奪われた日常  第2章 吉野色の共鳴 ニビシティでグレネード団がタケシを捕らえたのと同刻。 その事件と共鳴するかのごとくヨシノシティでも事件が起こっていた。 ヨシノシティではいつも春には満開の花を咲かせる『ソメイヨシノ』が有名だった。 しかし、何故か今年は秋にも桜が咲いていたのだ。 そう、その日は丁度、桜が満開の日だった。 シルバーはポケモンセンターから預けていたポケモンを受け取った。 今日も特訓に励むためにポケモンの体調管理を忘れていなかった。 「さて、今日も特訓だ。」 29番道路に向かおうとしたその時。丁度反対側の30番道路の方が騒がしいのに気づいた。 シルバーは無視して行こうと思った。だが、だんだんその物音は近付いてくる。 そして、ついに、シルバーのいる場所まで追いついていた。 「我々はグレネード団。今からこの町を占拠する。」 「フン。人の目の前で勝手なこと言ってくれるじゃねえか。」 「だったら、お前が止めてみるか?」 シルバーのこのときの手持ちポケモンは新しく育て始めたメンバーばかりで、 レギュラーとして、いつも使っているポケモンは1匹しかいなかった。 しかし、あの弱い『ロケット団』のまねごとみたいな連中は1匹でも十分、そう思っていた。 結局、シルバーは勝負を受けることにした。 何だかんだ言っても、訳のわからない連中に好き勝手にやらせるわけにはいかなかった。 「お前なんか1匹で十分だな。行け、フーディン。」 「おいおい、本当に俺のポケモンを止める気なのか?行け、スリーパー。」 スリーパーとフーディン、タイプは同じ。 こちらは『毒毒』『炎のパンチ』を持っている。 素早さが高い分、『毒毒』を使ってから、先に『サイコキネシス』で相手の特防を下げれば あとは『自己再生』と『炎のパンチ』で粘り勝てると考えた。 「フーディン、『毒毒』だ。」 「スリーパー、『電磁波』だ。」 互いの補助技が交錯する。スリーパーは『毒』に、フーディンは『麻痺』になる……はずだった。 しかし、フーディンは何とも無かった。グレネード団は驚いた。 「何?電磁波は命中していたのに?」 「『奇跡の実』だ。どんな状態異常も回復する。」 シルバーはしっかりと状態異常対策をしていたのだ。 そうしている間にもスリーパーに毒が回る。 お互い次の指示を出した。 「フーディン、『サイコキネシス』だ。」 「スリーパー、『電磁波』。」 フーディンの『サイコキネシス』は空気を歪めスリーパーを襲う。スリーパーはふらふら状態に陥り、特殊防御が弱まった。 しかし、確実に『電磁波』もフーディンに効いていた。 今度は、フーディンは本当に麻痺してしまった。 「フーディン、『炎のパンチ』だ。」 「さて、これで先手だ。スリーパー、『シャドーボール』。」 黒い球体がフーディンを襲う。効果抜群のその攻撃はかなり強烈だった。 シルバーは焦った。相手が弱点を突いてくるとは思っていなかった。 しかし、まだ体力の半分は削れていない様だ。 自己再生で粘っていれば、毒が回って自然に勝てると考えた。 「フーディン、『自己再生』だ。」 「スリーパー、もう一度『シャドーボール』だ。」 かなり強烈なスリーパーの攻撃。しかし、それを耐えぬき回復するフーディン。 スリーパーの体力は3度の毒とサイコキネシス、炎のパンチで限界に来ていた。 そしてこのターンの毒が回ればスリーパーを倒す事ができる。 「フーディン、『自己再生』だ。」 「スリーパー、『眠って』体力回復だ。」 その瞬間、シルバーの構築していた作戦がガラガラと音を立てて崩れた。 しかも、運悪くフーディンは体が痺れて回復できなかった。 しかし、眠っている時は最大のチャンスでも有る。 今のうちにまだレベルが低いムウマの『滅びの歌』を使えばまだ勝機が有った。 「いけ、ムウマ。」 「スリーパー、『サイコキネシス』。」 レベル差が有りすぎる相手から強烈なサイコキネシス。もちろんムウマは耐えられない。 「何?何故いきなり起きられるんだ?」 「おい、『薄荷の実』も知らないのか。」 うっかりしていた。まさかグレネード団がそこまで考えているとは思ってもみなかった。 何より、奇跡の実を驚いていたグレネード団に騙されてしまった。 「く……いけ。フーディン。」 「もしや、お前……1匹で十分じゃあなく使えるポケモンが1匹しかいないんじゃあないか?」 図星だった。いつも、冷静でポーカーフェイスのシルバーも、さすがにこの時は焦りの色が顔に出てしまったようだ。 そして、それをグレネード団員は見逃さなかった。 「やはりそうか。残念だったな。せめて、2匹持っていれば、このスリーパー位は倒せたのにな。」 「く……」 「とどめだ。スリーパー、サイコキネシス。」 その攻撃は効果が今ひとつだったが、既に弱っていたフーディンを倒すには十分な威力だった。 シルバーはフーディンと共に倒れた。倒れる瞬間、頭上の桜が散り始めているのが分かった。 その桜は、グレネード団のスリーパーの技によって散ったものか、それとも、自然の摂理によって散ったものなのか? シルバーの薄れ行く意識では、その答えを見いだす事は決してできなかった。