると、すぐに自分のベストを脱いだ。 ツバキの体を支えてやりながら、それを肩にかけてやる。 「とにかく、どこかで休もう。  このままじゃ、ますます体温上がってくよ。」 真剣な瞳でそう言われ、重い体を案じてツバキも小さく頷いた。 ザ――――――――――・・・ 雨が激しさを増す。 やはり、小屋なんて何処にもない。 痛いくらい体に当たる雨に、ヒロシはやむおえず近くの大きな木の下で身を潜める事にした。 そこは空洞になっており、幹から根っ子にかけて、円を描く様に小さな雨宿り場を作ってくれている。 雨に当たらない様に、なるべく奥の方で体を休める事にした。 「・・ごめん、  結局小屋、見つかんなかったよ。」 申し訳なさそうに、ヒロシが言う。 「・・ううん。」という、小さく漏れる様な返答が聞こえ、ヒロシはこう続けた。 「眠った方がいいんじゃない?」 そう言ってから、湿気た地面に気付く。 「寝袋あるし。」 心配そうに自分の顔を覗き込むヒロシに、ツバキは少し微笑んで掛けてもらった毛布を握り締めた。 「大丈夫だよ。  もたれかかってるだけで平気だから。」 その笑顔を見てちょっと安心したのか、「そっか・・」と呟くと、ヒロシも一緒に幹にもたれかかって、体を休めた。 すぐ隣で、ビショ濡れになった帽子を脱ぐヒロシの仕草にドキドキしながらも、ツバキはなるべく明るめの声でこう言った。 「あ、あんまり近付かない方がさ!  風邪、うつしちゃうといけないし・・!」 本音は、(距離近過ぎて心臓止まる〜〜〜!)と言った所か。 「はは、大丈夫だよ。  結構これでも、体タフだから。」 そんな事に気付くはずもないヒロシは、いつもの笑顔で優しくそう返した。 「そ、そう・・」としか返せないツバキ。 ヒロシが大丈夫でも、私がヤバイ状態なのよぅ・・・とも言い返せないし、ツバキは黙っている事にした。 「こーゆートコも、サトシと似てんだろうねきっと。」 「う、うん・・」 こーゆートコは、カスミと似てないんだろうな私はきっと・・ ・・と、ヒロシの発言に対抗するように、心の中で呟くツバキ。 カスミは、サトシ君とず――っと一緒に旅してるからこういうシチェーションになった事、何度かあるだろうし・・ 平気だったのかな・・ 一緒に旅してたら案外平気なものなのかもね。 それとも私がウブなだけとか。 隣に座られただけで心が溶けちゃいそうになっちゃうワケだし・・・ 心の中で苦悩するツバキ。 やっぱりそんな事に気付くはずもないヒロシは、リュックからラジオを取り出して何度かチャンネルを合わせていた。 だが、スピーカーから聞こえて来るのはザーザーという波音だけ。 天気予報でも聞ければと思っていたが、こんな山奥まで電波は届かないらしい。 「・・やっぱダメか・・」 大きく雨音を打つ入り口を見つめて、呟いた。 「・・ついてないね。」 「はぁ」と、溜息混じりに呟くヒロシを見て、ツバキは少し目線を落としながらこう返した。 「・・でも、私はヒロシともっかい会えたーってだけで、  すっごく、嬉しいけどなぁ・・・・」 「我ながら勇気有る発言をしたわ!」・・と、自分を自分で褒め称えてからヒロシの反応をチラリと見やる。 が、ラジオをリュックにしまっている最中。 ――聞けよ!! ・・と、心の中でツっこむ。 ・・何度このパターンを経験した事か。 こういうトコも似てんですよ、サトシ君とね。 ・・まぁ良いけどさ。 「・・どこ行こうとしてたの?」 「え?」 ヒロシがふと呟き、ツバキがそう返した。 「森に入るなんて、珍しいなぁって思って・・」 「・・ああ、うん・・」 いずれ聞かれるだろうと予測していたので、ツバキはすぐにこう返した。 「湖にね。行こうと思って。  水ポケモンがたくさん居るっていう条件はもちろんの他、  すっごく綺麗な風景だって聞いて・・興味あって。」 