奪われた日常  第21章 無色の結末 スケルとクリアの最初の戦いが、今、始まろうとしていた 「私はこのままサンダースで戦います。クリアさんは誰を出しますか?」 スケルは、また、微笑みを浮かべた。 一瞬、クリアはその笑顔に思わず見とれてしまう。 彼にはそれがまるで天使の微笑みのように感じた。 その微笑からは悪魔が消えていた。というよりも、彼女の微笑みの中には『最初から』悪魔など存在しなかったのだ。 悪魔が存在しているように感じたのはクリアの主観によるものに過ぎなかった。 変わったのはスケルの笑顔ではなくクリアの主観だった。 クリアは気を逸らすように質問する。 「グレネード団が解散したのも計画通りだったんですね?」 「ええ。解散したのも、クレナイが捕まったのも全て『クレナイの計画』通りです。  ただ、タイミングは少し違います。解散は最後の手段でした。  しかし、予想以上に私の病気が悪化し、私は計画よりも早い時期に解散しなければなりませんでした。  それはルリの成長を促す意味があったんです。」 クリアは頷き、手持ちのポケモンを出す。 「なるほど……では始めましょうか?マルマイン。」 「最速のマルマインですね?サンダース『10万ボルト』」 「その、サンダースは厄介です。下手をするとこちらはダメージを与えられないかもしれない。だから……『大爆発』。」 マルマインは自分の体を奮い立たせ、強力な衝撃の爆発を引き起こす。 それは全てを一瞬で倒してきたサンダースをも巻き込む。 「すみません。スケルさん。本当はもっとバトルを楽しみたいしょう?」 クリアは申し訳無さそうに言った。 「いえ、それは、正しい判断です。  それに、私のことを考えて最善を尽くさないトレーナーと戦っても楽しくはありません。」 「ありがとうございます。」 クリアは頭を下げる。 クリアは新たなポケモンを出す前にスケルに聞いた。 「まだ、一つ分からない事があります。なんでセキエイを狙ったんですか?  強いトレーナーと戦うなら、宣言通りヤマブキとかでも良かったのでは?」 スケルはすぐに答える。もしかしたら、この質問も予期していたのかもしれない。 「クレナイに言わせると、  『ヤマブキでは私と複数人のトレーナーが戦うことになり、長時間戦えない私に不利』だったらしいんです。  でも、それでも私は別に構わなかった。」 「じゃあ、スケルさんに言わせると何なんですか?」 「クリア……貴方、好きな季節ってありますか?」 逆にスケルから質問を受け、戸惑ってしまうクリア。 そして、答えが返ってこなくてもスケルは構わずに続ける。 「私は、4つの季節の中で冬が一番好きなんです。」 スケルは再び空を見つめる。 「命が尽きる前にもう1度雪が見たかった。それが無理でも、せめて、命を落とすなら冬が良かった。」 彼女の高い視線は雪を待っていたのだ。彼女はそのまま目を閉じる。 「でも、半年前。そう、私の命があと半年と分かった時には、もう私は冬まで生きることが出来なかった。  しかし、カントー・ジョウトを含めてたった1ヵ所だけ、他の町より1ヶ月冬が早く来る場所がある。」 「それが、ここセキエイって訳ですね。」 クリアはトキワで聞いたオーキド博士の話を思い出す。 「ええ、だから、私はここへ来た。冬を感じるために……さあ。再開しますか。」 「はい。」 クリアは頷いた。 「では私はキュウコンで行きます。」 9本の尾が神秘的なキュウコンをスケルは繰り出す。対して、クリアはギャロップ。 「行け、ギャロップ、『大文字』」 「キュウコン『大文字』」 2人の出した2匹のポケモンが、『大』の字をかたどった2つの炎を生み出し、互いに向けて放つ。 炎はぶつかり合い、周囲に飛び散り、2匹の体を焼く。 「キュウコン『穴を掘る』。」 スケルのキュウコンは自分の足元から穴を掘り始め、自分の身を隠す。 一瞬の静寂。ギャロップは地面に気を集中している。ギャロップの、目の前の地面が盛り上がったような気がした。