奪われた日常  第19章 玉虫色の決戦 ――セキエイ高原―― そこは涼しかった。……というよりも寒かった。 もし、空から『水分』が降ってくるのなら雨ではなく雪。 その高原で二人の少女――ルリとスケル――が、今バトルを終えた。 「ルリ……貴方、強くなりましたね。」 勝者であるスケルがルリに向かって微笑んだ。ルリは微笑を返す。 「ええ、6対6のバトルでスケルさんのポケモンを『3匹も』倒せたのは三幹部では私が初めてですからね。」 「もし、あと1ヶ月早く貴方と会っていればグレネード団は解散しないで済んだ。  ……あと3ヶ月早く出会っていたら、グレネード団を作らなくても済んだのに。」 「スケルさん?」 ルリはその後悔めいたスケルの口調に驚いた。今までのスケルには無い態度だったからだ。 スケルはルリの驚きを振り払うかのように言う。 「何でもありません。……さて、また、行くのですね。強くなる為に。」 「はい。次に会う時も戦って下さいね。」 「もちろんです。きっと、次は互角……いえ、それ以上に戦えるでしょう。」 「私は、まだまだスケルさんには勝てません。では。」 ルリがその場を離れていった。 それを見届けた後で、スケルが呟いた。 「もし、『次』があればの話ですが……さて、そろそろ、対策本部の一人もこっちに着く頃でしょうか。」 ――同時刻、タマムシシティ―― この町は秋でも緑に溢れていた。その中にときどきイチョウの葉が混じって、色彩にインパクトを与えていた。 この町に一人の少女と、それに対する数人のトレーナーが集まっていた。 少女は一瞬不思議がるが、気を取り直してトレーナーに戦いを挑んでくる。 「なんで?ここを狙うのが分かってたの?キャハハハ。まあ、いいわ。全員まとめて私が倒せばいいことだからね。」 ショートヘアと笑い方が特徴的な彼女は、そう、ウグイスである。彼女は早速自分のポケモンを繰り出した。 「行け、ピジョット。ストライク。」 対するのはパープルとタマムシジムリーダー・エリカである。 「頑張って、ミルタンク。『恩返し』」 「では……ウツボット、『ヘドロ爆弾』。」 その2匹を見ていつもの様に『キャハハ』と笑うと、ウグイスは言った。 「別に何匹同時に出してもいいよ。この技の前では無駄だから。ピジョット、ストライク『かまいたち』」 2匹は空気の断層を引き起こす。それは、当たった物を切り裂く真空の鎌。 「かまいたちを避けてから、よく狙ってね。」 パープルはこれを避けるように指示を出す。だが、ウグイスはそんなパープルに向かって言い放った。 「これを避ける?それは無理。」 2つのかまいたちが空中で混ざり合った。そして、それは周りの空気……というよりも空間を引き込んでいる。 「複合技『真空刃』(しんくうじん)……2つの空気の断層が重なって、その中央には真空ができる。  そして、真空は周りの全てを吸い込むの。」 その真空は、ギリギリの所でかわす予定だったミルタンク、そして、かなり離れているウツボットさえも巻き込んだ。 真空の刃はその内部の物体を切り裂く。その内部にはまってしまったミルタンクとウツボットは倒れてしまった。 「これは『かまいたち』、『乱れ飯綱』と違って、威力自体が高いから突っ込んで1匹を倒すのも無理。  せいぜい、遠く離れているしかないけど……それじゃあ勝てないしね。」 その絶大な威力の前にエリカは閉口する。だが、パープルは諦めていなかった。 「やってみないとわからないでしょう?頑張って、ゴルダック。エリカさんも誰か出してください。」 「分かりました。では……ナッシーです。」 パープルの慰めが効いたのか、エリカは気を持ち直した。 「そう?なら、もう一度……ピジョット、ストライク『真空刃』」 「ゴルダック、真空に向かって『ハイドロポンプ』。」 指示通り、真空刃に向けてハイドロポンプを放つゴルダック。その水の大砲は、真空に引き込まれスピードを増し、ストライクに向かう。 「キャハハ、いい考えね。でもその真空を抜けるときに減速して結局は同じ……」 「『ハイドロポンプ』連射。」 ゴルダックは2度目のハイドロポンプを放つ。 