少し楽しそうに話すツバキを見て、ヒロシは「そっか」と微笑んだ。 ザ――――――・・・ 激しい雨音が空洞内に響く。 肌寒くて、湿気さが身に染みて、なんとなく沈黙が続いた。 「・・・あたしね。」 そんな沈黙を消すかの様に、ツバキが呟いてヒロシが振り返る。 「・・・・・」 そこで言葉に詰まった。 続きは言えない。 「・・・ヒロシさ、また、行っちゃうんだよね。」 そう思って、別の話題に乗り変える。 「行っちゃう・・って?」 「だからぁー・・  ・・・旅・・?」 上手く言えないのか、少し口篭もりながら続けた。 「そうなったら、旅の目的違うから、また、離れなくちゃなんない・・よね。」 「・・・・」 自分でも、何言ってんだかわかんなかった。 ヒロシの不思議そうな目が自分を見ているけど、振り返れない。 ザ――――――・・ また、さっきの様な沈黙が戻って来た。 ヒロシがもう一度顔を上げ、何かを言おうと口を開いた、その時だった。 ザッザッ・・・ 「・・?」 遠くから、何かが近付いて来る足音が聞こえる。 「ちょっと待ってて。」 なんとなく予感を覚えたのか、静かにヒロシが立ち上がって入り口付近まで駆け寄って行った。 激しさを増す雨の中に、影が見えた。 1つじゃない。 少なくとも、7つくらいは。 「・・・・・」 静かに、モンスターボールを取り、見つめる。 「・・・レオン、もう1回頑張ろっか。」 少し苦笑の入り混じった声。 ツバキが不思議そうに首を傾げた。 「ヒロシ??」 その声に気付き、振り返ると、ヒロシはにこりと微笑んだ。 「すぐ戻って来るから、ここで待ってて。」 「え?」と、どういう事なのか尋ねようとする間も無く、ヒロシはグッと帽子を深く被った。 ザッと駆け抜ける音。 すぐに雨に掻き消されて失せた。 ザ――――――・・・ 激しく打つ雨。 地面を激しく打って、地盤を緩ませる。 個々に出来た水溜りに、模様を描いていく。 一向に止んでくれる気配はない。 そんな猛雨にも構わず、その7つの影は鼻をピクピクさせながら進んで行った。 執念深い目で、ターゲットを匂いで探っている。 雨だろうと関係無い。 仲間を傷付けた罰は重いのだ。 「誰をお探し――?」 少年の声が聞こえる。 聞き慣れた声と匂い。 七つの影は、一気にザッと振り返った。 微かに微笑みを零した口元。 愛想ではない。 余裕・・というか、悪魔っぽく自分達を見据えている。 七つの影は、そんなターゲットを確認すると、後も先も省みず、ガァッとばかりに襲いかかった。 それを予測・・いや、そのつもりでここに来た少年は「待ってました」とばかりに、手にした2つのモンスターボールを振り投げた。 「レオン、クルーズ、体当たり!!」 カン高く指示が飛ぶ。 7つの影に、ピカチュウとサナギラスが勢い良く突っ込んで行った。 よろめかない影。 ヒロシとリングマ、2度目の再戦。 「レオン、後ろに周り込んで電光石火!  クルーズ、そのまま嫌な音!」 指示が響き、技が飛ぶ。 でも七匹の敵達には押されて行く。 今、戦えるポケモンはレオンとクルーズしかいない。 他の皆はバトルで疲れ切ってしまっているし、ジッポは猛雨で尻尾の炎が心配だ。 でも、答えは1つ。 ――近付けさせない。 ザァッ!! 「レオンッ!」 振り落とされ、1バウンドしたレオンの体から、水溜りの飛沫が上がった。 やはり戦力不足なのか・・ 7匹のリングマ達は、掠り傷1つ負っていない。 「・・・くっ・・・・・  やっぱり、レオンとクルーズだけじゃ戦力不足か・・・」 「本当にねぇ・・!」 突然真横で、そんな相槌の声が聞こえた。 「!」と振り返ったら、そこには自分と一緒に身構えてるツバキの姿。 「ツバキ!あそこで待ってなって言ったのに!」 「あたしも一緒に戦う!」 それに負けじと、ツバキが返す。 「ダメだ!  いくらツバキが平気平気って言っても、熱あるんだから体無茶させたら悪化するよ!」 