ギャロップは気を緩める。 だが、次の瞬間。ギャロップに穴を掘る攻撃が直撃する。それはギャロップの体力の大半を奪う。 キュウコンが穴を掘った直後。わずかな隙が生まれる。クリアはその隙をつく。 「ギャロップ。『踏みつけ』。」 ギャロップの細い足からは想像出来ない威力の踏みつけ。キュウコンはひるんでしまう。 「良し、ギャロップ。『突進』。」 ギャロップの全力をかけた攻撃にキュウコンは倒れる。 だが、ギャロップも突進の衝撃に耐えられなかったのか力尽きてしまう。 「互角みたいですね。」 スケルは微笑む。彼女はこの戦いを楽しんで居るのだろう。 「そうみたいです。戻れ、ギャロップ。」 クリアはギャロップを手元に戻した。 「戻って下さい。キュウコン。」 クリアよりも遅れて、スケルは倒れたキュウコンをモンスターボールに戻そうと手を伸ばす。 その時だった。彼女の腕に空から白い粉末状の物体が降りてきたのは。 それは彼女の体に触れると白から無色に変わる。 「……雪。」 スケルは呟く。空からは無数の雪が降る。 「綺麗な雪……もしかしたら、今までで一番綺麗な雪かもしれない。」 「願いが叶って良かったですね。」 二人は微笑む。 「素敵な笑顔ですね。」 不意にスケルが口にする。それを言うならスケルの笑顔の方が素敵だとクリアは思う。 「……クリア……あなたと一緒にいると何でも願いが叶うような気がしてきました。」 スケルのその言葉に驚くクリア。 「別に俺が願いを叶えているわけでは無いですよ?」 「このままバトルを続けていると、そのうち貴方を好きになるかもしれませんね。」 突然の彼女の発言に戸惑うクリア。一瞬、自分の耳を疑ってしまう。 だが、彼は、耳は良い方だ。心を落ち着かせる為に、少し間を置いてから聞く。 「それは、冗談か何かですか?」 「今の私に嘘や冗談を言う暇があると思いますか?」 スケルは表情を変えずに聞き返す。 「……思いません。」 「バトル中にする話では有りませんでしたか?……そうですね。謝ります。  気を取りなおしましょう。さあ、最後の1匹同士、これが最後の勝負です。ジュゴン。」 スケルの言葉通り気を取りなおしてクリアはポケモンを出す。 「頑張れ、スターミー。」 スターミーを出したものの、スケルのジュゴンの異常な存在感に息を呑むクリア。 それに気づいたのかスケルが話し掛ける。 「三幹部が私に勝てなかったのは、一つにサンダースにやられた事。  そして、もう一つに、このジュゴンにやられた事に有ります。  私は一つの技を徹底的に精度を高める事で高威力の技を生み出しました。  多くの三幹部が私に対抗する為に、生み出したものが『複合技』なのです。ジュゴン『輝く風』」 ジュゴンはまるで『凍える風』を放つような動作をする。 だが、ジュゴンから生み出される冷気は空気中の水分を氷に変え、スターミーを襲う。 その冷気は凍える風の比ではなかった。 「スターミー、危ない『サイコキネシス』を足元に。」 サイコキネシスは地面を変形させ、輝く風の冷気を防いだ。 だが、その地面はあっという間に凍り付いていた。 「これは、『凍える風』の精度を圧倒的に高めた技。威力は相当なものです。  地面へのサイコキネシス。それも、正しい判断です。でも、何度も同じ事は出来ませんね?ジュゴン『輝く風』」 確かに、何度も使い続ければ地面に冷気が溜まり、やがてこちらに不利となるだろう。 だが、クリアの指示は同じものではなかった。 「スターミー。『波乗り』。標的は……『風』」 スターミーの生み出した『波』は風にぶつかると巨大な氷の塊へと姿を変えた。 そして、反撃する暇を与えないように、すぐさま指示を出す。 「そして、氷に向かって『サイコキネシス』」 空気の歪みが、氷を突き動かす。巨大な氷はジュゴンを襲う。 さすがのジュゴンもこれは避けきれなかった。ジュゴンは倒れた。 「戻って……ジュゴン。……私の負けですね。」 クリアはスケルの表情を見る。