それは一発目と同様加速し、しかも、減速し始めていた一撃目を再び加速させた。 そして、2発分の衝撃がストライクを襲ったのだ。 ウグイスは突然のことで絶句した。 「嘘……ハイドロポンプを連射した……」 たが、パープル自身はウグイス以上に、連射が出来たことに驚いていた。しかし、顔には出さない。 「(なんか、偶然、指示したら出来ちゃった……)今です。エリカさん。ストライクに攻撃を。」 「はい、ナッシー、『サイコキネシス』。」 ハイドロポンプで体勢を崩したストライクの元に強烈な空間の歪みが放たれた。 ハイドロポンプ2発とサイコキネシス。合計3回分の攻撃を受け、ストライクが倒れた。 丁度、一息ついたのでパープルは以前から疑問に思っていたことを口にする。 「ウグイスさん……一つ、聞いても良い?貴方、ルリさんのことを『最弱』って呼んでたでしょう?あれは何で?」 「キャハハハ。簡単なことよ。私は三幹部の中で一番弱い人のことをそう呼ぶの。」 「でも、なんでルリさんが3人の中で最弱なの?」 「グレネード団は1ヶ月に1度、実力の有る一般団員と三幹部でリーグをして幹部を決めるの。  ちょうど前回のリーグの時、ルリは一般団員と当時の三幹部のNO3には全勝したけど、私とコウジには勝てなかった。  あ、ちなみに私は当時のNO3も『最弱』って呼んでたけどね……そして、10日に1度、三幹部同士がリーグをするの。  最後に戦ったのは、1週間前だけど……私とルリの戦績は、6戦中、私が6勝。  普通実力が五分ならこうは行かないでしょう?私とルリではまだ大きな差が有るの。  まあ、団長とは準団員を含めて誰でも自由に戦えるんだけどね。  とは言っても、最近では団長は最高1日1回しかバトルをしないけどね。」 この説明でパープルはウグイスがルリを何故『最弱』と呼ぶのか理解した。 しかし、納得はいかなかった。最後に会った時のルリはそれほど弱くなかったからだ。 「さて、お喋りはここまで、次が私の最後の攻撃。これで貴方を倒せなかったら私の負け。  キャハハハ、止められるかしら。クロバット」 その場に残って居たピジョットに加え、ウグイスはクロバットを出した。 ストライクを撃破し、波に乗ったパープル・エリカはさっきと同じ指示を出す。 「ナッシー、もう一度『サイコキネシス』です。」 「ゴルダック、『ハイドロポンプ』」 逆に窮地に立たされたウグイス。だが、彼女は自分の勝利を疑っていない。そして、自信を持って指示を出した。 「ピジョット、クロバット『風起こし』」 ピジョットとクロバット、2匹の飛行系ポケモンが自分の翼を羽ばたかせ、風を起こす。 そして、その風がぶつかり合い、乱気流を生み出し、次の瞬間、『風起こし』の数倍の風力の風を巻き起こした。 その風はハイドロポンプとサイコキネシスを遮断し、ナッシーとゴルダックをなぎ払った。 この一撃だけで、もう、2匹に体力は残されていなかった。 「これが、ルリさんが初めて私達と戦ったときに貴方がルリさんを連れて行った力ね。」 「ええ、この『大烈風』は全ての物を吹き飛ばす。さあ、残りポケモンはもう少ないみたいね。」 エリカの腰にはモンスターボールが1つ。パープルには2つだった。 「私の最後のポケモンはキレイハナですわ。」 最後のポケモンを出すエリカ。だが、パープルはポケモンを出さず、呟く。 「確かに、強力ね……ゴルダックも一撃なんて……」 そして、エリカの方を振り返った。 「エリカさん。そのキレイハナは何を覚えてるんですか?」 「はい。『花びらの舞』『ギガドレイン』『リフレクター』……」 「それです。私達のポケモンにリフレクターを掛けて下さい。」 「何をする気ですか?」 「エリカさんの草ポケモンは飛行に弱い。対抗するには私の技しかありません。  これは私達のとっても最後の攻撃となります。ここは取り合えず私を信じてください。」 エリカは頷き、パープルの作戦に賭ける事にした。 「分かりました。キレイハナ『リフレクター』。」 「ピジョット、クロバット『大烈風』」 ウグイスは再び『大烈風』の指示をかける。それに対して、パープルは…… 「ミルタンク。風の中に向かっていって。」 「キャハハハ。