奪われた日常  第20章 黄金色の決着 「ああ、ああ、分かった。」 クリアはポケギアを切った。そして、ニヤリと笑う。 「パープルが三幹部のウグイスを捕らえたそうだ。」 「そうですか……」 スケルの口調は残念そうではない。しかし、クリアは構わず続ける。 「残念だったな。三幹部もこれで3人の中で一番弱いルリを残すのみとなった。」 「ルリが最弱?もしかして、ウグイスがそう言っていたのですね?」 「ああ、そうさ。しかも、ルリにはもう3回も勝っている。多分、次に会う時は確実に捕まえられるだろう。」 「貴方は2つ間違えています。1つは私の能力、『無色』とは特色が無いのでは有りません。  『無色』とはどんな能力も取り入れることが出来る能力です。さっきの『作戦』もクレナイから取り入れたものです。」 「何でそれが『無色』なんだ?」 クリアは素直に思ったことを口にする。 「良いですか?例えば、真っ白の液体を真っ黒な液体で染めようとしても、完全な黒にはなりません。その逆もまた同じです。  でも、透明な液体なら、黒にも白にも染まる事が出来ます。  あらゆる色の中で『無色』だけが全ての色に染まることができるのです。」 「じゃあ、もう一つの間違いってのは?」 「ルリの能力、『不屈』は防御中心の戦法と言う意味では有りません。  どんなに負けてもそれに屈せず、更なる力を付けていく。という意味です。  多分、今、三幹部同士が戦ったら、間違いなくルリが全勝でしょう。」 スケルは遠いコガネの方を眺めた。 ――同時刻、コガネシティ―― 今から10分ほど前だった。その少女がやって来たのは。 前日の予告をした張本人、ルリ。 彼女を止めるために集まったトレーナーはアカネ、ハヤト。 だが、前日とは違いハヤト達は圧倒的不利な戦況となっていた。 アカネが嘆く。 「あかん。うちらだけやと無理や。」 「だけど、妙だな。昨日、彼女と戦った時は、パープルさんと俺が組んで互角……いや、俺達が押していた。  パープルさんがいくら強いとは言っても、アカネさんと組んで、ここまで、やられるとは……」 呟いたのはハヤト。彼がまず驚いたのは前日とのギャップ。昨日と同じ感覚で挑んだ彼はそこで出鼻をくじかれた。 「とにかく、パープルさんが来るまでの間、何とかしないと。」 「せやな。もう、タマムシは決着が付いたっていうし。」 そんなことを言っていると予想通りパープルがやって来たのだった。 「ごめんなさいね。遅れて……」 到着早々謝るパープル。だが、アカネ達は気にしていない。 「大丈夫。うちらでハッサム・ヤドラン・マルマインはなんとかなったで……ルリのポケモンは残り3体や。  まあ、うちらは7匹やられてもうたんやけど……」 「そうですか……ありがとうございます。後は私が頑張ります。」 だが、パープルは心の中で不安だった。 ルリは3体のポケモンでジムリーダー2人の7体を相手にしていたからだ。 「それより、ルリさん。」 パープルはルリの方を振り向き、言う。 「貴方、襲撃は昼って言ってたじゃないですか?」 「ええ、ポケギアで10時13分は昼ですが……何か問題が?」 パープルは言い返せなかった。 その時、パープルはルリが昨日とは違うような気がした。 まず、パープルが感じたのはルリの『見た目』の変化。 彼女は後ろで縛ってあった髪をほどき、特徴的だった眼鏡も今は掛けて居ない。 そして、バトルの中でその『性質』の変化にも気づく事になる。 「まずはハピナス。頑張って下さい。」 「ミルタンク。『恩返し』。」 ミルタンクは全速力でハピナスの元へと向かう。威力の高い攻撃。だが、ルリは…… 「それでは駄目です。パープルさん、私との最初の戦いを思い出してください。ハピナス『カウンター』。」 その反撃はミルタンクの体力の大半を奪っていた。 「次、もう一度、打撃攻撃をしたら、間違いなくダウンしますよ。」 それは間違いではないとパープルは思う。 「それとも、特殊攻撃で少しずつ攻めてみますか?」 「私はミルタンクだけで戦ってるわけじゃない。答えは打撃攻撃。ミルタンク『恩返し』。」 ミルタンクの恩返しは強力だった。だが、それもカウンターで返されてしまう。 そして、ミルタンクは力尽きる。 だが、ここでパープルはすかさず次のポケモンを出す。 「そして、ニューラ『切り裂く』」 恩返しと切り裂く、ダメージが蓄積していたらしくハピナスは耐えられなかった。 ルリはハピナスを戻しながら言う。 「多分、それで正解です。特殊技を使っていたらその段階で『タマゴ産み』で全快してましたから。  次は、私は2匹出します。最後の2匹です。貴方も2匹ずつ出してください。デンリュウ、ガラガラ。」 「あいつらや、うちらのポケモンを壊滅的に倒していったのは……気い付けや。」 アカネがデンリュウ、ガラガラのコンビを指差した。 