奪われた日常  第13章 燻べ色の作戦 ――セキエイ高原―― 窓際に一人の少女が座っていた。そう、(元)グレネード団団長スケルである。 「あの、計画は進んでいますか?」 スケルは近くに居た二人組の男に話し掛けた。男は答える。 「はい、あと4日も有れば完成するでしょう。」 「それで、ヤマブキシティの『改装中の施設』はどうですか?」 スケルはもう一度問い直した。 男は明らかに困惑しながらも、答えを返す。 「それが問題です。システム完成までにあと2ヶ月程かかる様です。」 「そう……2ヶ月……早く完成を見たかったのですが……」 「まあ、そう言わないで下さい。こればっかりはあの会社の計画なので、僕達には……」 「そうでしたね。無理を言ってはいけませんね……」 そう言いながら、スケルはボーッと窓の外を見ていた。 ――同時刻、フスベシティ―― まるで、その日は、全ての発端となったニビシティの事件が有った日みたいだった。 空は、煙を燻べたような雲に覆われていた。 実は、今日、ここフスベでエンジュ奪回の作戦会議が開かれているのだった。 (会議とはいっても、しっかりとした会議室ではなく屋外で行われる話し合いのような物だったが) この会議には、クリア・パープル・そしてジョウトのジムリーダーが参加している。 「やっぱり、チョウジ側から攻めるのが一番効率が良いみたいね。」 前日に下見に行って来たイブキからの報告だった。 現在、エンジュシティのチョウジ側、つまり、スリバチ山がある付近の攻防が収まっているらしい。 パープルは疑問に思ったことを口にした。 「でも、もし、エンジュに相手の三幹部が居たら?」 「問題はそれだよな……やっぱり人数で勝るしかないんじゃないか?」 パープルのその問にクリアは答える。しかし、その答えに自信はなさそうだ。 だが、その時突然上空から声が聞こえた。 「その必要は無いね。」 予期せぬ声に一同驚く。そこにはオニドリルに乗った少女が居た。 ショートヘアを風になびかせ、少女は地上を見据える。 「全く、随分探したよ。そしたら、こんな山奥の町に居るなんて……」 「あんたはグレネード団員か?」 クリアが問う。その問に少女はすぐに答えた。 「キャハハハ。確かに……そうね。でもそれは間違い。  まず、私は団員と言えば団員だけど、その中でも強い力を持っている『三幹部』の内の1人なの。  それと副団長を失って一般団員の統率が効かなくなって、グレネード団はもう解散したの。  今、町に居る団員は指示が来なくなって慌てているはずよ。」 「じゃあ何であんたは町を狙うんだ?」 「私は、私の目的『全地域支配』に向けて動いてるだけよ。という訳で貴方達にも勝たなきゃいけないの。勝負よ。」 グレネード団三幹部の一人が勝負を挑んできた。 少女は「キャハハ」と笑った後、切り出した。 「名前も知らない相手に負けたんじゃあ情けないでしょう?  私は『疾風のウグイス』……行け、オニドリル、ピジョット。」 「疾風……飛行系ポケモンの使い手か。じゃあこっちはギャロップ、『突進』だ。」 「それは様子見?だったら、考えを改めて全力で戦った方がが良いわ。オニドリル『かまいたち』。」 オニドリルが起こすゆっくりと動く空気の断層がギャロップを襲う。 「かまいたちか……威力は高いけど、命中率はそんなでも無いな。かわすんだ。」 クリアの指示通り、ギャロップは難なくその攻撃をかわす。 空気の断層はギャロップの後ろの地面に当たった。 ただ、その代わり、突進の体勢が崩れた。まずは互いの攻撃が不発に終わった。 「じゃあ、もう一度行くよ。オニドリル『かまいたち』。」 今度のかまいたちは、先程のそれよりもさらに速度が遅かった。 