そんな壁で、私達の『大烈風』を防ぐっていうの?」 ウグイスの問いにパープルは答えない。ミルタンクは風に構わずに突っ込んで行く。 『壁』が効いているのか途中までは難なく進むミルタンク。 だが、風の中心部を越えたあたりで勢いがなくなる。 「やっぱり、この風を無理矢理防ぐのは無理なの。」 再び笑おうとするウグイス。 だが、彼女にとって予想外だったのは次のパープルの指示だった。 「戻って、ミルタンク。そして、エーフィ、『サイコキネシス』。」 壁やミルタンクにぶつかったことによって、風は十分弱まっていた。 パープルは最初から突破を狙ったわけではなかった。風の弱化を狙ったのだ。 威力の弱まった風は空間の歪みを防ぐことができない。 サイコキネシスがクロバットに直撃し、ダウンした。 パープルはポケモンが残り1匹になったウグイスに近づく、もちろん、逃走には警戒している。 「さて、複合技の使えなくなった貴方の負けね?一緒にヤマブキへ来てもらうわ?」 「キャハハハ、いいわ。今は私の力が及ばなかった……それだけのこと。  負けを認めてあげる。さあ、どこへでも付いて行ってあげるわ。」 タマムシシティで起こった決戦。 その勝者はパープル、エリカのタッグだった。 ――セキエイ高原―― 少年が洞窟を抜けた。彼――クリア――は、その高原の肌寒さに少々驚いていた。 だが、もともと寒いのが苦手ではないので、それはすぐに慣れた。 高原の中央にそびえ立つ建物。ポケモンリーグ本部に入っていった。 その玄関を抜けた直後の部屋に、一人の少女が立っていた。 肩に掛かりそうで掛からない髪、服装はシンプルな薄い水色。 その少女が、クリアに声を掛けてきた。 「クリアさんですね。」 その口調は、外見からは想像出来ないほど大人びていた。 もっと奥の部屋にスケルが居ると考えていたクリアは驚きながらも聞く。 「あんたがグレネード団の団長スケルか?」 「ええ……まあ、元ですけどね。……クリアさん。外に出ませんか?」 スケルは微笑む。 その瞬間、クリアは、その笑顔からまるで天使と悪魔が同時に微笑んだような奇妙な印象を受けた。 二人が外に出るとクリアは早速スケルに聞いた。 「聞かせてくれないか?こんな組織を作って、こんな計画を立てた理由を。」 「それは時間があればそのうち話しましょう。さて、バトルを始めましょうか?」 だが、スケルはその質問を流し、バトルに移ろうとする。そんな。スケルの態度にクリアは疑問をもつ。 「なんか、バトルを急いでないか?」 「……」 スケルは答えない。そのかたくなな態度に諦めたのか、クリアは質問を変えた。 「まあ、答えてくれなくてもいいや。じゃあ、別の質問だ。  あんたにも『作戦』とか『疾風』とかの能力があるのか?」 スケルは初めてクリアの質問に口を開いた。 「私の能力ですか?……強いて言うなら無色……そう、『無色のスケル』です。」 「『無色』?……どういう事だ?」 クリアの頭の中は疑問符でいっぱいになる。スケルは軽く微笑み、言う。 「まあ、戦ってみれば分かります。サンダース。」 「行け。ブラッキー、『怪しい光』。」 「サンダース。『電光石火』。」 サンダースは高速でブラッキーを攻撃する。 クリアは十分耐えられると思っていたが、予想に反してブラッキーが倒れていた。 「耐久力が自慢のブラッキーを一撃……それは『電光石火』じゃ無い。」 「では、サンダースは何を使ったんでしょう?」 あまり、動揺もせず、冷静に受け答えをするスケル。 「それは恩返し。しかも、『王者の印』でひるませた2連続攻撃。」 「正解です。よく分かりましたね。」 クリアが見破ることを予期していたのかスケルはまた微笑む。 「クレナイが同じ事をやっていたからな。無色とは『特色が無い』ってことだな。  攻撃中心のウグイス。防御重視のルリ。運に長けたコウジ。作戦で勝つクレナイ。  そして、その平均に位置するのが特色の無い『無色』のスケル。違うか?」 クリアがそこまで言った時だった。 トゥルルル・トゥルルル 急にクリアのポケギアが鳴り出した。 「どうぞ。取って下さい。電話中に攻撃するほど失礼ではないですから。」 クリアはポケギアを手に取った。