奪われた日常  第7章 浅葱色の異変 海は青かった。 アサギの岬から広がる海。カントーへの出発地点。そして、ジョウトへの出発地点。 彼女はその海が好きだった。緑がかった青、浅葱色の海。 その海を見ながら彼女は思った。 今、グレネード団によってカントー・ジョウトの5つの町が制圧されている。 それなのに、自分は何一つ出来る事が無い。 どうにもやりきれない気持ちのまま、彼女はジムへと向かった。 彼女がジムに戻って間も無く、電話のベルが鳴り響いた。 慌てて受話器を取る。 「はい、アサギジムですが……はい、ジムリーダー会議ですね。  1週間後……分かりました。」 その電話は今から1週間後にヤマブキで今回の件に対するジムリーダー会議が開かれるという内容の物だった。 この町は、ヨシノからコガネへの経路に無い。 つまり、自分がこの町から離れても、少しは安心と言えるだろう。 その代わりに対策を考え、グレネード団と戦う事。 それが自分達ジムリーダーに出来る唯一の事だろう。 彼女の中にある迷いが、その電話によって、取り去られたような気がした。 その時、ジムの扉を叩く音がした。 「ミカンさん。大変です。グレネード団が……」 ミカンは耳を疑った。 彼女はその異変を聞き、すぐにジムを飛び出していった。 グレネード団員はポケモンを持っている人々を襲おうとしていた。 ミカンはその光景を見ると、すぐに止めに入った。 「待って下さい。私が相手になります。」 「お前は、この町のジムリーダーか?」 「そうです。……なんで、ここを狙ったのですか?」 「まあ、焦るな、俺に勝ったら教えてやっても良い。」 「そうですね。貴方達のようにポケモンをわるだくみに使う人には勝たなければいけませんね。」 相手は、『宣言前』とは言え、タケシやグリーンを倒してきた強敵。 心して掛からなければならない。 「じゃあ、行くぞ。行け、マタドガス。」 「頑張って、エアームド、『ドリル嘴』。」 高速回転した嘴がマタドガスに突き刺さる。 防御力の高いマタドガスには大ダメージとは行かないが、そこそこの威力だ。 相手は毒タイプ、主力技は『ヘドロ爆弾』。おそらく、『大爆発』も持っているだろう。 だが、どちらの攻撃も鋼タイプなら耐える事が出来る。 しかし、グレネード団はミカンの考えた2つの技は使わなかった。 「マタドガス、『大文字』。」 『大文字』は強力な熱気と共にエアームドに向かって行った。 エアームドはその炎に直撃。かなりのダメージを受けてしまった。 こちらが持っているポケモンは全て鋼タイプ。つまり、交換は意味が無い。 ミカンはエアームドでなるべくダメージを与え、次のポケモンに托すことにした。 「エアームド、『ドリル嘴』。」 「マタドガス、『大文字』。」 マタドガスが放とうとしている熱気に気を付けながらエアームドは嘴を向ける。 その攻撃は、マタドガスに結構なダメージを与えた。 だが、直後、大の字をした炎が再びエアームドを襲う。 その炎を受けて、エアームドは力尽きた。 今、自分の持っているポケモンで、相手を一撃で倒せるのはハガネールくらいしか居ない。 相手の『大文字』や『大爆発』も一応、耐えてくれる。 うまくいけばもしもの時の為に持たせた『先制の爪』も発動してくれるかもしれない。 ミカンはその可能性を願って指示を出す。 「頑張って、ハガネール、『地震』。」 だがその時、相手はニヤリと笑みを浮かべたかと思うと冷静に言った。 「マタドガス、『道連れ』だ。」 マタドガスは謎の仕草をして、ハガネールを道連れにしようとしている。 ミカンは危険を察知し、先程の指示を取り消そうとした。 「だ、だめ。ハガネール、『地震』を使ったら……」 しかし、その声は届かず、ハガネールは『地震』を放つ。 