奪われた日常  第17章 丹波色の祝福 クチバ攻防の翌日。 クリアが第一陣としてセキエイ高原へ行き、パープル他大勢は町を守る事になった。 出発は明日。その前に自分達の知っているグレネード団三幹部の特徴などを町を守るトレーナーに伝えておく為に、 クリア・パープル他数名は、各地を回っていた。 タンバシティ、東側に広がる海岸地帯に約10人のトレーナーが集結した。 「まず、『疾風のウグイス』の特徴だけど、彼女は飛行系のポケモンを主軸に風を使う技で攻めてくる。  次に、『不屈のルリ』は防御や特防の高いポケモンを中心に、粘り強く戦って、反撃してくる。  この二人には多くのジムリーダーも会ったことがあります。」 ここまで一気に話すとクリアはパープルの方に向き直した。 「さて、あとはパープルがシオンで会ったコウジという男の特徴を言ってくれ。」 その時だった。海辺に小型の船がやって来た。船に乗っていた男はこちらを眺めながら、船を近づけてくる。 そして、船を岸につけると言った。 「おっ、ラッキーやわ。こんな所で『グレネード団対策本部』の連中に会うてまうなんて。しかも、ぎょうさんおるなあ。おっ。」 彼は数人のポケモントレーナーの中にパープルを見つけた。 「あんさんはシオンで会うたな。ごきげんさん(久しぶり)。」 「あなたは、ラッキー男!」 「ちゃんと名前で呼んでーな。コウジや、コウジ。」 パープルはラッキー男に向けて言った。 「それで……『今日は』、戦うつもりなの?」 「そうや……ってな訳で、いざ勝負。」 「よし、俺が戦おう。」 一番後ろに居たクリアが前に出てきた。 「シジマさん。もし、俺が負けたら次を頼みます。それから……パープル、各地のジムリーダーに連絡を頼む。」 「分かった。」 パープルは頷いた。 「さてまずはこいつからや……行け、ヘラクロス。」 「行け、ワタッコ。『メガホーン』に注意しながら『宿木の種』だ。」 クリアはパープルからコウジの『特徴』を聞いている。目の前にコウジが居るなら説明するより見せたほうが早い。 「ヘラクロス、早速、『メガホーン』や。」 相手がコウジ1人に対し、こちらはジムリーダーを含めた多人数。 この場合、取りあえず長く効果の続く技を使うと有利になる。『宿木の種』はヘラクロスの体内で成長し、体力を奪う。 一方、『メガホーン』はその威力に加え、タイプ一致もあり強力だった。 だが、1度目の攻防では、まだ優劣は決まらなかった。 クリアとコウジはすかさず、2回目の指示を出す。 「ワタッコ、『ギガドレイン』だ。」 「ヘラクロス、ええで、『メガホーン』や。」 ワタッコは相手の体力を吸収する。……とは言っても、効果は今一つ、それほどの効果は無い。 ワタッコが回復を終えると、ヘラクロスの放った『メガホーン』が向かってきた。 2度目の『メガホーン』は最初の攻撃よりもスピードが有った。 その『メガホーン』を受けて、ワタッコは倒れた。 「本当に良く当たるな。」 クリアは感心した様につぶやいた。 「わいのポケモンが『ハイドロポンプ』を外したのは見たことがあらへん。  『吹雪』はたまに外しとるし、ときどきやけど『雷』も外す。  わいの経験から言って、だいたい命中率が2割位はアップしてるんやないか?」 「つまり、『メガホーン』は、ほぼ確実に当たるのか……よし、行け、ハガネール。」 「確かに、そいつなら『メガホーン』は防げる。せやけど、『地震』やったらどうや?」 「こっちも『地震』だ。」 お互いの地震が相手に向かって打ち出された。 双方強力なパワーがあった。 効果抜群だが、防御が高いハガネールはなんとか耐えぬいた。 一方、効果は今一つだが、ワタッコからのダメージが蓄積していたのか、ヘラクロスは倒れた。 「なかなか、威力の有る『地震』やな。せやけど、こっからが『強運のコウジ』の真骨頂や。