パープルはその場のニューラに加え、ワタッコを繰り出した。 「じゃあ、ワタッコ、『ギガドレイン』、ニューラ『冷凍パンチ』。」 「行きます。デンリュウ『光の壁』、ガラガラ『岩雪崩』。」 ルリは、ガラガラが攻撃を受けるのはまずいと判断したのか、 ワタッコとニューラの攻撃を『光の壁』を使用したデンリュウが受ける。 そして、そのガラガラから強烈な岩の雪崩が放たれた。 「攻撃力において、太い骨をもったガラガラの右に出るものは居ません。」 その攻撃によりニューラはダウンし、ワタッコの体力の大半が失われた。 「昨日とはまるで別人ね。」 一息入れようとパープルが話し掛ける。正直、ルリに押されているのを感じていた。ルリは頷く。 「ええ、私は努力しました。スケルさんに勝つために……」 「でも、1日でこんなに……」 「スケルさんとクレナイさん以外は……  貴方もクリアさんもウグイスさんも皆、思い違いをしていたみたいですが……  『不屈』の能力は『屈しない心』。  そして、負けてもそれに打ち勝つ力を付ける『成長力』なのです。」 「成長力?そんなに急成長するものなの?」 「はい。ウグイスさんが私のことを『最弱』って呼んでいましたね。  あれは事実であって事実ではありません。1週間前に私とウグイスさんは戦いました。  その時も含めてウグイスさんとは0勝6敗。コウジさんとは0勝4敗です。  私は確かに1週間前の時点で最弱でした。でも、今ならあの2人に勝てる気がするんです。」 「ずいぶん、自信があるのね?」 「ええ、その根拠はスケルさんと戦ったときの成績です。  6対6の対戦でスケルさんのポケモンを、ウグイスさんは1匹、コウジさんは2匹倒しています。  私はつい1週間前まで1匹も倒せませんでした。  しかし、今日、スケルさんとバトルをして私はスケルさんのポケモンを3匹倒しました。」 「……!?ちょっと待って……スケルさんって人は貴方達三幹部でもそんなに苦戦するの?」 パープルはルリがウグイス以上の成績を上げたことよりそちらに驚いた。 しかし、その質問を軽く受け流すルリ。 「ええ……まあ、良いでしょう。さあ、行きますよ。ポケモン、もう1匹出してください。」 ルリにうながされ、パープルはキレイハナを繰り出した。 「頑張って、キレイハナ……そして、二人とも『ギガドレイン』。」 「デンリュウはキレイハナに『炎のパンチ』。ガラガラはワタッコに『岩雪崩』。」 パープルのポケモンはガラガラを標的にしているが、デンリュウが防いでくる。 その隙にもワタッコが岩雪崩を受けて倒れてしまう。 パープルは倒れたワタッコを戻し、呟きながら言った。 「本当に強くなったみたいね……でも、私だって何もしなかった訳じゃない。  頑張って、ゴルダック『ハイドロポンプ』連射。」 「連射?昨日は使えなかった技ですね。デンリュウ、ガラガラを守りながら『10万ボルト』ガラガラ『地震』。」 さっき、編み出したばかりの『連射』を使う。 その合間を縫って10万ボルトと地震が行き交う。 激しい衝撃音。砂ほこりが舞った。そして、その場には倒れたゴルダックとデンリュウ。 2人はすぐに2匹を戻す。 「戻って、ゴルダック。頑張ってエーフィ『サイコキネシス』、キレイハナ『ギガドレイン』 「ありがとう、デンリュウ……さて、残り1対2ですか。ガラガラ『地震』。」 ガラガラに対し攻撃を集中させるパープル。 だが、壁が効いているのか、サイコキネシスとギガドレインを受けても、ガラガラは倒れない。 逆に地震によりエーフィはダウンしてしまう。 「残り、1対1……私のガラガラも、貴方のキレイハナも、もう体力が無いみたいですね。  次の攻撃を決めた方が勝者になりますね。ガラガラ、『地震』」 「そうね、キレイハナ『ギガドレイン』。」 先行で攻撃したのはキレイハナ。だが、ギリギリのところでそれはかわされてしまう。 その直後、地震がキレイハナを襲う。パープルは『負けた』と思った。 ……だが、その攻撃は届いていなかった。 「もう一度。」 二人の声が重なる。 速いのは……やはり、キレイハナ。 2度目のギガドレインは……当たった。驚異的な粘りを見せたガラガラは遂にダウンした。 「参りました。」 ルリは淡々と言う。パープルは煙玉を警戒していたのだが、なかなか使う気配もない。少しの沈黙の後、パープルが聞いた。 「?今回は逃げないの?」 「実は今回は貴方達に勝てると思って、煙玉は持って来てないんです。」 「と言うことは……」 「おとなしく捕まりましょう。しばらく、スケルさんと戦えなくなるのは残念ですが……」 ニビからここコガネに至るまで多くのトレーナーを苦しめてきたグレネード団。 そのグレネード団の三幹部との決着がついた。 そして、もう一つの戦いは…… ――同時刻、セキエイ高原―― 少女と少年がその高原で対峙している。 