今までのように笑顔。 だが、その頬には今までの彼女には無かったものがあった。 彼女の瞳からは、まるで石英のように無色の液体が一粒流れていた。 「スケルさん……悲しいのですか?」 クリアは聞く。スケルは聞き返す。 「……何故ですか?」 「貴方は泣いています。」 スケルは頬に手を当て、その涙を確かめる。 「悲しくは有りません。悲しみの涙は7年前に枯れ果てました。  ……戦うことの楽しさ。貴方と戦えた嬉しさ。初めて負けた悔しさ。  きっと、この涙はそんな全ての感情から来る涙でしょうね。  そう、人が泣く時には何か理由があります。  ……クリア、『貴方は』何で泣いているんですか?」 クリアはスケルに言われてハッとする。スケルがしたのと同じ様にクリアも頬に手を当てる。 手は自分の頬に有る涙に触れた。クリアはスケルの質問に答える。 「……たぶん。もっと貴方と戦いたいんでしょう。」 「……それは、私が貴方を『もっと』好きになっても良いって事ですね。」 クリアの息が詰まる。その鼓動は明らかに速くなっていた。 「クリア……私……」 「何……ですか?」 『何か』言おうとするスケルに続きを聞くクリア。 そして、さらにスケルは続ける。 「クリア。……私を抱き締めて頂けませんか?」 「スケルさん。俺は……」 『何か』言おうとするクリア。だが、スケルはそれをさえぎる。 「言わなくても分かっています。……好きな人がいるんでしょう?」 「……」 クリアは答えない。だが、その沈黙が『答え』を示していた。 「私はそれを知った上でお願いしているのです。  大丈夫です。パープルさんには後で私から誤っておきます。」 『何が大丈夫なのだろう』と思いながらもクリアはスケルに近づく。 クリアは何も言わずにゆっくりとスケルを抱き締めた。 数秒か……十数秒か……その間二人は沈黙を続ける。 そして、クリアは無言でゆっくりと離した。 「ありがとうございます。」 スケルが小さな声で呟いた。 クリアは後ろを向き、言う。 「もし、貴方に時間が十分あるなら絶対にこんなことはしませんよ。今回は特別です。」 「貴方は優しいですね。パープルさんが少しうらやましいです。」 スケルは微笑みを崩さない。 「もし、私が倒れるようなことがあっても、パープルさんには真実を伝えてくださいね。  というよりも貴方は嘘をつけない。  ……真実を見極める『不惑』の貴方が人をあざむくのは性に合いません。」 「僕が嘘をつけないかどうかは別として、パープルには真実を伝えます。」 クリアは振り返りながら答えた。 その答えを聞くとスケルは再び空を見た。今度は雪を待っているわけではないだろう。 「貴方やルリとはもう少し早く出会いたかったですね。そうすれば、グレネード団を作らなくてもすんだのに。」 「俺は貴方がグレネード団を作らなければここまで強くなれなかったですし、貴方に勝たなければならないとは思わなかった。」 「それはグレネード団を肯定してる風にも聞こえます。気をつけたほうがいいです。」 「はい。」 長い沈黙。そして、スケルはクリアを見つめる。 「クリア……貴方は強い人です。」 スケルは腰のモンスターボールを3つ外した。そして、それをクリアに手渡す。 「もし、良かったら、このサンダースとキュウコン……そして、ジュゴンを預かって貰えませんか?」 「これは貴方の大切なポケモンではないですか。それを俺が貰うなんて……」 「私が居なくなれば、この子達は野生に帰るしかないでしょう。それならそれで別に構わないのです。  でも、悪いトレーナーに捕まってしまうかもしれません。それだけは避けたい。  ……決めていたんです。この3匹は私に勝ったトレーナーに渡すと……」 「わかりました。」 クリアはしっかりと3匹を受け取る。 「さて、対策本部のあるヤマブキに向かうのでしょう?  その前に四天王の部屋にいるジムリーダー達を迎えてやってください、その間に私は部屋にある薬を取って来ます。」 