その衝撃で、マタドガスは完全に体力を失った。 だが、その瞬間、ハガネールは、まるで何かに引き込まれるかのように倒れてしまった。 「残念だったな。これで明らかにこっちのほうが優勢だ。」 グレネード団員はミカンに対して言い放った。 こちらのポケモンが2匹倒れたのに対し、相手は1匹。 相手の持ちポケモン数はわからないが、確かに形勢は不利と言える。 しかも、敵は『鋼ポケモン対策』をしっかりしてきている様だ。 こちらの残り持ちポケモンはハッサム・レアコイル。 たぶん、相手はまた炎タイプの技を持っているだろう。 ハッサムでは勝ち目が無いが、レアコイルでも危ない。 だったら、ハッサムを犠牲にしてもレアコイルの負担を減らさなければ全滅する危険性もある。 「行け、ハッサム。」 「行け、ナッシー、『サイコキネシス』。」 「ハッサム、『光の壁』。」 いきなり『めざめるパワー虫』を使えば、2発で倒せただろう。 ただ、次のポケモンのことも考えなくてはならなかった。 ハッサムは、見えない壁で自分の周りを囲む。 その壁が、『サイコキネシス』の威力を確実に軽減している。 しかし、その『サイコキネシス』特有の空間の歪みによって、特殊防御が落ちてしまったようだ。 2人はすかさず次の行動に出る。 「ハッサム、『めざめるパワー』。」 「ナッシー、『めざめるパワー』。」 お互いのポケモンがそれぞれ自分の周りに球体を生み出した。 そして、それを、相手に向けて放つ。 次の瞬間、その場に倒れていたのはハッサムだった。 「おまえのハッサムの『めざめるパワー』はどうやら虫タイプだったようだな。  だが、俺のナッシーの『めざめるパワー』は炎。  ハッサムには耐えられなかったようだな。」 少しずつ追い詰められていく恐怖感を抑えながらミカンは最後のモンスターボールを手に取った。 「貴方に掛かってます。頑張って。」 ミカンはモンスターボールに向かってつぶやく。 中からはレアコイルが出てきた。 「レアコイル、『めざめるパワー』。」 「ナッシー、避けてから『めざめるパワー』だ。」 レアコイルの『めざめるパワー』の属性は氷。当たればナッシーは即ダウンだ。 ナッシーは連続して向かってくる無数の球体を決して機敏ではない体でかわしていた。 だが、さすがにすべてをかわすのは無理だった。 一つに当たると立て続けに残りの球体に当たり、ナッシーはダウンした。 グレネード団員もこの時は少し焦ったのか一瞬表情が変わった。 だが、表情はすぐに自信の色に変わった。 「これが最後のポケモンだ。いけ、ゴローニャ、『地震』だ。」 地面タイプが相手では圧倒的に不利である。 しかし、もし、『めざめるパワー』が急所に当たったら勝負は分からない。 ミカンは意を決し、どちらにしても最後になるだろう指示を出した。 「レアコイル、『めざめるパワー』。」 「ふん、たとえ効果抜群でも、一撃で倒れるほどやわでは……」 だが、その言葉とは逆にゴローニャの体力はどんどん奪われていく。 「まさか急所攻撃か?」 ミカンは次の瞬間、自分の目を疑った。 確かにレアコイルの攻撃は急所に当たり、相手を倒したはずである。 けれど、そこにはかろうじて攻撃を堪えたゴローニャが居る。 「……危ない危ない。このゴローニャに『気合いのハチマキ』を持たせてなかったら俺の負けだったな。ゴローニャ『地震』だ。」 ゴローニャは改めて地震を放った。 その凄まじい威力にレアコイルは力尽きた。 「私の負けです。」 「俺達のアジトに来てもらうぞ。」 「良いでしょう。でも、貴方達を止めてくれる人が必ずいつか来るでしょう。  その日まで、私は貴方達の本拠地で待ってることにします。」 ミカンはジョウト地方のジムリーダーの中で最初に倒されてしまった。 これは多くのジムリーダーが予想していない異変だった。