しばしの長話を終え、再びバトルに移ろうとしていた。だが、その時だった。 「さて、では、再開しましょう。サン……ダ……」 静かだが、勢いのあったスケルの声が、そこで途切れる。 指示を出そうと思って、新たに繰り出したマルマインの方を向いていたクリアは、その異変に気づきスケルを見る。 スケルは自分の胸を押さえていた。 「どうしたんだ。」 クリアはスケルの元に駆け寄る。 彼女はポケットから小さなビンを取りだし、その中身を少し口に入れる。 「スケル、あんた、もしや……病気……なのか?」 クリアは恐る恐る聞いてみる。スケルは一瞬、目をつぶった後、すぐに目を開け、答える。 「……気付かれて……しまいましたね。まあ、あんなところを……見られたら当然ですね。  ……少し、昔話をしても良いですか。」 スケルの呼吸はまだ少し荒い。クリアは黙って頷く。 「私の……生まれた町では、10歳でポケモンを与えられ、11歳で旅に出る事が出来ます。  7年半前、私はパウワウを……貰い、それからすぐにイーブイとロコンを捕まえて、  いつでも旅に出られるよう備えていました。  ポケモンを貰って半年、私のポケモンは本当に強くなりました。  町の中では……互角に戦える人は居なくなっていました。」 話の途中にも、多少息継ぎをしながら彼女は話し始めた。クリアはそこで言葉をかける。 「なかなか順調だな?」 「ええ。しかし……」 スケルの笑顔が少し曇った。 「あれはポケモンを貰って10ヶ月目。あと少しで旅に出られるという時。  私は突然、病にかかってしまったんです。かなり、悪性の病気でした。  それからは、もう町の外に出る事は出来ませんでした。」 薬が効いてきたのか、もう、ほとんど、スケルの息は乱れていなかった。 スケルは間髪入れずに続ける。 「それでも、病院に通っていれば……入退院を繰り返せば、いつかは医療の技術が進歩して、病気が治る日が来る……  そう思っていました。そうして7年が経ちました。  その間、私は、町の周りのポケモンや、自分のポケモン同士を戦わせることによって、ポケモンを強くしました。  ……しかし、私の病気に対する医療の技術はほとんど進歩していませんでした。  だんだん病気は悪化してきて、半年前には、もう手がつけられない状態になっていました。  そう……余命は半年……そう告げられました。」 彼女の視線は高かった。クリアは『空を見ているのだろうか?』と思う。 「もし、私が病気にかからなければ、友人やライバルに囲まれ、好きな人もできて、楽しい冒険に出られるはずだった。  私の冒険にあふれた日常は奪われ、退屈な非日常に置き換わってしまったんです。」 そこまで、一気に話していたスケルがそこで一息入れた。クリアは彼女に聞く。 「半年前に余命半年ってことは、もう時間がないんですね?」 「クレナイの予想ではあと半月ですが……あと五日から十日でたぶん私は命を落とす事になります。」 そして、スケルは高い視線を落とし、クリアを見つめ、言う。 「そうなる前に、私は戦いたかった。本当に強い者と、たった一度だけでも良いから。」 「じゃあ、グレネード団を作った目的は……」 「このグレネード団は、もともと、私と互角に戦えるトレーナーを探す為に作ったんです。  しかし、無理でした。どうしても、私に勝てるトレーナーは居なかった。  急成長するルリが唯一の希望でしたが、それでもあのままだったら私には勝てなかった。  だから、最後にグレネード団をけしかけて、ルリの実力を高めると同時に、  私は本気のジムリーダーや四天王、そして、貴方のようなトレーナーと戦うことにしたのです。  そうそう、ミカンさんやグリーンさんは四天王の部屋に居ます。  5部屋に8人でしたから多少きつかったでしょうが……不自由ではないはずです。」 「ジムリーダー達は貴方の対戦相手になっていたんですね?」 「はい。」 「しかし、グレネード団の中に、この計画に反対する人は居なかったんですか?」 「……町の襲撃に反対のトレーナーはグレネード団を抜けさせました。  15歳に満たないトレーナー『準団員』は例え計画に賛成しても、計画には加えませんでした。  彼らの未来を奪う訳にはいきませんから。」 クリアはじっとスケルを見つめ聞いた。 「貴方は『奪われた日常』を取り戻すためにこんなことをしたんですね?」 「それは少し違いますね。奪われたものは元には戻りません。  私はそれに代わる新しい日常を求めたんです。……さて、だいぶ落ち着いてきました。  昔話は終わりにします。」 「バトルを再開するんですか?調子は大丈夫ですか?」 「大丈夫です。……しかし、私にはもう6匹のポケモンを操る体力は残されて居ないみたいです。  改めて、3対3……それで、最後の決着を付けましょう。」 スケルとクリアの戦いが、今、始まろうとしていた。