奪われた日常  第15章 紫苑色の遭遇 ――セキエイ高原―― 「……コウジはどうしました?」 いつもの様に窓際に居るのはスケル。近くの男に声を掛ける。 「コウジですか?彼の動きはよく分かりません。『おもろいバトルをしたい』とか言って、どこかに出掛けてしまいました。」 「そう、まあ、それがコウジの目的。それを私が止めるべきではないですからね。」 彼女は、自分の目の前にある水の入ったグラスと小さなビンを見つめていた。 ――同時刻―― 一旦ジョウト地方のことをクリアに任せたパープルは、ヤマブキ―シオン間の8番道路を歩いていた。 セキチクに行ったことの有る彼女は、いきなり空を飛んでセキチクまで向かっても問題は無かったが、 せっかくならシオンに居るポケモントレーナーにグレネード団への注意を促しておきたかったのだ。 彼女は十数分かけてなんとかシオンまで辿り着いた。 シオンタウンには至る所にきれいな薄紫色の菊が咲いていた。 おそらくこの紫苑色の菊がこの町の名前の由来だろう。 自分の名前も訳すと『紫』である。パープルは妙な親近感を覚えた。 パープルはポケモンセンターで一息入れた。 「さてと……すみません。」 パープルは周りを見まわしてポケモンセンターの係員に話しかけた。 「はい。何でしょう?」 「この辺りで強いと言われているポケモントレーナーを知りませんか。」 グレネード団の実力はかなりのものである。半端な力の持ち主では太刀打ちできないだろう。 だから、ジムが無いこの町では地元の強力なポケモントレーナーに任せるのが最善だろうと思ったのだ。 少しは実力者が居れば良いけど……などと思いながら係員の返答を待っていると、思いもよらない答えが返ってきた。 「それなら、元四天王のキクコさんとその家族が居ますね。」 パープルは急いでキクコ、キクヨ、キクエの家へとやって来た。 キクエは出掛けていたが、後の二人は家に居た。パープルは簡単に事情を説明する。 「なるほど、私達はこのシオンを守れば良いんですね?」 話を聞いたキクコの娘キクヨは頷いた。 その時、キクコの孫である少女、キクエが帰ってきた。 「おばあちゃん、お母さん、大変。変な奴がやって来たの。」 その場に居た一同は静まりかえる。 パープルはキクコとキクヨをちらりと見たあと、3人を代表する形でキクエに聞いた。 「どんな奴らだったの?」 「『なんとかネード団』って名乗ってる男よ。」 パープルは一瞬でグレネード団だと判断した。 パープルは急いでその場に向かった。幸い町に被害などは出て居ない様子。 「グレネード団員ね?」 息を切らしながらパープルが尋ねた。男が振り向いた。 「そやったらどうする?」 「もちろん、勝負よ。」 「ええで、ほな、早速……いんじゃんで……」 「え?ちょっと……」 「ホイ。」 その掛け声と同時に、2人共右手を差し出していた。 しかし、ただ単に手を出している訳ではないようだ。 グレネード団の男は握りこぶしをそのまま前に突き出しているだけだったが、 パープルは5本の指の内、人差し指と中指は折らずに、まるでVサインを作るかのように手を出していた。 2人の『勝負』を見ていたキクヨとキクエはあぜんとしてしまった。 「わいが勝ったで……ほなら、さいなら」 男はその場を立ち去ろうとする。 「ねえ、どういうこと?『いんじゃん』って何?」 キクヨとキクエがパープルに問いただす。パープルはその疑問に丁寧に答えた。 「ジョウト訛りでじゃんけんの事よ……って、私はじゃんけんの勝負なんかやりたいんじゃないの。ポケモンバトルよ。」 「なんや……そやったら始めからそういうたらええのに。ええで、一応自己紹介しとくわ。」 男は腰のモンスターボールに手を掛けながら言った。 「わいはグレネード団三幹部の一人『強運のコウジ』や、よう覚えとき……」 辺りに独特の緊張感が漂う。 誰より、パープルが緊張していた。何しろ相手はグレネード団三幹部なのだ。 しかも、いつもの様にクリアが居るわけではない。 まず、先にポケモンを繰り出したのはコウジだった。 「いけ、シャワーズ。」 「頑張って、エーフィ、先制で『サイコキネシス』。」 