「平気だもん!全っっっ然!!」 「ツバキ!(ドーン!)」 「やる!!!(バーン!!!)」 なんかちょっと、険悪ムード。 自分の身を案じて言ってくれてるんだろうが、ただ守ってもらうだけのヒロインなんて絶対嫌だ。 こういうトコはカスミと似ているのだ。 なんかあんまり自慢にならないけど。 ――その時。 ザァッ!!とばかりにリングマが、留守になっていた手を振りかざして来た。 ハッとする間もなく、すぐ横のヒロシがグイッと自分の体を押し倒す。 すぐ顔を上げた時、ザッ!!と地面に叩き付けられる音が耳に入った。 ガッと体に掛かる強い衝撃と共に、帽子が地面に転がり落ちる。 雨で濡れた地面に叩き付けられ、巨大な敵に首を押さえ込まれたヒロシ。 グワリと剥き出しになった尖る牙。 凶暴で執念深い野生の目付き。 「逃げろって・・!」 静かに、強く、念を押すヒロシの声に、ツバキがハッと顔を上げる。 「早く!!!」 今度は、強めの怒鳴り声。 その大声に刺激を受けたのか、リングマはすかさず牙の様に尖った爪を、巨体な腕と共に振りかざして来た。 ザンッ・・!! すぐ頭の横で、地面に詰めが突き刺さる。 ハッとヒロシが顔を上げると、リングマの目線は左へと注がれていた。 「・・ツバキ!」 ツバキが、身を投げ出し、リングマに体当たりしたのだ。 大きな体にそれは小さな衝撃で、手元を狂わせるだけに終わったがそれでいい。 「・・・・逃げません・・。」 強く、静かに、真剣な瞳がヒロシを捕らえた。 そんな様子を黙って見ている訳の無いリングマ。 すぐにこの邪魔な小娘を倒そうと、鋭い爪の腕を振り下ろした。 ドカッ!!という、衝撃音。 目の前のリングマが、ふいを突かれた様によろめく。 クルーズの体当たりが、自分達を助けてくれた。 「・・クルーズ!」 ヒロシの声に、クルーズは気にするなという目を返し、すぐに次の敵へと向かって行った。 リングマが身を起こす前に、すぐに立ち上がって体勢を整える。 「・・あたし、逃げないよ。」 ツバキの声に、ヒロシが振り返った。 「やるから。」 真っ直ぐな瞳。 ヒロシは何も言わないでいた。 「スターミー!」 グッと身構えると同時に、召還されるスターミー。 「高速スピン!!」 ビシッと差された指を越え、スターミーがその指示に従う。 リングマ達が、突如現れた新たな敵に怯み、思わず目を瞑ってスターミーを払い退ける。 雨に濡れた地面へ1バウンドすると、その勢いを使って再びリングマへと立ち向かって行った。 そのすぐ横で、レオンのメガトンキックがリングマの鳩尾に入る。 クルーズがその後ろで、切り裂くを繰り出して来るリングマに苦戦している。 ・・このままじゃ、いずれにせよ負ける。 リングマの数と、自分達の戦力を計ると、それは時間の問題だ。 「・・・・」 ヒロシが静かに歯を食い縛った。 7匹のリングマ。 ピカチュウ、サナギラス、スターミー。 激しく打つ雨。 「・・・・」 それはやっぱり危険過ぎる・・・ 一度出た案を、ヒロシは心の中で蔑ろにした。 「・・ヒロシ。」 ツバキが戦闘体勢をとったまま、呟いた。 「このままじゃいずれにせよ・・・時間の問題だよね。」 ツバキもそれを悟っていたのか・・と、ヒロシはコクリと頷いた。 「・・・じゃあ・・・あの手で行くしかないよね。」 「あの手?」 キョトンと、ツバキを見返すヒロシ。 「スターミーは防御力鍛えてるから大丈夫だろうし、私はタフだから平気。  ヒロシは・・そう、どっかその辺に伏せてて。」 「・・あ、あの?」 「雨降ってるし、体濡れてるからちょっとピリピリ来るかもしんないけど、とにかくやるっきゃないわ。」 「い、いや、あのさ・・」 なんかここまで聞いてると、自分と全く同じ考えを述べられているような気がして、ヒロシは汗を垂らしてそれを止めようと手を振る。 「スターミー!」 