ピクシー。」 ピクシーが使う技で、低命中率の技。考えられるのは、『雷』や『吹雪』『大文字』を使うことだ。 『大文字』は効果が抜群で1発でダウンするだろう。 しかし、自分が負けても、まだ数人のトレーナーがいる。ならば、相手の技を見極めた方が良い。 「よし、取りあえず、『地震』だ。」 「ピクシー、『影分身』や。」 ピクシーは自分の姿を何重にも分散させ、相手を惑わそうとしている。 ハガネールはピクシーの実態が分からない。『地震』はピクシーの偽者に直撃した。 「あんさんは、このピクシーが『大文字』を使うてくると読んだ。せやけど、ポケモンバトルでは攻撃に当たらん事も大事なんや。  もし、このピクシーが『大文字』使うんかて、その前に回避率上げといたら有利になる。」 コウジは不敵な笑みを浮かべて新たな指示を出す。 「『影分身』は守りの柱、攻撃の柱は……ピクシー、『指を振る』や。」 ピクシーはテンポ良く指を振り始める。 そして、いきなり浜辺の水に乗り、真上方向に加速するとそこから、ハガネールに向かって降りていく。 「『波乗り』か?」 「ちゃうな……あの垂直方向の動き、『滝登り』や。威力は『波乗り』に負けとるけど、ハガネールを倒すには十分やで。」 苦手な水タイプの技を受けたハガネールはその場に倒れた。 「わいは、命中率が高無い技出すだけが能や無いで。」 クリアには、対影分身の秘策が有った。だが、それを使う前には出来るだけ相手の体力を減らすことが重要だった。 「次は、ギャロップだ。『大文字』。」 「ピクシー、もう1回『指を振る』」 『大』という字をかたどった炎がピクシーに襲いかかる。 「ピクシー、かわしとき。」 しかし、巨大な大の字はピクシーに避ける隙を与えなかった。しかも、どうやら急所に当たったようで、かなり苦しんでいる。 ただ、まだ体力は残っているようで、なんとか指を振っている。 その直後、地面が急激に揺れ始めた。これは、地面系の技だ。 『地震』だとしても急所にでも当たらない限り、1回は耐える事が出来る。 これなら秘策を使わずに相手を倒す事ができるかもしれない。 しかし、その揺れは予想とは裏腹に、『地震』を超える威力の震動だった。 それはギャロップの体力では耐えられなかった。 「これは……『マグニチュード』の……9……」 「『マグニチュード』は6から10までの威力がランダムで出る技やな。だいたい、8が『地震』とおんなし位の威力。  せやけど、わいは6が出たことはほとんど無い。たまに7と10が出て、ほとんど、8か9や。」 マグニチュードの実際の効果は『4から10』までの威力がランダムで出る技である。 つまり、コウジは4と5は見たことさえ無いようだ。 だが、クリアは焦ることなく次のポケモンを繰り出した。 「行け、ブラッキー、『だまし討ち』だ。」 『だまし討ち』は無音で相手に近付き確実にダメージを与える。回避率上昇も関係無い。 『大文字』のダメージが残るピクシーでは耐えられないだろう。 コウジも危険を察知し、回復の指示を出す。 「あかん、ピクシー『月の光』や。」 ブラッキーよりも素早いピクシーは、体力を回復できるはずだった。 しかし、ブラッキーは急加速し、『だまし討ち』を決めた。 「……な!?」 「あんたの運が良いと言っても俺の運が下がる訳じゃあないようだな。ちゃんと、『先制の爪』が発動してくれた。」 コウジは目を見開いた。 しかし、その目は、まだ何人ものトレーナーが残っているにもかかわらず、自信に満ち溢れていた。 「確実に当たる『だまし討ち』を使ってきよったか……あんさんがこれほどできる奴とは思わへんかった。  しゃーないな。ケンタロス。」 ケンタロスは攻撃力が高く、防御はそれほどでもない。 しかも、ブラッキーならケンタロスの攻撃を耐えるだろう。 