四天王の砦  第20話 VS無色の天使・後編 「キュウコン……大文字」 「ラプラス、波乗り」 炎と水、二つの異なったタイプの大技が行き交った。 お互いの技は双方とも命中した。 クリアは波乗りを避けられなかったキュウコンの体力をチェックする。 「(一撃で体力が半分以下になったみたいだ。……でも、相手の体力も残り半分くらいだと思う。) キュウコン。大文字で決めるんだ。」 ラプラスはかわそうと必死になりながら反撃の隙をうかがっている。 「ラプラス。避けてください。」 迫りくる大文字をなんとか避けようとするラプラス。 しかし、ギリギリの所で当たってしまった。 スケルはラプラスに近寄った。 「(これで決まっていないときは……)」 クリアはもうキュウコンの体力が残り少ないことが分かっていた。 さっきの大文字が賭けだったのだ。 しかし、クリアの思いとは逆にスケルはフッっと微笑を浮かべた。そして、次の瞬間スケルは指示に移っていた。 「ラプラス、波乗り」 大量の水がキュウコンに押し寄せた。 水が捌けたあとで二人はその場を見た。キュウコンは倒れていた。 そして、クリアよりも先にスケルが言葉を口にした。 「さて……貴方はこれで最後の1匹ですね。」 クリアは最後の1匹を迷わず繰り出した。 「行け、ジュゴン」 スケルはクリアの最後の1匹に少し驚いた表所を見せたが、すぐに指示を出した。 「ラプラス、10万ボルト」 「ジュゴン、波乗り」 ジュゴンはポケモンの中ではなかなか遅い方だが、クリアの記憶ではラプラスよりも素早い気がした。 しかし、相手のラプラスは先に電撃を放っていた。 「先制の爪ですね。この効果は……」 呟くスケル。 もちろん、体力が満タンだったジュゴンは倒れない。 その直後に波乗りがラプラスに向かっていった。どうやらその攻撃でラプラスはダウンしたようだ。 クリアは最後のポケモンを出そうとしていたスケルに聞いた。 「ひとつ聞いていいですか?」 「はい」 即答するスケル。 「貴方は2ヶ月前、俺達がここに来ることを予期していたでしょう?そうじゃなければ『倒れても謝る』なんて言えない。」 「ええ」 「この事件が起きなかった時はどうするつもりだったんですか?」 「事件が起きなくても、ジムリーダー以外のトレーナーが『砦』に居ると分かれば噂になります。 そのうち、私のことを知っている人も『砦』をプレイすることになるでしょう。 そんな時に貴方は確実に確かめにくる。そして、多分、その時はパープルさんと一緒に来ることになる。」 確かにそうだ……とクリアは思った。 スケルは「ここからは余談ですが」と前置きし話す。 「私は言いましたよね。『無色は全てを取り込むことが出来る』……と。 それと同時に無色は全てに取り込まれることができます。」 クリアもパープルもその言葉に聞き入っている。 「無色は背後にあるものの色を忠実に写す。……だから、ここでも、事件が起きなければ自然に過ごす事が出来たでしょう。」 スケルはしかし事実は違ったとでも言いたそうに言葉を終えた。 そして、彼女はまるで天使のような微笑を浮かべクリアに聞く。 「質問は終わりですか?」 「はい」 「では、行きます。頑張って、ジュゴン」 「ジュゴン……『のろい』だ。」 「変わった技を覚えさせていますね。」 ゴーストタイプ以外が使う『のろい』は動きは鈍くなるが、攻撃力防御力を上げるという技。 確かに、ジュゴンには珍しい。 クリアは言う。 「ええ、貴方と同じ事をやっても勝てるかどうか分からないので」 「そうですか……ジュゴン、『凍える風』」 二人は自分のポケモン、相手のポケモンの状態を確認すると指示を出す。 「ジュゴン、『波乗り』」 「ジュゴン、『眠る』」 スケルのジュゴンの波乗りを受けた後で、クリアのジュゴンは眠りだした。 持ち物が薄荷の実ではない為、クリアのジュゴンは少しの間、無防備になった。 その間にもスケルは波乗りの指示を出し、ダメージを与えていく。 そして、何回か波乗りを出した後にジュゴンの眠気が覚めたようだ。 「ジュゴン、波乗り」 「ジュゴン、のろい」 「なるほど、攻撃力を上げて私のジュゴンが回復する暇を与えないようにするのですね?」 