そんな事もお構い無しで、ツバキはそのままグッと拳を握ってスターミーに叫んだ。 「雷!!!」 狽竄チぱり?!と、ヒロシが振り返る。 だが苦笑してる暇も無い。 アッと言う間も無く、カッ!!と空が光ると同時に、ドォン!!!とばかりに激しい電流が地面に流れ落ちた。 直でその雷を浴びたリングマ達は、その衝撃でグラグラ揺れる地面に倒れ込み、その巨大な体を次々にバタバタと倒れさせた。 残りの一匹がドサァァッと倒れ込むのを見届けると、雷のショックで平伏せてしまった身を立たせ、ヒロシは「はぁ―――・・」と、長い溜息をついた。 ピカチュウもクルーズも、その威力にビックリしている。 そして、当の本人、スターミーも。 「・・ツバキ!」 ハッとヒロシが駆け寄る。 地面にへたり込み、肩で息をして動かないツバキ。 「大丈夫?」 その体を支えてやり、そう声を掛けた。 ・・が、ツバキは意地悪そうな目をしながら顔を上げた。 「・・フフ。  どーだ。やったぞ。  まいったか。」 ニヤリと笑ってヒロシを見る。 顔も服も腕も足もお互い泥だらけ。 ヒロシは「はぁ・・」と溜息ながらに苦笑した。 「・・・もう・・・  負けるよ、ツバキには・・・」 緊迫感からも緊張感からも、全てから解き放たれ、力が抜けた。 「・・でも、やっぱごめんなさい。」 ふいに、ツバキが小さく呟く。 「無茶・・・したね。」 ションボリと、申し訳なさそうに目を伏せるツバキに、ヒロシは優しく微笑み返した。 「いいよ、もう。  怪我ないんならそれでいい。」 その声に、ツバキが顔を上げる。 「戻ろっか。」 手を差し伸べられた。 胸がドキンと鳴った。 それから、体が熱くなる。 「・・うん」と頷き、静かに手を上げる。 だが、その手が、フイ・・と空振りする。 それから、ドサリと体に衝撃が走った。 「・・――ツバキ!?」 倒れ込んだ。 また、ヒロシの胸へと。 気付いたら、さっきより体が熱い。 頭がグラグラ・・どころか、グルグル回ってる。 「・・あー・・ちょっと、ヤバイかなぁ・・・・  ・・・と・・・・・」 そこで、思考回路が途切れた。 もう1度、ヒロシの呼び声が聞こえる。 けど・・・そこで、全てが真っ暗になった。 気付いたら、ヒロシの心配そうな顔があった。 さっきの空洞内で、寝袋の中で寝かされてる自分。 さっきと違うのは、体が更に重みを増した事くらいか。 「・・ツバキ、ここで待ってて。」 真剣な目でヒロシが言った。 「え?」と返す間も無く、ヒロシはそのまま自分のモンスターボールを手に取る。 あ、と気付いた時には、レオンとクルーズが召還されていた。 「レオン、クルーズ、2人共、ツバキと一緒にここで待ってて。  僕は、街に下りて薬貰ってくるから。」 まだ朦朧とした意識の中、そのヒロシの姿が蜃気楼の様にツバキの瞳に映った。 「すぐ戻って来るから、待ってて。」という声も聞こえたような気がする。 いつもの優しい笑顔が、自分の視界に入ったような気がする。 自分の手が―――・・ヒロシを引き止めたような気がする。 「・・ツバキ?」 腕を掴んで離さないツバキに、ヒロシが立つのをやめて、振り返る。 何も言わない。 ただ、自分をジッと見据えて掴んだ手を離さないでいる。 「・・行かないで。」 やっと、1つの言葉が口から搾り出された。 ヒロシはその声を聞き取り、優しく微笑んだ。 「・・すぐ戻って来るよ。だから、ここで・・―――」 「イヤだ。」 強めの声で引き止める。 一瞬その場を、静かな雨の音が包んだ。 「・・・・・行かないで。  もう・・・離れたくないよ・・・。」 霞んだ声が、小さく漏れる。 潤んだ瞳が、自分を捕らえて離さない。 「辛かったんだから・・・ずっと。  会いたいのに会えない。  そんなの辛過ぎるよ・・・・。」 涙声が続く。 雨の音に掻き消されそうで、その盾になるようにヒロシの声が続いた。 