混乱させる事が出来れば、絶対的に有利になる。 「ブラッキー、『怪しい光』。」 「遅いで、ケンタロス、『地割れ』。」 ケンタロスからブラッキーの方に向けて地面の亀裂が向かっていく。 それは、当たれば確実に瀕死におちいる一撃技。ブラッキーはたちまちダウンしてしまった。 十中八九、このケンタロスがコウジの切り札。このポケモンを止める事が出来れば、こちらの勝利だ。 しかし、運の強いコウジの『地割れ』は脅威の武器と言える。 『地割れ』の命中率はもともと約3割である。 だが、彼自身が言っていた『命中率が2割位アップ』を考えると『地割れ』の命中率は5割程度。 つまり、2回に1回は当たる計算になる。 どうすれば、あのケンタロスを倒せるのか?クリアは悩んでいた。 「僕が行こう。」 突然上空から声が聞こえた。 声を掛けたのはキキョウジムリーダー、飛行ポケモン使いのハヤトだった。 「さすが、飛行ポケモンの使い手……来るのが速いですね。」 「ああ、少しの間、空から今の戦いを見ていた。僕の飛行ポケモンなら、『地割れ』は受けない。  いけ、ドードリオ、『トライアタック』。」 「甘いで、ケンタロス『角ドリル』。」 高速で回転するケンタロスの角は『地割れ』と同じ一撃必殺技である。 しかも、飛行タイプにも当たるノーマル技だから、飛行で防ぐ事は出来ない。 ハヤトの作戦は数秒で砕け散った。 「クリア君。君はケンタロスより素早いポケモンを何匹持っている?」 突然、クリアの後方から小さな声を掛けてきたのはシジマだった。 「はい、マルマインとスターミーが居ます。」 「分かった。ならば、これしかない。俺のエビワラーの『マッハパンチ』で一発。  君のスターミーとマルマインで一発ずつ、合計3回の攻撃でケンタロスは倒れるはずだ。」 シジマとクリアはコウジの方へ向き変える。 「作戦会議は終わったん?」 「ああ、次は俺だ。行け、エビワラー、『マッハパンチ』。」 「ほな、わいも行くで……ケンタロス、『地割れ』や。」 超高速のパンチがケンタロスを襲う。 ケンタロスの体力は確実に削られていった。 一方、さすがに、命中率が良いと言っても100%ではない、『地割れ』は当たらなかった。 「勝負は決まったな。そのケンタロスは確実にあと2発で倒れる。エビワラー、『マッハパンチ』。」 「そんなに思い通りになるとは限らへんで。ケンタロス、『眠る』んや。」 ケンタロスの傷が見る見るうちに治っていく。 「ターンを伸ばす作戦か……眠ってしまっては手も足も出ないな、エビワラー、『マッハパンチ』。」 「眠ってる間にも攻撃は出来るんやで、ケンタロス、『寝言』。」 ケンタロスは『寝言』でムニャムニャとつぶやいた。 (本当にムニャムニャ言っているわけではない) そして、どうやら、『地割れ』を繰り出した様だ。見事に『地割れ』がエビワラーに当たる。 クリアは頭の中で作戦を練り直す。 『眠る』『寝言』で威力の低い技は回復されてしまう。 これは、スターミーの『波乗り』やマルマインの『10万ボルト』でも同じだろう。 その時、クリアの頭の中にある案が思い浮かんだ。 「行け、マルマイン。」 「そのマルマインも『寝言』で出る一撃技の餌食となるんや。」 「マルマイン、『大爆発』。」 マルマインが自らを犠牲にしケンタロスを攻撃した。 グレネード団の下っ端が愛用している様に、『大爆発』は凄まじい爆風を生み出す。 その爆風はケンタロスを倒すには十分だった。 呆然と立ち尽くし、コウジは力無く言う。 「わいの負けや……捕まえるなり何なりしたらええ。」 戦いが終わった時、もう空は夕焼けに染まっていた。 グレネード団三幹部『強運のコウジ』タンバにて捕獲。 これは、グレネード団の三幹部に初めて勝利した瞬間だった。 丹波色の夕焼けが、その勝利を祝福してくれているような気がした。