スケルはそう言ってポケモンリーグの本部へと入っていく。 クリアもそれに続く。 クリアはスケルに言われた部屋のドアを開ける。意外にも鍵は掛かっていなかった。 その部屋の中にはグリーンとイツキが居た。グリーンがいきなり話し掛ける。 「おっ。あんた、グレネード団じゃないな?あのスケルに勝ったのか?」 「はい」 「じゃあ、俺たちはここから帰れるんだな。まあ、スケルとのバトルも楽しかったけどな。奥の奴らには俺が伝えとくから任せておけ。」 「はい。任せます。」 クリアはグリーンの勢いに押されて部屋を出る。 クリアが外に出るとすでにスケルが居た。スケルの隣には鋼鉄の体のエアームド。 「これは、ウグイスから預かったエアームドです。  彼女は『私には向いていないポケモン』だって言ってましたが……もし、時間があったら返しておいてください。  ……ヤマブキにはこのエアームドに乗って行きましょう。」 「分かりました。」 「エアームド。私とクリアを乗せてヤマブキまで飛んでください。」 エアームドは背中に乗りやすいように翼を広げている。クリアとスケルは急いでエアームドの背中に乗る。 「最後の最後で、大空でデートなんてロマンチックですね。」 「スケルさん。」 スケルの言葉をさえぎるクリア。スケルは軽く頷き、それ以上は言わなかった。 雪が舞うセキエイを抜ける頃。スケルが再び口を開いた。 「クリア……さっき貴方は『私ともっと戦いたい』って言いましたね。」 「ええ。」 「貴方がポケモントレーナーを続けるなら……私との戦いを望むなら……いつかどこかで会えるでしょう。貴方は……望みますか?」 スケルの問。クリアは一瞬で即答する。 「俺は望んでいます。」 「私も望んでいます。」 その瞬間、スケルはまた微笑む。 それは、その日スケルが見せた最も自然で、最も純粋な、最高の笑顔だった。 ――半月後―― 世間では、グレネード団の真相が知れ渡っていた。 ヤマブキ近郊で二人並んで歩いているのはクリアとパープル。 クリアは事件のことを思い出す。 「グレネード団に占領されていた地域の人たちはどうしてる。」 「普通にしてるみたい。そうそう、面白いことがわかったの。  あれから、グレネード団に関しての意見とかを調査してみたの、  それで、スケルさんに同情する声とかも集まったんだけど……一番、批判が多かった町はどこだと思う?」 「やっぱり、一番長く占領されていたニビかヨシノじゃあ?」 「いいえ、一番批判が強かったのはエンジュでそれでも6割の批判、4割の人が同情してるの。  全国的に五分五分なんだけど……一番、同情票が集まったのは、トキワ……8割の人がスケルさんに同情している。」 「トキワ?しかも、8割?何で?」 「さあね、私にはわからない。スケルさんがトキワで何か人気の集まることをしたのか……  まあ、とにかく、皆、スケルさんが何をしようとしていたのか分かってるみたい。」 パープルの言葉を聞いて、クリアはスケルを思い出す。 「あれから、すぐだったよな……スケルさんが倒れたのは……」 そう、スケルが倒れたのはヤマブキに到着した直後だった。 「スケルさんは事件のことを皆に話せなかったなあ……」 「それに、私は謝って貰ってないしね。」 皮肉っぽい口調で言うパープル。 「ごめん。」 クリアは頭を下げる。 「良いの良いの。スケルさんには時間が無かった。貴方がそれでスケルさんを救ったのならそれが正しいこと。  それにクリアは私にそれを話してくれた。」 「ごめん。」 再び、頭を下げるクリア。 「それよりも……今日はクレナイさんの話を聞くんじゃなかったの?」 「そうだった。」 「行きましょう。」 そして、二人は町の中へと歩いていく。二人の頭上からはヤマブキでの初雪が舞っていた。 しかし、二人はまだ知らなかった。 この先二人は、スケルが残した、スケル自身でさえも気付いていない『2つの不安要素』と対峙しなければならないことを…… 奪われた日常 完