「イーブイからの進化系対決……おもろいやないか。手加減はせえへんで。シャワーズ、『ハイドロポンプ』や。」 『サイコキネシス』は空気を歪めながら、シャワーズに向かっていく。 シャワーズはそれを堪え、『ハイドロポンプ』を撃つ。 『ハイドロポンプ』は高威力の水大砲で、その分、命中率が無い。 エーフィは紙一重でその攻撃を避けた……はずだった。 その巨大な水の塊がエーフィから数メートルの所まで来た時、突如強風が吹いた。 『ハイドロポンプ』の軌道は変わり、エーフィに命中した。 「ラッキーやわ、ええで、もう一発おみまいしたり。」 「もう1回『サイコキネシス』。」 空気の歪みが再度シャワーズに向けて放たれた。 しかし、体力自慢のシャワーズはたった2度の『サイコキネシス』では倒れなかった。 そして、渾身の力を込めて『ハイドロポンプ』を打ち出す。 強い水の圧力を受けたエーフィは敢え無く倒れる。 コウジは余裕の表情で話しかける。 「次はどんなポケモン出すん?まだ、おるんやろ?」 「頑張って、キレイハナ、『葉っぱカッター』。」 「シャワーズ、かわしてから『眠る』んや。」 キレイハナの体から数え切れないくらいの葉っぱが出てきて、それらは鋭いカッターとなりシャワーズを襲う。 シャワーズは機敏にキレイハナの攻撃をかわそうとする。 だが、さすがに無数の葉の刃はそう簡単にはかわせなかった。 シャワーズは力尽きた。 「まだまだ、おるで……」 腰のモンスターボールに手を掛けてコウジは言う。 「行け、ヘラクロス。」 キレイハナが今使える技は『葉っぱカッター』『ヘドロ爆弾』『月の光』『剣の舞』。 『葉っぱカッター』は効果が今一つだし、ダメージは受けていないから『月の光』も時間の無駄。 『剣の舞』はヘラクロス相手にはやってる暇が無い。 つまり、最も効果的なのは『ヘドロ爆弾』。 「キレイハナ、『ヘドロ爆弾』。」 「ヘラクロス、『メガホーン』や。」 互いの技が交錯する。 先に攻撃を受けたのは素早さが低いヘラクロス。 しかし、ヘラクロスにはあまりこたえていないようだ。 「いくら、草技が効果今一つかて、キレイハナの打撃力やったら、『ヘド爆』も痛ないで。」 対するキレイハナは体力の半分以上を削られ苦しそうだ。 こうなると『月の光』で粘り、『メガホーン』が使えなくなるのを待つしかない。 パープルは早速指示を出した。 「キレイハナ『月の光』。」 「……月の光やて?」 コウジは周囲をキョロキョロと見まわした。そして、独り言の様につぶやく。 「……あかん。もう、空あかく(明るく)無いやん。」 彼はパープルの方に向き直し、言った。 「わい、もう帰らなあかんねん。そもそも今日は勝負するつもりなんか無かったんや。っちゅうわけで、勝負はお預けや……行くで」 コウジは煙玉を使う。辺りに煙が充満する。 「待ちなさい。」 パープルは叫ぶ。 今逃がしたら、次の機会がいつになるか分からない。 しかし、パープルの呼び声もむなしく、コウジはどこかへと消えてしまった。 「ごめんなさいね。一緒に行けなくて。」 キクヨは申し訳無さそうに言った。 「いえいえ、別に良いんです。その代わり、この町にグレネード団が攻めて来た時はしっかりと守って下さいね。」 「ええ、特に三幹部クラスは注意しないといけないみたいですね。」 パープルはキクコ一家に別れを告げた。 ――その夜―― パープルはクリアに電話を掛けた。 「あ、もしもし、パープルだけど、今日グレネード団の三幹部に会ったの。」 「え?大丈夫だったか?」 心配そうに聞き返すクリア。 「うん、一応被害は無いけど、捕まえられなかった……。」 もちろんクリアは『パープルの身の安全』を聞いたのだが、パープルは『町は大丈夫か』と解釈したのかもしれない。 「今日、会った感じでは、もしかしたら、何か企んでるのかもしれないの。」 「分かった。じゃあ、今すぐそっちに向かってみるよ。」 「ありがとう。じゃあ、また。」 パープルは受話器を置いた。 そう、あの言葉が気に掛かる。 (――そもそも今日は勝負するつもりなんかあらへんかった――) (――今日は――) パープルの中で何度もこの言葉だけが繰り返されていた。