四天王の砦  第18話 VS無色の天使・前編 気付くとそこは一面の草原。 パープルはクリアが初めて来た時みたいに手足を動かしたり、声を発している。 「凄い、まるで本物みたい」 少しはしゃぐパープル。 「だろ?現実みたいだ。」 クリアはそう言ってパープルの意見に賛同する。 「でも、これは仮想現実なんだよな……」 呟くクリア。そのとき二人は誰かの気配を感じた。 その気配を感じると同時に気配の主は喋り始めた。 「そうです。貴方達にとって、ここは仮想現実。それはこの砦の中の四天王や門番にとっても同じ……しかし」 クリアとパープルは振り返る。 クリアには見覚えが有る顔。パープルには見覚えが無い。 「私にとってはここが現実なのです。」 相変わらず少女は堂々としていた。クリアは彼女を見据え言った。 「人によって現実は異なるのですか?」 「現実とは人に限らず、生命の周りに存在するものです。 それぞれの生命はそれぞれの現実と仮想現実を構築します。 もし、生命が失われればその生命の現実は全て失われる。 ひとつの命はそれほどに重いものです。」 一通りの応答を終え少女……スケルはフッと微笑み言った。 「意外ですね。もう貴方と会えないと思っていました。」 「何故ですか?」 聞くクリア。答えるスケル。 「この事件を起こしてしまったからです。」 「随分、俗っぽいことを言うようになったんですね?」 「いけませんか?」 微笑みを崩さずに聞くスケル。今度は聞く側と答える側が逆になっていた。 「いいえ……それに事件を起こしたのは貴方ではない。」 「そのセリフも十分俗っぽいですよ。」 クスッっと笑い、言うスケル。この「クスッ」は二ヶ月前には無かった笑いである。 「いけませんか?」 「いいえ。」 スケルと同じ質問をするクリア。また、逆転している。そして、スケルも微笑みながらクリアと同じ答えを返す。 そんなスケルにクリアが言う。 「まあ、正確に言うとまだプログラムがどうなるのか決まって居ません。 一応、世論で判断すると言う事にしています。パープルの提案です。」 そう言って、クリアはパープルの方を見る。 スケルも視線をそちらに移す。 「初めまして、スケルさんですね?」 軽く微笑んで、挨拶するパープル。 「そうです……初めまして、貴方はパープルさんですね?」 微笑みながら答え、さらに聞くスケル。その笑顔にパープルも良い印象を持った。 「はい。」 「そうですね。クリア。少し、パープルさんと話したいので良いでしょうか?」 クリアに向かって言うスケル。クリアは頷く。 「はい。」 クリアがその場を離れると、二人は改めて向き直った。 「残念です。また、クリアと二人きりになれると思っていたんですよ。」 「やっぱり、スケルさんは……」 クリアの事が好きなんですか?と聞こうとするパープル。 しかし、そんな彼女を遮る様に話し出すスケル。 「冗談ですよ……クリアにはパープルさんが居ます。……そう言えばパープルさんには謝らなくてはいけませんでしたね。」 スケルはそう言うと頭を下げた。 「ごめんなさい。」 パープルは、スケルは本気で謝っているんだ。……そう思った。 スケルの表情には偽りという物が感じられない。 それほどまでにこの人は純粋なのだ。 「良いんですよ。そんな……」 パープルも微笑んだ。 「頭を上げてください。」 スケルはパープルに言われ顔を上げる。その表情は快い笑顔だった。 その表情を見てパープルは呟く。 「でも、凄いですね……」 「何がですか?」 スケルは疑問の声をあげる。 「貴方はその微笑みだけで、クリアの心を奪った。」 「それは、違います。クリアの心の中に私の入る場所なんて有りませんでした……」 パープルのセリフをまたも遮り、スケルは言った。 「10年前……いえ、年が明けたので11年前ですか? 11年前の夏のあの日にはもう、クリアの心の中には貴方が居た。」 「!?……どうして、11年前のことを知っているんですか?」 スケルの言ったことにパープルは驚いた。 『あの事件』をスケルが知っていたとは思わなかったからだ。 「クレナイが、グレネード対策本部の主メンバーの経歴を調べたんです。 まあ、そんなことは小さな事です。 そう、私の笑顔程度では貴方達の絆を裂くことなんて、到底できない。違いますか?」 「確かにそうかもしれません……でも……」 スケルの意見を一度肯定するパープル。だが、部分的に否定しようとする。 そんなパープルにスケルが小声で囁く。 「クリアが私を抱きしめた事が気になるのですね……確かにそうですね。 それは不自然な感情ではありません。 だったら……クリア『さん』。」 二人で何を話しているのだろうと思う。 そこへスケルが話し掛けて来た。 「クリアさん。」 話が終わったのかと思った。急いで二人の下へ向かう。 だが、クリアが聞いた言葉は信じがたい言葉だった。 「ここで、パープルさんを抱きしめてキスをしてくれませんか?」 クリアが硬直したのは誰の目にも明らかだった。 この人は、いきなり、何を言い出すのだろう?と思った。 いつも、スケルは突然物事を切り出す。 クリアは、もちろん、人の見ている前でそんなことはしたくない。 冷静を装い、スケルに反論する。 「人前でそんな事をする必要はないでしょう?」 「いいえ、有ります。そうですね。では、貴方達がそうするまで私は貴方と戦いません。」 全て見透かしたような目でスケルは言った。 それはクリアにとって困る事だった。 クリアはここにスケルと戦うために来たのである。 「仕方有りませんね……一度だけですよ。」 クリアはパープルに近づく。 パープルもクリアに近づく。 お互いの腕がお互いの背中を捉えようとした瞬間。 それは体を通り抜ける。 「え?」 二人の声が同時に響いた。その声は疑問符に満ちた声だった。 そして、一人スケルはクスクスと笑い出す。 「ここでは他人に触れる事が出来ないんです。」 笑い終えるとスケルは説明を始める。 「『私の』現実世界ではこれが精一杯です。続きは『貴方達の』現実世界でどうぞ。」 パープルがクスクスと笑いだす。そして、笑いながら言った。 「気分が晴れました。有難うございます。」 パープルとスケルはクスクス笑っている。 正直言ってクリアにはあまり面白くないのだが…… 少し、間を空けてスケルが真面目な顔に戻り言った。 「さて……せっかく来てくれたのですから、戦いましょう。」 「そうですね。俺もその為に来たんですから。」 「最初に断っておきます。ここでは私は水・氷のトレーナーです。」 彼女は、以前はバランス重視のトレーナーだった。 ここではタイプが変わっているのだろう。 「最も無色に近いもの水・氷です。もし、私に時間がもっと有ったなら私はこのタイプを極めてみたかった。頑張ってシャワーズ」 「行きます……ブラッキー」 お互いが先頭のポケモンを繰り出した。 「シャワーズ『ハイドロポンプ』」 「ブラッキー『どくどく』」 今、二人の戦いの幕が再び切って落とされた。