奪われた日常  第6章 縹色の防衛 グレネード団の『声明』から一夜明けたこの日。ハナダシティでの話である。 突然の『グレネード団事件』に対処すべく 数人のポケモントレーナーがポケモンセンターに集められた。 その中の一人がこう切り出した。 「私が、今回のグレネード団による事件を担当させていただく、クレナイです。」 クレナイは深く頭を下げる。その口ぶりは礼儀正しい紳士のように思われる。 「さて、早速だが……あれ、君は?今日はカスミさんが来るはずでは?」 紳士はそこに居た少年を見て一度言葉を止めた。 「僕はクリア、カスミさんは別の件でちょっと外せなくなりました。  代わりに僕が来るように言われました。」 クリアはパープルと同様、こういった時の為にいるトレーナーだった。 「そうか、まあ、ジムリーダーの代わりに来るのだからそれなりに腕は立つんだろう。  では本題だ。」 4番道路と平行して流れる川は、いつも通り藍染めに近い青、一言で言えば縹色をしていた。 クリアはその川の流れをぼうっと眺めながら、クレナイの話を思い出していた。 クレナイの『本題』をまとめると以下のとおりになる。 今から3日前、グレネード団と名乗る集団がニビシティを制圧した。 彼等は、その後、トキワ、マサラに南下。 そして、オーキド宅から犯行声明を出した。(これが昨日の事である。) ニビとトキワのジムリーダーには未だ連絡がつかない。 彼等の目標はヤマブキ制圧である。次に狙ってくるのはハナダの可能性が高い。 だから、おつきみやま出口に防衛線を張るというものだった。 おつきみやま出口を張ってから2時間。クリアは退屈だった。 「クレナイさん。奴らも来ない様ですし、バトルしませんか?」 「そんな事出来る訳無いだろう。  もし、お互いが疲れた状態で、奴らが来たら太刀打ち出来るものも出来なくなる。」 クレナイの主張は当然だった。 その時、おつきみやまから、怪しげなトレーナーが周りをうかがいながら出てきた。 クリアとクレナイは合図を交わし、謎のトレーナーの元へ向かった。 「君はもしかしたら、グレネード団か?」 そのトレーナーは一瞬うろたえたが、すぐに答えた。 「ああ、そうさ。だったらどうする?戦ってみるか?」 「そうだな、あんたは重要な参考人だ。」 クリアがトレーナーの元に詰め寄る。 「捕まるわけにはいかないな。行け、フーディン。」 「私が行こう。行け、サンドパン。」 クレナイは自ら先頭を切って、戦いを挑んだ。 だが、クレナイのモンスターボールから出てきたのはストライクだった。 「しまった。モンスターボールを間違えた。これは居合い切りで木を切る……」 「僕が代わりましょうか?」 「いや、ここは私がおとりになるのも良い。移動用と言っても経験は十分だ。  攻撃力は高い。ストライク、『居合い切り』。」 「フーディン、『炎のパンチ』だ。」 炎と熱気がフーディンの拳を包む。 その拳は、ピンポイントで急所にヒットした。 しかし、思ったよりもストライクの体力は残っている。 「急所に当たっても、体力が半分くらいしか減ってない所を見ると  そのフーディン、経験は浅い。このレベルなら、『居合い切り』でも一撃だ。」 ストライクの鋭い鎌がフーディンに向けられた。 まるで、一流の剣士のような動きでフーディンを攻撃した。 だが、クレナイの予想とは裏腹に、フーディンは倒れなかった。 「何で倒れないんだ?……もしや『気合いのハチマキ』。」 「その通りさ、フーディン、『自己再生』。」 フーディンは余裕を見せ、体力を回復した。 だが、クレナイは何かを思いついたように、次の指示を出した。 「戻れ、ストライク、そして、行け、エアームド。」 「炎に弱い鋼タイプで何をしようってんだ?フーディン、『炎のパンチ』。」 「エアームド、『泥棒』だ。」 エアームドはフーディンに近付くと、フーディンの持ち物を静かに奪った。 クリアには、奪った物がまるでただの紙切れの様にも見えた。 「これで、OKだ。クリア君。君のポケモンでとどめを……」 「分かりました。マルマイン、『10まんボルト』。」 マルマインは高電圧の電流を一気に放った。 数々の攻撃を受け、『気合いの鉢巻』も持っていないフーディンは さっきまでの元気が嘘の様に、あっさりと倒れてしまった。 グレネード団員には一見さっきの勢いが感じられなかった。 しかし、クリアとクレナイが取り囲もうとすると、 いきなり開き直り、新たなモンスターボールを手に取った。 「まあいいさ、目的は果たした。クロバット……退散だ。」 その言葉を良い残して、団員はおつきみやま上空へと飛び立っていった。 グレネード団員の目的とは何だったのか? クリアは少し気がかりだった。 だが、今はそんな事を気にするよりも、嬉しさの方が大きかった。 それは、初めてグレネード団の進行を阻んだ記念すべき瞬間だった。