感心したように呟くスケル。 クリアは軽く頷くと、眠った間に受けたダメージを回復しようとした。 「ジュゴン、眠るんだ」 このまま眠りとのろいを繰り返し、十分余裕が出たら、恩返しを放つ作戦だった。 だが、スケルの指示はクリアには予想外だった。 「ジュゴン、アンコール」 この技でクリアのジュゴンは再び『のろい』をすることになる。 再び、スケルのジュゴンは波乗りを連発し、クリアのジュゴンのダメージは増えていく。 そして、何回か波乗りを受け、クリアのジュゴンは倒れた。 スケルはジュゴンをモンスターボールに戻した。 クリアは残念そうに、それでいてすっきりとした表情でスケルを見つめた。 だが、そんなクリアには思いもよらない言葉をスケルが放った。 「私の負けでしょう……」 「何故そう思うのですか?」 驚きながら聞くクリア。 「貴方は私のタイプに有利なサンダースを出して居ませんね。もし、サンダースを出されていたら私は勝てなかったでしょう。」 「ポケモンはタイプだけが全てではないですよ。俺はタイプなんかで貴方に勝っても仕方が無いと思いましたし……」 反論するクリア、だが、スケルはそんなクリアの言葉を遮った。 「確かにそうです。しかし、重要なのはその精神です。」 今度はクリアが言い返すことができなかった。 スケルは空を見上げ言う。 「不思議な感覚でした。勝ったのに負けたような感覚です。」 「では、これで『1勝1敗』……それでいいですか?」 クリアが言っている1勝1敗……それは見た目の勝敗とは正反対の勝敗である。 「……はい。」 彼女は視線をクリアに戻し、小さく頷いた。 「さて、クリアさんはこの『砦』のシステム上は負けた事になっています。」 少し間を置いてスケルがクリアに言う。 「コンテニューでもう一度私と戦う事も、最初からやり直して別の門番と戦う事も砦から抜けることも出来ます。」 「俺は今のバトルで満足ですよ。」 即答するクリア。 「そうですか……貴方はまたここに来るのですか?」 クリアは目を閉じ、考える。 自分が今出す答えで自分が後悔しないか考える。 数秒の間。そして、ゆっくりと答える。 「俺はもうここには来ません。」 「そう言うと思っていました。でも、気が変わったら来て下さいね。」 スケルはその答えを予想していたように即答する。 クリアは頷く。つまり、『気が変わったら来ます』という答えだ。 彼女は視線をクリアからパープルに移した。 パープルは「貴方はどうします?」と聞かれているような気がして、すぐに答えた。 「私はまた来ます。」 「……意外でした。……そうですか。」 彼女はフッと微笑みながら答えた。それは恐らく、今日見た中で一番の笑顔だった。 スケルの反応を見てパープルは言った。 「だって、私は貴方を超えなければいけないですから。」 「何で私を超えるのですか?」 少し考えるパープル。 「……恋愛で?」 パープルは疑問形で、しかも、クリアには聞こえないように小さな声で口にする。スケルも小さな声で返す。 「まさか、既に超えているもので超えるなんて言わないで下さいよ。」 「では、ポケモンバトルで。」 「それなら、いつでもお相手します。」 その場に二人のクスクスという笑い声が聞こえた。 「あ、パープルさん一つお願いがあります。」 その場を去ろうとしていたパープルが立ち止まり、振り返った。クリアは既に扉の前まで行っていた。 「何ですか?」 「パスワードを変えておいてもらえないでしょうか?」 「何故です?パスワードは『無色』で良いではないですか?」 「あれには『クリア』という意味もあるんですよ。だから、あのパスワードはもう使わないでおきます。」 スケルの表情を窺い、どうするか迷うパープル。十数秒考えた後、スケルの言う通りにすることにした。 「そうですね……じゃあ『clear angel』とでもしておきましょうか。『無色の天使』です。このclearは名詞ではありえませんから。」 「……有難うございます。」 スケルは軽く頭を下げ、パープルはその場を去っていった。 ちなみにパープルは二日後、またここを訪れる事になる。 スケルが『正式な』17人目の門番になったことを伝える為である。