「・・・どうしたの。」 「・・・どうもしない・・・」 不安気な声。 雨音が、空内に響く。 「・・・・・・」 雨音だけが、やけに大きく耳に響いた。 ―――――― 雨の音。 さっきより確実に緩んで来た。 でもこの空洞内の湿気は、さっきより重く感じられて、雨はまだ続くぞと主張する。 掴んで離さない手。 『絶対行かないで。』とばかりに強く握り締める。 ヒロシは何も言わないで、自分の傍に座っててくれてた。 何やってんだろう・・と、自分でも思う。 だけど、なんか、離れたくない。 その気持ちが強過ぎて。 自分に歯止めが利かなくなってる・・・そんな感じ。 ヒロシは元々優しいから、待っててくれてる。 それが痛い。 離さなきゃ・・と、何度も自分を叱る。 けど・・手は、どうしてもヒロシに触れて居たがる。 どうしようもない。 サ―――――――――――――――・・・ 雨の音。 ずっと、耳に鳴り響く。 「・・・雨雲のうしろってさ。」 ふいに、ヒロシが口を開いた。 「何があるか、考えた事、ある?」 「・・?」と、ツバキが顔を上げた。 優しく微笑むヒロシ。 「答え。太陽。」 その穏やかな声が、ツバキの耳に響いた。 「・・どんなに雨が降ってもさ。  どんなに厚い雲でも・・その後ろでは、ずーっと太陽が出番を待ってるんだよ。  見えなくても、わかんなくても、必ずあるから・・・  ・・だから、あきらめないで・・って、事。」 『あきらめないで。』 ヒロシの声で。 釘を刺されたような気がした。 「・・それって・・?」 「僕達。  離れてても、絶対心ン中に居るでしょ?」 ・・ヒロシも・・? 「・・確かに、お互い目的は別々だし、普段は遠く離れて旅してるけど・・・」 湿気の詰まった地面に座り直して、ヒロシは続ける。 「太陽を浴びたり、雲を見たり、星を見たりする事は、どこへ行っても同じでしょ。  ・・だから、空が晴れて、虹が見えたら・・・」 そこまで言って、静かにツバキを見つめる。 「きっと、また会えるよ。」 にこりと、微笑む。 優しい笑顔。 不思議と心が落ち着いていく。 「そりゃ僕だって淋しいけどさ・・」 少し頭を掻きながらそう言うと、ヒロシはしっかりとした口調でこう言った。 「大切な友達じゃん。」 正直少し、ガクリと来た。 ・・友達。 やっぱ結局友達か。 ガクリと肩を落とすが、なんかヒロシらしくて笑えてきた。 「・・・うん。そだね。」 微笑みが零れた。 心が安心した証拠。 手を離すまでのその瞬間。 ヒロシの温もりを少しでも記憶しておきたくて、しばらくギュッと、握り締めてから、静かに手を離した。 微笑むヒロシの顔が見える。 やっぱりこの人が好きだなーって思った。 ・・友達でもいーよ。 傍に居られるなら、それでいいから。 ヒロシの心の中に居られるなら、友達でも敵役でもなんだっていい。 きっとそれを、私が変えてみせるから。 絶対絶対、あきらめないから・・――――――――。 「・・止んだね。」 「止んだよ。」 ヒロシに続いてツバキも答える。 「今何時だろ?」 「・・5時ぐらいじゃない。」 夕方じゃなく・・・朝のね。 ・・と、ツバキは付け足した。 どうやらアタシ達は、あのまま眠ってしまったらしい。 いつの間にか空も晴れ、昨日の雨なんて嘘かのように日差しが差し込んでくる。 地面の濡れ具合を見る所、雨はついさっき止んだトコらしい。 すぐ傍の木の葉から雨の雫が首に落ち、冷たく感じて身を震わせた。 少し歩いてから、「あ」とヒロシが口を開く。 「え?」とツバキがそのヒロシの視線を追う。 追った先には大きな湖。 道を開け、太陽の光をキラキラと、水面をユラユラ揺らしていた。 「湖・・・」 「・・・ここだった。」 「・・昨日は霧で見えなかったからわかんなかったね。」 ヒロシの声を聞きながら、その湖をしばらく眺める。 雨が降ったにも関わらず、水は濁りを見せていない。 