奪われた日常  第10章 槐色の侵略 ――ヤマブキシティ、対策本部の一室―― 部屋はまだ昼間だというのに、薄暗かった。 その中で一人の少年が片手に番号が書かれたメモを、 もう片方の手に受話器を持って座っていた。 しかし、電話は何度かけてもいっこうに繋がる気配がない。 少年は受話器を置くと、無言で立ち上がった。 少年は、出来るだけ音をたてないように部屋の扉を開けた。 廊下に出て、すぐに少年は少女に出会った。 「クリア、どこに行くの?」 少女は言った。少年、つまりクリアは少し考えて言った。 「パープル。頼む。」 クリアは頭を下げていた。パープルは戸惑った。 「俺が今から出掛ける事は誰にも言わないでくれないか。」 パープルの頭の中は『?』でいっぱいになった。 「……?……クレナイさんにも?」 「ああ。」 クリアは軽くうなずくだけだった。さらにパープルは質問をする。 「明日には戻ってくるの?」 「ああ。今日中には戻ると思う。」 「分かったわ。」 その答えを聞いたクリアは静かにその場を去っていった。 ――同時刻、エンジュシティ―― その日は風が強かった。ジムリーダー会議は明日である。 エンジュシティは文字通り槐の木に囲まれ、 夏に咲く黄味掛かった白い花が特徴的な町だった。 町にある2つの塔もその木が使用されている部分があるという。 もっとも、2つの塔のうち片方は大火事によって燃えてしまった。 エンジュジムリーダー・マツバはスズの塔でいつもの様に修行していた。 外の風が槐の木の葉を鳴らし、カサカサと音を立て、 塔のどこに居ても風が強い事が手に取るように分かった。 このスズの塔には伝説のポケモン、ホウオウが舞い降りるという言い伝えが有った。 彼の修行はホウオウに認められるためのものだった。 「もう少し……もう少しなんだ。」 マツバは修行に確かな手応えを感じていた。 その時、マツバは風の音に人々の叫び声やポケモンの鳴き声が混じっているのを感じた。 彼は一瞬でグレネード団が来たのだと判断した。 「修行は一時中断かな。」 彼は『穴抜けのひも』を使い町へと向かった。 時間はさかのぼること5分。町にグレネード団が現れていた。 「我々はグレネード団。この町も乗っ取らせてもらう。」 グレネード団は目の前のトレーナーに向けて言い放った。 「くっ、私とてトレーナーだ。そう簡単に逃げる訳にはいかない。」 何と、彼らと対峙していたのは、舞妓5姉妹 ……に勝てないと言っていた、秘伝マシン波乗りを渡してくれる紳士だった。 「パウワウ、『波乗り』。」 やはり、使用する技は『波乗り』の様だ。 だが、グレネード団員は全く動じない。 「スリーパー、『サイコキネシス』。」 さすが、舞妓5姉妹に勝てなかったトレーナー。 パウワウはあっけなくダウンしてしまった。 紳士が倒れた頃、ようやく、マツバが町に辿り着いた。 マツバはグレネード団員に鋭い眼差しを向ける。 「この町はこの町のトレーナーが守る。」 その言葉通り、新たに数人のトレーナーが現れる。 彼らは、グレネード団がこの町を侵略するのを必死で阻止しようとしていた。