「……?そんなにゆっくりと打った所でもっと避けやすいだけじゃないか?ギャロップ避けてから『突進』だ。」 「ピジョット、『吹き飛ばし』。」 「ギャロップを吹き飛ばしてかまいたちに当てる作戦か。」 だが、ピジョットが狙ったのは『かまいたち』の本体だった。 『吹き飛ばし』は『かまいたち』を吹き飛ばし、空気の断層を周囲に散乱させた。 無数に錯乱した『かまいたち』はその一つ一つは威力が低かったが、確実にギャロップにダメージを与えた。 攻撃が終わると同時にウグイスが話し始める。 「どう、これが私の一つ目の技、『乱れ飯綱』。命中率の低い『かまいたち』の命中率を大幅に上げているの。  『飯綱』っていうのは『かまいたち』の別名みたいなものね。」 「2つの技を組み合わせているの?」 イブキが驚きの声を上げる。 「キャハハ。そんなに驚く事は無いでしょう?……この技に限らず、グレネード団の技には『複合技』っていうのがあるの。  一般団員の『大爆発の2乗』なんかもそのうちの1つね。  でも、大爆発は1回きりしか使えないし、何よりポケモンへの負担が大きい。  だから、ある程度力のあるトレーナーは独自に技を開発してるの。」 「だったら、ピジョットを直接狙って、吹き飛ばしを撃て無くすれば良い。」 そう言って、クリアはギャロップの方を向いた。これから指示を出すのだろう。 「確かにそう……でも出来るかしら?」 「出来るさ、パープルもポケモン出してくれ。」 「分かった。ガルーラ、『恩返し』。」 「ギャロップ、『大文字』だ。」 だが、2対2になってもウグイスの表情は変わらず余裕のままだ。 「良いの?同じことよ?……ピジョット、ガルーラに『吹き飛ばし』。」 強い風に吹き飛ばされたガルーラは、ギャロップが放った大文字に当たってしまった。 当たり所が悪かったのかガルーラは相当苦しんでいる。 ウグイスは自慢気に2人を見る。 「どう?今のターン、オニドリルは何もしていない。それでも、私のポケモンには傷一つついていない。」 「確かに、強いな。でも、まだ全員が倒れたわけじゃない。そして……」 クリアは、もう一度ギャロップを起きあがらせる。 「これは最後の賭けだ。ギャロップ、『突進』」 「結局、それ?……そんな事をしてもピジョットに攻撃を当てることは出来ないの。  ……貴方は何も考えずにポケモンを傷つけるだけなの。さあ『かまいたち』よ。」 「ギャロップ、オニドリルに『突進』だ。」 「何?そんな事したらギャロップは無傷じゃあ……」 「確かに、あんたのポケモンに攻撃を当てるのは難しい。  無傷で倒そうとしたらあんたのポケモンに全く攻撃を当てることなく負けてしまう。  だが、俺のポケモンも『かまいたち』一発では倒れない。だったら、かまいたちに当たるのを覚悟で、オニドリルを倒せば良い。」 ギャロップは今までに無い速さでオニドリルに向かっていく。 オニドリルは渾身の力で『かまいたち』を起こす。 その空気の断層に傷を負いながらも、ギャロップは怯まずに向かっていく。 そして、見事に『突進』を決めた。その攻撃を受け、オニドリルは倒れた。 「さあ、もう『乱れ飯綱』は使えないな。」 微笑むクリア。しかし、ウグイスはすぐに微笑み返す。 「キャハハ。誰が『かまいたち』を使えるのがオニドリルだけって言ったの?  私の手持ちにはまだ『かまいたち』を使えるポケモンが2匹も居るの。」 「何だって?」 クリアを始め、そこに居た全員が驚く。だが、ウグイスはピジョットを呼び戻し言った。 「でも、今日は、ただの力試し。次は三幹部の本当の恐ろしさ、見せてあげる。」 そして、ウグイスはピジョットに乗ってその場を去っていった。