周りの草木達に囲まれて、少し哀愁を漂わせる湖。 聞いてた通り、とても綺麗だと素直に思えた。 「・・あ、虹。」 ヒロシが空を指差した。 灰色の雲を晴らす様に、青空一杯に描かれた7色の橋。 雨で空気が澄んでいて、キラキラと輝くかのように浮かび上がっていた。 「綺麗・・」 自然と微笑みを零しながら呟く。 なんだか胸が一杯で。 ツバキは少し俯いた。 「・・あのー・・さぁ。」 「ん?」 小さく呟くツバキに、ヒロシが振り返る。 「・・・昨日あたしー・・変な事言ってなかった?」 「?」 ヒロシがキョトンと首を傾げる。 「・・熱のせいか・・その・・記憶が、曖昧だったり、する、の、です・・が・・  ・・・・なんか・・・妙な事、口走ってなかった?」 そう、ヒロシから太陽の話を聞いた事と、自分の中で諦めないと決心した事だけは覚えているのだが・・ それ以前の事は、薄い靄が掛かったかのように覚えていない。 クスリとヒロシが微笑んだ。 「狽竅E・やっぱなんか言った!?」 「ううん。」 「嘘!なんか言ったんでしょ!その笑みは何!」 「あはは。」 「いや、『あはは。』て!」 ポツリと落ちる、木の葉の霜。 空が晴れて、虹が見えて、雲のうしろから太陽が現れた。 そして、心の中に芽生えた想い。 雲が出て、雨が降り・・気持ちもそれと同時に変化していっていた事を物語っていた。 ―――― 「・・私こっち。」 「僕はこっち。」 「・・じゃ、ここでお別れか。」 「・・みたいだね。」 少し歩いた所で、道が分かれていた。 やっぱりお別れの時間は来るもので、まぁ仕方ないさとツバキは自分に言い聞かせた。 「楽しかったよ。  ・・なんかちょっとケンカっぽい事もしたしね。」 「・・そーいやね。」 リングマと戦っている時の口論を思い出し、2人は思わず吹き出した。 「・・じゃ、またね。」 「うん、またね。」 なるべく笑顔で自分から手を振った。 ヒロシも笑顔でそう返してくれた。 背を向けて、また、別々の道を歩き出す。 少し歩いた所で、ツバキが足を止めた。 「・・ヒロシー。」 まだ声が届く範囲に居るヒロシにクルリと振り返る。 ヒロシが「何?」と振り向いた。 「・・助けに来てくれてー、  守ってくれてー、  看病してくれてー、  色々ー・・ありがとっ!  まだ、お礼言ってなかったから!」 心からその気持ちを込めて、ツバキはヒロシに笑顔を向けた。 「それだけっ!  じゃ、またね!」 ばいば〜いと手を振って、ツバキは再び歩き始めた。 自然と笑顔を零しながら、スキップを踏むように道を歩く。 心も体も軽やかだ。 全部、ヒロシに癒してもらったから。 一方。 なぜだか一時停止したままのヒロシ。 (・・・・あれ。) さっき、『きゅん(?)』・・と、漫画の用語みたいに胸だか胃だか、どっかその辺が音をたてた気がした。 レオンが、不思議そうに自分を見る。 ヒロシも、不思議そうに一緒に首を傾げる。 「・・・あれ?」 ・・なんなんだろうコレは。 明晰な頭脳も、今回ばかりはその答えをなかなか見つけられないらしい。 とりあえずまた、旅の道を歩き出始める。 だが、その見つけられない答えのせいで、上の空。 首を傾げるだけに終わるその前代未聞の難解な謎に、ヒロシはしばらく苦戦し続けた。 「・・・あれぇ??」 その答えを見つけるのには。 まだまだしばらく時間が掛かりそうか。 END 〜あとがき〜 思いっきり甘々なのを書いてしまいました〜〜〜っ(><)←照れまくり でも楽しかったのはなぜだろう!(知らん) こんなマイナーカプでこんなラブラブなのも良いものかと迷いましたが、せっかく書いたので投稿する事に決め込みました。(殴) 最初は全部シリアスだったのですが、どうしてもテンポが悪くなってしまったのでギャグがチラホラ入ってしまいました。(汗) ギャグ好きのサガだなぁ・・・(遠い目)